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君よ笑え、笑え
目の前のチョビ髭のどこが悪いかって言やあ、なんだろな。
悪かねえと思うぜ、わしに比べたらちょいとアレじゃけどよ。
「なーんで、モテねんだろうな」
「てめえ人の面ァじっくり見といてそりゃなんじゃあ!」
怒って前歯をガーッてしたおめえはちょっとナシじゃ。といってニコニコされても、うーん。
「…やっぱりブサイクじゃのう」
「人の事が言えた面かァ、アホ虎ァ!!」
そーそー、わしン事そーやって追っかけてこいや、な、富樫。
アイシトルぜ、ワッハハ。
富樫は文句なしにいい男である。それは男塾の誰もが認めるところである。
しかし残念なことに彼らが認めるのは富樫の外見ではない、内面の強さであった。そして、ここ男塾でいい男と呼ばれる男が必ずしも女にモテるとは限らないの である。
今日も富樫はフラれて落ち込んでいた。自分からフラれたぜとは言わないが、教室の机に顔をべったり伏せて時折目元をゴシゴシしているのを見ればすぐにそれ とわかる。富樫が落ち込むことの原因のほとんどは女のことであった。
虎丸はちまちまと富樫のために落花生の殻を剥いてやっている。ただ剥いてやるだけではない、四つに一つは食っている。
きちきち奥歯をかみ合わせながら、黙って富樫のために落花生を剥いてやっていた。
「…ほっとけ」
グズリながらの声がする。虎丸は黙ってふせった富樫の学帽に落花生を一つのせた。富樫が息をしたり、身じろぎをすれば落ちるだろう。
「のう、富樫ー」
なぁにが悪かったんじゃろなぁ、虎丸は一つ落花生を齧りながらぽつんと言った。
夕暮れである。もう教室には富樫と虎丸しか、いや、窓際の席で眠り続ける我らが筆頭剣桃太郎の姿もあった。
五時近く、だのに夕日が雲をオレンジに浸して未だ暮れ残っている。ついこの間までもうこの時間は真っ暗だった、春にまた一歩近づいたということだ。
田沢も松尾も、何度目かの富樫の失恋を目にしてあれこれ声をかけるよりもそっとしておくほうがいいと判断している。だからさっさと皆を急かして部屋を出て いた。残ったのは桃と虎丸である。桃は眠っていたのでほうっておいた、虎丸は静かに首を左右に振った。だから教室には三人しかいない。
そろそろ飯だぜと言おうか、と虎丸は考えた。
椅子に逆またがりをしたまま見下ろす富樫の頭が時折揺れた。本気で泣いているのかもしれなかった。
『 』
本気だとすら思われていなかった富樫を見てしまったのだ。こんな風に後味の悪いものだとは思いもしなかったのだ。
いつものように『ごめんなさい!』で済めば、ワッハハと笑いながら背中を叩いてやればよかったのだ。だのに、何を言われたのかはわからないが、酷く傷つい ている富樫を見てしまったのだ。あんなに背中を萎れさせて、声も出さずに傷ついている富樫を見たのだ。
あんな顔を見るのは初めてに近かった、二度と見たいものでもなかった。
「のう、飯行こうぜ」
「…おう、」
たっぷり何十秒もの間があって、富樫の返事があった。顔を上げると虎丸も笑ってしまうほどにぐしゃぐしゃだった。目の真っ赤なのを隠さない富樫が愛しい、 そして虎丸は密かに喜びを抱く。これがきっと桃であれば、涙を隠すのだ。自分だから、赤い目だって見せるのだ。
暮れ残っていた夕日もすっかり溶けて夜空に混じって色を残すのみ。
立ち上がった富樫に、虎丸は少し微笑みかける。
「笑うな」
「おまえ、やっぱブッサイクじゃのう」
富樫がアゴを引いてグムと唸った。どうやら傷をこじったらしいと虎丸は緊張を背に走らせた。ここが勝負どころだと虎丸は無理やり顔をひん曲げる。
「るせぇ、てめえが言えたツラか」
このむくれッ面ァ、富樫が毒づいた。そうだ、と虎丸は糸を引く。
「うーん、おまえやっぱりギスギスしとるもんなぁ」
「ああ?」
慎重に、糸を引く。
「わしを見ろィ、こんなに柔らかい頬っぺたじゃ。ぷわぷわの頬っぺたにギャルも安心するっちゅうもんじゃろ」
「あー確かにやァらけぇ、ふん」
富樫はふてくされたまま虎丸の頬にサッと手を伸ばして乱暴に頬をつねり上げた。みょう、と伸びた頬に「にゃん」と可愛いのだか気色が悪いのだかわけのわか らない悲鳴を上げた。
強めに糸を引いた。
「おめえみたいなギスギス顔じゃ、ギャルも逃げちまうぜ」
「あんだと!」
「ホレ、スマーイル!」
さっきつねられたお返しだと言うように、自然に、当然のように、富樫の頬を虎丸は両側からつねった。伸ばす、唇の端に親指を突っ込んで横へ思い切り引っ 張った。今ならきっと、
「ワッハハ富樫、ますますおかしな顔じゃ」
「ふるひぇえ」
うるせえ、と多分富樫は言った。虎丸は糸を引く手を緩める。あんまり力を入れるとぷちんといくのだ、力加減が肝要だ。
「のう富樫ィ、学級文庫って言ってみい」
「ふぁ?」
虎丸の手がしつこいわけでもない、ただ少し富樫が弱っていただけの話だ。
「がっきゅーうんこ」
「ワッハハハ!!うんこじゃうんこ、富樫うんことか言いよったぞ!」
「てめえ虎丸、ガキみてえな事言ってんじゃねえや!!バッカらしい!」
まるきり小学生の囃しを口にしながら手を放し、ドスンと背中を叩いて肩を抱え込む。ぐっと距離が近まって、富樫の横顔がすぐそこにきた。虎丸はしげしげと そのうっとうしそうにしている横顔を見る。どこもかしこも尖っていてツンツンとしている、しかし一皮剥けばグツグツ熱くって柔らかいもので一杯で、誰より 男だ。
そんな富樫がブサイクでいいのだろうかと虎丸は思った。
いいのだ、虎丸は思う。
「そんなセンチなお前に、わしはずーっとホーリンラブ★」
つぶらかな目をきらり、虎丸は富樫の頬へ唇をぎゅうと押し当てた。なるべくチュウではなくブッチュウと、富樫が照れるより先に気色悪さを感じるように。 ブッチュと押し当てた唇と同時に舌が頬いぶつかった、人間の中で最も鋭敏な感覚を持っているらしい舌が頬に塩っ辛い道を見つける。迷わず舐め上げた。
「う、うおおおッてめ、何さらすんじゃ!!」
ウインク二つ、ウインクが意外にも得意なことが虎丸の自慢であった。きちんと瞼をパチンと鳴らして星をきらり。
投げキッスだってバッチリだ。
「ウフん、わしからの熱ゥいチッスをちょっとな」
「タコ!」
どかんと富樫が拳で虎丸の腹を殴った。身体が離れる、と同時に虎丸はキリキリ引いてた糸を手放す。
もうだいじょうぶ、おまえはだいじょうぶ。一面笑顔になった顔を隠し伏せたまま虎丸は切ない声を上げてよよと泣き崩れた。
「わしの純情、富樫にあ・げる」
「るせえ、先行くぜ!!あばよ!」
足音を荒げて富樫は歩き去った。真っ暗な教室で虎丸、鼻の下を擦る。
お前がどんな言葉に傷ついたんかしらん、けど。呟いた。
「わしはずーっと、ホーリンラブ、じゃからのう。しゃあないのう」
声が虎丸の思ったよりナンボも静かで、寂びていた。
「お前にすっかり役を掻っ攫われちまった」
寝起きとは思えないはっきりといい声だった。
いつ起きたんだよ狸ィ、黙って虎丸は背後で膨れた気配に顔を向けずにニンマと微笑む。
「ホーリンラブ、じゃから」
「フォーリン、な」
すました桃の発音は素晴らしくきれいだったが、虎丸は本当の発音を聞いたことなぞなかったので、
「ヘッ」
と笑うだけになった。
「行くか」
「行こう」
虎丸と桃は仲良く肩を組んで廊下を走る。GOGO食堂へ突進していく。
もうそろそろ飯が盛り付けられる時間だったのであった、イッチニの駆け足。
モクジ
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