賭け事に向かない男富樫


今通り抜けた風が、思ったよりも冷たかった。
とっさに考え付いた理由がそれだった。
我ながら間が抜けてるぜ。







握ってしまってから、ハッとした。
いつの間にか訪れた秋とは無関係に、今日も富樫は学ランのポケットに手を突っ込んで歩く。
桃が転ぶぞとさりげなく言えば、こうしたほうが格好がいいのだと威勢のいい返事が帰ってきた。これはどうも兄の影響らしいと踏んで、桃はそれ以上言わない で見守っている。
アゴを突き出すように富樫が肩肘張って歩く、桃は幾度か二の腕に肘を食らってその度につつき返した。
二人が連れ立って隣り合ってすたすたと歩いていたのは商店街、幸いにしてシャッターばかりとはならずに活気がある。肉屋花屋総菜屋を過ぎて、時代遅れの ゲームセンターを今しがた通り過ぎようかというところ。
未だにビデオゲームが主流の、傷だらけの卓球台などが置かれた古いゲームセンターは金無しの男塾塾生達にも十分に遊ぶ事が出来、彼らの主だった娯楽の一つ であった。
正面を向いていた富樫の視線が左手に見えてきたゲームセンターへと流れ、桃へはワサと盛り上がった髪の毛と首筋を向ける。
桃は正面へと歩いていたのだが、視線は富樫へくれていたためにその一連の動作を目にすることとなった。
富樫の視線がゲームセンターの卓球台に注がれている、そして身体の向きを変えると一歩ゲームセンターへと踏み出した。
桃を置いて。
あまり周りや後先を考える男ではない、だからオネエチャンのパンチラに釣られて踏み出した先へ犬の糞があったりするような事に見舞われやすい男。
それが富樫源次という男である、それは桃もわかっていた。その富樫から飛び出す藪から棒な、思いも寄らないような出来事を傍らで楽しんでいるような節があ る。
普段誰かが富樫の野郎勝手じゃのうと口を尖らせれば、
「まあまあ、いいじゃねえか」
となだめる役に回る事も多い。

だが、
二人が離れかける。
二人の間に隙間が出来上がって、
そこへ一筋、風が吹き込む。
思ったよりも冷たい風が吹き込む。

はっし、



「………あ?」
「………あ、」

桃があ、と声を小さく漏らした時には行動は全て完了していて、ゲームセンターへ踏み出しかけた富樫の右手を桃の左手がはっしと掴んでいた。
不審そうに富樫が目を細くして桃を振り向く、踏み出しかけた体重が手首にかかって、桃は離すまいと思わず力を込める。

「おう、どした」
つとめて平静を装いながら、富樫がゆっくりと聞いた。普段から早口な富樫のこと、驚きを平にならしてゆっくりと聞いた。
桃がそこでなんでもないさと言えば話はそこでしまいになった。
だのに桃はわざわざ自分の軽く丸まった前髪のあたりをかき上げながら、
「いや、悪い」
と詫びて見せたのだ。富樫のなけなしの事なかれは脆くも崩れ去った。
「わ、わ、悪いとか…別に何も悪かねえだろが…」
とたんに富樫はうろたえる。ソレというのも桃がまっすぐに星の輝くような瞳で迷い無く見つめてくるからで、さらに言えば見つめてくるその星が散る瞳が夜の 海のようにどこか潤みを帯びているかのようで、さらにさらに言えば見つめてくる桃がどこか恥らっているかのようで、
「………」

桃は何も言わずに富樫の手へさらに力を込めた。ドシン、と富樫の背中へ買い物袋両手のオバハンがぶっつかって、
「ジャマッ」
と短くしかし鋭く咎めていく。商店街の真ん中で何をやっているのだ、富樫は掴まれたままの腕を引いてゲームセンターへと歩き出す。
ゲームセンター前の灰皿の隣へたどり着くと、富樫は軽く掴まれた右手を振った。桃も掴んでいた左手を振った。
ぶーら、ぶら、ぶーら、
幼稚園児の遠足のようなお茶目で軽快な振れ幅を数回見せて、富樫は振り払う事をあきらめる。
軽く睨むと、桃はあっけらかんと言ってのけた。
「お前を振り向かせたくてな」
しおらしくうるうるとしていたかと思えばこれだ、富樫はようやくがなり声を発射する。
「バァロ、ドラマの女優みてぇな事抜かしてんじゃねェや」
「フッフフいいじゃねぇか。ところで富樫、ゲームセンターで何か気になったのか?」
「お、おお、アレよ」
尖った顎をしゃくった先には傷だらけの卓球台。既に時代遅れのゲームセンターでもそこだけ更に時が止まっている。
「卓球?」
「おう、俺ァアレが得意でな――っと、」
ゴツン、と富樫は学帽を落とさぬよう器用に頭を傾け、桃の頭へ頭突きを軽くかます。桃が思わず手を離したのを見計らって、代わりにラケットを握った。
桃へともう一方の、ラバーのはがれかけたラケットを放る。
富樫の手を失って寒寒と呆けていた桃も、それでも流石に桃でお手玉せずにラケットを受けた。

「ヘッヘ、桃、一勝負と行こうじゃねえか」
卓球台に向かってラケットを構えた富樫は、普段どおり間がひとつふたつ抜けていたがそれでも格好が良かった。
自分の得意分野だと思ってなかなか図図しい事を言う。
「そうじゃただ勝負するんじゃつまらねぇ、一ゲーム取るごとに三百円ってのァどうじゃ」
いいカモと富樫が見なした桃は軽く肩をすくめてみせた、こうした仕草がまったく嫌味にならない男である。
「そうは言うがな富樫、お前さっきもう二百円ぐらいしかないと言ってたろう。チップが揃わなきゃ賭けが成立しないぜ」
「ああ?俺が勝つからいいんだよそれでよ、ほら、やろうぜ」

ふん、
桃の頬に笑みがぽっと上る。ふだんぽややんとしている居眠りハチマキが勝負好きの一面を覗かせる。
「そんなら富樫、お前は金じゃなくて何か代償を払ってくれ。そうだな俺が一ゲーム勝つたびに…」
「お?」
「一枚ずつ脱いでもらおうか」
「ああ!?」
「それが嫌なら、十メートル刻みで俺と手を繋いで男塾まで帰ろう。さっきみたいに」
「あああ!!?」
「俺はどっちでもいいさ。俺が勝つんだから」
「テメェ言ってくれるじゃねぇか、バックハンドの源次を舐めんじゃねぇ。よーしいいぜ、俺が負けたら脱いでやらあ」


負けられない戦となった。
この後最新のワイヤーアクションを駆使したような卓球バトルが繰り広げられる事となる。





なお蛇足ではあるが、その日男塾ではなぜかフンドシ一丁の富樫が桃に手を引かれて帰ってくる姿が目撃されている。
なんだなんだと集まってきた塾生達へ、
「引き際を見極められなかったのさ。男は引き際を見極めるのも大事だぜ」
桃は笑ってそう言いながら幼稚園児の遠足のように富樫と繋いだ手を振った。
なお富樫はフンドシの股間を押えながら、取り返してやろうと思ったんじゃと言っている。
幸いにしてやはり風邪は引かなかった。
モクジ
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