ごうかなチーズ

火傷だらけの、ワニザメに皮をひんむかれたように真っ赤 にただれた全身の。
とうとい涙が頬を滑った。





業火を見たのは四度だ。
一度目は自分で付けた。逃走ではなく反撃のために建物へ火をつけて数十人を焼き殺した。柄にもなく未来への導と思った。
二度目は自分で付けた。しつこい下衆な奴らを切り殺して、とどめを刺してまわるのが面倒だったから死体の山をまとめて焼いた。
三度目も自分で付けた。共に歩いてきた男を失ったので、せいぜい華華しく弔ってやろうと積み上げた白樺の木木で大いに焼いた。名前は知らない。


四度目は戦いの添え物として噴き上がり、伊達の裾や前髪を焦がす。獣ではないのだから恐れる事は無い。冷静に距離を取って、熱風を肺に入れぬよう。
伊達にとって火とは恐れの対象ではない。それどころか手に入れた肉や魚を調理したり、本を読むのに明かりを作るといったプラスの働きのほうが多い。
恐れてはいない。
しかし、恐ろしさを知らないわけではない。
ひとたび焼かれれば肌はたちまち膨れ爛れ何かジュクジュクと水気を飛ばしながら焼け落ちる。肉が崩れて滴り落ちれば白白と骨が見えて、そのうち骨も灰と化 す。
熱風を肺に吸い込めば肺が爛れ、ひと呼吸ごとに喉に胸に激痛を伴う。目も火の明るさにまるであけていられなくなるだろう。
髪の毛はチリチリと焦げて肌へ焼けた銅線のように張り付き、着ていた服も同様に皮膚へ溶け絡まる。

人間は三割がた焼かれれば死ぬ。
伊達はそれを知識と実践で知っていた。





月は業火と比べてなんとも冷や冷やとしていることか。
しかし突き放すような冬の月のようではなく、秋の月はどこか芋を割ったようにほっくりと穏やかである。
電気をつけていない部屋、唯一の光源は窓から二人を見下ろしていた。
一人。伊達である。
もう一人の男を伊達はじっとかれこれ数時間は見続けている。
目の前の布団に寝かされている男は三割どころか、焼けていないところを探すほうが難しい。
戦いの後起き上がって漫才をやらかす余裕があったことに今更ながら驚くが、桃が言った通りに、
「生きているのが不思議なほど」
の大怪我なのだ。
死んで当然。少なくとも伊達が今まで見てきた、焼いてきた男達はなすすべもなく黒い塊になって死んでいた。
もしかしたらもう死んでいるかもしれない。
死体かもしれない。

伊達は手を伸ばして、包帯でグルグルと巻かれた死体予備軍の胸へ触れた。
ごとん、ごとん、
ゆったりとしているが打ち間違いの無い、持ち主に反して着実なリズム。

「………虎丸、」
死体予備軍の名を、虎丸龍次と言った。




業火に焼かれて助けて助けてと泣き喚いた男は知っている。
余興だと着せられた藁蓑に火をつけられて、熱や熱やと踊り狂った男も知っている。
火を避けようとして酒を浴び、うかつに大火に包まれた男を知っている。
寒いほどに真っ白な骨になって、物言わなくなった男を知っている。



だが、自分を本意は別にあったとはいえないがしろにした男、それもまったく親しくないどころか直前までいがみあっていた男を助けるために、燃え盛る業火の 海へ飛び込んだ男など見たこともない。

伊達は我知らず頬を涙に濡らした。
たったの一滴だった。
ツ、
顎まで流れてハタとして、それからは瞬きを幾度もしようが一滴も零さない。彼は伊達臣人だから。





まだ余力はあった。抜け出そうとすれば出来た。
心のどこかで戦いを愉しんでいたのだ。久しぶりに命を賭けた戦いをもっと愉しみたいとどこかで願ったのだ。
「虎丸を突き放したのは、無駄な犠牲を出すまいとのことだろう」
桃はそう言った。確かにそれは九割がた正しい。虎丸の実力は一度見ておおよそわかっている。
奇跡を呼ぶ男だとは思ったが、奇跡を呼ぶにはそのために絶体絶命の手札を支払わなければならない。
自分が出ればそんなリスクはないのだ、だから虎丸を突き放した。

だが今、残りの一割を悔いている。
手に入れた剣閃の、火花のような快感。息苦しいまでに張り詰めた緊張。細い糸の上でぶつかりあう命。
そのために伊達は業火へ虎丸を投げ入れた。





支払われたのが虎丸であれば、手に入れたのも虎丸である。
伊達は生まれて初めて、人のために命を投げ打つ男に触れたのだ。
お前はやさしい奴だ。
そう笑った全身火傷の男。

こいつと勝負をするのは、嫌だな。
伊達はぽつりと思った。胸のうちで呟いた。
思いも寄らないことが起こるのが勝負だが、完全に斜め外れたところから飛んでくるこの男とは命を張り合うのは嫌だった。

勝負して手に入れられるものは少ないだろう。
かわりに失うものが多すぎて、割りにあわない。

なら、助けたらどうだろう。
守ってやったらどうだろう。
そんなのは伊達臣人らしくはない。
だけど、



「守ってやらねぇ事もねぇ。……一度ぐらいは」
そうしたい。
そうしたい、伊達はそう思った。
零した涙の一滴分ぐらいは報いてやりたいと思った。
かいた胡坐の膝を指が白くなるほどに掴む。呟いた声は神神を動かすほどに力に満ちていた。




伊達が思いも寄らないのは、伊達臣人の涙の価値が思ったよりはるかはるかはるか上だったことである。
虎丸は静かに眠っている。
あと数分後、腹が大きくなるだろう。
食べたくなるのは、月に似たまるいチーズ。
モクジ
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