俺らァ家族みてぇなモンじゃ。
富樫は格好をつけてそう言った。
そうだな。
桃も大いに賛成だと頷いた。
寝食を共としている桃と富樫の関係とは家族のようなものである。
少なくとも桃はある日までそう信じていた。




富樫は竹で出来たそれを手に、そろりそろりと桃の布団に忍び寄る。桃の布団は日課となった朝寝坊のために朝跳ね散らかした時と同じ状態のまま保たれてい た。
日が差しこんだ部屋は桃と富樫の二人が寝起きするにしては狭く、布団をいっぱいにひくといつも二人の布団の端が重なり合う。狭いが、富樫としては桃が相手 でよかったと思っている。気詰まりない相手で、間が持たないというような事は無い。桃も同様であるだろうとは富樫は思っているが確かめた事は無かった。
富樫の布団は三つ折りに畳まれて部屋の隅へ積みあがっていて、部屋の半分は畳をあらわにしている。部屋のもう半分では桃の布団がぬぼうと白いシーツの面を 晒していた。
富樫はササッと辺りを見渡す、誰を警戒しているわけでもない。ここに虎丸が現れようが、うっかりと大豪院邪鬼が現れようが別段恐れることも無い。
だが誰より桃を警戒し、その姿が無い事を確認する。ヨシと小さく息をついて、桃の布団の端を掴む。
手にしていた竹のものさしを横の厚みへあてがい、布団の横へ這い蹲って睨む。尻を尺取虫のように突き出した後姿は誰もが蹴り飛ばしたくなるような格好で あったが、幸いにして誰もいなかった。

六センチ七ミリ。
それが富樫の知りたかった数字であった。富樫があらかじめ持っていた数字は四センチ二ミリ。
その差に富樫は憤った、完全なる私憤で、理不尽な憤りである。
「や、やっぱり…!」
富樫はその数字を口で呟くなり険しい顔をして、鼻息を荒げる。だが怒っている場合ではない、富樫は学帽を引き下げると黙黙と作業に移った。
迅速に、
秘密裏に、


およそ一分も掛からなかっただろうその作業を終えて、富樫は鼻歌まじりに部屋を後にする。




富樫が怪しいと思ったのはつい三日ほどの前である。
風呂上りにする事と言えばテレビにラヂオにそれから布団の上でのプロレス。
桃がいつものように肩へするりと手を回してきたので、富樫もオウと受けてたった。柔道の心得は無いものの一本背負いを真似てみて桃の腕を掴み投げようと試 みる。
「おりゃあ!」
「うっ、……フッフフ、痛ぇじゃねぇか富樫…そらよ!」
桃は富樫の下手糞な投げにのってやり、綺麗に自分の布団へ受身を取った。富樫は間髪入れずにそこへマウントを取ろうと飛び掛る。
が、桃は富樫が自分へ覆いかぶさってきたのをするりとかわし、逆に富樫を布団へ押し付ける。富樫は身を捩って桃の腹へ膝を突きつけ、巴投げを狙おうとして いるようだが脚の力だけではうまくいきようが無い。
柔道漫画でも読んだのか、富樫が脚を桃の腰へ絡み付け、締め技らしきものを試みている。だがどう締めていいかわからないようでただ闇雲に桃へ抱きつくよう な格好となった。
「フフッ、情熱的だな」
「バッキャロ、う・ううおおおおおっ!!!」
富樫は渾身の力を込めて桃の腰をカニバサミで締め上げた、桃の骨盤がゴリゴリと富樫の太腿の骨に挟まれて音を立てる。
「ぐッ…そう来るなら、こうだ!」
痛みにさすがの桃も顔をしかめる。よし、と一声入れると富樫の首へ腕を絡み付け富樫と同じように締め技を繰り出した。富樫が締めているのは腰、桃が締めて いるのは首、数十秒の意地の張り合いの末に、あっけなく富樫はパンパンと布団を叩いてギブアップ。

はは、
フフッ、

二人は朗らかに笑って桃の布団の上で転げ、しばらく荒い息をついていた。見上げたあかるい天井の白熱球には、小さな蛾が力なくひらひらとまとわりついてい る。
その時である、富樫が気づいたのは。
自分が今横たわっている桃の布団についてある疑念が浮かぶ。
『やけにフカフカしてるな』
自分の布団は薄っぺらで、しかも綿が中でヨレて凸凹がありヘタな寝方をすると身体が痛いこともある。
それに比べて桃の布団は厚みがあって、中の綿にも弾力がある。日向で干しあがったばかりのようにフカフカとしていた。
自分のも桃のも同じ男塾からの支給品であるはずなのに、どうしてこうも差があるのか。
富樫はこの時これ以上は考えなかった。


しかし次の日、桃がいつも通りに寝坊しているのを見て富樫はふと思った。
『もしかして、こいつの布団だけ特別なんじゃねぇか』
すいよすいよと眠り続ける桃の微笑みをきざんだ頬を睨みながら、富樫の疑念が深まる。

そして布団を比べるにあたって持ち出したのが、例の竹ものさしだという訳であった。
睨んだ通り、桃の布団は富樫のものと比べて大分分厚いようである。
やはり睨んだ通り、これが桃の寝坊を誘っているのだ。富樫はらしくなく顎をさすって推理を働かせる。
働かせた結果、富樫は自分の布団と桃の布団とを摩り替えた。
『よーし、これで桃もウカウカ寝ておれんだろうぜ』

ヘヘヘ、富樫は鼻をこすって笑った。桃の寝坊を直しちゃる、と言うよりは自分よりフカフカ布団で寝ているのが許せないというこの狭量。
このセコさが富樫で、この浅はかさが富樫。
だがそんな富樫がいい、富樫だからいいという男がいるのだから、世の中うまくできている。






富樫はその日とてもいい夢を見た。桃と朝から晩まで遊ぶ夢を見た。
遊んだ場所は桜がはらはら舞っていたからきっと男塾のどこかである。二人しかいなかった。
遊びの内容はだるまさんが転んだで、たった二人しかいないのにやけに楽しく、桃が鬼になると目ざとく富樫の全てを見るものだから富樫はカチコチに結局動け なくって、
鬼を交代して、
そしたら桃が石のように動きを止める、富樫はたちまち距離を詰められてギュウと桃の胸に捕まえられてしまった。
「捕まえたぜ、富樫」
桃の目がゆらゆらと笑って揺れていて、富樫をしっかと捕まえている。


「………捕まえる遊びじゃねぇよ!」
富樫は大声で叫んだ。もっともである。鬼にタッチして、鬼が十数えてストップをかけるまで遠くへまた逃げる遊びだった。
叫んだと同時に目覚めた。目覚めは良かったが夢見は悪かった。桃にやさしく抱きしめられた感覚がまだ残っているようである。
「ううッ」
さして寒くもないのに身震いをし、上半身を起こす。気づけば秋で上掛けをかける季節になっていた。
まだ目覚めまで大分ある、と隣へ視線をやると驚いたことに空であった。
「おッ、やっぱり桃の野郎この布団のせいで寝坊しとったんじゃ」
自分の推測が当たっていた事に満足を覚え、なんとなく富樫も上掛けを跳ねて起き上がる。と、桃の布団に上掛けがないことに気づいた。
さらに良く見ればシーツもない。

首を傾げて立ち上がり、桃を探す事にした。
上半身は裸である、裸で早朝を歩ける季節である、あと少しもすれば着替えずには出られない季節がやってくる。







いきなり富樫が出てきたので、桃はうろたえた。
いつもより大分砕けた笑い方で近づいてくるなり、思いもよらない柔らかさで桃の首へ腕を回してきたのだ。
あまりに驚いて桃が身体を引くと、富樫はからかうように眼を細めてぴたりと追いかけてくる。
富樫の胸と桃の胸と触れて隙間がなくなる、冷や汗すら入り込むことは出来なさそうであった。
桃が焦って顔を背けると後頭部の髪の毛を富樫が握りこんで太い指で撫でてくる、ハ、桃が息を漏らす。
富樫の髪の毛が桃の首筋をくすぐり、同じレモンセッケンの匂いがする。深く吸い込むと富樫の匂いがまざりあって、桃は手のひらに汗をかく。

「……あ……」


ザブ、タライの中でシーツを水にくぐらせてすすぐ。薄くもやのかかった水の表面に桃は自分の顔が写っているのに気づいた。
泣きそうな、子供のような顔をしている。
この早朝に桃は既に学ランに着替えていた。学ランは物干し竿にひっかけてあるのでサラシにボンタンのみであるが、さっぱりしたのは体だけで、頭の中は千千 に乱れている。
夢の中で富樫は桃に優しくて、いや、桃からすれば富樫は少しコスいところもあるが優しくて類まれないい男であったが、
夢の中の富樫は、桃にだけ優しかった。桃は富樫の匂いをたっぷりと嗅いで、そして自分がしたいようにして、富樫も桃がしたいようになってくれた。
桃が言って欲しい言葉を言い、桃が言いたい事を言い、鼻面を摺り寄せて微笑む。
唐突な目覚めをうらむほどの夢であった。夢から醒めてみれば現実がぬたぬたとぬめっている。


ザブ、タライの中のシーツを引き揚げて水を替え、もう一度水を張ってすすぐ。もう透明な水しかない、しかし桃はまだ汚れが残っているとでもいうかのように シーツを洗い続けている。

全ての白濁が清らになるまで。新たな下着のように。


「………桃、何やっとんじゃ」
突然声をかけられて、桃はらしくもなく肩をびくりとさせて振り向いた。
上半身裸で寝巻きのままの富樫がそこへ立っている。






後姿からして桃だとはっきりわかった。近づいて見れば、桃は既にボンタンを穿いている。富樫は早起きが過ぎておかしくなったんじゃねぇかといぶかしみなが ら、声をかけた。
いつもなら後ろに富樫が居る事などわかっていたという顔で笑う男が、びくりと肩を震わせて振り返る。
「………桃、何やっとんじゃ」

桃は酷く幼い、泣き出しそうな顔をしていた。
モクジ
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