ヤキトリ
鶏皮のコゲたところが好きだ。断然塩派だ。飯を食うなら
タレだ。
だが食わせてくれるってんならどっちだっていいや。虎丸はその懐の大きさでもって、伊達へ向かって両手を差し出した。
「おとーちゃん、お土産!」
ちょっとしたジョークのつもりだったのに、伊達はドアを開けるなりの歓迎に突き出しかけた焼き鳥の包みを引っ込めて、代わりに長い足のつま先でもってその
尻を蹴った。尻を蹴ったつもりだったが、正面に虎丸が居たのであやうく虎丸をオカマにするところ。すんでに避けて腹に受け、それでもオポッと妙な悲鳴でッ
虎丸は海老ぞった。
「な、なぁにすんじゃいボケ!」
「ボケはてめえだ!くだらねえ事やってんじゃねえよ!!」
舌戦もそこまで。虎丸の住むボロアパート、その隣室は気性の荒い中年女性。また近所迷惑だと怒鳴り込まれてはたまらない。身に覚えのある二人はフン、フ
ン、と顔を反らしあいながら部屋に上がりこんだ。
四畳半、フロなし便所アリ。そんなボロアパートでもそれなりに虎丸は楽しくやっている。たまに富樫もやってくる、桃も田沢も松尾も、この間Jと雷電などと
いう珍しい組み合わせもわざわざ豚肉持参で遊びに来てくれた。牛肉が買えなくてすまん、Jの率直だが誠実な物言いには雷電も虎丸も幸せになったのだった。
そして、意外な、虎丸にとって意外なことに、一番虎丸の部屋に遊びに来てくれているのは伊達だった。ヤクザ街道を走り出したばかりで面倒も荒事も目の前に
積み重なっているだろうに、伊達はいつものように嫌味の一つも言いながら手土産提げてやってくるのだ。虎丸はそれを伊達がもういいと言うまで喜んで、それ
から二人で飯を食い酒を飲み、テレビでも見て寝るのだ。時折泊まって行くこともある。客用の布団があるはずもない、見るからに綿がしけって薄くなった硬い
布団が一組。伊達は必ず虎丸が何か言い出す前から、
「てめえと同衾なんざ、ごめんだ」
と腕を組んで口を結ぶので、虎丸は仕方なくグーチョキパーで応じる。勝ったほうが掛け布団、負けたほうは敷布団。敷布団を被って寝るのはいつも決まって虎
丸だった。伊達は恐ろしくじゃんけんが強い。じゃんけんに負けて切ない思いをするたびに後日富樫と、
「あれはきっとゾウタイ視力に違いねえぜ」
と囁き交わす。ゾウタイはもちろん動体視力であるし、伊達の勝因のほとんどはこれでもある。
今日は寒いから、負けたくねえなぁ、虎丸は呟いた。伊達は青いビニ傘を広げて玄関に乾かしている。雨が降り出していたようだった。
虎丸は拾ってきたちゃぶ台の上に焼き鳥の包みを置く。冷蔵庫からとっておきのビールを二缶、カチンと缶同士をあわせて、
「ま、飲もうや」
と伊達を誘った。伊達はおうと答えて、当然のように虎丸の枕を尻の下に敷いた。物言いたげに唇をとんがらかせた虎丸に構わず、伊達はマイペースにビールの
プルタブを抜き去っている。ころんとちゃぶ台の上にリングを転がす、焼き鳥の包みを開いた。香ばしいタレの焦げた匂いに、あぶらが滴って焦げた匂いも色々
まじりあって二人の腹を刺激する。伊達は手土産を持ってきた人間としてネギマに先に手を伸ばした。次いで虎丸もカシラに。こうして一本一本交互に取ってい
けば、後でもめることも少ない。そして大食らいの虎丸にワリくうこともない。
沈黙が落ちた。虎丸が伊達の横顔に灰色のかげりを見つけて、迷う。騒ぐか、ちゃかすか。虎丸は次に手にしたネギマのネギをさりさりと噛んだ。
伊達の様子がおかしいと、虎丸は察した。テレビを点けて、テレビを見ているのに目に入れていない。
ついている番組が野球中継だということも虎丸の確信を深めた。伊達は野球中継をあまり好まない。理由は聞いたことがないし、伊達もサッとチャンネルを変え
てしまうのだ。虎丸がアーなにすんじゃと声を上げても返ってくるのは、うるせぇグダグダ抜かすなの冷たい言葉。
どうもおかしい。虎丸は太い眉を寄せて伊達を睨む。睨んで気づかないような男ではないはずなのに、伊達はただテレビを見つめている。
好きでないだろう野球中継を見続ける伊達を眺め、虎丸は口を開いた。
「ドラゴンズ対タイガースか、どっち応援しようか迷っちまうなあ」
「…あ?」
伊達がこっちを向いた。虎丸は言葉を強める、早める。せっかく伊達がわざわざ買い求めてきたヤキトリが包みの上で冷えている。虎丸はまだ四本しか食べてい
なかった、というのも伊達が食べていないからである。伊達が手を伸ばさないと、虎丸も手を伸ばせない。理由としては十分だった。
「ほれ、俺の名前は虎に龍、どっちもあるじゃろ。どっち応援しようかこの対戦はいつも迷うんじゃ」
ウーン、と大げさに腕を組んで虎丸は唸った。伊達の薄い唇の角が持ち上がって、フ、と鼻に抜ける。
「どうだっていいじゃねえか」
「よかねえよ、俺の名前を分けてんじゃ、どっちも頑張ってくれねえと困る」
「てめえはまったく面倒くせえ」
伊達が冷えかけたヤゲン、鳥の軟骨の串に手を伸ばした。間髪入れず虎丸は鶏皮に手を出す。好きだったので後回しにしていたのがアダとなった、冷めた鶏皮は
脂がただギタギタとしていてうまさも半減。しかし虎丸はうまそうに目を細めて食った。串まで舐めた。
意地汚いとでも言いたいのか、伊達が冷えた視線を虎丸に向ける。
八回のウラ、タイガースの攻撃。画面を指差して虎丸は持ちかけた。
「そうじゃ伊達、おめえはドラゴンズ、俺はタイガース応援ちゅうことでどうじゃ」
「俺はどっちだって興味ねえよ」
「布団じゃ布団、勝った方がかけ布団」
雨が降っている。外の雨音がようやく虎丸の耳にも届くほど大きくなった。
画面は東京ドーム、選手達はきっと家に帰る時に初めて雨に気づくだろう。
「てめえはまったく、」
てめえは本当にガキだな、
そう伊達がやさしい顔で言うから。
虎丸はなんだか嬉しくなってボンと屁をこいた。蹴られる。
タイガースもドラゴンズもそれぞれ延長十六回まで戦い抜いた。途中からラジオを引っ張り出して聞いた。
最後は気づけば二人とも一枚の掛け布団を中途半端にひっかぶって、朝を迎えた。結果を翌朝ニュースで聞くことになる。雨はすっかり上がって晴れていた。名
前もしらない小鳥がリャーリャーキュルキュルと鳴いている。
ドラゴンズが勝ったぜ、と虎丸が悔しそうに言うと、
「当然だ」
と伊達はいつもの伊達の顔でそう言った。
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