鼓螺亞弦

組長のお客様についてですか。
はい、まあ、組長がヤのつく稼業なものですから、そのお客人がそちら方面に多いのは当然です。
が、中には桃様のような方もいらっしゃいます。飛燕様、雷電様、月光様も。
不思議な方です組長は、本当に。

「よう相変わらず景気の悪いツラしてんな、土産だ」
「ありがとうございます」


中でもこの卍丸様という方は一際変わっていらっしゃる。
私のこの仏頂面が気に食わないと、初対面で拷問のようなくすぐりを受けました。
生娘がお代官様に無体を働かれたような、手荒な悪ふざけを受けました。
組長に助けを求めたところ、
「フン、てめぇがきちんと笑えるものかよ」
などと興味深そうに懐から手を出して、顎などさすっておられました。
私は十分に渡ってくすぐりの拷問を受け、結果、
「こりゃダメだ、筋金どころかコンクリまで詰まってら」
とあっけなく放り出されました。
伊達組家事取締役筆頭、通称仏頂面。
呼ばれ慣れたこの呼び名、どうやら鉄筋コンクリートのようです。



そういう卍丸さまは私を気に入ったか、それともからかいにか。
ともかく見えた際には何か手土産を下さる。私のような使用人に、ありがたいことだとは思っております。
が、
たとえばウソかマコトか、アマゾンの奥地に住まう食人種族の顔面フ皮を剥いだマスクですとか、
美女の死体の皮膚を乾燥させて作った粉おしろいですとか、
一滴でプール一杯を毒へと変える蛙の干物だとか、

そうしたものを下さる。
そのたび私はとてもとても驚くのですが、
「チェッ」
とつまらなそうにいつもおっしゃいます。
おそらく私が驚いたり、噴出したり、そうした顔をするかどうかで遊んでいるのでしょう。
一度たいへん立派な、大根のような大きさのいわゆる大人の玩具を頂戴した時はさすがに反応に困ってしまいましたが。

手土産だ、
その一言に私は身構えます。卍丸さまは驚かそうとしてか、それとも気性のせいか、手渡すという事をされません。
カエルだの顔面の皮だのを放り投げられると私は身の竦む重いですが、落とすわけにも逃げるわけにもいきませんので、真正面からガッチリとキャッチしない と。
さあ!腰も入れました、ドンと来てください!


幼稚園児ほどもあるサメが私の腕へと飛び込んで来ました。
私はひどく腰をいため、見習いさんに助け起こされる羽目に…

「サ、サメだぁ!!サメだあ!!すげええ!!」
見習いさんは山育ち、テレビでしか見た事の無いサメにはしゃいでいる。
「卍丸さま、ありがとうございます。早速本日調理いたします、何かご希望はおありですか」
「あん?」
お礼を申し上げると、タバコへ火をつけながら卍丸さまがにやりとした。私へふうっと薬のようなにおいのある煙をふきつけておいて、
「おう、それな、アレよ、コラ、」
コラ、
怒っているわけでもなく、コラ、コラ、と卍丸さまは繰り返した。何か思い出せないらしい。
私もコラと言われても何かピンとくるわけでもなく、ただむっつりするだけ。申し訳もございません。
「……コラ?」
「もしかして、コラーゲンじゃあないっすか」
見習いさんがおそるおそる口を開いた。とたんに、

「おうッ、それだソレ、コラーゲン」
卍丸さまが子供のように大きな声を出して、私のかわりにサメを抱いていた見習いさんの背中を力強く叩いた。貧弱な私であれば間違いなく吹っ飛んでしまいそ うな腕力にも、見習いさんは平気な顔で耐えている。
「わあ!痛いっす」
ちいとも痛そうには聞こえない。毎日組長にシゴかれている成果だろうか。いや、それならば私の方がしっかりしていないとおかしい。
…歳、でしょうか。
「で、そのコラーゲンをよ、食わせてやりたくてな」
「は、組長にでしょうか」
卍丸さまは鼻の頭にシュッと絞りをよせるように皺を作って、馬鹿と言った。
「馬鹿、伊達じゃねえよ、居るんだろ」
「………?」
見習いさんが首を傾げた。ボアッ、と口を開けっぱなしにするんじゃありませんと何度言ったら…
私が何事か口を開く前に、奥の間から、


「この、ボケ虎ッ頭ァ冷やしゃあがれ!!」
「ぎゃ―――ッ!!!」

まず、何か鈍いけれど大きな音。
次いで、厚紙をまとめて引き裂くような音。
最後に、がらがらボチャンと何かが派手に転がって、水へ落下した音。

――――、

「襖ッ!!」
「わあ!!」
先日渋い墨絵で雪輪に鶴を描き付けていただいたばかりの、ばかりの、襖!!!

私は駆け出していた。




「で、センパイよ…」
むっつりと不機嫌そうに着物の袖から出した腕を組んで、伊達組組長、伊達臣人は切り出した。
見事な黒漆がぬれたように美しい卓を挟んだ正面ではだらしなく卍丸が足を崩し、隣の毛布の塊を抱え込んでうりゃうりゃと戯れている。
伊達の切り出しはきれいに無視された格好になった。
「………」
組んだ腕に、ぐ、と指が食い込んだのを見て、仏頂面は螺鈿がきらりと上品な盆を抱いて息を飲んだ。隣の見習いなどはのんきにも大あくびをしている。
「わはははっ、お前なにやってんだ、この寒いのに池なんか落ちて!」
「う、うるせえや卍丸!」
毛布の塊には名前があって、虎丸龍次という。ついでに言えば地位も名誉もある、お尻の立派な男前である。
その塊をうりゃうりゃやるのが卍丸にとってはたまらなく楽しいらしい。毛布の塊といえば、
「ヘッ、だ、ダントーだっちゅうんでイッチョ寒中水泳にしゃれこんだだけじゃ」
などと強がっている。その強がりかたも舌がもつれてどうにもならない。
色色な色眼鏡を重ねてかければ、じゃれあっている、ように、見えない事も無い。

仏頂面がさっと見習いへ目配せをした。見習いはもひとつあくびをしている。仏頂面はため息をついて、
ゴホン、
と咳払いをした。襖と障子をまとめてブチ抜かれた部屋はひゅうひゅうと風が吹き込んで、昨今温暖化の進む暖冬とはいえ十分に寒かった。
「あの、卍丸さま」
「おう、こいつの顔が見たくなってよ、会社に電話したらココだって言うんでな」

ぐぐ、
伊達の指に更に力がこもった。が、自ら問い詰めたり、語気を荒くしたりするのはダンディズムが許さぬと口をまっすぐ引き結んでいる。
なにやら不穏なオーラが立ち上るのを仏頂面はひしひしと感じていた。
(よろしくない、)

わろし、である。しかしこの雰囲気を打破するべく、仏頂面は必死に顔をしかめていた。愛想笑いを浮かべようとしていたが、しかめていただけにしか見えな かった。

「や、やめんかいー」
「なんだおまえそのパンツ、パンダパンツ、ぱーんだ・ぱっぱ・ヤ!って奴かわははははッ」
「卍丸おめえ酒くせぇッ、く、くせぇっちゅうとるじゃろうが!」

仲睦まじくじゃれあっている先輩、後輩。多少むさくるしいもののほほえましい図である。
しかし花畑ムードのあたたかさと反比例し、伊達組組長は冷え込んでいく。視線はツララのようにするどくつめたく、二人のもつれからまる様を見ている。
見ているというより、睨んでいる。
腕組みへ食い込む指は今にもギギギと皮膚を破きそうな危なっかしさ。
が、突然均衡が崩れた。

「サメ!食いましょう!」
見習いがいわゆるKYな、若さのままの行動力でもって今の今まで抱えていたサメを卓の上へと投げ出したのだ。
ビダン、と大きな音がして、サメはぬらぬらと灰青色のサメ肌を見せて拓の上へと伸びる。
一瞬にして沈黙が訪れた。
「サメ、食いましょう!!」

にごったサメの瞳が、ひえびえと伊達を笑っている。
気に食わん、小さく伊達が呟いたのを仏頂面は不幸にも聞いてしまった。


あかがね色の美しい、しゃぶしゃぶ鍋が新聞紙を敷いた畳の上のコンロへしつらえられ、昆布出汁がくらくらと揺れている。
薄切りにしたサメの刺身がふぐ刺しのように薄くコバルトの青がひかれた染付けの大皿へ珊瑚色の花のように並べられていた。
野菜を入れたバットと、深めの白磁のうつわを用意しつつ、
「生で食べると、少しネトネトしますから…しゃぶしゃぶにしました」
「フン」
伊達は面白くなさそうな顔つきで、見下す視線をサメの刺身へ投げている。下魚は下魚である。関東を支配する大ヤクザ伊達臣人の口に入るものではない。
しかしその面白くない原因は別にあり、
「おお、すごいモンじゃのう。あの恐ろしいサメハダの下ァ、こんなピンクでよう、どんな味なんじゃろ」
「面白いだろ?」
などとサメの味に舌なめずりしてワクワクしている虎丸と、その虎丸にポン酢やきざみネギなどを器へ入れさせて贈り主の特権に浸る卍丸。
またもほほえましいやりとりである。
ただ、伊達にとっては面白くない。

「組長、どうぞ」
仏頂面に割り箸を渡され、伊達は眦を吊り上げた。客人にも割り箸を見習いが配る。
伊達屋敷ではほとんど割り箸を使わない。使い捨て、という理念がまず組長の気に食わないためであった。
「うちはいつから定食屋になった」
低く不機嫌そうな声に、見習いがウウと怯えて縮こまる。仏頂面は首を横に振った。
「塗り箸では食べづらいんです、虎丸様、卍丸様、さっと湯にくぐらせるだけで結構です。ほんのり白っぽくなれば食べごろでございます」
言われるがままに虎丸がチョボチョボと不器用な手つきで、サメの身を出汁にくぐらせた。
「しゃーぶ、しゃぶ」
口を尖らせて律儀にしゃぶしゃぶと呟いている。見習いが口元をひんまげて笑うまいとしている。
ぱくりと一口食べて、虎丸は笑った。
「ん、サッパリしとるのー」
「でしょう。刺身でも召し上がれるのですが…」
生姜醤油で卍丸が食べようとするのだが、
「ヌルヌルしてて食いづらいな、それになんつーか飲み込みづれぇ」
「はい、なので割り箸で…組長」
「おう」

仏頂面よりも仏頂面な伊達だったが、サメしゃぶをきっちりと平らげていく。
ほっと胸をなでおろした仏頂面は、見習いにいいつけてサメのフライと煮こごりを運ばせた。
褐色にぷるぷるとふるえている煮こごりを渋い青錆色の土器へよそったのが運ばれてくると、
「卍丸さま、これでしょう、コラーゲンは」
そう口を開いた。フライへソースをドボドボかけていた卍丸はおうよと大きく頷いて、
「たしか、皮とかに入ってるって言ってたな」
「はい。コラーゲンたっぷりです」
「おい、コラーゲンがどうした」
伊達が尋ねる言葉をさえぎって虎丸が頓狂な声を上げた。
「わし、フライは中濃ソース派なんじゃ、これ、ウスターじゃろ」
「…やかましいッ自分で取ってきやがれ!」

仏頂面が腰を浮かせるよりも早く伊達のカミナリが落ち、虎丸は調理場へとひょこひょこ歩いていく。

「あんまりカリカリすんな、肌に悪いぜ」
「……やかましい」
「オ、先輩に向かって可愛げのねぇ…」
卍丸が胡坐をかいたまま顎をさすり、ふふふんと何事か含みのある笑いを転がす。伊達の眉間に深い皺が出来た。
「……何を笑ってやがる」
「いや、お前は可愛い奴だと思ってな」

次の瞬間、伊達の手にあった鮮やかに黄色の鯉が踊る徳利が卍丸の顔面目掛けて飛んだ。あっさりと笑みを崩さぬまま手刀が叩き落す。ご丁寧に首が飛ばされて いた。
「―――!!」
悲鳴にならない悲鳴を仏頂面が上げる。涙ぐみかけた仏頂面の背中を見習いはさすり、アーアとのんびりした声を上げて首の無くなった徳利を眺める。

「……で、コラーゲンだけどよ」
既に卍丸の興味は徳利などにはない。目の前で不機嫌そうにしている美貌の伊達組長へ集中している。下品なと言っていいニヤニヤ顔が余計に伊達の不機嫌を 誘った。

「…コラーゲンがどうした」
「いや、肌のハリを保つに最適だとよ」
「……それが、」

どうした、と言いかけたところで戻ってきた虎丸の尻を、卍丸は伊達から借りた着物の上からムズとわしづかみにした。
大きな尻の右ほっぺが卍丸の手によってぎゅむー、と形を変える。さすがに虎丸も伸び上がって驚いた。
「おわ!!」
「!」
「おー、相変わらずいいケツしてんなー虎丸」
むぎゅむぎゅと伊達の着物の上から揉みつつ、まるきりスケベ親父のような事を呟く。
ビ、何かがひび割れる音。仏頂面は視線だけで伊達の手元を盗み見る。割り箸が真っ二つに折れている。
やめろやめろと虎丸が言い出すかと思いきや、虎丸は生来のノリの良さをこんなときに発揮した。
「……い、いっやーんお客さんったら♪」
「わはははッ、ほら、コラーゲン食えコラーゲン、いつまでも肌パツパツでいろよ、わははははッ」
「えー、ぴっちぴち?」
「そうそう、食わせてやっから口開けろクチ」
酒も入っている。卍丸は上機嫌に隣へ座った虎丸の尻をもみながら大笑い。空いた手で箸に煮こごりをつまんで虎丸の口元まで運ぶ。

大寒――
非常事態。
仏頂面が静かに床の間に飾られていた槍を見習いに預けた。見習いは一つ頷いて、とりあえず別の部屋より持ってこられた襖を開けて走り出でた。仏頂面は長火 鉢を行儀悪いと思いつつも足で部屋の隅へと追いやり、鉄瓶の湯を静かにかけまわした。灰が飛び散ったがこの際微小な被害である。

「ほら、あーん」
「んあーん」
きゃっきゃっと華やいだむさくるしい空間。
仏頂面は本能寺で自害せんとする織田信長の家臣のごとく、決死の思いで部屋へととどまっていた。

「お、頬っぺたツヤでてきたんじゃねーか。コラーゲンのおかげだな」
半ばどっしりした腰ごと抱きしめているカッコウの卍が、間近にある虎丸の頬を見つめた。虎丸は酒に赤らんだ顔でけらけらと馬鹿に浮かれた笑い声を上げる。
「ばっかじゃのう、ンな、すぐ効くかよ」
「そうかあ?」

卍丸の唇が虎丸のつやつやぷにゅぷにゅと肉付きのよい頬へくっつく。
寸前。

仏頂面があっと声を上げた。めぼしい武器を下げたまではよかったが、肝心の銅鍋がそのままだった。職人に打ち出してもらった見事なあかがねの鍋の縁を、着 物の袖で包んだ伊達の手が取り上げる。湯の入ったまま。
「組長、やめ」
「男同士でベタベタと、気色が悪い!!」

仏頂面の制止はとどかない。
のと同時に、鍋が卍丸目掛けて投げつけられる。たっぷりと張られていた湯ごと。

「おっと」
白状にも卍丸は虎丸を置いてヒラリと身をかわした。虎丸はエッ、ととぼけた顔をしたままその鍋で額をしたたかに打たれ、

「あっぢやああああああああ!!!!」

既に火は落としてあったもののまだ十分に熱い湯を頭からかぶったのであった。鍋はきっちり歪んで青い畳へ転がる。

「な、な、何するんじゃ伊達ぇえええええ!!」

アツ、
アツ、アツ、
アツアツ、

カチカチ山のたぬきのように地団太踏んで熱がる虎丸の声に伊達は、

ハタとした。仏頂面は伊達の眼差しから色絡みのむつかしい曇りが払われたのを見た。虎丸はアツアツと足をジタバタさせて伊達の方へと向かってくる。

「……ありがたく冷えろッ!!」

即座に伊達は立ち上がり、着物の裾をまくりあげるとみずみずしい腿をさらけだし、虎丸の尻を蹴飛ばした。


「ワ」
水しぶき。
虎丸はそのまま当座に取り付けられていた障子を巻き込み、本日二度目の池へと落ちていく。
「親分の…ツンデ」
「やかましいッ」
れえええ、見習いも池へと突き落とされた。









「おい。今日はまた虎丸の野郎が来る。まったく迷惑な事だ、あいつはうちを飯屋か何かだと思ってるに違いがねぇ、手土産の一つも持って来ればまだいいもの を、しようもねえ、味噌汁に飯の一つでも出してやれ、贅沢をするな、もったいねえから」
ささがきのゴボウを水に放しながら、仏頂面は頷く。
「はい」
「今日は豚の角煮にしろ」
「…………かしこまりました。組長」
「……なんだ」
「コラーゲンですか?」
「ああ?」

仏頂面はいいえなんでもありませんと首を横へ振った。
ますます寒い、十二月の終わり。
モクジ
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