お前の流れに俺のを沿わせて

昨夜消灯直前、午後十時六分頃、男塾一号生虎丸龍次が男 根寮二階談話室の窓より蹴落とされ全身打撲の傷を負う事件が発生しました。
塾生自治隊が同級の伊達臣人容疑者を逮捕、現在事情聴取を行っています。
調べによると伊達は、
「桃ってラムちゃんに似てるよなー」
と被害者に言われ、むしゃくしゃしてやったと供述しているそうです。






伊達の歩く道は伊達の通り道である。
何人も伊達を妨げることは無い、それることはない。
足取りに迷いは無い。まっすぐに伸びた廊下は静まり返っている。とっつきの角を曲がれば伊達の求める場所がある。
さきほどから伊達は排尿を求めていた、トイレに行きたかった。
膀胱具合は十のうちの六、そろそろ段段と切迫してくるだろう具合。
だが伊達は伊達臣人である、決して足取りを速めたり、顔を険しくしたり、
「もれるもれるゥ」
とどこぞの虎丸のようにポコチン押えてもじもじするようなマネはしない。
だから伊達の足取りは嫌味なほどに長い脚をゆったりと運び、学ランの翻る裾までも完璧である。
と、不意に伊達の目が細まる。
踏み出しかけていた足が地面につく寸前に止まり、普段の伊達を知る男ならば驚くべきことにその足は踏み出して居ない足の後ろへと戻された。
つまり、後退である。
伊達の歩みというのはそのまま伊達の生き様である、退かぬ男である、迷わぬ男である、逃げぬ男である。
それが退いた。
くるりと美しいラインを描いて学ランの裾を翻し、背を向けて退いた。

顔は涼しいが、伊達の行動はまったくクールではない。

一刻も早くここを立ち去りたい、そんな伊達の思いがにじみ出ていたに違いが無い。

「よう、伊達」
背後からヌッと腕が伸びてきて、伊達の肩を掴んだ。伊達臣人の利き腕の側の肩を背後から掴める人間はそうは居ない。
そんな人間には伊達だって敬意を払う、一部を除いて。今回背後から現れたのはそのごく一部であった。
「俺が居るからって、戻る事ないだろう」
「……別にお前が居るからといって戻ったわけじゃねぇ、桃」
桃、振り返り様に呼ばれた剣桃太郎は伊達の肩から手を離さないままにこやかに咎めた。
伊達が立ち止まり、反転した位置はトイレの角からおよそ五メートル。
伊達が背を向けてものの数秒のうちに、伊達に気取らせずに肉薄し、肩に手をかける。
剣桃太郎、やはり男塾一号生筆頭の堂堂たる貫目であった。
「じゃあどうしてだ?」
「別に」
別に、と同時に伊達は歩き出す。伊達のやるべき事が増えた。
今さっき、この剣桃太郎に出くわす直前まで成すべき事は排尿だけだった。
いまや、
・剣桃太郎を振り払う
・追ってこられない場所まで移動する
・踏み込まれにくいトイレを探す
・排尿
ミッションは増えた。
「そうか?俺はてっきり角の向こう側でお前が来るのを今か今かと待ち構えていたのを見透かされていたのかと思ったぜ」
「………」
伊達は無言で歩き続ける。桃は横へ並び、共に歩む。
軽い競歩並みの速度ながら、ふりふりと尻を振るようなことはしない、ただ恐ろしい速さで廊下を歩くだけ。
あくまで歩いている。
「俺が待っているっていうのに、お前がいきなり逃げ出すだろう?フッフフ慌てて追いかけて来ちまった」
「……逃げたわけじゃねぇ」
「じゃあ何だ?」
「…………方角が悪い」

口にして伊達は今すぐ自分を殴りたくなるほど後悔した。言うに事欠いて方角である。桃がきょとんとしているのがますます伊達を憂鬱にした。
「お前、気にするんだな…方角とか」
「そうだよ、悪いか」
「ああ、それでお前…場所とかやたら気にするんだな」
「何の話だ」
「フッフフ」


角を曲がる。廊下の向こうに田沢がJから英語を教わっているのが見えた。オ・ナイス・ウーマン。ナイスヒップ、ナイスバスト、ビュリホ。
何を教わっているのだ。
伊達が田沢の隣へ差し掛かったところを見計らって、桃が声を張った。
「おい、伊達。トイレはいいのか」
「………別にてめぇには関係が無え」
「いや、ちょうど俺ももよおしたところだ。どうだ一緒に」
「女子供じゃねぇんだ、一人で便所ぐらい行け」
あくまで伊達は冷たい。しかし桃はひるみもせずに、
「お前の流れに俺の流れを沿わせてみようぜ」
「桃てめぇ虎丸のボケがうつったかよ」
思わず目をむいてあきれ果てた伊達に、はははと桃が快活に笑った。
「当たりさ、伊達。虎丸と富樫が俺が小便しているところへやってきてな、これが男の友情じゃと言うんだ」
「付き合ってられるか」
「だからせっかくトイレで待ち構えてたのさ」
どうして伊達がトイレに行くとわかったのか。理由は桃だから、で納得できそうな自分が伊達は嫌いである。許せない。
だが納得してしまう。それは伊達が伊達だからである。
苛立ちに声を荒げた。さっきから荒げっ放しだったが、桃に伝わるように誇張して荒げた。
「俺に構うな!」


桃が立ち止まる。伊達はここぞとばかりに寮へと向かった。寮ならばトイレがいくつかはある。
とうとう急ぎ足になった伊達の背中へ、桃が声を張り上げる。

「伊達、どうして俺につんつんするんだ?だが勘違いするな、好きだ」
前後につながりが無い。それもまた良くあることである。
「……テメェは俺にした事をもっと考えろ!!」

一瞬伊達が遠い目で腰をさすりかけたのを、桃が見逃すわけもない。見逃さなかったが、伊達の奴腰を悪くしたんだろうか、と案ずるに留まった。
どうして伊達が腰を悪くしたか、そしてその怒りの矛先を自分へ向けるか、桃は考えもしない。
重要なのは伊達が辛そうにしているという事実である。

「した事……?俺が、お前に?」
いつの間にかギャラリーが狭い廊下に集まり出していた。伊達が声を荒げている相手が、虎丸ではなく桃であるという事が目を惹いた。
なにぶん目立つ二人である。
「ああ」
たっぷりと嫌味を込めて伊達が頷いた。内心、とんでもない事を言い出すんじゃねぇ、言い出すんなら斬ると戦戦兢兢としていた。

「のう、桃が伊達に何したんじゃろうなぁ」
「さあー?」
「も、桃は優しいから、酷い事なんかするはずないじゃないか、ね、ピーちゃん(二世)?」
椿山が伊達のすさまじく剣呑な眼光に驚いて逃げていく。


「俺がお前に…した、事」
「ああ」
たっぷりと間を取って、桃は晴れ晴れとした笑顔で大きく頷いた。

「俺が伊達に、お前ににしたことは…恋、だな」
桃、天上の果実。満ち満ちたる神気、背を通る芯骨。
来た道には青青とした草木が萌え、行く道には困難に包まれた祝福がそこかしこに。
誰もが認める男の中の男は大きく頷いて、そして恥ずかしげも無くそう言ってのける。


「く、くそッ!!てめぇなんか知るか!!」
「フッフフ俺はお前を知っているし、もっと知りたいのさ。さ、トイレだろう。行こうぜ」
その日完全無欠で天下無双との呼び声も高い伊達がこれほどに一方的に、完膚なきまでに敗走したのを一号生達は初めて見る事となった。
伊達と桃がトイレから連れ立って出てくるのを見たと、これは秀麻呂の談。
モクジ
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