エーキセントリック!
なぞーの小袋はちじゅっぷーくーろー♪
伊達組家事取締役筆頭仏頂面。
の、部下。
伊達組家事手伝い見習い。
通称見習いと呼ばれ何かと軽んじられていた見習いはある日、雇い主である伊達組組長伊達臣人が手にしていた絹織物の袋に気が付いた。
竜田川を模したらしく、紅葉模様に織られた絹には金糸がチラチラと輝いて美しい。
その小袋は着物の袂に入れてあったり、布団の枕元に置いてあったり、常に手近なところへ置いてあるのが確認されている。
「なんだろ、アレ」
最初はヤクザなのだから拳銃でも入れているのだろうと思っていたが、どうも違うようだった。
「軽そうだもんなぁ」
見習いはまだ銃を握らせてもらった事はない、極道じゃねぇんだと伊達臣人本人に言われてしまったために他の組員も見習いには武器を見せてくれないのだっ
た。しかしテレビで見た限りでは小型の拳銃でもだいぶ重たそうだと見当がついている。
あの小袋、大きさとしては子供の給食袋より一回り小さなものは薄手で中には何かケースのようなものが入っているらしく、軽く膨らんでいた。
伊達臣人がそれを掴んだ時もほとんど重たげには見えず、入っていたとしてもせいぜい筆記用具くらいのものだろう。
「……ナイフ、とか」
やはりヤクザの大親分、武器は常に所持するのか。
見習いはそこまで考えて、
「でも、武器なら何も袋に入れなくたっていいもんなぁ」
伊達組組長は着物を着用することが多い、それこそナイフなら小型のものがいくらでもあるし、それを折りたたんで着物の袂にでも入れておけばいい。更に言え
ば獅子より強いと評判の伊達臣人なのだから武器の携帯すら不要なようにも思われる。
「一体なんなんだろう、アレ」
つい先日、割烹着姿の仏頂面に朝一で呼ばれ、
「まだ見習いさんには荷が重たいかもしれませんが、組長を起こして来てくれませんか」
眩しい白さの割烹着に、背中に毛虫を入れられたような渋い顔の仏頂面との取り合わせに見習いは笑いをかみ殺した。見習いは、顔だけは本当に不機嫌そうなこ
の上司が案外面倒見のいい人だという事は同居して数日で学習済みである。
「大丈夫っす。ヘヘッ、起こして起きないんなら、腕ずくで」
「前に虎丸様が請け負ってくださったので、申し訳ないと思いながらお任せしたところ…」
仏頂面の顔が更に沈む、地獄の沼の如き暗さに見習いも不安に駆られ、
「あの、そ、そんで」
「丈夫な方で、本当に良かった」
「ええ!?」
「さ、お願いしますね見習いさん。私は朝食の準備をしておきますから」
仏頂面が微笑んだ。せめて見習いに安心してもらおうという気遣いだったが、その笑みが普段の顔からほとんど誤差程度にしか変わらなかったために見習いは気
づかずじまい。
「………行ってきます」
「あ、見習いさんちょっと」
厨房を出て行くところを呼び止められ、肩を落としかけていた見習いは振り向いた。
「へい」
組長伊達臣人と見る時代劇の影響は、一番に口調へ現れている。
「抜き足差し足忍び足から、頬へチュッとやろうとすると首の骨をへし折られますからね」
「………」
そんな恐ろしい命いらず(知らずよりももっと無謀)な事、誰がやったのだろう。見習いは聞くに聞けなかった。
見習いが伊達組へやってくる男達の顔を一人一人思い出していると、一人の無精ひげだらけで尻のでかい、気のいい男が思い浮かぶ。
「……あの、仏頂面さん」
沈鬱な、目にくらいかげりをつけた見習いが恐る恐る口を開く。
「なにぶん丈夫な方で、本当に良かった」
「………」
「さ、いってらっしゃい」
仏頂面はお玉をクルリとまわして、見習いを厨房より追い出した。
「獅子は我が子を谷底へ落とし…」
胸にジンと熱い気持ちをつぶやく仏頂面だったが、別に見習いは仏頂面の子供というわけでもないし、突き落とした先は自分の上司の寝室である。
「………」
それでも仏頂面は見慣れた苦りきった顔にどこか高ぶりを交え、胸を熱くしている。
家事取締役筆頭とはいえ、仏頂面も極道。こうした話に俄然ときめいてしまうものだった。
「……おやぶーん…」
ふすまを十センチほどソロリソロリ細く開け、見習いは声を忍び込ませた。自らの身体を中へ入れるほどまだ勇気は出ない。
和寝室の中央に厚手の布団が敷かれ、高枕に頭を乗せた伊達臣人が行儀よく眠っているのが確認できる。見習いにとって困った事に、伊達臣人の眠る布団のすぐ
側、腕を伸ばせば容易に掴めるところへ愛用の槍が置いてあるのが見えた。
「ウウ、どうしよ…」
見習いも間近で伊達臣人の神技を見ている、自分ごときであれば一秒で開きにされてしまうことはわかっていた。喉をゴックリ鳴らし、
「おやぶーん!!」
大声を張り上げる。一応意識は覚醒の水面近くまで浮上してきているようで、ううんとうめき声が上がる。
(しめた)
このまま大声を上げ続ければ起きてくれるかもしれない。穏便に。
見習いが目を輝かせ、ふすまを開け放つ。時代劇愛好家のご多分に漏れず、開け放つ際にはビッシャーン!!!と派手に。
「おやぶん!おやぶん!朝ですよォ!!朝ァ!!!」
腹のそこから声を響かせて、さほど広くも無い寝室へ張り上げる。
「……ン」
伊達臣人の閉ざされた瞼がうごめく、もぞりと布団の中から引き締まった腕が現れて目を擦った。
(わ、子供みてぇなの)
見習いはあたたかい気持ちになった。普段ボケだバカだと自分に対して冷たい組長が、子供のようにかわいい仕草でむずがっている。
「そだ、障子」
立ち上がり、ふすまを開け放つ。伊達臣人の攻撃範囲に入り込んではいけない、わかっていたがさすがに相手は寝起きの丸腰、大丈夫だろうと見習いは判断す
る。
それがまるきり間違いである事はわかっているのだが、すっかり忘れているのが見習いの見習いたるところ。
伊達臣人の眠る部屋へ丸腰で入っていって、あまつさえ彼から視線をまるきり離して障子へと向かう。障子を開け放って、十二月のまばゆい朝日を部屋へ導こう
というのだった。冬のあの澄んだ空は太陽の光を阻むものは何一つ無く、眠気にまどろむ瞼を開かせるにはうってつけだろう、見習いなりに考えた。
直接攻撃よりも間接攻撃、
「太陽と北風ー」
庭に面した障子は、木枠に張られた障子紙すべてが真珠色に輝いている。見習いは障子へ一歩、踏み出した。
ちょうど伊達臣人の枕元である、恐ろしい事に眠れる獅子の鼻先を通過せんとしたのだ。伊達臣人にこっぴどく打ちのめされた人間が見ればなんという無謀かと
目をつぶるところ。
しかし若い見習いは、
(寝てるしいいよね)
そんな気安さで伊達の枕元を進んでいく。
と、見習いは前ばかり見ていたが、見習いの行く手の足元にはあの紅葉模様の小袋があった。
それにまるで気づかない見習いは、厨房から漂ってくる魚の焼けるにおいに鼻をひくつかせながら、
(今日のごはん、なにかな)
暢気にその小袋へ足を下ろしかける。
バチリと音がしそうな程の勢いで伊達の目が開いた。かっきりとした二重瞼が見開かれ、色の濃い黒目が今にも踏みつけにされそうな小袋をとらえる。
「!」
見習いは畳へと下ろしかけていた右足の足首を何者かに掴まれた。とっさのことに混乱し、
「わあ!」
大きな声を上げる。足首を掴んだ腕はそのままグルリと回転し、見習いの身体ごと投げ飛ばした。
顔面から畳へ激突し、何がなんだかわからないでいる見習いはがばりと起き上がると鼻を押さえて涙声、
「ふぁにっ、なに、なに!?」
「歩く時はもっと足元に気を使え!」
既に覚醒し、眠気の欠片も見えない。障子紙を透かして入り込んだ冬の日差しにあかるく照らされた伊達臣人が、その肉の薄い(それでも男塾時代よりかは太っ
たのだと剣桃太郎は言う)頬に焦りを浮かべていた。目をきらきら光らせて、今にも誰かをぶん殴りそうな怖い面構え。
声の調子も、普段のあのゆったりとしてからかいを含んだものではなく、口早にきつい物言いだった。
見習いはどうして自分がぶん投げられたのかまるでわからず、ただ酷くぶっつけた鼻を押さえながら、
「ふぇい」
それだけを言うのがやっとだった。返事をするなら早くしろと常常言われている。受身もなにも知らない素人の見習いは唇を少し切って、顎に血が掠れていた。
伊達の生え整った眉がそれに気づいて寄る、眉間に浅く皺が出来る。
「切ったか」
「へい」
伊達は見習いの返事をとがめない。時代劇が好きなのだ。水戸黄門は嫌いであるけれども。
「悪かったな、とっさのこった」
短く伊達は詫びた。それが珍しい事だったので、見習いは言葉を忘れる。
「へい」
布団干しとけ、と言い残すと伊達臣人は颯爽と寝巻きの裾を返して寝室を後にした。
ほんのり明るい部屋で、見習いはしばらくの間ぼんやりとそこへ正座していた。首を傾げる。
「………アレ、なんなんだろ」
見習いは見た、伊達が寝室を出て行く時に、寝巻きの懐へ入れたあの赤を。あの赤は、
「あの小袋、なんなんだろ」
見習いが踏みつけかけたあの小袋を救うために伊達は常人では間違いなく出来ない反応速度で見習いを投げた。そしてその反射的な行いによって見習いが傷つい
た事を詫び、それでもあの小袋を拾い上げた指はやさしさにあふれていた事を、見習いは見ただけでなんとなくだがわかっていた。
「なんだろ」
首を傾げる。好奇心は膨らんでいく。
「見習いさん、布団干したらご飯ですよ」
丸く弾んだ声からは想像もつかないような顔の仏頂面が、朝飯だと見習いを呼ぶ。
「へい!」
慌てて立ち上がり、伊達臣人のにおいのする布団へ飛び込むようにして抱え上げると、見習いはそそっかしくも障子に突っ込んで一つ穴を開けた。
朝食の際、小袋の他に見習いは一つ気づいた。前はテレビの前に新聞受けから取ってきた朝刊を置いておくのが仕事だった。起床した伊達は朝食の準備が整うま
でテレビの前でそれを読むのが常であったのだがそれが無くなった。
「新聞、読まなくなったんだろか」
言ってみて、そんな事はないと見習いは即座に否定した。寝室に運ばなくなった新聞は伊達の書斎へ運ぶ事になっていたし、捨てられた新聞には読み癖がついて
いたのだから読んでいることは間違いなさそうである。
「……うーん?」
見習いは飯を頬張りながら卓を挟んで正面の伊達臣人の顔を見て、首を傾げた。
「……何だ、どうした」
ジロリとあの切れ味鋭い目に睨まれて、頬張っていた飯をゴクンと慌てて飲み込んで、
「い、いいいえ!」
首を左右へぶんぶんと振って、見習いはどんぶり飯をかっこんだ。見習いの故郷から送ってもらったコシヒカリは米の香りが強く、古漬けのキュウリがよく合
う。
「そうか」
「…………」
見習いの視線は、寝巻きの合わせからのぞくあの赤い小袋に注がれている。
(アレ、何が入ってるんだろ)
「…………おい、どうした」
「見習いさん?」
外見的に怖いのと、外見と内面共に怖いのにと二人に同時に問われ、
「は、腹減ったなー、って」
見習いは食事真っ最中にそんな言い訳をしてしまう。怖い二人は互いにいぶかしむ視線を交わし沈黙した。
「お、おかわりいただきやす!!」
おひつへ見習いは飛びついた。
夕食に呼ばれて(タカリに)虎丸が伊達組を訪れた。
虎丸はその日は北海道から送られてきたばかりというタラバガニを発泡スチロールにいっぱいつめて、手土産だと笑った。
わざわざ担いできたのがいかにも虎丸らしく、ボサボサの頭をかきながらニッカリと嬉しそうに伊達へ言う。
「ヘヘヘヘ、伊達にも食わせちゃろうと思ってよう、見ろ、カニじゃカニ、ヘッヘヘ」
「フン、ただ単に自分で茹でられないだけだろうが」
「そう言うなって、伊達よう。うめぇもんは皆で食ったほうがいいに決まってら」
「お前がほとんど食べるのが、目に見えてるな」
そんな他愛ないやり取り。仏頂面は虎丸の担いできた発泡スチロールの重みに腰をグラグラさせながら厨房へと運んでいく。
中年を気遣って見習いは途中から発泡スチロールを担ぐのを代わってやるのだった。
虎丸の号令と共に、全員がカニへと取り掛かった。
「おーう、いっただっきまーす!」
藍一色で細かな文様を描き付けた染付の、伊万里の大皿へ赤いカニが茹で上がってつみあがり、むせ返るほどの湯気を立てている。
端が欠けて修復してある皿で、これならば多少カニの爪や甲羅で傷をつけても構わないという仏頂面の気持ちの表れであった。
普段伊達組では食事の際にテレビをつけることは少ない。今は野球のシーズンでもないし、バラエティはあまり伊達組組長が好まないのだ。
しかしカニの時は別である、カニに全員が集中してしまうと無言になってしまって決まりが悪い。
くだらないバラエティも今日ばかりはせいぜい賑やかにしてくれと仏頂面はいつもよりボリュームを大きくしている。
ひと段落すればカニの殻でダシを取った湯で、カニ雑炊を作る段取りになっていた。そのため一匹は先に身をほぐし、ミソを取り出してある。
どのカニも身がミッチリと詰まって、取り出すのに難儀するほどであった。甘い身に濃厚なミソ、どれもがすばらしい。虎丸会長の男気にほれ込んだ漁村の漁師
達から毎年贈られてもので、なんでも昔サメの被害によって漁に出られなかった彼等を救ったのが虎丸だとかなんとか。
「アレ、」
カニへむしゃぶりついていた見習いが頓狂な声を上げた。虎丸がカニから顔を上げて、
「ん、どうしたんじゃ」
敷かれた新聞紙、虎丸の前に積みあがった殻は猫もソッポをむくほどきれいに食べつくされている。
「あの、ソレ」
見習いは虎丸の傍らへ置いてあった小袋を指差した。伊達のものと違って、紅葉ではなく金色の虎の模様の入った濃紺の小袋。
銀糸がチラリと明かりに反射して光を帯びている。
「あん?」
「それ、おやぶ」
おやぶんのと、いっしょ。
言いかけた言葉は最後まで言わせてはもらえず、
「見習い、酒とって来い。まったく気の利かねぇ奴だ」
伊達組組長のオゴソカなる一言で、脱兎のごとく酒を保存してある調理場横のもの入れへと、指を舐め舐め走るのだった。
「オイ伊達、ビールならまだあるじゃろが」
虎丸も指を舐め舐めしつつ伊達をとがめた。目の前のカニをあらかた食い尽くした虎丸は、既に伊達の前にまだ残っているカニへと抜け目無く目を走らせてい
る。
「フン、てめぇにしちゃいいカニだったからな、俺も酒ぐらいは振舞ってやろう」
「え、ほんじゃ伊達、こないだワシがのみてぇって言った、アレ?」
「……まぁな」
指が汚れているために腕組みこそ出来ないが、伊達の顔は渋渋といったふう。仏頂面は思わず苦笑した、もちろん伊達ぐらいにしかわからない程度に、かすか
に。
「虎丸様、カニの汁はつくと臭いますからそれ、しまわれたほうがよろしいですよ」
虎丸の横に置かれた、あの小袋へ手のひらを向ける。もちろん仏頂面の手のひらには熱熱のお絞り。虎丸はそのお絞りで手を拭きながら、
「お、そうじゃな。せっかく買ってきたんじゃもん」
「そうですよ。それに、つづれ織でしょう。職人が丁寧に作った大変素敵なものですから、大事にしないと」
「ツヅレ?」
ぽかんと口を半開きに、虎丸はきれいになった指で小袋をつまみあげた。きらきらと銀糸が光り波打つ。
知らないで買われたのか、仏頂面は虎丸の『引き』に驚き、
「つづれ織、銀色の糸がきらきらしているでしょう。そうした糸を使うから職人の爪はいつもギザギザで、織り上げるのに時間がとてもかかるそうですよ」
「ほーん、キレーだったから買ったんじゃけど、いいモンなのか」
「はい」
伊達が残っていた酒を猪口で飲み干しつつ、
「まぐれ当たりだな」
「チェッ、そんなに言うなら返せやい」
「断る」
つれない伊達に、虎丸は頬を膨らませた。もっともそんなふくれっ面は演技で、内心いかにも伊達らしいとほほえましく思っている。
と、バラエティ番組がニュース番組に変わってしまった。虎丸が新聞を手繰り寄せた。
「エート、他になんか面白そうなのやっとらんのかー…と、」
それだけ分けられていたテレビ欄を睨んで、ウンと一つうなずくとあの小袋の口を開けた。
中に入っていたのは小さな素っ気無いつくりのプラスチックケース。ケースを開き、
「最近ぜんっぜん近くのものが見えなくってよう、何でかぜんっぜんわからなくてのう」
取り出した老眼鏡をかけ、虎丸はテレビ欄を再び睨んだ。
「そしたら伊達に言われて初めて気づいたぜ、ワシ、老眼なんじゃって」
仏頂面はチラ、と伊達の懐に収まっているあの小袋へ視線を投げた。そういえば、最近本を読むのも自室にこもって行っているのを思い出す。
「な、伊達、これちょうどいいじゃろ、老眼鏡入れんのに」
「……」
「お揃いで、いいじゃろ?」
まあな、伊達は短く答えてやった。面白くなさそうに平坦な声の調子だったのがなお伊達らしくて、虎丸は歯を見せて笑う。
見習いが酒を抱えてエッチラオッチラ、すぐそこまで走ってきていた。
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