一本残さず刈り取って
恋の病は膏肓に。
小型の風呂はピンク、椅子もピンク、照明もピンク。ピンクにしておけばとりあえずの名目を果たしたとでも思っているよう。
富樫はうんざりするほどの、あふれんばかりのピンクに肌をてらてらさせながら女を見つめている。
緑の目で、確かにコーヒー豆のような肌をした女。
「ララァデス」
たどたどしく名乗られる。ララァと聞いてガンダムを思い出すのはある一定層。名づけた店長がファーストガンダム世代だったけれど、富樫は生憎そうではな
かった。
出身はどこの国かとすら聞くこともしないで、軽く洗ってもらった後はただその褐色の手がたどたどしくズリズリとポコチンを扱くのに呻くだけ。
その手つきから、どうやら慣れていないらしいということがわかる、ハズレといえばハズレだけれど、パンパンに玉袋が張っているほど溜まっている富樫にはそ
れもどうでもいい話。たちまち張り詰めて脈が浮く、鼻息が荒くなる。泡のヌルヌルがたまらない、富樫はクウゥと声を漏らした。
ララァは富樫のポコチンを泡塗れの手で扱きながら念仏のように営業トークを唱える。
「クチデスルノハッセエン、スペシャルサービスイチマン、ポッキリデス」
既に四千円のハンドマッサージは受けている、あと五千円でスペシャルサービス。富樫は野暮の極みを承知で、
「ちっと待っとれや」
ウエイト、の言葉も知らない富樫は手をかざしてハンドマッサージを止めた。ララァは素直にその緑の目を伏せて待っている。塗り重ねられたマスカラも湿気の
多い環境で働いているために目尻や下瞼に滲んでいた。
まだ二十歳ソコソコらしいその女は肌がとてもきれいで、なめらかにシミの少ない鎖骨のあたりにはラメが塗りたくられている。
それが重たげで、また、毒があるように見える。
ギンギンのポコチンに腰を突っ張らせながら財布を探り、ひいふのみいよと数え、
歯をむき出して笑った。
「スペシャルサービス、頼まァ」
「アリガトゴザイマス」
ララァは丁寧にそう言った。日本人ミンナスケベ、思っていても顔には出さない。
若いがララァはプロだった。
一月半会っていなかった、会えなかった富樫から電話が入ったのはつい四日ほど前、
「今週金曜、久しぶりに俺ン家こねぇか」
といういきなりの誘いだった。桃は顔が少しゆるむのを押えきれない。
(あいつ、まったく変わってねぇんだな)
あの部屋自体はボロいが、中はあんがい片付けの行き届いた富樫の部屋を桃は思い出す。
富樫の作る醤油と玉子と七味だけの、クッタクタの煮込みうどんを食べて、金曜日だから金曜ロードショーでも見て、風呂を交互に使って、
並べる布団もないから狭い狭いと文句を垂れて、何かくだらないことを真剣に話して、
狭いから顔が近づくだろう、そしたら軽く接吻をかましてやろう。怒るだろうな。
そんな事を桃はかれこれ十分は考えている。富樫の家の最寄り駅から歩く道中でいつもなら何か買うところを、デパ地下でいなり寿司と鶏軟骨のから揚げを買っ
て行く。桃なりに奮発した。
果たして富樫の家に行くと、パンツ一丁の富樫が出迎えてくれた。煙草をくゆらせていたらしく、
「桃、おめ、明日仕事か?」
とたずねてくる。いいや、と首を桃が横へ振ると、
「そんならいい、上がれや」
言いながら既に右手でドアを押し開けながら、左手を桃へと差し出している。
わかっていたが桃はそこへ自分の空いた右手をソッと乗せた。富樫の手はあたたかく湿っている。
たちまち富樫が顔をクシャリとさせて、
「違ェよ、なんか買って来たんだろ」
図図しく尖った顎を突き出す、桃は肩を軽くすくめて、
「なんだ、エスコートしてくれるんじゃねぇのか」
言いながらも既に笑い出して手提げ袋を差し出した。
「ボケてんじゃねぇや」
とうとう富樫も笑い出す、変わっていない桃のノリが嬉しくもあった。そんな富樫が、桃には更に嬉しい。
「オッ、いい匂いしてんな」
さっさと引っ込みながら、手提げ袋へ鼻面突っ込んでスンスンと匂いを嗅いでいる富樫。その背中はまるきり野良犬で、
「フッフフ、みっともねぇことするんじゃねぇよ。後で食えるだろ」
肩を揺らして桃は笑った。窮屈な革靴から引っこ抜いた足から靴下を抜き去って、靴の中へと軽く詰める。富樫はこういうことをすると怒るのだが、桃はまるで
気にならないタチだった。
「かんぱーい!」
発泡酒で乾杯。
いなり寿司にから揚げに、それから富樫が作った焼きうどん。小さな足のぐらつくちゃぶ台に全て並ぶと、蛍光灯の下でも豪勢に見える。
「かつぶしかけるぞ」
富樫がパックのかつぶしを焼きうどんへ振りかけた。かつぶしがゆらゆらするほど熱熱のところを二人取り皿も使わずに箸でつっつきあった。
チクワばかりを寄越す富樫に、桃は紅生姜を無言で送り返す。
はふはふと焼きうどんを頬張って発泡酒をごっくんごっくん、コリコリの軟骨から揚げにはくどい位に濃い味がついていて発泡酒へよく合う。
「うめぇなコレ」
「そうだな。お前が作ったのもうめぇもんだぜ、富樫」
焼きうどんは桃が七割を食べた、から揚げが冷める頃になって興味は料理よりもテレビへと移っていく。
歌番組を見て、ぐだぐだと時間が流れていく。
真夏と違って十時過ぎまで窓を開けていると肌寒さもある、特に富樫なんかはパンツ一丁だからなおさら。
ウウッ、富樫が身震いした。めざとく桃は見つけて、ちゃぶ台をそっと避ける、膝でにじって距離をつめた。
「寒いのか?もっと寒い事言うぜ」
「ヘッ、なんじゃい」
「………あっためてやろうか」
膝立ちになった桃に見下ろされて、富樫は一瞬言葉を失った。酒でほんのりと赤らんだ目尻や頬もだが、何より自分を見つめる桃の潔い視線が富樫を黙らせた。
(酔ってなんか、いねぇくせによ――)
言ったら負けだ、富樫もようくわかっている。
「風呂、入ってくる」
生娘が悪代官の前で帯を解くような――、とは程遠いが一つの覚悟をつけた富樫が膝をついて立ち上がると、悪乗りした桃の笑いを含んだ声が、
「『そういう』時は、先に俺にすすめるんじゃねぇか?」
「バァヤロ、俺が家主じゃ」
富樫は男塾に来る前からカラスの行水、桃の順番はさっさと回ってくる。
しかし富樫が風呂を浴び終えて風呂場を出ると、既にちゃぶ台は部屋の隅へと追いやられて、代わりに布団が敷かれている。
(や、やる気満満じゃねぇか)
咎めるような、うろたえたような富樫の視線に気づいた桃は立ち上がってすれ違い様、
「なにぶん、一月以上会ってねぇんだ」
酒にか掠れた声ながら、言い訳にしては堂堂と、むしろ誇らしげにそう告げて風呂場へと消えていく。
富樫は布団に腰を下ろすのもはばかられて、二三歩よろめいた。
風呂を上がって、桃は前を隠すつもりもなく部屋へと戻る。隠さなければいないような息子はいない。
富樫は背中を桃へ向けて、部屋の隅に丸くなっていた。
(照れてんのか?初めてってわけでもねぇのに)
その初心さが気持ち悪いような、からかいたいような。ともかく桃はまだ濡れた肩をひそひそと揺らしながら富樫の背後からそっと近づく。
背中を丸めて熱心に何かを覗いている富樫へ、
「―――水虫か?フッフフうつっちゃかなわねぇ」
「オワ!!」
富樫が飛び上がった。胡坐をかいたままでよくも、という高さ。桃は両手を上げて、
「そんなに驚くなよ、図星だからって」
「チ、ちが、ちがわい!!」
富樫がツバを飛ばしてがなりたてる。桃はわざとらしくそのしぶきを手のひらで払った。
「じゃあなんだ?」
「ウ」
口をモグモグさせて、富樫が呻く。桃の太い右眉が好奇心に跳ね、ふふふんと頬に意地悪い笑影をこしらえている。
追求の眼差しに富樫がソロリソロリと股間に被せていたタオルを取った。桃はそこへ視線を注ぐ、見慣れた、とまでは言わないが見知った富樫のポコチンが萎れ
ている。
「で?それがどうしたってんだ?勃たねぇって言い訳は聞いてやれねぇぜ」
「バカ!!ちげぇ!よ、よく見ろや、ココ!」
「野郎のまたぐら覗く趣味は無ぇな」
しゃあしゃあと首を横へ振る桃へ、富樫が噛み付かんばかりにして喚いた。
「いいから!!ココ見ろってんじゃ!!!」
不審げに眉をひそめたが、とりあえず桃は富樫の正面に膝を付くとまたぐらへと顔を近づけた。
萎れたポコチンが毛群の中に伸びている、はたから見れば非常にシュールな光景だろう。
桃は目を富樫の股間に凝らした。決まり悪げに、富樫が太腿をモゾつかせる。ここへきてポコチンがムクムクきたら殴ってやろうと桃は決めた。
特にかわりのないように見える富樫のポコチン、更に目を凝らす。
「――――ん?」
富樫の陰毛の毛根あたりに何か白いものがチラついた。更に目を凝らす。
白いものはいくつか富樫の陰毛に潜んでいて、それぞれがよく見るとかすかに蠢いている。
「け、け、毛じらみじゃ―――」
情けなさで泣き出しそうな声で、富樫はとうとうそう告白する。桃はこれがあの、という驚きが一瞬先行したが、
「毛じらみ…どこでうつされたんだ?え、富樫」
冷えた眼差しで富樫をチクリチクリと刺していく。富樫は身体を引こうとしたが、桃の手がサッと伸びてポコチンを掴むと人質にとってしまう。
「言えよ、富樫。どこでうつされた」
「ウ……た、たぶん、たぶん新宿の…ソープで…」
「へえ」
ポコチンを握る桃の指に力がこもった。富樫がギャ、と小さく悲鳴を上げる。
冴え渡る眼光、冬の星にたとえられるそれで桃は富樫を睨みつけた。微笑みすら浮かべている、が、その微笑みこそが桃の怒りを如実に表していると富樫は知っ
ていた。
「俺は律儀に操を立ててやったって言うのに、てめぇって奴は」
「ミッ…も、桃おめぇきっしょく悪ィ事抜かすんじゃねぇや」
「もちろんこのまま俺は本願果たさせてもらうぜ。お前も了解した事だ、文句は言わせねぇ」
「お、俺も別にやんのは嫌じゃねぇよ!」
かすかに桃の笑みが変貌したことに、富樫は気づけないでいる。さっきまでのは怒りの笑み、今のは富樫という男で楽しく遊んでやろうという魂胆が透けて見え
る笑み。
富樫ごときに気づけるよう桃ではない。
「毛じらみの治療法って知ってるか、富樫」
「し、知らねぇ。明日病院行くっきゃねぇと思ってるがよ」
いい加減俺のポコチン離せよ、と強気には言い出せない富樫。桃は怒りを春の雪解と流した清清しい笑みへ変じると、反論を許さぬ鋭さと強さで言い放つ、
「剃るんだ。全部な。毛じらみが住めねぇように」
富樫は戦慄した。
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