扇風機が回っている、
扇風機が回っている、
虎丸が「こうすっとアレじゃろ、電気屋みてぇじゃろ」
と言って青いすずらんテープの短冊をつけた扇風機が回っている、
富樫は扇風機が立てる軋みと、窓の外から響くお昼のサイレンに耳を傾けながら天井を見上げていた。
甲子園を思い出す。
身体が酷く重かった。
仰向けに転がっていたために背中にかいた汗は畳が吸い取りきれずぬるぬるとぬめる。
大の字になった富樫はどんよりと曇った目を扇風機へ向けた、やる気があるのか無いのか、風はたらたら垂れ流されてさほど涼しくも無い。
重たい腕を持ち上げていっぱいに伸ばせばあのビラビラへ届きそうだ、だがスイッチを強に入れるには足りない。
わかっていたが富樫は手を伸ばした、視界に入った手首に青青と紫がかった痣があったのに気づく。
痣はありありと指の形をしていた。
「………」
富樫の顔が歪んだ。
肺に満ちていた息が震えながら鼻から吐き出される、伸ばした手を握りこんで震えを打ち消した。
「………」
膝を立てようとして、足首にも手首ほど酷くは無いが指の痕があるのが見えたので止める。
引き戻した手で目を覆う、既に濡れていた。二段階に濡れ、一段階目は既にかわいてぱりぱりとしている。
二段階目の涙の理由がわからない、一段階目は嫌悪も快感も拒絶も甘受も全てがない交ぜになった、めちゃくちゃな味の涙だったに違いが無い。
二段階目の涙の理由がわからない、だが富樫は胸を上下させ、肩を震わせながら声を引き絞って泣いている。
窓を開け放ってあってもなお酷く蒸し暑い、空気が淀んでいる、富樫の鼻は麻痺してしまっているがただの一呼吸で何があったかわかってしまいそうな臭いに満
ちていた。
空気だけではない、富樫の全身も蝿がたかりそうなほどの生臭さに塗れていた。
その塗れのなかに自分の精液が混じっている事に、富樫は感想をまだ持てないでいる、
だらしなく開かれた脚の間、アナルは傷ついていない、そんなところまで抜かりない男には腹立ちを覚える。あの熱狂と切迫と抵抗の最中、よくぞここまでやり
遂げたと感心すらした。
許すも許さないも無かった。
ただ暑くて、それから身体が不快で仕方が無かった。
扇風機が回っている、
サイレンはとっくに終わって、代わりに登校日だったのか集団の小学生らしき声が聞こえる、
眠気が襲ってきた、富樫は誘われるまま目を伏せる。
このまま何もしなければ腹を下すかもしれない、知識としては昔に得ていた。だが、
「ンなもん、桃にやらせりゃ…いいじゃろうが」
富樫が呟く。桃の名前を呼んだ途端体は更にだるくなった。
必死な顔で切羽詰って自分の手首を掴んだ桃、その手がらしくもなく震えていたのを富樫は覚えている。
すまん、
すまん、
三度詫びようとした桃の頭を富樫は本気で殴った、無遠慮に突き上げていた最中だったからきっと衝撃に締まったんだろう、殴られたと同時に桃は中へ精液をぶ
ちまけた。
眉を下げた酷く切ない顔をしていた桃へ、富樫は笑ってみせた。
「案外早漏じゃねぇか」
桃が泣き笑いのような顔で、富樫の手首へ唇を落とした。
詫びはもういい、そう言うと、何を勘違いしたのか桃は本当にごまかしきれない一滴で泣いた。
桃はまだ帰ってこない。
玄関のカギなんか持ってやしないから、玄関は開けっ放し。今遠慮を知らない虎丸あたりがヨォ!と開けたら大変な事になる。
だというのに富樫は起き上がる様子もない。
桃を信じている。
こんな時ですらボタンを掛け違えそうにないあの男が、富樫が隣を離れようとしないあの男なら、あといくばくかすれば戻ってくると信じている。
手ぶらでは戻ってこられないから、何かしようもないようなものを持ってくるんだろう。
トイレットペーパーなんかだったりするかもしれない、富樫はそう思うと間抜けで笑えてきた。
扇風機が回っている、
どうやら今日も最高気温が体温と並ぶようだ。