落ちたら死ぬんだ

直射日光に日焼けを気にするような男じゃない、
朝もはよから気落ちしてトボつくような男じゃない、
背中の曲がるような年齢の男じゃない、
昨日の夜更かしが残っている男じゃない、


金が無くて、それで地面を睨み睨み歩くような男じゃ……

「ある」


桃は駆け出した。よう、どうしたんだそんな下向いて。
そんな声をかけるべく、前をゆく富樫の背を追った。

秋だ秋だと言われても、ちいとも秋ではない今朝よ。
今日もヂリヂリ肌を焼く。




「よう、富樫」
声をかけると同時にドン、と桃は富樫の背を叩いた。こうしたスキンシップを取るのにためらいの全くいらない男、それが富樫である。
「うおッ」
さして力を込めたというわけでもなかったが、富樫はたたらを踏んでよろめく。肩から提げた鞄が大きく円を描いた。
「て、テメェエ桃ォ!!何しやぁがるんじゃこの、ボケ!!」
振り向くなりに鼻を大きく膨らませて瞬間沸騰の熱さで怒鳴った。ちょっと小突いただけにしては大げさな怒り方である。
桃は軽く首を傾げた、ヒラリとハチマキが風にそよぐ。富樫はきょとんとしている桃に足元を指差した。

ちょうど桃が富樫をドンと小突いたのは駅へと向かう大通りで、アスファルトは早早と焼けていた。
何が言いたいのか分からず桃はさらに首を傾げる、富樫はイラついたように唇を捲り上げるようにして舌打ちをした。
「チッ、後ちょっとだったってのによ」
「すまん富樫。俺にはお前がどうしてそう怒ってるのかわからねぇ。お前が下向きに歩いてたから」
「そりゃ、下見なきゃ落ちるからに決まってんじゃねぇか」
「落ちる?」

桃は改めて富樫が示した下を見直してみた。二人が立っているのは横断歩道の上で、特に水溜りがあったり犬のフンがあるようには見えない。
ここまで鈍い反応の桃にようやく富樫がアー…と頭を掻いた。

「もしかしたらおめぇ…知らんのかよ、桃」
「だから何がだ?」
「おめぇもさっきから落っこってるしな…おら、横断歩道の白い部分から落ちたらいけねぇんだよ」
「白い…部分?」

確かに桃も富樫も、横断歩道の白い部分から足がしっかりとはみ出ている。
「こっから落ちねぇように歩かなきゃいけねぇんだよ」
「………フッ」

桃は思わず噴出した。小学生の頃こんな話が流行ったのを思い出したのである。

「てめぇ笑ったな!?お、俺だって信じてやしねぇよ!馬鹿にしてんじゃねぇや」
「フフッ、悪い…お前がかわいい事を言うからさ」

富樫は怒ったように肩から鞄を外すと桃へ投げつけた。さっさと肩を怒らせて歩いて行く。
持てと言う事らしいと把握し大人しく桃は自分の鞄と合わせて肩から提げると後ろから追いかけた。


「待てよ富樫、なあ、」
「うるせぇや」
「お前は幸せじゃないかも知れない、だがな富樫聞けよ」
「……なんじゃ」
「お前がかわいい事を言うから俺は今、嬉しい」



富樫は力いっぱい全力投球に馬鹿野郎と怒鳴って桃を殴る。
甘んじてそれを桃は受け、それでもとても幸せに笑っていた。
モクジ
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