かわいいあの子はボケリンゴ
かわいいあの子はボケリンゴ。
トロくてゆるいのよ。
伊達組組長(ただし、本部構成員本人含め五名)伊達臣人の眼差しは冷たい。
「給料落としてしもうたんじゃ」
伊達の返事はにべもない。
「警察に届けろよ」
「と、…届けたんじゃけど、まだ見つからねぇ」
「諦めろ」
「………メ、メシ食えないと俺、死んじゃうかもわからんぜ」
僅かばかり切れ長の瞳を見開いて、哀れっぽく髪の毛どころか全身をしんなりと萎れさせている無精髭面を見やった。
初めて見た時は大きかった身体をちいさく丸めて正座をし、伊達のほうをじっと見つめている。
この見つめ方がまたよくできたもので、捨て犬のような見つめ方で伊達を揺らがせた。決して目を逸らさず、自分を助けてくれるのは伊達だけ、という必死な顔
で見つめ続けている。
伊達はチッ、と小さく舌打ちを鳴らし、
「野垂れ死ね」
更に冷たい声を出した。
伊達臣人という男、決して薄情な男ではない。むしろ自分を頼ってくる人間や一度懐に入れてしまった人間に対しては甘いと言われてもいいぐらいだ。
だがこの虎丸相手にはどこまでも冷たく接する事が多い、甘やかしてはならないと自分に言い聞かせるようにして厳しい物言いを重ねていた。
「伊達ぇ!おめぇは冷たいのぉ!!」
「ぬっ!?」
虎丸が跳んだ、伊達臣人ですらかわしきれない素早い跳躍で、二人の間を隔てていた応接ローテーブルを飛び越えたのだった。
正座の状態からよくぞ、と感心されそうな勢いで跳んだ虎丸はそのまま伊達の首へかじりつくようにして抱きつく。
冷たいのぉ、と言いながらもその声には甘えがたっぷりで、髭でチクチクする頬をにゃんにゃんと擦り付けた。
「止さねぇか、気色の悪い」
抗いは本気だ、しかし本心ではない。
それを虎丸はよくよくわかっているらしく、
「いやん、イケズ、つれないお方!」
尚も応接ソファに腰掛けたままの伊達の膝に跨って飯をよこせとねだり続けている。
そのあまりのしつこさにとうとう根負けして(したように振舞って)、伊達は手を一つ鳴らした。もちろん虎丸はまだ伊達の膝に乗っかったままだ。
「………はい、お呼びですか」
やたらと薄ら暗い声で返事をし、思わず殴りたくなるほどの仏頂面が素早く事務所へとやってきた。伊達は要らぬと言ったのだが律儀に急須で淹れた茶をのせた
盆を手にしており、腰は低いがなにぶん表情が悪い、毎日葬式でもやっていればこうした顔になるだろうか。
自分で部下へと引き入れておいてそんな酷い事をぼんやりと考えた伊達は、つい膝の上の虎丸を突き飛ばすのを忘れた。
「…………」
仏頂面は眉をしかめた。普通に見れば、不機嫌そうに歪めたようにしか見えない。
しかしそれが、怪訝そうにしている表情であるということを伊達はおよそ一月の間に学んだ。
「ご愛人でいらっしゃいますか」
仏頂面は仏頂面のままに尋ねた。眉一つ動かさず、しかしあくまでも不機嫌そうに。
自分の上司にあたる組長が膝に誰かを乗せているのだからその問いかけはまっとうだ、しかし本人に面と向かって尋ねるものでもないし、ましてや膝に乗せてい
るのが髭面の男であることを鑑みもしない。
ズレていた。
「違ェ」「そ!」
伊達と虎丸の返事は同時だった。憤怒の表情で伊達は虎丸を睨んだ、が、虎丸はますます腕へと力を込めて伊達の首っ玉へにゃんにゃんと擦り寄った。
掴みかけたこのチャンスを逃してはならぬ、虎丸も内心必死だった。
「……ご友人でいらっしゃいますか」
仏頂面は重ねて問うた。伊達の眉が吊り上がる。何を野暮なことを聞くのだ、
「違ェ、知人だ」
しかし伊達の口から出た言葉はまたも否定で、仏頂面は小さく頷いた。納得したのかどうかもわからないほどにきつい眉間の皺、虎丸は臆した様子もなく仏頂面
へ笑って見せる。もちろん伊達から離れはしない。
「さようでございますか」
「仏頂面、三日ほどこいつをここで寝起きさせる。その間飯の面倒をみてやれ」
「かしこまりました」
まるで疑問の様子のない返答に伊達が面食らう、もう少し戸惑ってもよかった。
虎丸はといえばヒャッホゥと奇妙キテレツな声を上げて、伊達の膝の上で弾む。
「いっやーん!伊達ってば優しい!」
気色の悪い裏声を上げるなり、伊達が顔を背ける間もあらばこそ、伊達の傷が走った頬へブチュウとソースの匂いがプンプンする唇を押し付けた。
「ウッ」
伊達がまるで伊達らしくない悲鳴をもらす。さすがに嫌だった、美しい眼差しが曇り、口元が引きつる。伊達が身を捩るとなおも、
「照れとんのか、愛い奴よのォ〜ホレホレ、もっぺんするか?エ?」
オヤジ根性丸出しでブチュウウと伊達の頬を吸い付こうとしていく虎丸を、ようやく伊達は突き飛ばした。
ヌラリと濡れた頬を拭い、思い切り床へと落ちた虎丸の腹を踏みつけにしてから立ち上がる。
「ふぐぇあっ」
仏頂面はそれでも表情を変えない。
「大飯食らいだ、雑用は何でも任せろ。……頭は使わせるな、馬鹿だ」
「かしこまりました」
一拍の迷いも無い返答。深深と頭を下げて仏頂面は、
「ご愛人でいらっしゃいますか」
そう、尋ねた。たちまち伊達の怒りの矛先が自分の足元で潰れている男ではなく、真正面の仏頂面へと変わった。
「耳が遠くなったか。同じ事を二度も尋ねるんじゃねぇ」
不機嫌な伊達の声音はそれはそれは恐ろしい、顎を引いて睨むとゾクゾクと背中が粟立つようで。
しかし一部の人間にはあの眼差しがたまらなくいいと言う、仏頂面は別にそういうわけではなかったが、
「大事な事なので、二度聞きました」
いたって生真面目にそう発言したのだった。むろん、顔はひくりとも動かない。
(大事な方なら、あまり手伝っていただくわけにも、いきませんし)
虎丸ともども、仏頂面は怒りの伊達の一撃を受けて事務所から放り出された。五千円札を一枚投げられて、
「これで飯を作れ」
苛苛と波打つ声で命じられた。
虎丸と絡み合ったまま廊下に倒れ伏していた仏頂面はその声に、
「かしこまりました」
杓子定規なかたくなさで承る。
なにぶん若い時代だった。
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