かの城を取り戻せ

女王を失って亡国の遺跡と化していたあの城へ、煌煌と灯 るあかりをロクは見た。
真夏とはいえ八時を過ぎればとうに朱金の太陽も消え果て、蛾を幾羽もまつわりつかせた街灯のみが光源。
ロクは歯噛みした。
力なき故あの城はとうとう彼のものにはならなかったが、募る未練がロクをその場にしばらく立ち止まらせている。
「………」
きつと眼を怒らせてその城を仰ぎ、それから乗っていた自転車を降りて草むらへ隠し、いかめしい作りの城門を押し開く。
興奮し、混乱していた。しかしどこか狡猾に、見つかったとしても軽い叱責程度に留まるだろうとも予想している。
「………」
ロクはもう一度城の窓より零れるあかりを睨んだ。
「この城はおれ達の――」
小さな声で言いかけて、それがあまりに大それていた事だったので口を噤む。
しかしそれでもロクは胸のうちで呟きながら、裏口のドアを押し開けた。
(おれの、いや、あいつの)

正面玄関を初めから無視して裏口へと回りこむ。普通の民家のように分かりやすい位置には無い、ほとんど城壁に埋もれるように小さく、また色も壁面に沈み込 むように似せてあった。
城内に通じてはいるのだが、その出口もまた一見してはわからぬところへ隠されている。裏口というよりは隠し通路だった。もしかしたら新しい城主も気づいて いないかもしれない、密かな期待が胸に萌える。
彼のように亡国の住人だったものしか知らぬだろう裏口の重たい扉はロクが思った通り、待ちわびていたように開いていた。ロクは小馬鹿にした笑顔。
(そうだ、おれと、イチと…それとあいつしか知らないんだ)

あいつしか!
ロクが静かに開いた裏口へと身体を滑り込ませる。開けてよいの自分の頭の幅まで、それ以上開こうとすると耳障りに軋む、熟知していた。
後ろ手に裏口の扉を閉ざす、が、ほんのかすか外気が入り込む程度に開けておく。中に光源は一つとしてない、昼間忍び込むならばともかく、夜手探りで入り込 んだはいいが、帰りのドアがわからないという事態を危惧してのこと。混乱と興奮をきたしているはずだったが、ロクは蛇のように静かに歩みを進めている。

眼を閉じていても歩けると豪語するだけはあって、入り込んでから数歩はロクはまさに主人のように振舞った。
が、
右手に何やらひやりと触れた。心臓がすくむ、この通路は城内に入り込むまで何の障害物も無かった筈であった。筈、そうしたのはロクで、そうするように指示 したのはかの女王であった。

「何奴」

低い獰猛な熊が唸るような声が通路に響き渡った。通路は石造り、わんわんと四方を取り囲まれて怒鳴りつけられたような大声にロクは心臓をすくませる。

途端、通路が白く弾けた。
「ウッ」
暗闇が突然にいくつもの光源に打ち払われ、ロクは眼を焼くばかりの光に思わず眼を細めた。まばゆいばかりの白光、
「男とは」
またあの大声がロクを取り囲む。ロクは既に恐慌状態、それも仕方がないといえよう、彼の目の前には彼が思い描いていたつまらぬ石床ではなく、
顔が映りこむほどぎらぎらと磨きぬかれた腰ほどの高さを持つ、鋭い金属の棘が床一面に広がっていたのであった。もう後数歩も前へ歩けばロクはぶつかってい たに違いない。
その棘の回廊の最奥、彼が目指していた城内へのドアのすぐ手前、棘の上に人影があった。
ロクは既に後退を始めている。かき集めた亡国の住人の矜持でようやく背は見せず、あの裏口のドアまでじりじりと下がりつつその人影を見定めた。
居並ぶ白銀の棘の上に、山のような大男が事も無げに胡坐をかいている。ロクの存在にまるで驚いた様子は無く、ただじつとロクを睨んで、

「男とは、なんぞや」

そう尋ねた。一つきりしかない男のまなこが修羅の如くロクを睨んだ、ひ、ロクの喉から情けの無い声が漏れて、彼はとうとう背中を向けて逃げ出した。
「答えい、男とは、なんぞや!!」
獅子が吠えるような、という胆の入った声をロクは耳鳴りを起こさんばかりに脳へ刻み込まれ、裏口から夜の闇へと飛び込んだのだった。
「男とは、なんぞ」
まだ声が追ってくるようで、ロクはペダルをひたすらにこいだ。




イチはその話を黙って聞いていたが、怒ったようにロクを睨む。怒った拍子にメガネがずり落ち、いらだたしげに引き上げながらイチは小言を続ける。
「どうしてオレに言ってくれなかったんだよ、そしたらオレも行ったのに」
「悪い」
素直にロクも詫びた。イチは机に広げた紙にロクが説明した通りの通路の模様を書き出していたが、
「裏口にも張り込んでるって、早く取り返さないとヤバいんじゃないか」
「おれもそう思う。やっぱりあそこに隠しておいたんじゃまずかったなぁ」
イチが更にその通路に几帳面な線を書き加え、城の地図を書き上げていく。大広間に赤ペンでもって小さく赤マルをつけて、
「正面から入って、訳を話してみたらどうだ?」
イチに問われてロクは首を横へ振る、
高崎不動産に行ってみた、なんていうか…ヤバい筋の人っぽいらしい」
「………やっぱり忍び込むしかないのか、出来れば避けたいんだけど」
「でも普通にアレ返してくれ、って言っても無理だろうしな」

二人はうんうんとしばらく唸っていたが、やがて諦めたように顔を上げる。
「しかたねぇ、とにかくこのトゲトゲをなんとかしてクリアしなきゃ」
「お前が見たっていう男はどうする?」
「午後すぐ行ったら、普通の人は居ないだろ」
「よし」
「そんなら二日後だ。五時間目プールだろ、二人ぐらいいなくてもわからない」
「そうするか、イチ」
「ロク、準備をすすめるぞ」
二人の少年はそれぞれに分かれて、決行は二日後となった。
あの城は我らの、我らの同胞のものであると少年達は本気で思い、今あの城を今度は外より攻略せんとしている。



二日後、生憎の豪雨。しかし彼らは傘もささずに城門前にあった。彼らの小学校が室内プールを所有していたことを深く感謝しながら城を見上げていた。
駅からゆるい坂を上り詰めた丘の上。
城と呼ばれた洋館に今はあかりがあるかどうかはわからない。長年借り手の無かった有名な化け物屋敷の新しい城主に二人は思いを馳せていた。
黒く低い雨雲のせいで息苦しいばかりの雰囲気、彼らは顔を見合わせる。
「……これ、どういうことだと思う」
「………わかんねぇ」

城門には先日まで無かった木の板が針金でくくりつけられている。その板はいまや雨粒に濡れてしまって黒味を増していたが、書き付けられていた文字は見てと れた。
『侵入者歓迎:正面でも裏口でもどうぞ』
メガネをすっかり濡らしたイチが大胆にも城門を押し開く。後ろからロクが続いた。
「穴開かないといいんだけどな」
「最悪キックしたら壊れたから捨てたってごまかそう」
彼らは学校の作法室の戸板を二枚とも外して持って来ていた。普段使用する事の滅多に無いために作法室を選んだのもあるが、他のベニヤと変わらないような戸 板よりも丈夫だったためでもある。
二人はおうと一声かけ合い、裏口の扉を開いた。

白銀の棘の向こうに、少年たちが望んだ通りにはならず男の姿があった。どうする、二人が顔を見合わせたが、意外にも独眼の男が太い声で笑った。
「俺の問いに満足な答えを返せば、ここを通してやるぜ」
そう言われて少年たちは声を潜めて囁き交わす。
「本気か?」
「さあ」
「外の看板見たんじゃねぇのかガキども、挑戦者受付中なんだよ」
分厚い胸を擦りながら退屈そうに男はアクビ交じりにそう言った。恐るべき聴力である、そして腹である。さして声を張り上げているわけでもないだろうに二十 メートル弱のところから声がびんびんとうるさいほどに少年たちへ届く。
「そんなら、挑戦させてもらうぜ!」
ロクが戸板を抱え上げた。独眼の男が面白そうに眼を細める、
「セコいな」
「うるせぇな、持込禁止って書いてなかったぜ」
悪態をついてロクが戸板を棘の上に載せると、まずロク自身が上がり、次いでイチが乗り上げた。体重に耐え切れるか不安だった戸板はきしきし言いながらも二 人の少年をなんとか支えた。
イチが運んできた戸板を引きずり上げ、そのまま今乗っている戸板の前へ下ろして、今度はその戸板へと二人が乗り移る。
のろのろと棘の上を慎重に進む少年達へ、独眼の男が呆れた声を漏らす。
「まったくセコい、おいガキども、そんな方法で渡りきって、それで男って言えるのか」
喧嘩っ早いロクが戸板から乗り出さんばかりに反論しようと口をひらきかけたが、イチが肩を掴んで押し留める。
しかし独眼の男は太い喉首をさすりながら、おやぁとからかうように首を傾げた。
「おう、そっちのメガネじゃねぇガキ。てめぇはここ初めてじゃねぇな?そうだ、この間ここに忍び込んできて俺が電気をつけただけで、キャアキャア逃げてっ たガキじゃねぇか」
ロクの肩がひくんと震えたのが、イチにはわかった。まずい、イチが声をかける前に、独眼の男がアゴを擦って笑い出したのだった。通路全体、白銀の棘までも 震えるような大きな笑い声だった。頭を殴られたような衝撃にイチがぐらつく。
「なんだ、あんまりキャアキャア言うものだから女かと思ったぜ」
なおも独眼の男が続ける。
「それで今度は戸板持ち出してか、ヘッ、棘が恐くて恐くてたまんねぇか」


「よう、一応尋ねてやるぜ。男とはなんぞや、答えてみせろ、」
「男とは?」
イチが繰り返す。然り、独眼の大男が頷いた。
「そうだ。これに答えられたらここを通してやらあ、男とは、男とは、なんぞや」


「……これがその答えだ!一つ目ジジイ!!」
歯を食いしばっていたとばかり思っていたロクは、今度は堂堂と顔を上げて戸板を棘へと投げ出した。先ほどのようにおっかなびっくり這い這い乗り移るのでは なく、足を大地を歩くのと同じくゆったりと踏み出す。目線は独眼の男から反らさない。
「足りんな、それのどこが答えだ、棘が恐くて板にのって、それのどこが男だ」
「男だから、絶対に果たさなければいけねぇ目的がある。そのためなら格好いいの悪いの構わねぇよ」

独眼の男はしばらく考えていたようだった。
その間もロクは戸板を渡し、進み、着実に歩んでいく。ただしその歩みは独眼の男に向かってではない、玉座の間、彼らの目的だけを目指して進んでいく。
目的の前に立ち止まる事はしない、たとえ卑怯臆病とそしられても。

「ヘッ、普段なら不合格だがな、あいにく俺も小便に行きたかったところだ、ギリギリ合格にしてやるぜ」
男がそう言って、傍らに下がっていたヒモを引く。途端に棘が全て音も無く床へと引っ込んでいき、戸板ごと落ちて彼らはしたたかに尻をぶつけた。
「うわっ」
「ゲッ」
尻を押える少年達へ、独眼の男はのっそりと立ち上がると彼らへ背中を向ける。
「名前を聞いておいてやるぜ、ガキども」
「イチ」
イチがすぐさま応じた。ロクは一拍遅れて、
「先に名乗るのが筋ってもんだぜ」
ドラマや映画で見たような洒落た事を言ってみせる。男はその言い草が気に入ったらしく、筋肉が鋼のように強く盛り上がった肩を揺すって笑う。密に入り組ん だ背筋がまるで笑っているような表情を見せた。
「ガキがいっぱしをほざくじゃねぇか。俺は独眼鉄、この新鎮守直廊の番人よ」
「しん、ちんじゅ…」
「新・鎮守直廊。気をつけなガキども、てめぇらが目指してるのがあの方のところなら――てめぇらは後二つ試される」
背中の顔が語る。少年達は耳をしっかりと澄ましてそれを聞く。
「ふたつ?」
「おう、さっき言った事が本当なら…辿り着いて見せろや」


じゃあな、大男独眼鉄はその巨体からは信じられないような素早いバク転で奥の扉へ吸い込まれていった。
後に残された少年達はしばし、呆然としている。









「邪鬼様、もうすぐ夕食です。今日は――」
影慶がゴム手袋を脱ぎながら邪鬼へ語りかけた。普段ならばウムと応じてくれるはずの彼の主人は、影慶そっちのけで画面に見入っている。
「邪鬼様?」
「挑戦者が、新鎮守直廊に現れたぞ」
「挑戦者!?まさか、」
どこか弾んだ声で邪鬼はゆったりと影慶へ話しかけた。最初から備え付けであった大きく立派な、まるで玉座の如き椅子へ身体をゆったりと預けながら、邪鬼は 笑う。
「正面の死天王達は残念がるであろうな、特に卍丸などは」
「張り切っていましたから」
「新・鎮守直廊の三人も張り切っておるようだな。独眼鉄が今、挑戦者を通したぞ」
「ああ、子供…」
「あいつらしい、あれは案外子供や猫、そうしたものが好きなようだ」
「はぁ…」
邪鬼の腕がそっと伸びて、影慶の割烹着の紐を引く。結び目がはらりと解けたのを見て、影慶が「もう」と言いたげな顔をした。しかしその「もう」は本当の 「もう」ではなく、どちらかと言えば「もぉ…う」というような甘やかなもの。
「……ああ、邪鬼様…」
膝に半ば乗り上げながら影慶が仰け反った。空気が濃密に艶を帯びていく、影慶が睦言を呟く。
「邪鬼様…こんなに、こんなにして…ああ……」
「む?」
言ってみよ、邪鬼が問う代わりに指を滑らせた。ぞくぞくと影慶吐息を零して、

「こんなにして、きっと、敷金返ってきませんね…」
「多少のリフォームなら良いと、高崎不動産も言っておったぞ」

次なる番人のもとへ、少年達は走る!
目指すは玉座、待て次回!


「タマ、タマ、飯だぞ、おい、タマ!」
独眼鉄もお食事時です。(猫と)
モクジ
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