過剰摂取
伊達に捨て鉢になった覚えはさらさら無い。
ただ酷く酔っていた、かわりに頭はきらきらと冷えている。
試してみようと思いついた、悪趣味な思い付きをした。
ただ、試してみたかっただけの話である。胸を躍らせて鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌である。足取りは軽い。
消灯後であろうが構わずに堂堂と正面から天動宮へ侵入し、掴みかかってこようとする三号生を静電気のごとく爆ぜるひと睨みで跳ね除け、長い長い廊下を進
み、帝王の寝所へ通ずる重たいドアを開け放つ。
「何の用だ」
覇王か帝王か、それとも悪鬼の類か、答えはそのどれでもないがそのすべてでもある、つまりは大豪院邪鬼である。邪鬼はベッドに腰を下ろして開け放たれたド
アに顔を向けもせずに問うた。
「よう先輩、可愛い後輩が伽に来てやったぜ」
「伽?」
わざわざからかうような口調にして、右眉を持ち上げた表情で伊達はそう言った。怒るか、とどこか舌なめずりでもしそうな期待を込めて邪鬼の顔を見る。
頬はへらで削いだように痩せて頬骨が張り出し、怒れる眉はぴくりともしない。しかし伊達をちらと見やったその目の奥には面白がる色が浮かんでいた。
思った通りに挑発に乗ってこない邪鬼に伊達は少し焦れた、猫よりも静かに右足を踏み出す。邪鬼の私的な空間に踏み込んだ、邪鬼の指は脱ごうとしていたらし
いブーツの紐にかかったままである、排除の意図はまだ表れていない。しかし邪鬼がひとたび本気になれば伊達の荒んだ笑みが浮かぶ頬を張り飛ばすことぐらい
たやすくやってのけるだろう。
「まさかデリヘル呼んでやしねえだろう、こんなむさ苦しいところで誰使ってんだか知らんが俺のがずっといいに違いねぇ」
「用件を言え」
邪鬼に言葉遊びをする趣味は無い、という訳ではない。しかし遊ぶ趣味はあれども遊ばれる趣味はなかった。返答は手短である。邪鬼としても三日に一度の眠り
を控えて瞼もゆるゆると落ちかけていた。
「遊ぼうと思って、アンタと」
「俺と?」
「アンタで」
さらに挑発を上乗せ、さあ、と手招く代わりに顎を引いた。
邪鬼の太い喉の奥から転がったのはくぐもった笑い声であった、邪鬼は肩を揺らして笑っている。
「酔いどれの相手をするほど、この邪鬼暇ではない」
「ならアンタはそうして転がってりゃいい、丸太みたいにな」
獰猛に傷を歪めて伊達は笑った、すくい上げるように一歩また踏み出す。いかに巨体の邪鬼とは言え座っているために伊達を見上げる格好になる。
「去れ、男漁りなら他でやるがいい」
「俺は伊達臣人だ、ただの男じゃあつまらん、そう思うだろう」
酒臭い息を吐いて伊達は笑った、伊達が指を伸ばして邪鬼の頬をその背で撫ぜる。ひどく冷え切った冷たい指であった。
邪鬼はどういうつもりかその手を払いのけはしなかった。
「男塾の帝王だって?面白ェ、どれほどのモンか試してみようと思ってな」
「俺を、この邪鬼を試すか」
「試すのはアンタでもある、俺の味を」
その物言いに猫のように喉を鳴らして邪鬼は笑う、伊達の指が邪鬼の喉を掴む。長い指が太い首を締め上げるように食い込んだ、邪鬼は安らかな笑みすら浮かべ
ているままである。伊達は顔を近づけた。
「俺を哀れに思って、…だとか、そんな言い訳をアンタにやるよ」
邪鬼の秀でて険しい皺の刻まれた額へ伊達は唇を落とした、舌がぬらりと唇を割り出でて眉へとなぞり滑る。邪鬼が顔を背けると、初めて拒絶らしい拒絶をあら
わにされて伊達は更に傷が再び血を滲ませんほどに笑った。
「言い訳無しじゃあ、いくらなんでも自分が許せねぇだろう」
珍しく戯言ばかりをつむぐその舌は酒が芯までひたひたと染みていて、邪鬼の瞼をぞろり舐め行くとひどく冷たい痕を残した。
「貴様正気か」
「キチガイだ、そう言ってやろうか…俺は優しいからな」
(アンタが欲しがるだけの言い訳を)
また笑った、伊達が笑うたびに邪鬼は伊達の放つあだあだしい毒気を吸い込む。どんな毒すら中和する邪鬼がくらりと眩暈を覚えた。
伊達は邪鬼の肩を押した、邪鬼はまるでその身のうちに渦を巻く人ならざると言ってもいいほどの力を伊達にぶつけようとはしない。真意を測りかねている、抱
かれてやる気はこれっぽっちもなかったが、伊達の毛穴という毛穴から噴出している毒気色気酒気にあてられた多少の酔いが硬い指先を痺れさせていた。
その毒気の源はなんだ、邪鬼は目を凝らす。既に伊達の悪魔の指先は寝台に押し付けた邪鬼の胸元をまさぐっている。
先ほど伊達が言ったように、邪鬼の手足は大きな寝台に長長と伸びて丸太のようであった。小山の如き身体に伊達は馬乗りになってその肌の感触なり匂いを嗅い
で悪趣味の限りをつくす。
伊達臣人その毒気、内臓からぐずぐずととろかすようなその毒気、邪鬼は舌から吐息から指先から存分にその毒を摂取した、させられた。
甘く痺れる瞼をそっと下ろして、邪鬼はかすかに微笑みを浮かべて毒気に身体を投げ出した。
伊達はその超然とした笑みを見下ろすと同時、頭に血がカッと上るのを感じた。息を乱して首筋へと犬歯をきりきりと立てて皮膚へとあふれる血を啜る。
犬に噛まれたと思うのもいい、そう伊達は額に汗を浮かべて呟いた。
俺が犬?俺が犬なのだったら、無体もし放題だ、可愛がってくれ。飼い犬が手を噛むので?
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