愛ある朝食

この想い、どれだけのものか。
示して見せよう裸になって。








朝の爽やかな六時半。
ささやかだが栄養を考えて作られた朝食の最中にそれは起こった。
男塾塾長、江田島平八。後三人彼と実力を並べる人材が揃った際にはアジア平定が始まると言われている男である。
「たたぬ」
「……へ、」
ヘ、富樫は間抜けに口を半開きにして呆けた。すぐに、
(粥の米が少なかったかよ)
調理場で試した時には箸はちゃんと立ったのにと焦る。毎日出している朝粥は米の加減を強めにしており、とろりと口加減は優しいものの腹にドッシリと溜まる ように作ってあった。
が、見れば塾長の椀は既に空となっており、米粒一つ残すことなく食べ終えられている。
「……塾長?」
「ウーム…」
珍しく男らしい眉を下げて、顎をさすりさすり塾長は消沈している様子だ。富樫はにわかに不安になった。
塾長だ江田島だモンスターだ破壊神だと言ってはいるが、年齢的には立派な老人である。もしかしたらどこか具合の悪いところでもあるのかも知れぬ。


「実は、ナ」
「お、おう…」
いつショッキングな宣告をされてもいいように、割烹着をかなぐり捨てて富樫は膝の上へ握りこぶしを作った。

チチチ、
雀が慌しく庭を離れていく。富樫がまいたトウキビを食べつくしたらしい。


「実は、ナ。勃たんのだ」
「………は?」
塾長は着物のあわせをバッと肌蹴た。モチモチとまだ水気を弾く肌色が朝の光に露になる。
男塾の徽章入りのフンドシ一丁の姿になると、腕をグッと組んだ。いつも通りの逞しい姿であった。
「ムスコが…マラが勃たんのだ。朝勃ちをせんのだ」



チチチチ、チチチチ、
雀が戻ってきた。食べこぼしがあったか、それとも寝ぼすけがいたか。


「……えっとな、塾長」
「ウム」
「いっこ聞きてぇんだけどよ、その…」
「ウム」
「毎ンち、毎日朝勃ちしてたんか」
「うむっ。毎朝心身ともに健康であったぞ」
「バ、バァッキャロォ!てめぇみてぇなジジイ、朝じゃなくてもイチモツ勃ったりしねぇやい!!」
「バカモン!ワシをそんじょそこらのお年寄りと一緒にするでないッ!!」


この後、殴り合い。もちろん一方的に富樫はボコボコと殴られて、なんとこの中年にもなって尻までぶたれることになった。



と、富樫を膝に乗せて尻をぶっていた塾長、何かに気づく。
「おお、そうじゃそうじゃ。富樫、お前ワシに尻を貸せい」
「アア!!?」
「ワハハ、艶本を読んでもまるで役に立たんからのう。これは女じゃどうにもならんのかもしれん」
「だ、だからって!」
意地悪く大きな顎を突き出して塾長はニヤリとした。フッフフと悪戯坊主のような光を目に宿している。
「フッフフ富樫よ、お前もワシの秘書なら尻の一つや二つ…」
まるっきりからかいである。本気などどこを探してもない。ただ自分の膝の上で富樫がジタバタ暴れるのが楽しくてしかたがないだけなのだ。
そんな塾長の大きなタナゴコロでいつも弄ばれているにもかかわらず、まるで学習しない男。
それが富樫源次である。秘書がこれでいいのか、とも思うが、そういう男だからいいのだと塾長が考えているフシもあるのでそれでよさそうである。

「どーれ、尻を出さんか」
フフフハハハ、塾長は上機嫌に富樫のベルトへ手をかけた。
「ギ、ギャーーーーッ!!!」

富樫が断末魔の悲鳴を上げる。
安心してもいい、富樫はヒロインである。
ヒロインのピンチに憑き物いや付き物なのはヒーローの登場である。
エキセントリックスーパースターの登場である。

ヒーローはすべからく派手な登場をする。
彼もまた、その約束事に従った。




ビシャーン!!
大きな音を立てて襖が左右へ開く。朝の江田島邸にその音は派手派手しく響いた。
あんまり大きな音だったので、くんずほぐれつしていた二人はその襖へ、正しくは襖を叩き付けるようにして開いた男へ視線を注ぐ。

「押忍!塾長!おはようございます!」
「おお、桃か」

元男塾総代剣桃太郎が清清しいスーツ姿で颯爽と登場した。挨拶をしながらもサッサと塾長のもとへ歩み寄り、富樫の腕を引いて自分の範囲下におく。

「押忍!塾長、もし尻を所望という事でしたら、富樫ではなく俺をどうぞ!」
桃は富樫が仰天するような事を言い出す。富樫はオイ!と悲鳴を上げて桃の袖を引いた。
「も、」
「なんじゃ、お前が相手をすると言うのか」
塾長も自分が遊んでいた事を桃に見透かされている事をわかっている。わかっているがオタオタと二人を見比べている富樫が面白かったのでノッてやる。
「ええ、俺も塾長なら尻を差し出してもいいですからね」

なんてサラリとまるで気負った風もなく言ってのける桃の横顔ときたら、それはそれは男前である。
富樫は思わず見とれた。なんて男前だろうと。だが決して真似の出来る男前ではないと。




「わぁっはっはっはっは!もうよいもうよい、フッフフ富樫に桃、冗談じゃ。ワッハハ昨日な、ちと張り切りすぎてのう」
「な、なに――ッ!!?」
一人遊ばれていた富樫はアワを噴出す勢いで怒鳴った。桃は白白しくもおやおやなどと言っている。

「お前があんまり初心な反応をするからじゃ。ワッハハ許せよ富樫」
「グ、グクゥウウウウ…!!!」
「いいじゃねぇか富樫、塾長もああ言ってるんだ」
さっさと塾長側についてしまう桃である。富樫は恐ろしいものを見るような顔で桃を見た。
「して桃よ、朝も早いが何の用じゃ」
「ああ、少し野暮用で…後で詳しく」
「そうか、朝飯は済んだのか?」

ハハッ、テレビの中の誰より、というか富樫が知る中で誰より爽やかに桃は頭を掻いて見せた。まるで嫌味ったらしさや、わざとらしさがない。
「いや、この時間に来れば何か食わせてもらえると思いまして」
「ワッハハそうかそうか。おい富樫、桃に朝飯を用意せんか」
「ち、ちっきしょうどいつもこいつも…!俺をからかいやがって…」

言いながらも富樫は割烹着のヒモを締め直す。
そんな富樫へ桃は、
「お前が好きだからさ、ところで似合うぜ、割烹着」
と更に富樫を怒らせるような事を言う。富樫は口から火を吹きそうな顔で桃をギロリと睨みつけると台所へノスノスと戻っていった。




桃に出てきただしまき卵は、やけにしおっからい上にやたらと卵のカラが入っており、その上唐辛子がたっぷり振りかけられている。
「フッフフ手間をかけたな。富樫、だしまき好きだろう。……ほら、あーん」
やっぱり因果応報を味わうハメになるのだ。
それが富樫源次という男である。
モクジ
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