ももたん
段段櫛の歯が抜けるようにして、減っていく。
けれどそれは寂しくない。だって、そのかわり向こうの櫛に歯が揃っていくんだ。
昨日は金曜ロードショーでバックトゥーザフューチャー2を見た。懐かしい。
その後あんまり好きでもない歌番組を見て、ラジオを聞いて、勉強して、
そしたらとっくに深夜四時を回ってた。もうあと一時間もすればじわじわ空が明るくなるんだろう。
どうしよう、起きていようか。
悩みながらわたしは聞いていたラジオからイヤフォンを引き抜いてTVへと挿した。プツンと耳に響いたのを確認してからTVをつける。
とたんにジャミジャミの砂嵐が飛び出してきて、とてもうるさい。急いでヴォリュームを絞りつつ、チャンネルを変えていく。
外国のニュースに素っ気無い字幕をつけただけのものが流れているところで一旦止めた。
聞いたところでわからない、今日も金融は慌しい。
更にチャンネルを変えていく、NHKでは化学の教養番組。こんな時間に誰が化学を勉強するって言うんだろう。
テロップが画面上部へただただ流れる天気予報で終着。これが見たかった。BGMは雰囲気も何も考えないヒットチャート。
くすんだカーテンの向こうでじわりじわりと明けて行く夜空、
イヤフォンの外でガコン、と新聞入れへ新聞が突っ込まれた。
静まり返っている。
こういう風に静かに明け方を迎えるのがとても好きだった。
十回に三回くらいの割合で朝日を待ちながらそのまま溶けるようにして寝てしまうのも、好きだった。
ブシッ、
唐突に不恰好なくしゃみだ。十月になって一週、めっきり冷え込んだのに夏物のパジャマなのだから当たり前だ。
『―――ゆずりの、』
「うん?」
何か思い出しかけた、わたしのくしゃみ、何だって?
なんだっけ、
なんだっけ、
ううん、
「オイチビ、ちっと偵察行ってこい」
「ウワ」
じいちゃんに布団からけっとばされた。チェッ、なんだよ、今日は休みだってのに。
わたしがムッとしていたのをじいちゃんは怖い顔で睨んだ。ウウ。
ウウ、なんか寒い。十月になったらいきなり寒い。九月にはまだあっつかったのに。
「わかったよう、行ってくるよ。チェッ」
「つべこべ抜かすんじゃねえや。オイさっさと飯食って着替えろ歯ァ磨いて顔洗え」
顔洗え、のあたりでじいちゃんは舌をかんだらしい。顔がウグッとなったからわかる。
だれかも言ってるようにじいちゃん舌が上手くないんだから、落ち着いてしゃべりゃあいいのに。それかしゃべらなきゃあいいのに。
私はのそのそ起きてちゃぶ台についた。ご飯を自分でよそい、味噌汁はじいちゃんがあっためてくれてたのをおわんについでもらう。
前にナベをひっくり返してから汁物をじいちゃんがやらせてくれたことはない。そんなにドジじゃないんだけど。
「さっさと食え、さっさと、十秒だ十秒」
じいちゃんはムチャクチャを言う、でも本当にじいちゃんは十秒で食べてたんだっていうからやっぱりムチャクチャだ。
じいちゃんがセカセカせかすからわたしはごはんに味噌汁をぶっかけてズルズルざくざくとかっこむ。
今日の味噌汁はあぶらげとワカメ。ニボシは入ったまんま。カルシウムがあるからというか、めんどうくさいんじゃないかな。
犬まんまにしたらシャケが余った、どうしよう。
「グズグズしてんじゃねえや。こんなのァ味噌汁の上でバラバラにして、いっしょくたに食べりゃいいんじゃい」
いっつも言われてるんだけど、ついつい忘れっちゃう。
じいちゃんにせかされなきゃ大丈夫なんだけどなぁ。顔を洗う水が冷たい、けどこれからもっともっと冷たくなる。
お湯を出してもらえるうちの子になりたいと思うのは、十一月の半分ぐらいから。
着替えたら、
「それじゃねえ」
と言われて服をまた着替える。冬じゃなくて良かった、寒いから。
出されたのはどっかにお呼ばれする時の紺色のワンピースだった。肩のところが膨らんだ長袖で、袖口と襟のところが白いレースだった。腰の後ろのところに大
きなリボンがついてて、スカートは大きくふくらんでいる。そろいのリボン、かみの毛をゆわくやつもあった。でもどうしたってゆわけないからこれはあきらめ
る。
そういやあこの服はお母さんが買ってくれたので、じいちゃんがあまり気に入ってなかったはずじゃあなかったっけ。
『こんなアイドルみてぇな服、似合わねぇ』
って言ってたのに。まあいいや。たしかにじいちゃんの言うとおりわたしの髪は後ろをバリカンでゾーッとやった短いものなので、似合っているようには見えな
い。
けど、じいちゃんがこれを着ろっていうんだから着た。後ろのリボンを結びながらじいちゃんが、
「いいか、ちゃんと聞き出すんだぞ。……バレねぇように」
無理だと思う。
だってわたし、じいちゃんの孫だし。リボンはオッタテになった。
『富樫源次の「と」は、「とことんウソのヘタな男」の「と」』
そう言ったのは桃さんだった。桃さんもけっこうテキトウを言うよなあ。じいちゃんなんかは、
『剣桃太郎の「つ」は「つまらねぇ事ばっかり抜かしやがる男」の「つ」』って言ってたし。
どっちもどっちだよなあ。
せかされせかされ外に出た。ものすごく、よく晴れてる。秋晴れ、にっぽん晴れ、
じいちゃんが太いうでを組んで鼻をヒクヒクしながら言った。
「これァよ、男晴れってんだ」
…絶対にウソだ。
長袖じゃ暑かったかと思ってたら、思ったよりとっても寒かった。
【ケース1:虎丸龍次の場合】
「とらさんとらさん、なあ、とらさんは何にしたんだよ」
富樫の孫は昼前に俺の事務所へ来るなりそう俺に聞いた。孫を案内してきた、女房よりも長年連れ添った秘書が遠慮なく噴出してくれる。
しょうがねぇなあ、なんちゅう言葉遣いだよ。
せっかく今日はめかしこんでスカートなんか履いてるってのに。
顔はジジイに似ねぇで済んだみてぇだが、中身がいけねぇや。
このまんまじゃガサツで可愛げがなくて向こう見ずで、まるっきりジジイと同じになっちまう。
あのボケシツケってモンを知らねぇのか。
「何にしたんじゃよ、じゃなくて『虎丸のおじさまは何になさったのかし』ブェッ」
アチチ、舌噛んだ。おー痛ェ、慣れねぇ言葉遣いなんかするもんじゃねぇや。
富樫の孫はガハハとますますジジイそっくりな笑い声を立てた。チェッ、なんでぇ可愛くねぇ、やっぱり富樫の孫だからかのう。
「笑うんじゃねぇや」
「フフフ。で、そんでとらさんは何にしたんだよ。教えてくれよう」
「……ナイショじゃ」
会長専用のフッカフカな椅子に座った俺の膝を揺さぶってたが、俺が教えねぇでいると、
「あれだろ、いいもん開けっちまうから」
サッサと俺へ見切りィつけて会長室の隅っこに用意してあったプレゼントへ突進していきやがる。オイ!
「だ、駄目じゃ!!」
チビはすばしっこくもうプレゼントの箱に取り付いて、リボンへ手をかけた。アアアそれに触るんじゃねぇ!
「教えてくれないと、これ、ほどいちまうから!そしたらとらさんこれ、元にもどせないだろ!」
ワハハハ、
シャクに触る、どこをとっても富樫とおんなじ声で顔でチビが笑った。
「チェッしょうがねえ、ヨシ、ちっとコッチ来いコッチ」
俺が言うままチビはノコノコやってきて、俺の膝へちょこんと向かい合わせにのっかった。軽いのォちっこいのォ、ちゃんと食ってっか。
「小次郎やぶれたりィ――!ワッハハ、ワシを脅そうなんざ百億万年早いんじゃ――!」
「ぎゃ―――ッ!!!いひゃっひゃっひゃひゃひゃぎゃああああヒヒヒィヒィイイ」
猛虎流地獄くすぐり指拳をわき腹へ炸裂させると、最後はヒイヒイ泣きながら俺の膝でチビは暴れながら爆笑地獄に落ちていった。
フッフフ俺の勝ちだな。やっぱり富樫の血筋だぜ。
くすぐりが過ぎてあんまりかわいそうだったから、最後に教えてやった。
「―――え、牛肉?」
「オオ、シモシモのフリッフリじゃ。口がとろけっちまうほどのな」
ふうん――
チビはうなずいて、
「ありがと」
満足そうに帰っていった。いや、なんかまだ行くところがあるってんで、俺はそれを見送った。
【Jの場合】
ルームサービスの昼食を済ませた。
ホテルのフロントが客が来たと言うから誰かと聞いたら、富樫の孫だと言う。
俺がOKを出すとフロントに連れられて、俺がステイしている部屋へと連れてこられた。
前に見た時よりも少しは大きくなったか、富樫のあのガサツさがそっくりだったが、ワンピースを着ていれば女子とわかる。
「よう」
俺が声をかけると、
「はろぉ。まいねーむいずとがし」
と嬉しそうに挨拶をしてきた。知っているのに得意げに名乗ったその顔、俺は思わず笑いそうになっちまう。
「I know.」
「うん。チャンプ、ひさしぶり!」
ワーッと飛びついてきたのを持ち上げて抱えてやると、やっぱり軽い。俺はチャンプでもなんでもないと何度言っても聞きゃしねぇ、富樫の孫。
「わざわざホテルを訪ねてきたんだ、何か用があるんだろ」
何を企んでやがる、正確には、お前の爺さんが。
そう睨んでやると、
「バレちゃあしょうがねぇ」
ニヤニヤしながらまるっきりあいつと同じような事を言う。孫と爺がこんなに似るもんだろうか。
少なくとも女子なら、もっとかわいいものじゃないのか。
かわいくないわけじゃない、けどこれは、男のガキのかわいさだ。
「ね、教えてくれよう。シテイだろ」
「弟子をとった覚えは無ぇ。弟子だってんなら手を見せてみろ、ちゃんと平になってるか」
キャーッ、
高い声を出して仰け反った。俺は落とさないように、いや、落っことしても大丈夫だろうけど慌てて支える。
「ごめんよう、でもたまにじいちゃんとやってるよ!」
「………フッフフ、」
俺はその耳へそっと教えてやった。
「……え?レコード?」
「そうだ。あいつは音楽なら何でも聴くっていうから、国から持ってきたんだ」
「そうか…ありがとうチャンプ!あ、そうだ」
「なんだ」
いたって真顔で、
「……チューとか、したほうがいい?」
俺はしなくていいと言って送り出した。まだ寄るところがあるってんで、迷うな道草食うなと背中を押す。
「買い食いも、するな」
念も押した。
【伊達臣人の場合】
「おやぶーん」
「おやぶーん!」
「おーやーぶーん!!」
留守だった。
おなかすいた。
早くしないと日がくれっちゃうよ!
わたしがいろんなところにていさつに行って帰ってくると夕方、おなかがペコペコだ。桃さんが台所でじいちゃんのじゃまをしていた。
桃さんは手伝ってるんだっていつも言うけど、じいちゃんはじゃましてんだって言う。
どっちだろ、たぶん、じいちゃんがめずらしくただしい。桃さんはじいちゃんのくくったかみの毛を引っ張ったり、かっぽう着の後ろの結び目を引っ張ったり
じゃまをしていた。
「来たの、桃さん」
「ああ。お使いか?」
「ううん、ていさつ!」
「偵察?」
首をかしげる桃さんの後ろで、かっぽう着のじいちゃんがシーッとやった。あ、ナイショなの。
「なんでもないよ!」
「そうか、なあ、今日は俺の誕生日なんだぜ」
桃さんが笑った、膝に手をついて顔を近づけてくれる。他の人だと子供あつかいされてていやだけど、桃さんならいい。
かっこういいし、それにかっこういいからな。
「そっか、だから今日あんなに晴れてたんだ」
目をパチパチと桃さんが叩いた。桃さんのまゆ毛はカッキリ太いまんま、じいちゃんみたいにまゆ毛まで抜けてきたってなやんだりはしなさそうだ。
「…だから、って?」
「ん、なんとなく。桃さんの誕生日っぽいなぁと思ってさ」
「そうか」
うまく言えないけれど、桃さんという人は特別な人なんだろう。神様とか、そういうのが桃さんを特別ひいきしてるんじゃないかと思う。
だから今日はピッカピカに晴れてたし、風もカラッとしてすごく気持ちがよかった。
そういうステキできもちがいい事は、桃さんらしくてそんな気がした。
「桃さん、今日でいくつになったの?」
桃さんはパチン、と左目をわたしへつぶってみせた。じいちゃんとちがってサマになってる。こういうところが桃さんのかっこういいところだ。
「フッフフ、二十二さ」
「馬鹿抜かしてんじゃねぇ、息子に孫もいてんじゃねぇか。孫何人いるんだよ」
後ろからじいちゃんが桃さんの頭をおぼんで叩こうとしたけど、アッサリとかわされた。
じいちゃんは指をぶっつけて、痛ェと悲鳴をあげる。あーあー。
「桃さん、」
「うん?」
「………なんでもない、あとでね」
晩飯時に、爆撃のような。
「桃、誕生日、おめでとう!!」
そんな祝福の言葉で近隣住民を飛び上がらせる。最近では慣れたもので、苦情も来なくなった。
十月八日、元内閣総理大臣にして元男塾総代である剣桃太郎の誕生日である。
「ワーッ」
本当にワーッ、と言って集まった仲間たちは大きく手を叩く。その声で薄い窓ガラスはビリビリと震動した。
「それじゃ、桃、一言!」
まだ酔っ払ってもいないだろうに浮かれた秀麻呂の声にやんやの喝采。マイク代わりにお玉が差し出される。
桃は律儀にお玉を受け取って、
「ああ、毎年毎年祝ってもらってすまねぇな。フッフフ来年もよろしく!」
我らの一号生筆頭のどこが素晴らしいって、目の前でくらくらと煮えていく肉と、それを目にしてヨダレを垂らさんばかりの同胞をきちんとわかっているとこ
ろ。
お玉を熱熱の鉄鍋へ向けて、青年時代へと若返ったかのようなハリのある、そして魅力的な声で桃は高らかに声を張った。
「さっ、肉が煮えたぞ――突撃だ!!」
オオ―――ッ!!居並ぶ元塾生達は一斉にいたただきますのポーズをとって、すき焼き鍋へ箸をつっこんだ。
尚、この牛肉は虎丸龍次の提供によるものである。
松尾の腹踊りは年年輝きを増す、腰のひねり具合がますます冴え渡る。
意外な美声をきかせるのが椿山で、こまどりのようなピッコロのような、高らかに祝福を歌い上げた。
田沢の開発した魁!!スーパーマンセットを全身に装着した秀麻呂が家の柱を一本破壊し、庭に落ちる。
話題の中心がシモの話へうつりゆく。
時があっという間に過ぎていく。
桃はプレゼントのどれもをいとおしげに一つ一つ感謝を込めて眺めていた。肉が少し薄くなった頬には幸せそうな笑みがある。
そこへ声をかけたのは伊達だった。宴会の騒がしさを薄絹一枚隔てたような雰囲気をまとって桃の前へ立ち、
「桃」
そう呼びかけた。桃は伊達に声をかけられるのを予知していたように微笑みを深くする。座ったまま、上目に伊達へと視線を投げる。
「………ふん」
伊達は桃が意味ありげに笑ったのが面白く無さそうだった。こんな場でも腹を抱えて大笑いすることはない、桃はそれをらしいと思っていたし、仲間達もそれを
受け入れていた。
しかし桃は一度ぐらいは伊達が腹を抱えて大笑いするところを見てみたいと思っている。
「……何か言いたいんだろう?」
「……ほらよ」
伊達に見下ろされたまま桃は、投げ出された紙の箱をあぐらをかいた膝へと受け取った。
それはちょうど抱えるには大きいぐらいの白い箱で、リボンも包装紙も何もかかっていない。虎丸が桃の抱える箱へ気づいた。
酒で真っ赤になった顔で蟹股ヨチヨチと近づいてきて、後ろから桃へ絡みつく。
「オ――ッ!伊達ェ、これ、伊達のプレゼントか?ヘッヘ、桃、開けてみぃよ!」
桃が思わず顔をしかめるほどの大声である、伊達は更に顔を渋いものにした。頬の肌理に乱れは無いが、あのとげとげしいばかりの傷が最近丸くなったと言われ
る頬がひきつった。
言われたままに桃がその箱を開けた、それに気づいた男達がその箱の中へと視線を集中させる。
「―――これは、」
思わず桃が目を丸くして、中身を引っ張り出した。
「てめぇが着てたモンに、似せて作らせた」
「ああ、俺が着ていた学ランじゃねぇか――」
桃の声は感動にか、少し震えている。自然と立ち上がって上着を脱ぎシャツ一枚になると、袖を通した。
それはぴったりと桃に似合った。髪が白くなろうが、背中の筋肉が少し痩せようが、それは剣桃太郎の一部のようによく似合った。
「桃、似合うぜ!」
秀麻呂がイの一番に声を上げる。それに続いてそうだそうだと誰もが同意した。
桃が照れたように軽く頭を掻いた、酒ではなく頬が少しゆるんでいる。
その熱気へ伊達は氷のように冷え冷えとした声を打ち込んだ。腕組みをし、全国のヤクザが震え上がり、または崇め奉る男のゆえんたる威圧であった。
「死装束だ」
しん、と静まり返る。しかしそれも一拍、すぐに虎丸と富樫の往年のお祭りコンビが、
「だ、だ、伊達ェ――ッ!!」
「てめぇはなんだってそうなんじゃ!エエ年こいて!!」
と噛み付く。伊達はそれをそよかぜのように着流しの袖で受け流した。少し微笑んですらいる。
桃はそんな伊達へ深い感謝と友愛の入り混じった、夏の夕焼けよりもやさしい顔で目を伏せた。
「……ありがとう。俺にはこれが一番似合うだろう、白装束なんかよりもよく似合うだろうぜ」
伊達は小さく鼻を鳴らして、小さく頷く。桃にとってこの不器用な男の、決意のようなプレゼントはなんとも胸に染みるものであった。
ガッチリ硬いけどじいちゃんの膝じゃない。わたしは頭をなでられてぼんやりと起きた。
「あーあ、片付けぐらい手伝うんだろうなぁ…まだ騒いでら」
「フッフフいいじゃねぇか。俺も手伝うぜ」
「オッ、そうかよありがてぇ……ってバァロ、主賓のおめえに手伝わせる訳にいくかよ」
桃さんの手だ。きもちがいい、やさしい、でも指先が硬くってすこし痛い。でもきもちがいい。
わたしは桃さんに膝枕をされながら眠ってたみたいだ。とらさんのシモシモフリフリの肉を食べて、少し酒も飲んだ。
桃さんはじいちゃんと縁側で話していた。桃さんの誕生日だからか、昨日まで三日月だったのに満月みたいだった。満月かどうかは目が開かないのでわからない
けれど、それぐらいにほっぺたが明るかった。
「で、富樫」
「あん?」
「お前も何かくれるんだろう?」
いたずらっぽく、いつもじいちゃんをからかうときと同じ調子で桃さんが聞いた。こんな調子で聞くと、じいちゃん怒るぜ。
「バッ…てめぇ、自分から要求する奴があっかよ!」
ほらね。
「い、祝う気持ちが大事なんだろうが!」
「その通りさ。お前が俺を祝ってくれて、嬉しく思う。だがな富樫、お前がさっきから背中に隠してる包みが気になってしょうがねぇ」
「ウグ…」
じいちゃんは観念した様子で、三日ぐらい前から置いてあったあの茶色の紙袋を手渡したみたいだった。何が、入ってるんだろ。
目が開けばいいのに。あかないな。
「……フッ、」
「わ、笑うんじゃねぇ!!笑うぐれぇなら返しゃあがれ!!」
「そんな大声を出すなよ。寝てるじゃねぇか」
起きてるんだけどな。
「……富樫、」
「ンだよ」
「ありがとう。腹巻、大事に使うぜ」
はらまき!
桃さんにはらまき!桃さん、はらまきなんてするのかな。ももひきとか。するのかな。
「………ウソじゃねぇだろうな」
「お前に俺がウソついたこと、あったか?ありがたく使わせてもらうさ」
「それがそもそも、ウソなんじゃい」
桃さんが大いに笑った。笑ったせいで膝がかくんかくんとゆれて、わたしもゆれる。
「富樫、これをかけておやりなさい」
きれいな声がした。
「飛燕。あ、俺のドテラ持って来てくれたのか。悪ィな」
じいちゃんの声。そしてわたしへ何かあったかい、じいちゃんのドテラがふんわりとかぶせられる。こないだ鍋つかみ代わりにして袖んところをこがした赤いや
つ。
「あいつらは?」
「ああ、さっきテレビで映画が始まったって言うんで酒盛りはそのままに、映画見てます」
「映画ァ?」
「へえ、飛燕。何がやってるんだ?」
「バックトゥーザフューチャーですよ。たしか、3だったですかね」
「オッ、桃。俺らも行こうぜ。俺ァあれが好きなんじゃ」
「そうだな、ヨッ、と」
わたしはだきあげられた。しばらくしてだきおろされる。
目覚めて布団でくしゃみ。ブシッ、やっぱりとても不恰好だった。
「ウウ、さむ…」
つい、寒いと言いかけて気づく。寒くない。
「……うん?」
いつ敷いたんだろうか、わたしは布団で眠っていた。TVにはイヤフォンが突き刺さったまま、ワイドショーのような俗悪ニュースで無音ながらもなにかと騒が
しくやっている。
起き上がると無理に丸まって眠っていたせいか、背中が痛い。頭は二日酔いのようにぐらぐら揺れているよう。
「…ううん」
大きく伸びをするとパキポキと背骨や首の骨が鳴る。と、ズルリとわたしの背中から何かが滑り落ちた。
「………うん?」
振り返ってそれを見つける。赤い、袖のところが焼け焦げたドテラ。
ええと。
しばらくそれを見下ろしていたが、わたしは今日の日付を確認するなり隣の部屋へと走った。既に母は居ない。私は押入れを開け放つ。
押し入れに詰め込まれていた仏壇、それの位牌の前へ膝を付いて、鐘をチーンチーンと急いで乱暴に鳴らした。
位牌へ向かって伝言を頼む。カシコミカシコミ。
「―――ええと、ええと、誕生日おめでとうございました!」
パン、
パン、
拍手を打って、沈黙。
「ワシが男塾塾長、江田島平八である―――っ!!仏壇に拍手を打ってはいけないのである――っ!!」
「わあ!!」
とつぜん空爆のような大声が部屋へと響き渡った。針金の入った窓ガラスがビリビリ言っている、供えてあった干菓子がゴロリと落ちた。火をつけた線香の灰が
まとめて落ちる。
あたりを見渡した、何も無い。
何も居ない。
「…………ご、ごめんなさい…」
肩からドテラがずり落ちる。
位牌が少し、傾いた気がした。
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