赤いビニルフィルム
三日間不眠不休のごほうびにしちゃ、まあまあか。
俺はノコノコやってきた富樫へこっちゃ来いやと手招いた。
嵐の如き猛烈な仕事ぶり、と書くとそれはそれは優秀な男が右へ左へ仕事を蹴散らしていくようだが実際そうではない。
ひたすらにがむしゃらに、ガケにくらいつくように書類をぶきっちょなにぎりペンで書きなぐり、指示を求める部下に舌をもつれさせながら喚き、サッパリわか
らん英語の商談を身振り手振りでやり過ごす、会議は連続して八分の一日を超え、食事は書類を読みながら、眠気は美人秘書にひっぱたいてもらって、
そうして過ごした三日間であった。
虎丸の前にはこれさえ出せば、という書類の束がある。ムフ、虎丸の顔がにやけた。これさえ出せばの書類に手間取り手間取り手間取って、およそ四時間半ほど
かかった。パソコンが使えればもっと速く済んだに違いが無いが、パソコンを今更覚えようとすればその何十倍もの時間がかかる。
ぺらりと表紙に乗っかった一枚を摘み上げた、これは今回の騒動に対して今後の対策対応について虎丸なりに書きなぐった指示書である。
これを虎丸は昔ながらの2B鉛筆で書類を書き上げ、上からボールペンでなぞり、消しゴムをかけるという恐ろしい作り方で社員一同への指示書を作り上げた。
「フー……」
湯上りのようなため息を漏らす。実際湯上りである、会長室にシャワーを備え付けるっちゅうのはどうじゃ!エェ?な、エエじゃろ?そんなかわいいわがままを
言ったからそこにシャワー室はあった。これならば限界まで仕事をしてもキャバクライメクラランパブセクキャバでくさぁいと顔をしかめられることもないし、
ソープで文字通り洗われて終わるという事もない。
だから今虎丸は全裸だった。全裸で会長室のさらに密に言えば、股間にせめてもの恥じらいとティッシュをふわさとのせてはいる。集め口説いた美人秘書はこん
な虎丸会長の姿にはナレッコだが、こないだかわいい新人が入ったばかり。さすがに生チンコは悪かろうとかぶせたティッシュは今やこんもりと押し上げられて
いた。いわゆる疲れマラである、さてドッコへくりだすか♪と虎丸会長は御満悦である。
「い、いっけねぇ!」
と、会長室へ通じる隣室である秘書室のドアが開く音がした。秘書室を目的に尋ねる人間は少ない、虎丸会長は慌てて立ち上がった。ナレッコしゃぶりっこな美
人秘書達にこんな格好を見られるのはむしろ待っていましただが、外部の人間ではこれはいけない。慌てて虎丸会長はシャワー室の前に脱ぎ捨ててあったスラッ
クスを掴むと脚を通した、この際パンツを穿いている猶予は無さそうである。
急いでジッパーを上げると、間の悪い事に金属の噛み合せは余った皮を噛んだ。
「アチ!!」
思わず飛び上がったのと、ノックもしない無遠慮な手がドアを押し開けたのは同時であった。
「よう、……何てカッコしてやがんだ、相変わらず野人みてぇな野郎だぜ」
そろそろ長年という年月がふさわしくなってきた時間を共有した間柄、親友で相棒の富樫源次が虎丸の姿を笑う。
少し乱れているが丈夫で分厚い歯並びが、笑うとニッと差し込む西日に白かった。
三日間不眠不休のごほうびにしちゃ、まあまあか。
俺はノコノコやってきた富樫へこっちゃ来いやと手招いた。
「なんじゃ、陣中見舞いにゃ遅すぎだぜ富樫」
「バァロ、てめぇがいきなり会社がヘマやらかした〜もう大変〜ってアホみてぇに忙しそうにしてたんだろが」
「ンフン、すまんのう…ホレ」
ホレ、と虎丸は椅子に腰掛けたまま両手の平を富樫へ向けた。アン?と富樫は顔をひんまげる、虎丸はこのサッシの悪い相棒をなじった。
「あぁん?じゃねぇよ、ホレ、あるんじゃろテミヤゲが、そのビニール袋か?寄越せって」
「テミヤゲを要求する奴があっかよ、意地汚ェな」
言いながらも富樫はいかにも途中のスーパーで買ったらしい白のビニル袋を差し出した。受け取った途端手に来た重みは間違いなく水物で、それがまさか麦茶や
スポーツ飲料ではないだろうから虎丸は大いに機嫌がよくなった。
「ちっと寄っただけだからよ、」
突っ立ったままの富樫は視線をずらす。中から出てきたのが学生同士が互いの家を訪ねるときのような、発泡酒と魚肉ソーセージが束、それから柿の種であるこ
とを少しは羞じているらしい。ショボい、とは虎丸は言わなかった。むしろ、何年経っても変わりない相棒が嬉しい。
晩夏ともなれば夕暮れは少しは早まって、まだ午後六時だというのに薄暗くなりかけている。
「おう、ありがてぇ、ありがてぇ」
村人のように礼を口にする虎丸に、富樫はようやく『やすめ』の体勢をとって、
「……そんで、なんだっててめぇは上半身ハダカなんじゃ」
ようやくの質問を口にした。
「ワハハ、さっき久しぶりに風呂使ったモンでよ」
早速虎丸は魚肉ソーセージの一本を束から外すと鮮やかに赤いビニルフィルムを歯で引き千切った。現れた安いピンクを大きく齧っておいて、対象を見ながら物
を食べるのが久しぶりだったのを思い出す。
「久しぶりってよォ…テメェどんだけ風呂入って無かった」
「ほんの三日ぐらいじゃって」
きったねェ―――
男塾時代は似たり寄ったりに悪臭を放っていた同類とは思えない、冷たい視線に言葉。
ここへ来て虎丸はムズムズと股間が疼くのを感じ取る。腹に何か入れたらすぐこれだ、オノレの単純さを虎丸は前向きに受け入れる。
ふかぶかと会長チェアにたっぷり背中を埋め、ニッシシと笑って受け入れる。
「ところで富樫よォ、せっかく来たんじゃ、ホレ、ちっとちんこしゃぶらんかい」
「バ、バァロォ!!もっと先に勧めるモンあんだろが!!!」
えー、折角わしがんばったのにぃ。
最近仲良くなった女子高生の甘ったるい口調を真似して虎丸が文句を垂れる。
富樫がそれにまた怒鳴る。
虎丸が頼み込みにかかる。
富樫がにべもなく断る。
虎丸が泣き落としにかかる。
富樫が鬱陶しいんじゃてめぇは吐き捨てる。
虎丸が椅子から降りてカーペットの床に手をつきかける。
富樫がて、てめぇ恥ずかしいマネしてんじゃねぇとうろたえる。
虎丸がコレこの通りと頭を下げる。
富樫がグムム、て、てめぇって野郎はようと唸る。
「と、虎丸テメェなんだってパンツ穿いてねぇんじゃ!!」
「手っ取り早くてエエじゃろ、ワハハこれぞ猛虎流生装備じゃ」
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