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ぬくもりを君に
おニュウな俺に、キュンキュンしたじゃろ?
既に十一月、町行く人は上着を手にかけることなく身につけたまま一日を過ごす季節。
伊達臣人は相変わらずの薄着だった、夏の間に散財したせいで上着を買う金がなくなってしまったのだった。
チンピラらしくてよかろうと先輩の卍丸が自分の持っていた服の中から特にガラの悪そうなガラ物を数着譲り受け、それを着まわしている毎日である。
薔薇柄、蛇柄、鎖柄、豹柄、
悪趣味という趣味全開のシャツに、古着屋で買ったジーンズ。男のダンディズムはどこへやらのサンダル履き。
もちろん仕事の時のためにスラックスの一本は持っている、靴も意識してつま先の尖ったものを買った。
姿で仕事をするつもりは伊達にはまるでなかったが、卍丸から貰ったこの悪趣味な柄シャツにはこうしたものがよかろうと思っての事。
どうせ着るのは伊達臣人、天下無双の伊達男。
それなら悪趣味を極めて尚の男前であってこそ、それを伊達は自らのダンディズムとしていた。
そんな悪趣味の塊、見るからにお母さんが子供を近づける前にかっさらう危険な男の象徴と化していた伊達は今待ち合わせのメッカ池袋駅のいけふくろうにあっ た。
学生が多い街である、普段であれば空気を読まずに地べたに座ったりツバを吐いたりする若者がこのいけふくろう像の周りにタムロするのが常であるが、
閑散としている。
というのも、伊達臣人がいるからであった。彼ら学生、若さは時に無謀を働く事もあるが、彼らはまだ獣の命を少しは持っている。
彼らの獣の鼻が、伊達臣人から危険な匂いを嗅ぎ取った。この男にチョッカイをかけたら、危ういのは自分だと。
そんな彼らの思惑とは別に、伊達は生臭い駅の地下特有の風邪に整髪料をつけていない髪の毛をなぶらせていた。
時計を持っていない、伊達臣人に時計は必要が無い。時間は太陽の動きと肌が覚えている。
約束の時刻から既に十分が経過した事はわかっている、
十、
伊達はカウントを始めた。
いつまでも待っていてやるほどのお人よしではないと、顎を軽く引く。
九、
大体誘ったのはあっちだ、だのに遅れて来やがるってのはどういうつもりだ。
八、
俺はわざわざ仕事を休んでまで来てやったってのに。
七、
そうだ店のオカマ達からデートだ何だとうるさく言われたのもあの馬鹿のせいだ。
六、
何がデートだ何がデートだ、あんなボケとデートするほど俺は安くねぇ。
五、
大体デートならそれらしく誘え、何だいきなり明日空いてるかって。
四、
ああ面倒だ、帰るぜ。俺は、帰る。
「虎丸龍次の登場じゃーい!!」
聞き覚えのある舌っ足らず。
突如現れたのはでかい尻、近来絶滅の危機に瀕している日本男児のドッシリとしていてハリのある、大きな尻が伊達目掛けて飛んできた。
ザワリとあたりが揺らいだ、いかに直前まで伊達臣人が注目を集め続けていたか知れる。
伊達の顔面にその尻がぶつかる寸前、獣よりも優れた反射神経が伊達に右足を引かせた。
ひらり、
伊達はしまい損ねていた柄シャツのテロテロと薄い裾が翻るのを目のはじに捉えつつ、左足を振り上げる。
目標である伊達が身体をかわしてしまったために、飛び掛ってきた尻は行き場を失う。このままカエルのように四足でペチャンと汚い駅の床へオチもなく落ちる が必至。が、
「遅れてきて何をしやがるんだ!!馬鹿が!!」
きちんと伊達臣人の抜群に長い脚が、その尻を蹴っ飛ばしてやった。
「きゃん!」
きちんと尻のほうも心得たもので、可愛らしい声を作って蹴飛ばされていく。
伊達はムキになって否定するだろうが、こうしたじゃれあいが自分たちの挨拶だと今尻を蹴飛ばされて飛んでいった虎丸龍次は主張する。
「てめぇが俺を呼んでおいて、遅れてくるとはどういう了見だ!」
強く風が吹いた、生臭いそれにまたもシャツの裾を翻されつつ、伊達臣人は虎丸の遅刻を責めた。
声を張り上げたと同時に今の今までいつ死神と化すかわからない、不気味な恐ろしさがすっかり消えて、ただクールで格好いい、薄着の素敵なお兄さんへと変じ ていく。
池袋駅地下、和らいだ雰囲気にようやくホッとしたように一人の若者が終日禁煙のそこでタバコへと火をつけた。
「のう、伊達寒くないんか?」
ペッタラペッタラと薄い靴底を鳴らしながら、虎丸が尋ねる。あのタヌキの尻尾のように丸丸ふさふさとした後ろ髪は今は無い、容赦なく切り落としたのは他で もない伊達で、洗いの足りないその首筋を眺めていた伊達は一瞬何を聞かれたかわからなかった。
「何だ?」
「だから、寒くないんかって」
ホレー、虎丸が自分の上着を指差した。たしかに虎丸は休日だというのに会社へ行くのと同じようなグレーの野暮ったいスーツ姿。
伊達に会うからとかしこまってきたわけではない、恐らくそれぐらいしか服が無いのだろうと伊達は読む。読みはアタリだった。
「寒い…か?」
立ち止まり、あたりを伊達は見渡してみた。女子高生は思い切り足をさらけ出しながらもマフラーをぐるぐると巻きつけ、サンダル履きはおらず、コートを八割 がたは身につけていた。コートを身につけていないものもほとんどが重ね着に身を太らせ、ブーツで舗装をカチカチと叩く。
つまりは、冬支度に身を包んでいるのだった。伊達を除いて。
「おう、もうじゅーいちがつだからのう」
じゅーいちがつ、頭のユルユルな発音でノンビリと言いながら、虎丸は歩き出す。
「寒いか」
「まーな」
虎丸ですら、あの裸一貫褌男の虎丸ですら、寒いと言う。
伊達は寒さに疎かった。寒さだけではない、全ての感覚が鈍い。
人の気配を悟るとか、混入された毒を感じるとか、誰かの体臭を嗅ぎ取るとか、そうした事は誰より得意としている。
けれど、鈍い。
虎丸にツツジを差し出され、共に蜜をヂウヂウと吸ったこともある。甘いと言っただけだった。
虎丸にラーメンを誘われ、豚骨スープをゴクゴクと飲んだこともある。塩っぱいと言っただけだった。
虎丸がこしらえた具のほとんど無いカレーを振舞われ、福神漬けと一緒にかっこんだこともある。辛いと言っただけだった。
伊達臣人は常人が必要とするそうした感覚に鈍かった。美味いまずいの差すらおぼろげであった。
そして味覚だけではなく痛覚もそうで、ほとんどの痛みを眉一つしかめずに受け入れる。
寒さに耐え、暑さを受け流す。
それらは全て暗殺者にはうってつけだったろう、
痛みは抵抗を生む、寒さは逃げを生む、暑さは逃避を生む、
何かを生み出すような存在ではない、暗殺者はただ黙黙と受け入れて、何かを殺すだけの存在でなくてはいけない。
そんな何も必要としない伊達だったからこそ、今まで生きていることが出来た。
しかし今、男塾を卒業して一般から少し外れた一般人となった伊達。
十一月の寒風がシャツの裾から入り込み、素肌を冷やしても眉一つひそめない。道行く人間の注目を集める。
伊達臣人は浮いていた。
「お前も寒いのか」
一度立ち止まったことで、周りからの視線に伊達も気づいていた。自分が浮いていたことにも気づいた。
傷ついたり、戸惑ったりする伊達ではない。だが、
(ああ人と俺とは違うのだな)
と確認しただけに過ぎない。
けれど、
(違うのは、間違っているのではないか)
伊達は思う。
「俺ゃそこまででもないけど、寒いっちゃあ、寒い」
「………そうかよ」
「伊達は寒くないんか。うらやましいのー」
「うらやましいなんて事があるか。ここのところ物入りで、懐が寂しいだけだ」
珍しく伊達が自らの弱い部分を口にした。一歩先を行く虎丸が振り向く。途端にティッシュ配りにぶつかってにらまれてしまった。
伊達ならばぶつからない。どうして虎丸が前方から来る人間すら避けられないのかと不思議に思うほど。
「けど、伊達、ホレ」
いきなり横に並んだ虎丸がギュウと伊達の首に腕を回して抱え込んだ。肩を組む格好になった伊達は虎丸の首筋に高い鼻をぶつけることになる。
「ツ、」
「な?」
距離が今ゼロになる。伊達は驚いた。殺し合いではない体の接触には男塾を卒業してもいまだに不慣れだ。
な、と聞かれて伊達は鼻をひくつかせた。
異臭としか呼べないような臭いが伊達の鼻を突く。
「!!」
反射的に伊達が虎丸の腕を捻り上げ、その場に引きずり倒した。キャ、と女子高生達がスカートを押える。というのも地面に仰向けに倒れた虎丸がいやらしくニ ヤけていたからで、同情を誘う要素がこれっぽっちもなかったからだった。
騒ぎになったのはほんの一瞬、虎丸はスーツをパタパタはたいて立ち上がる。
「痛ェ、もう、酷い!」
ひどぉい、と声を黄色くして虎丸は眉を寄せた。寄せずとも既に一本に繋がっている。
伊達はフンと鼻を鳴らすと顔の前で手を振った。
「臭ェ、野良犬みてぇな臭いがするぜ」
「オウ、俺ゃこれが一張羅だからと着てたらツイ。やきにくとー、パチンコとー」
数え上げられたのはどれもこれも臭気の強い場所や事柄ばかり。伊達は呆れて物も言えないで居る。
そこでようやく、今日の本題を尋ねる事を思い出した。
「それで、てめぇは今日俺に何の用だ」
「へ」
呆けたような虎丸の間抜け面に、伊達のきついが色のある眼差しが更に険しいものになる。左足が再び一歩下がった。
タンマ、と虎丸が手を上げる。
「何がタンマだ」
声にもドスが利いている。
「タンマ、タンマ。あんな、伊達、今日はコロモガエに来たんじゃ」
「ああ?」
更に伊達の眉が吊り上がる。自分が服が買えていないと言った矢先にこれだ。
「だから、伊達。おめぇにもトクな話なんだって!」
「てめぇがトクだと言って、俺にトクがあった話があるかよ」
「エ、エトー」
帰る、伊達が言い出しかけた寸前、虎丸が両手を上げた。
「と、とうちゃーく!!」
「あ?」
到着、と言われて伊達は顔を上げた。虎丸について歩くがままに、いつの間にか路地へと踏み込んでいた。池袋の路地は中国の繁華街裏に似た、うらぶれて饐え たにおいがする。夜になれば多少はネオンが灯るだろうが、白日に晒されてただただ間抜けに白けている。
虎丸が立ち止まったのは一見の店舗だった。あたりは皆風俗店だったが、その一店舗だけ沈んだ色調の昭和のモルタル造りで、湯屋のように入り口に濃紺の 『ゑ』と文字の入ったノレンが下がっている。
『ゑびす屋』
と看板のある店だった。ノレンは長く、人の背中半分までありそうに垂れ下がっている。
一見して入りづらそうな、客を選ぶ店だと分かる。
が、虎丸はサッサとそのノレンを掻き分けて、
「おーっす」
と呑気に声を上げて入っていく。仕方なく伊達もついて中へ入った。
中も湯屋のように番台が確かにあった、が、あるのは番台と椅子だけ。それから壁際に丸椅子が二つ並んでいる。小さな四畳ほどの部屋で、奥に通ずる扉が一 つ。
薄暗い店舗に蛍光灯が緑混じりにパチパチ言っていた。
何の店舗なんだろう、伊達がぐるりと見渡した。が、本当に何もない。
特筆するとすれば、番台にクイズ番組のような間仕切りがついていて、店主と丸椅子に座った客の姿が見えないだろうということ。
占いか何かだろうか、
「何の店だ?ヤクか何かか」
「バッ…おめぇ、そんなサツサツとしてんなよ」
虎丸が驚いたように目を丸くして手をブンブンと振った。
「サツサツじゃなくて殺伐だ」
颯颯してどうする――
といいたいのを伊達は堪えて、虎丸の次の一手を待った。虎丸は番台にあった鈴をチリンチリンと小さく鳴らす。
小指の先ほどの小さな鈴で、鳴らしたところで奥の間には聞こえそうにないように思われたが、程なくして、
「そんなに鳴らすんじゃねぇよ虎公、エ?毎度毎度対した質草も持って来ねェで」
酷く背中の曲がってやせこけた、小柄な角刈り頭の老人が出てきた。虎丸は頭を掻きながら、
「うるせぇやガリ爺、客ァ客だろが、それによ、新しい客連れてきてやったんじゃ。もちっと歓迎せんかい」
フン、と店主である痩せた老人は鼻を鳴らして一蹴した。
「質屋が客ゥ歓迎してどうする、ボケ。オウ、そっちの兄さんァ何か質草あるか」
「無え」
伊達はハッキリと答えた。金が無いのはヤマヤマだったが、物も無かった。
あからさまに舌打ちをして、老人は、
「どいつもこいつも。オウ虎公、何番」
ニ、と歯を見せて虎丸が笑って応じる。二本指を立てて、
「二番」
ハイもワカリマシタも無しに老人は頭を振り振り奥の間へ戻っていった。
再び伊達と虎丸だけがこの狭い空間に取り残される。ともあれ、この店が質屋であることを理解した伊達は口を開いた。
「おい、虎丸。俺は質屋に用なんか――」
声をかけた先、虎丸は既に臭いと言われたあのスーツを脱いでいた。スーツだけではない、スラックスも脱いでいる。中に着込んでいた半袖の汗染みが見える汚 らしいワイシャツも。
つまりは下着一丁になっていた。パンダの模様の可愛らしいトランクス。
「………てめぇは何をしてやがるんだ?」
いつまでたっても目的の見えない怒りよりも先に、呆れが先に立ってしまう。虎丸が自分の知らない事を知っているという事実はなんと疲れる事だろうか。
見慣れた虎丸の裸にため息を一つつくと、裸の虎丸がウンと頷いた。
「ウン、そろそろ寒くなってきたじゃろ。だから…コロモガエを」
先ほどの老人がヤッカイそうに戻ってきた。手にはスーツなどを入れる白い布のカバーがある。
「お、悪い悪い」
「人ン店をタンス代わりにしてんじゃねぇ、悪ィってんなら質草持って来い質草ァ」
口元をひん曲げて老人は愛想の無い口ぶりでそう言う、けれど虎丸はまるで気にした様子も無しに、
運ばれてきた長袖のワイシャツに腕を通す。ついで厚手のスラックスへ足を突っ込んだ。
ここにきてようやく虎丸の言う衣替えの意味がわかり、
「この店をタンス代わりにしてるのか」
「ソ、俺の部屋狭いし、ここなら虫も来ねぇんじゃ」
呆れた、伊達が口を半開きに呆れていると虎丸は切り出した。
「そんで、例の服の件だけどよ」
「オウ」
「コイツ」
こいつ、と虎丸が伊達を示した。老人の鋭いギョロ目が伊達を睨んだ。たじろぎなく伊達はその視線正面から受けて立つ。
「コイツ、強いんだぜ。俺も結構強いけど、コイツ、強いんだぜ」
「ほーん。ン、確かに普通じゃあねぇな。カタギじゃねぇ、ヤクザもんか?」
「ああ」
答えたのは伊達だった。柄シャツの胸を張って堂堂とそう言った。
「へへェ、そんなら任せてみっか。オウ、とりあえずこっちャこいや虎公。おめぇもだよ」
老人に招かれて、二人は奥の間へ通された。
通されたのは十畳ほどの広さを持つ倉庫だった。
ズラリと並ぶ、服の山。どれも丁寧に白いカバーをかけられて、足元には靴やバッグの入ったらしい箱が転がっている。
ケースをすかして見るからに、一般人の着る服ではないヤクザや極道が身につける派手好みなものばかりのようだった。
「………おお、すげー」
老人がしかめっ面で忌忌しげに、
「これ等ァみんな質草だった。けどな、奴等金が無ェってんでそのまんまここに置いてかれたモンよ。流そうにもこんな柄モン、流れやしねぇ」
つまり、デザイン的に金に換えられないということだ。
「フーン、そんで、相手はどんぐらいなんじゃ、ガリ爺。この服全部と、それっから俺のクリーニング代ってな、大盤振る舞いじゃねぇか」
そこまで来て伊達もおおよその話が読めた。ポキリとヒジを鳴らして笑みを浮かべる。
「―――そういう事かよ、ここの用心棒の代金て訳か」
「話が早ェ。そうよ、奴等ァここ等仕切ってる遠藤組よォ。以前の組長は話がわかったがよ、代替わりしてからと言うもの道理って物をしらねぇ」
苦虫を噛み潰したような面持ちの老人に、虎丸は胸を叩いて請合った。
「大丈夫じゃって、ナ、伊達」
「遠藤組…ああ、最近中国系暴力団と手を組んだとかでのし上がってきていたな。前は昔カタギだったらしいが」
「そうよォ、何よりあのボケどもワシにミカジメ払えと言ってきやがった。バァロォが、ワシのが何年も昔っから商売してら」
断ったらこのザマよォ、老人が吐き捨てた。確かに店構えにラクガキがされ、ゴミが打ち捨てられているのを伊達は思い出す。
「……な、伊達?」
上目に虎丸がじっと伊達を見つめてくる。相手をくすぐるような眼差し。
伊達が前髪をかき上げる。ぬるくまつわりついてきていた日常がほどけていき、剣呑な暴力の気配が指の隙間から覗く目からギロギロと零れていく。
「………豊島区に拠点持っておくのも、悪くねぇ――」
ヨッ、伊達男!虎丸がワッと笑って囃す。囃されてもまるで遜色ない男前がニヤリと獰猛に笑った。
無論、槍が無くとも負ける気がしない。
「かんぱーい!」
かくして伊達は豊島区に小さいものの一つ拠点と、それから冬の服を手に入れることができた。
全てベカベカギラギラのヤクザファッションだったが、不思議と伊達が着こなすと素晴らしく格好よく見えるのだからまったく得な男である。
「……そういや、てめぇはどうして俺に声をかけた」
ついでとばかりにヤクザ達から巻き上げた持ち金で、中華料理屋で祝杯を挙げる。ひさしぶりに遠慮のない飲み食いをしながら伊達は酒の染みた舌で尋ねた。
かぶりついていた大きなエビのチリソースがけから口を離し、
「ん、だってよう、伊達、夏に言ってたじゃろ。冬も寒くねぇって」
言われて伊達は思いを巡らす。確かに真夏、ありあわせの長袖を着て行って、暑くないのかと尋ねられた事があった。その時に冬の事まで話したかどうかは思い 出せなかったが、おそらく話したのだろう。
「ほんで一応誘ってみたがよ、本当にペラペラの服しか着てねぇでやんの。俺、伊達が寒そうなのは嫌じゃ」
「………」
思わず伊達は言葉を失った。虎丸は再びエビにかぶりついている。
自分がどれだけの言葉を告げたか、まるでわかっていない。一般的にたいした言葉でもないのだが、それでも伊達はグッと噛締める。
「夏ァまだいいけどよ、おめぇの手、冷てぇんだもんな」
安っぽい朱塗りの卓の上に投げ出していた伊達の右手を虎丸はサッと掴んだ。酒が入っているというのにその指先は冷え切っていた。
「!」
どきりと胸が弾んだ。伊達は酒が入っている事を深く感謝する。
「な?おめぇ冷え性なんだよ、きっとよう。きちんとあったかくしろや、でねぇと――俺――」
真剣そのものの虎丸の眼力は、実はかなりのもの。まっすぐに見つめて、それで力をドクドクと注いでくる。
「でねぇと、丈夫な俺の子が産めねえぞってか、ワッハハハハハハ!!」
しかしその真剣さが続かないのも虎丸で、伊達はすぐさま卓に乗っていた赤絵の中国花器で虎丸の脳天をブチ叩いた。ガシャーン、盛大に割れて虎丸は水浸し。
「ギャーッ!!血、血が出た!!」
粉粉に砕けた花器が実は高級品で、巻き上げた金が丸丸持っていかれて二人青ざめるまで、後一分。
「な、何すんじゃ伊達!いきなり頭カチ割る奴があっかよ!」
「うるせぇ、ボケ!」
懐は冷えたが、ともあれ伊達はあたたかい。
モクジ
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