お前の負けだ
忌忌しく晴れていやがる。
これも恐らくあの野郎が願ったか、祈ったか。
まったくあの野郎の外面のよさと言ったら無ぇ。
「おい、東の窓を開けろ」
「は」
「いいから東の窓を開けろって言ってんだ」
俺が喋るのがそんなにおかしいか、驚くか。舐めるんじゃねえ俺を誰だと思ってる、俺は伊達臣人だ。
痩せても枯れても、老いたって俺は伊達臣人だ。
こんな綿入りの布団なんざ着せやがって、こう暑いってのに。俺が布団へ起き上がるとうるせぇ奴が駆け寄ってきて、
「起きてはなりません!」
なんて大声を出しやがる。聞こえてるぜ、歳は食ってもボケちゃいねえよ。
「いいから東の窓は開けたのか、俺の道具を持って来い。…それから学ランもだ」
「何をおっしゃるのですか、組長」
「何をじゃねぇ、命令だ」
繰り返し言わせるんじゃねえ、
渋渋と俺を振り返りながらも倉庫へと走っていったのを俺は見送って、ため息をついた。
ついさっき妙なガキがいきなり現れて妙な事を言い出すまでもなく、俺にはわかっている。
あいつが行ったんだ、つまり俺が勝ったということだ。
昔あいつに、俺はこの勝負に負けたが、てめぇに負けた訳じゃねぇと言った覚えがある。あいつ以外の奴等は負け惜しみだなんだとくだらんことを言っていた
が、あいつはわかってたんだろう。
たった一度の勝負に命を賭けるのもいい、だが命ある限り俺とあいつとの勝負は続くんだ。
生きて、最後に笑った俺の価値だ。無理をしたとは思う、だがあいつに勝つのにヘラヘラ笑ってられる筈が無ぇ。
道理の立たぬ無理をして、そしてあいつが逝ったという事がわかった。俺の勝ちだ、最後の最後、俺の勝ちだ。
「組長、お持ちしました」
「そこに置いておけ。それから、さっき開けた東の窓以外全て施錠しろ」
「はい」
さすがに付き合いの長い部下なら、俺の意図はわからなくても素早く動ける。
「おい、」
「はい、」
「てめぇは職分を全うした、誇れ」
「………はい、」
泣くなら障子の影に行け、鬱陶しい。
「歌が聞こえる」
「え?」
「………」
「あの、組長」
「もう行け、」
聖者は西からやって来る、
聖者は西からやって来る、
楽の音歌声さんざめき、
聖者は西からやって来る、
聖者は西からやって来る、
五色の雲をたなびいて、
聖者は西からやって来る、
聖者は西からやって来る、
極楽浄土ははるか西、
聖者は西からやって来る、
聖者は西からやって来る、
まず正面玄関をじゃんじゃんと誰かが叩いた。
ついで、西側のガラス戸を誰かがきしませる。
雨戸、よろい戸、
おかしい、どっこも開いとらんぞ、誰かが声を上げた。
そうしてめぐりめぐって伊達屋敷、唯一開いている東の窓から一人颯爽と学ラン姿の男が入り込む。
「カギくらい開けておけよ」
「てめぇらがうるせぇからな」
「なんだ、着替えもまだなのか…伊達」
「ほっとけ、てめえの都合につき合わされてたまるか」
「着替え、手伝おうか」
「付いて行かねぇとは言わんから、少し静かに大人しく待ってろや…桃」
「うん」
勝つには勝った、だが、ある意味では負けだ。
勝つには勝って、更に無理をすればあと一月は生きていられるだろう。
だがそれでは意味が無い、あいつが逝って、俺がここに留まる事に意味が無い。
ああ俺のなんと惰弱な事だろう、俺の全てはあいつが喜ぶように出来ているとでも言うんだろうか。
それとも桃というあの男が、あまねく全てから祝福されているからなのだろうか。
「…ああ、似合うな」
桃は着替えを済ませた伊達をぼんやりと眺めながら呟いた。
「あ?」
「お前はやっぱり、学ランが良く似合う」
「……フン」
もちろんなんだって似合う、伊達臣人なのだから、伊達男なのだから。
「俺が見知ったお前が一番いいお前さ」
「桃、さっきからべらべらと喋りやがって……言う事は無ぇのか」
「うん?」
桃は東の窓枠に手をかけてさっさと身を乗り出しかけていたが、伊達の声に振り返って、
「俺の負けさ」
そう真心で言った。
伊達はおおいに満足して、自らも窓辺へと歩き出す。
窓の外は五色の彩、照り映える桜。
はるか向こう黒い波、彼の仲間が行列を組んで出迎えている。
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