ゆうがらす



ある伊達男が似合わぬ百姓をしていた。
「爺が田畑を残してくたばったんだ、しようがねぇだろう」
伊達男はそう憎まれ口をきいたけれど、彼は自分を育てた恩義を忘れない男だった。
実子ではなかった。
よく冗談交じりに竹の中ですいよすいよと眠っていたのだと聞かされていた。
瓜を割ったら出てきたとも聞かされていた。
育てた爺はどうしてそうなったのかわからないようなモヒカン頭を揺らして、そう伊達男をからかう。
嘘も味噌もごたまぜな話をよくする爺だった。
それらは今となってはどうでもいい事であったが、伊達男は多少貧乏ながらも健康に育てられて、立派な若者になった。
人里離れた家だったので、話す相手は自然とお互いだけ。オイとかオメェと伊達男は美少年だった頃からそう呼ばれ、
「そうだ…お前に名前をつけてやらねぇと」
死ぬ間際にそうモヒカン爺は呟いた。
伊達男は誰に見られるわけでもなかったのでぽろぽろと涙をこぼし、薄い布団にふせった身体をゆさぶった。
「そんなもんどうだっていい」
「お前はいい男だぜ、俺の次ぐらいにな…そうだ、伊達男だから、伊達ってのはどうだ」

そして伊達はモヒカン爺の残した田畑を耕している。

数年が経って、伊達の住まう家の辺りにもボツボツと家が建ち、小さな村となった。
不特定多数の他人と接する事になった伊達は、名前が必要である事を知った。
「名前は?」
「伊達」
短いやり取りを繰り返すうち、伊達は伊達である事を認識していく。


ある冬の夕暮れ、伊達は雪の中薪を拾い集めていた。適当にこしらえたソリへ薪を積み、傘を雪で真っ白にしながら腰をかがめて歩いていく。
ずぼ、
ずっ、
ずぼ、
踏み出す足が深い雪へと沈んでいく。
目の前は細かな粉雪が風にあちらこちらへ煽られて飛び交い、うるさいぐらいに真っ白にかすんでいる。
伊達は家の方向を間違えることなく森の奥ふかくへと進んでいく。
「……ん?」

と、伊達の目に白一面だった景色の中で何かシミのようにボッツリと黒いものが見えた。
木か、
思いかけた伊達は、その黒いものがうごめいたのに気づく。
何気なくそちらへと足を踏み出した。

ズッ、
深まった雪に、伊達は膝まで埋もれさせながら近づく。
「鳥か」
果たしてその黒いシミに見えたものは鳥であった。
地面へ降り立った所を獣用の罠へ運悪く足を挟まれたらしい。
「カラスか」
果たしてその黒い鳥はカラスだった。
普通のカラスよりも大分大きく立派で、羽は濡れ濡れとした黒が美しいカラスだった。
伊達が近づくと気高くギィと鳴き、羽を広げて威嚇してみせる。
「動くな、面倒な野郎だぜ」
カラスの抵抗をものともせず、伊達はヒョイと手を伸ばした。カラスのやかましい嘴を掴み押さえつけ、もう一方の手で挟まれた足を助け出す。
その行動が自分を救うためのものであるとカラスも畜生ながらわかったのか、やかましくわめく事もなく大人しく羽を折りたたむ。
「そらよ、行け」
胸に一度カラスを抱き、一度見渡してさしたる怪我が無い事を確認した伊達は、吹雪く雪空へカラスを投げ放った。
「――二度と間抜けを起こすんじゃねぇぞ」
カラスは再び空を得た喜びにか高く細く鳴き、伊達の頭の上を一度大きな円を描いてから飛び去っていく。
伊達はフンと鼻を鳴らし、白い息をもらしながら素っ気無く再び薪を拾う作業へ戻った。

その晩、伊達は家の戸をほとほとと叩く音に気づいた。
最初は雪がうなっているだけかと思い、捨て置いたが、
「もし、もし、」
雪にはとても聞こえないか細い声が戸の向こうより聞こえる。
伊達は囲炉裏端へ膝をついて立ち上がり、
「何の用だ」
愛想のない、怖い声で尋ねた。
「吹雪に迷ってしまいました、どうぞ一晩部屋の隅で結構ですから泊めてくださいまし」
もうあと少し歩けば別の家がある――
とは伊達、言わなかった。
誰かも言ったが優しい男なのだ。


戸を開けてやるとそこには、真っ黒な着物を身に着けた、化粧のはっとするほど美しいものが立っていた。

「――で、そのカラスが姿を変えて恩返しに来たのがわたし」
マスカラのどっさり乗った睫を羽ばたかせて、ホルスはそう言った。
畳の似合わぬ黒いドレスと言っていいだろう、長い裳裾を引いた衣服のまましどけなくくつろいでいる。
目を丸くしていた見習い――伊達組家事筆頭取締役仏頂面補佐家事手伝い見習い――ははしゃいだ声と共に大きく手を打ち鳴らす。
「すげぇッ!ゆうづるだぁ!」
「ゆうづる?」
首を軽く傾げたホルスへ、興奮した面持ちの見習いは滅茶苦茶に乱れた言葉で大まかにあらすじを語りだす。
「そんじゃ、あの、ホルスさんは親分と夫婦なんですか?」
ホルスは一瞬あらぬほうを見て考えたが、間抜けな見習いには気づかれない。
「……そう、そうですね」
たっぷりと余裕を含ませて頷くと、見習いは大きくはしゃいだ。子供のように歓声を上げて
「すげぇッ!そ、そいじゃ、ホルスさん『ごくつま』だぁ!」
「……ごくつま?」

見習いは興奮して、ナメたらあかんぜよォとおかしな節回しで歌うように言った。
ホルスはなんとなく悪い気分でなかったのと、生来の女王様気質があわさって、
「よろしい、おまえはわたしの手下にしてあげよう」
手下という単語にも拒否感がない見習いは、
「やったッ、すげぇッ」
何が凄いのかすげぇすげぇと繰り返す。

「親分は今ちっと外出してるんで、昼前には戻りやす」
ます、ではなく、
やす、を使う微妙な違い。見習いなりに姐さんへ見合った口調へ変えている。
「そう…しかしお腹が空きましたね」
ホルス本人自分を客分と思っていない、当然のように伊達がいつも使っている座布団の上へ足を投げ出して座りながら見習いへ言いつけた。
「ヘ、ヘイッただいま、ほんで、姐さん、どうしやしょうか。何か取りやしょうか」
「……伊達の好きなものを」
「ヘェ!」
好きな人の好きなものを、そんなホルスの乙女心は、
「そいじゃあ、モスチキン買って来やす!」
あのカリカリの衣は悪くねぇ――
伊達臣人の意外なるジャンクフード好きさに少しばかり、色あせる。
けれどホルスの唇は色鮮やかなまま紅く。
「ほうこれは…少少脂っこいですが、なかなか美味ですね」
「でしょう!親分もこれ、大好きなんすよ!」
「フッ…それにしても遅い…そうだ、わたしが彼の食事を作っても?」
「わあ!そりゃあ親分、きっと喜びます!」





数時間後、花魁道中のようないでたちのホルスに出迎えられ、熱烈なキスの嵐。
「どこのゲイバーからやってきた!!」
混乱のきわみから思わず二号生筆頭のような大声を出す伊達親分に、見習いはこっぴどく叱られる事となる。
口紅をべったりと頬へ唇へつけて、怒りの形相の伊達臣人の恐ろしさ。見習いはひんひんと泣いた。
追い出せとわたし動かない、その応酬の間に挟まれて仏頂面はしばし困惑。けれどとりあえず夕食の支度。
見習いが買ってきていたモスチキンに伊達臣人もわずかに機嫌をよくし、渋渋ホルスの滞在を許した。
お腹がいっぱいになってみると見習いの腹の虫ではなく好奇心の虫が疼きだす。
「ねぇ、姐さん」
「なんでしょう」
ホルスは優雅に頭を揺らして見習いへと微笑んだ。化粧の濃密な香りに見習いは犬のように鼻をピスピスさせて頷く。
耳ざとく聞きつけた伊達が腕組みをしたまま腹立たしそうに吐き捨てる。
「姐さんでもなんでもねぇ、ホルス貴様このアホに何を吹き込みやがった」
「吹き込んでなどいませんよ、……それで?」
アノ、あの、見習いが言葉を必死にかき集める。しかしそれはどうにもつたなく、言葉足らずだった。
「やっぱりいっぺん別れっちまったのって、組長がホルス姐さんの部屋を覗いたからっすか」
一瞬、ホルスが呆ける。ややあって言っている意味がわかり、うふふふ、とくすぐったい笑い声を上げてのけぞった。
「馬鹿野郎ッ!!」
直後伊達臣人の獅子も逃げ出す怒号と共に、見習いは障子を突き破って池へと落ちる。
「わあ!」

モクジ
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