クリスマス前編

わたしの髪、とてもよく伸びるのよ。
すぐにあの櫛、似合うようになるわ。



クリスマス。十二月二十五日。キリスト生誕際。
日本人特有のおおらかさが生んだこの盛大な聖なる祭りの夜、男塾も実はひそかに浮かれていた。
連れ立って靴下を吊るすメルヒェン組、こっそりと金を貯めて美味い物を食う食欲組、同じく貯めた金を性欲発散に使う煩悩組などなど、その方向は異なるもの の、めいめい楽しんでいた。
中にはクリスマスを若人らしく、
【大切な人同士でプレゼントを贈りあって愛を確かめ合う】という方向に費やしているものもいた。
たとえば一号生筆頭剣桃太郎などがそれにあたる。


クリスマスイブ。単なる前日にどんな効能があるのかは定かではないが、一等前後賞のようなあやかりかたで輝いた日だった。
午後の二時をまわり、とろ火の日光が風の無い男塾の校庭をあたためている。
「富樫、今日は空いているか?」
「空いてるも何も、貧乏暇だけじゃ。腹なら年中空いてるぜ」
富樫はヤキトリのクシをがじがじと歯噛みながら桃を気だるく見上げた。
この時期焼き芋屋だけではなく、ヤキトリ屋が白い軽トラでやってくるのだ。若鶏一本六十円から。塾生達は小銭をじゃらじゃらとポケットに数え、まっとうな 動物性たんぱく質にぞろりぞろりと列を成した。その列の中には密命を受けた三号生のお兄様や、二号生筆頭代理江戸川の姿もあった。
富樫もその列の中の一人だが、もちろん腹が膨れるほど買えるわけではない。せいぜいが一串、ふた串。それだって毎日買えるわけでもなかった。
だからこうして、日向の芝生へ寝そべってタレの味がもうごくわずかにしかしない串をがじがじと噛んで空腹をやり過ごしている。
桃は富樫へそそぐ陽光を遮らないように覗き込み、あたたかに笑ったのだった。
「富樫、俺とクリスマスをしないか?」
「あ?」
桃は腰で身体を折り、富樫を見下ろすとハチマキを外した白い額に皺を作って眉を持ち上げる。怪訝そうな顔つきになった。
「なんだ、知らないのか?」
「知ってらぁ、なんだっておめぇとクリスマスしなきゃならねぇんじゃ」
うん、頷いて桃は富樫の横へしゃがんだ。あたたかな芝生に尻をぬくめる。
「椿山は賛美歌歌うって教会に行っちまうし、秀麻呂は実家でパーティだってんで、松尾や田沢に虎丸を引っ張って行った」
「伊達は」
「伊達は虎丸が引っ張ってった」
「三面拳は」
「飛燕はセーターがまだ出来上がっていないからって部屋から出てこない。雷電は今朝買ってきた本を読んでるし、月光は蒼傑に誘われて狩りに」
「……もういい」
富樫は右手を上げて止めた。
ようするに、クリスマスをしようにも相手が富樫しかいなかったというところだろうと富樫は踏んだ。
「といっても大した事をするわけじゃない、そうだな、プレゼントの交換をしたいんだ」
「おう、いいぜ。俺ァ食い物か、それかビニ本が」
いい、言いかけた富樫の口を桃は手のひらでピタリとふさいだ。ついでに鼻もふさいでいる。
チッ、
チチ、
富樫ならば考えも無くスズメというだろう小鳥が鳴いている。
「ぶあああああ――は!!!」
きっかり一分を数えて暴発し、富樫は顔を酸欠で真っ赤にさせながら怒鳴った。
「桃、おめぇ人間が息しねぇと死ぬって知ってっか!!ああ!!?」
「ああ、それじゃ、今夜また」


さっさと桃は立ち上がり、去っていった。


残された富樫が呼吸を整えているうちに、桃は軽軽と男塾の塀を飛び越えて行ってしまった。
「お、俺ァなんだって口ふさがれたんじゃ…」
がっくりと落とした肩へ、枯れた芝生がついている。
(お前が驚く顔が見たいんだ)
桃は野暮な富樫が好きだった。
白い雪雲がわさりわさりと厚みを増して、わずかの灰色が積み重なって暗く沈んでゆく。
恋人達の待ち焦がれたホワイトクリスマスの予感がしていた。
モクジ
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