路傍の石(ころ)

人を呪わば穴二つ、知ってるだろ。
そうとも、かならず呪いは己が身に帰ってくる。
避けるのは簡単。自分がかけた呪いを解けば、それも終わる。
けどヤッカイな事に、人間の中には呪いをかけておいてそれを忘れちまう奴がいるのさ。
それは本当にヤッカイだよ、本人は露知らずで我が身の不幸をまた呪う。







何か言葉をかけてやりたい、その発露は赤石自身にとって驚くべきことであった。
普段空気のように、いや、空気のように必要では無い、石ころのように扱っていた男に対しての発露である。
石ころらしく時には蹴り飛ばし、時には省みる事もしなかった。他の石ころと比べて名前を覚えるほどには大粒であった。だがだからと言ってもそれはただの石 ころだった、何か役立てようもない。
わずかに大粒の石ころの名前を江戸川と言った。赤石が立つのは賽の河原のようで、石ころばかりが転がっている。
赤石は自らの望みに従って石ころ達をかき集め、それで塔を積み上げようと試みた。積み上げる端からざらざらと零れて酷く腹立たしい。
結局石ころはいくら積み上げても石ころで、赤石はその石ころ達を使って高みへと昇るのを止した。
一人の力で昇ることにした。

しかし石ころ達は皆それぞれに赤石を慕う。中でも一度懐に入れかけたぐらいには何がしかを注いだ江戸川という石ころは、放り出すことはしなかった。
それを赤石自身は、
「投げる価値もねぇ」
とはっきり言い捨てたが、それでも江戸川という石ころは静かに赤石の懐にあり続けた。
石ころらしく愚かで邪魔くさく、時折赤石の懐でころころあちらこちらへ転がってしまう。一旦わけのわからないところに入り込んでしまい、赤石は苛付く事も あった。
何より、石ころ風情を探す自分自身に酷く腹を立てた。
そんな日は赤石は酷くその石ころを蹴飛ばすか、地面へ叩き付ける。
石ころは泥に塗れた。
泥に塗れたのを、
「フン」
汚ェなとあざ笑っていい気分になったかと思えば、それをまた懐に入れなければならない事を思い出す。
また、不機嫌になった。
江戸川は石ころなのでされるがまま蹴飛ばされて原の果てまで蹴飛ばされたし、投げつけられるがまま地面にベシャリと落ちた。
泥に塗れてしくしくと泣いた。けれど最後に赤石が糞を掴むような嫌嫌とした動作で拾い上げて懐へ入れるので、それもまた申し訳ないような気がした。
それでも江戸川は石ころなりに赤石がとても好きであった。




石ころに声をかけるのはおかしなことである。
赤石は自分の考え付いた事ながら渋い顔をした。だが迫り来る格好の理由があった。
「卒業して、縁もゆかりも無くなる。餞別がてらだ」
そうだ餞別だ。石ころとは言え数年付き合って、飯も共に食って風呂も共につかった石ころだ。
今思い出すととてつもない間違いだったと思うが、この石ころに赤石は以前自分の留守の名代を預けたこともある。結果は案の定の大失敗で、その時はかつてな いほどあの石ころを蹴り飛ばしたり、あるかなしかの首を切り落としかけたほどであった。
重ね重ねの自分の見込み違いに赤石はひどく腹を立てた。
しかし、その石ころとの付き合いももうしばらくで了である。
その後の進路など聞いてはいなかった。興味が無かったと赤石は言い切りたいところだったが、つい聞きそびれたというのが正直なところだった。
そうだ、赤石は改めて腹を煮やす。赤石の懐に入っておきながらそのあたりを報告もせず、丸山やらあの辺りとは日日不安そうに将来を一丁前に憂えているのを 見たことが幾度もあった。
腹を立てて、またその事に腹を立てた。
結果、江戸川というあの石ころが全て悪いと言う事になった。


この堂堂巡りも何時もの事で、一通り受け流すと赤石はフンと鼻を鳴らす。不機嫌そうに鼻を鳴らす。
さてなんと声をかけたものか。
畳に仰向けに寝そべると、窓から空が見えた。切り取られた空のところどころへ桜の花びらが舞っていて、ああ春だという一見。
しかし赤石も知っての通りここ男塾では年中通して桜が咲いている。たまたま本当に桜が咲いてよい季節とかち合っただけである。
畳はまだひんやりとしていて赤石の背中を冷やした。肩の防具がきしむのをうるさがって外し、頭の下で腕を組む。

「良くやったな」
チッ、赤石は舌打ちをした。
まったく良くやれていない。自分の名代を任せた時など、本当に糞に塗れたような汚れようで、懐に入れるのがはばかられそうなほどであった。
いっそ捨ててしまおうかと思ったが結果今も懐に石ころはある。赤石も汚れてしまった。
腹立たしい、何が良くやっただ。

却下。
「世話になった」
ケッ、赤石は吐き捨てた。
世話してやったのはこちらのほうだ。右も左もわからず赤石さん赤石さんと鬱陶しいあの江戸川に、尻を蹴飛ばしうすらの切り傷をつけながら道を教えたのは自 分のほうである。馬鹿につきあううちに赤石も疲れる思いをした。多少飯を作ったり洗濯をさせたり掃除をさせたり、そんな女女しい事しかできなかった。
馬鹿馬鹿しい、何が世話になっただ。

却下。




ああでもないこうでもない、そう考えるうちに赤石は一つ石ころにかけてやるには勿体無い言葉を思いついた。
それであれば、赤石の自尊心もさほど傷つかぬ。
フッ、
赤石の険しい鼻筋が微笑んだ。
これで晴れて石ころを懐へ入れることなく羽ばたいていける。そうとも、懐に余計な重りを入れることなく。
「…………」
赤石は気難しい顔で考え直す。自分の実力から言えば、あの程度の石ころを懐に入れておいただけで飛べなくなるような軟弱な事は有り得ない。
そこのところを間違えるな、赤石は一人気を吐いた。
そうだ、もしかしたらあの石ころはこれからも貴方の懐へ入れさせてくださいと言うかもしれない。そうなったら誠に面倒だ。
面倒だ。面倒だ。
「…………フン」
フン、というよりはふふん、である。
赤石はごろりと畳に寝返りを打った。江戸川がいつの間にか持ち込んだ座布団があったので、四つに折りたたんで枕とした。





そして、当日。
晴れ晴れと晴れた。大豪院邪鬼が昔言っていた事によれば、男塾の卒業式は必ず晴れる。それも底抜けに。
その通り底抜けに、門出を祝うにふさわしい晴れやかな空であった。
「江戸川、貴様に言っておくことがある――」
わざわざ男塾に一本きりの杉の木の下に呼び出して、赤石は清清と笑いすらして切り出した。
「あ、赤石さん」
江戸川は石ころらしいうろたえようである。そうだ、直直に赤石から言葉を送られるのである。緊張もしよう。
赤石はもたれかかっていた杉の幹から身体を浮かせ、江戸川を見下ろす。
へこへこと落ち着かない素振りにいつもならば腹も立てて拳骨のひとつもくれるのだが、あいにくこれからも懐に入れねばならない石ころである。
ならばなるべく綺麗な状態で、と赤石は考えていた。いつの間にか懐に入れる事が決定している事に赤石は気づいて居ない。
今後は懐に入れず、石ころなりに役立ってもらおうじゃねぇか。赤石は獰猛に笑う。
「今まで俺は貴様に甘くしすぎた。だが今後はこうはいかねえ、以後貴様は地獄を見る事にな」
「わ、ワシ、留年してもうたんですゥ―――!!!」
悲鳴のような声で江戸川は叫んだ。

赤石が口を半開きにしたまま、動きを止めた。
吹き込んできた烈風に巻き込まれた桜が二人の隙間へはらはらと踊る。

「わ、ワシアホですよってに…ああ…ワシ、ごっつくアホですよってに…」
額に汗をダラダラとかいた江戸川は今にもその場に土下座せんばかりである。
しら、赤石は鞘から兼正を抜いた。

「貴様に頭は要らん―――そうだな?」
「ヒ、」

江戸川の悲鳴がめでたい日本晴れの空へと響き渡った。






いい夜であった。使い古された絵の構図のように端欠けの月に夜桜がふんわりとかぶさっていた。
男塾というところは夜桜見物にも事欠かない。夜桜があるのならば酒ももとよりである。
「江戸川、貴様はせいぜいが一号ポックリをイビるぐらいが関の山だ――ふふん、」
酔った赤石は上機嫌に江戸川をこき下ろす。
空いた杯へ江戸川は酒を注ぎながらヘェ、と平たく頷いた。
「貴様は一生そうしてるのが似合いだぜ」
「い、一生…」
「貴様のような軟弱者は男塾から出たらどうなるかわからん、ここに居るのが一番じゃねえか」

ははは、珍しく快活に歯を見せて赤石は笑った。殿の笑いであった。
江戸川は困ったように、それでも赤石の言うがままに深く頷く。

いい夜であった。成り立つ呪いはたちまち縄を成して江戸川を縛った。



それからというもの卒業晴れの日、毎年白髪の大男が男塾の校門に必ず現れる。今年こそはと現れる。出遅れた間抜けな石ころをあざ笑ってやるのだと現れる。
知らせを聞いて駆けて来た年嵩の男がその白髪の男へ何事か言う。言うというよりはひれ伏すようにして詫びる。
白髪の男が刀を抜く、刃傷沙汰になる。


それが二十年以上も続いているのだ。
人を呪わば穴二つ。石ころをひたすら積み上げても、その石ころが知らず知らずに呪いにぐらつき、塔を底から覆す。

赤石の腹には言えずにしまわれた言葉が降り積もって、今や大きく膨らんでいる。
それも呪い、今にずしりと重みを懐に与える呪いである。


そういえば、呪いという字は祝いという字によく似ている。
モクジ
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