磨けば光る玉


いいじゃアないのサ、二枚目崩れ。
あたしゃアンタの肝が好き。

【お遥の紅】


ジャンプをのけた。そろりそろりと取り払うと閉ざした瞼に陽光がサッと当たってまぶしいのか、瞼がひくりとした。息が一瞬止まったがどうやら大丈夫のよう である。
よく寝ている。寝ているのを確認するために富樫はそっとその手の甲をつねってみた。反応はない。
ぐうぐうとではなくすやすやと眠っている。富樫は意を決して顔を近づけて、その顔を覗き込む。
(チッ、相変わらずハンサムだぜ―)
伊達のように、忌々しくなるような男前ではない。いいよなァ桃は、とため息をつきたくなるような男前である。その違いはどこから生まれるのかは富樫にはわ からなかったが、ともかく桃は抜群の男前である。
教室の一番窓際の席で、伸び伸びとした脚を机に乗せた絶妙なバランスで一号生筆頭剣桃太郎は眠っていた。教室は先日のバレンタインの余波を受けてたいへん にやかましい。松尾は静かに泣いていた、チョコをもらえないことよりももらえて泣けるチョコもあるのだ。その松尾を田沢がいつものように何か生真面目にば かばかしいことを言って慰めている。田沢に慰めのつもりはない、が、松尾が静かなためにその分田沢がよくしゃべった。松尾の話については別に説明をした い。
あのやかましい虎丸も、富樫と同じ理由で伊達を追いかけてどこかへ行ってしまった。伊達はまだこのやかましい教室でくつろぐことが得意でないのか、休みた い時に一人になるクセがあった。そのため見つけるのは大変ではあったが、虎丸は野生の嗅覚でやり遂げているようである。
桃の顔をじっと見た。視線で穴が開くわけでもないが、開けてやろうじゃねえかと根性は込めて見つめる。
「……眉、太ェなァ」
思わず言葉が出た。昨今どんどん細く細くへナダレた流行とは逆行して、桃の眉は太い。つくづく見れば太すぎる、だが手入れをしていない(しているのかもし れないが、富樫は見たことが無い)割にはその眉の形の周りにボサボサとはみ出た毛もなければ、長く伸びてだらしなくなっていることもなかった。
額は白い、ようくようく目を凝らせば、ハチマキ焼けと言えるような跡がごく薄くあった。この額の白さがもともとの桃の肌色であるらしい。
鼻は正しい道をたどる筋がはっきりとしている。顔面を殴られたことだって一度や二度ではないだろうに、桃の鼻筋に乱れは無かった。
「笑ってやがら」
今度は気をつけて呟いた。桃の口元は微笑を浮かべている。
いつもの微笑みより意識が働いていないぶん薄く、すぐ横に立った富樫がやっと嗅ぎつけられる程度の笑みである。時折とんでもない意地悪を言い出す唇は今は 大人しくしていた。

頬に荒れが見えた。富樫はどこかホッとする、自分と同じものを食い、同じシゴキを受けている桃ばかりツルツルのピカピカというのはさすがに納得がいかな かったことだろう。その荒れが嬉しくなって、富樫はさらに顔を近づける。腕組みをして顔を近づける。

桃の目は真っ黒で、いたずらっぽく目じりが跳ねていた。よくよく見れば右のほうが二重の線が広く、左は少しばかり細かった。そのせいでからかうような色に 見えないことも無い。
からかうような目の揺らぎ、そう時折富樫は桃の冗談に悩むこともあった。
(こいつ本気かよう)
そんな桃の目が富樫はたまに――
「穴が開くぜ」
「おわッ!!」
桃はしっかり目を眠たげではあるが開いて、富樫の顎を指で捉えながら笑っていた。慌てて富樫、その桃の手を叩き落とす。
「タ、タヌキ寝入りしてんじゃねーぞ桃ォ」
「寝てたさ、お前があんまり鼻息荒くして見るから目が覚めちまった」
「は、鼻息荒くなんかしとるか!!」
こともなげに言って、桃はウンと大きく伸びをした。一度伸びたらくたりと背中を丸め、あくびをしながら机に頬杖をついて、ちらりと素敵な流し目で。
「――で?何か用なんだろ?」
フッフフ、と笑う桃に富樫は学帽のつばを引き下げて目元を隠した。しかし頬のあたりはドス赤くなってしまっているのが隠しようも無く、桃の笑みを更に深め た。
「…富樫」
「…も、」
「も?」
桃の唇の端がきゅっとつりあがった、ほのかな意地悪さが漂って、もっと大きな声で言えよと促すようである。
「モテ方を教えろってんだよ!!」

そこまで大きく言えとは言ってない、桃はキィンとなった耳を押さえながら苦笑した。




まあ座れと桃に促され、富樫は桃の目の前の席に陣取った。椅子に逆座りして向かい合う。教室の騒がしさは続いていた。
話はこうだった。
バレンタインにチョコを貰った富樫、明後日に控えたデートのために自分の外見を磨きたいというのである。
話を聞く限り明らかに義理チョコも義理チョコ、それどころかからかってやろうという魂胆までうっすら透けて見えたので、桃はどうしたものかと息巻く富樫を 目の前にして黙った。
「でよう、その、俺ァ中身はいいとして」
中身はいいとして、もちろん中身は抜群だ。ちょっとばかり頭は悪いけれどもと、桃の目がゆるむ。
「面ァちっとばかし、どうにかしようと思ってな」
恥じらいのためか顔を背けた。女ですら失った恥の美学をまだこの男は持っている。たとえ女を目の前にしてなお鼻をほじろうがそんなことは問題ではない。
「珍しいじゃねえか、お前が」
「それがよ、【六本木を一緒に歩ける人になったら付き合ってあげる】なァんて言われちまったからな」
デレレと鼻の下を伸ばした富樫はどこまでも単純である。
傲慢だ、と桃はつまらなそうに顔を窓の外へと背けた。富樫はまたもやからかわれているのだ、桃は胸を傷める。
富樫、桃は胸のうちに富樫を呼ぶ。富樫富樫、そんなにその女子は胸がでかかったのか?桃は顎を引いて睨む。
「そんな風に言われて、男としてお前はいいのか」
「ンなもん良かねえや。だがな桃、テメエにはわからねえだろうがな、その…」
「うん?」
「女と付き合ってみてえんだよ」
桃は珍しく厳しい顔をした。
「それは不誠実じゃねえのか」
「ふ?」
「男らしくねえってことさ。お前がマリンちゃんでセンズリこくのはいいさ、そういう商売でそういう本だ。だが、」
「な、なんで知ってんじゃ」
桃は真正面からがなる富樫を見据えた。射抜かれたように富樫は黙る。唇を尖らせてううと唸った。
「女と付き合いたいってのは、女であれば誰でもいいって事だろう。それは相手から見ればどんな気持ちになると思う。もしかしたらその女は本気かもしれね え」
「う……」
「俺がお前と付き合ってるのはお前だからさ、虎丸だって、松尾も田沢もそうさ。お前が好きだから付き合ってるのさ」
間違えるなよ、と桃は語調を強めて言った。富樫は顔を背けずに頷いた。また頬のあたりが赤い、恥じている。
「……おう」
さて、と桃は机の上に手を組んで身を乗り出した、そして。

「ようし皆、富樫の六本木デートを成功させてやろうじゃないか!!」

オオーッ!聞き耳ばかりはしっかり立てていた級友達は拳を突き上げて答えた。驚く富樫は桃の肩を掴む、

「桃、だっておまえ」
「きっかけは何だっていいのさ。選ぶのはお前だ」

晴れ晴れからりに微笑んで、その掴まれた肩にある富樫の手を握って桃はそう言った。
かなわねえや、富樫は小さく呟いて礼を言う。






富樫は椅子に縛られている。縛られた上、脱がされている。下半身はフンドシ一丁であった。右に秀麻呂、左に椿山、二人が肩をがっしりと押さえつけている。 脚を押さえつけるのは田沢と松尾だ。
「桃、桃、ちょっと待て、待てや!」
「待たない。格好よくなりたいんだろう?」
富樫は額に汗を浮かべている。助けを求めるように虎丸の姿を探した、あの頼りになるのかならないのかわからぬ親友はどこぞの猫といるらしく姿は無い。
午後の教室で、富樫は衆人環視の中フンドシ一丁で椅子に縛られていた。
「飛燕、頼む」
「わかりました桃。…富樫、覚悟はいいか」
「いいわけねえだろ!!だいたいなあ、飛燕!」
飛燕が手にしているのはカミソリである。富樫は首に血管を浮かび上がらせながらがなった。肩が動こうとするのを椿山がヒンヒン泣きながら押さえつける。
「なんだ富樫」
「てめえどうして桃にはケイゴで俺ァそんな口ッ利きなんじゃい!」
「お前だからな」
言うなり飛燕はひらりと、それこそ燕のような鋭さでもって右手をひらめかせた。手にしていたカミソリは狙いあやまたず富樫の顎下の、剃り残しを肌を傷つけ ることなく剃り落とした。富樫の息が詰まる。
「テ、て、てめえええええ!!」
「動くと次は鼻がなくなる」
飛燕の頬には微笑みのかけらも無い。富樫は押し黙った。飛燕の左手にあったシェービングクリームがするすると頬に鼻の下にと塗り広げられていく。ひんやり とした感触に、飛燕の滑らかな指の腹が心地よい。
「お前は鏡も見ずに、ツバつけて直すだけだったな」
「わ、悪いかブヘッ」
口にシェービングクリームが入った。淡雪のような見た目とは裏腹に酷い味である。飛燕の眉が持ち上がって、笑いが点る。
「こうして丁寧に、形を整えてやるだけでいいんだ。毎日やれとは言わん」
さり、さり、と細かく手が動く。富樫の目に入るのは飛燕の爪だった、みがかれている。クリームを落とし、飛燕が何かベタベタとしたものを富樫の顔に塗りた くった。富樫が顔を左右に振って抵抗する。
「動くな。お前の肌は汚いんだ、今きれいにしてやろう」
指が富樫の小鼻のあたりをクルクルと動く。そして頬を持ち上げるようにして力を込めてマッサージ。新し物好きのマダムが目を光らせそうな動きである。
フェイシャルを飛燕が担当する傍ら、桃は富樫の足元にしゃがみこんだ。手にはガムテープ。
富樫は飛燕の指の動きにウットリと夢心地で、その上ありえないほどに格好よくなった自分を思い描いて鼻の下を伸ばしていた。
「飛燕、カミソリは使っていないな」
「ええ大丈夫ですよ桃、一息にやってやりなさい」
「ああ」
言うなり桃は富樫の右脛にガムテープを長く貼り付けた。おかしな感触に富樫の脚が跳ねる、がそれは松尾が押さえ込んだ。富樫が身を起こすより速く、
「根性を見せるんだ!!行くぞッ!!!」
ベリーッ!!
容赦なく桃はそれを引き剥がした!
「ぎゃがああああッ!!!」
喉が潰れそうな絶叫と、剥がされたガムテープにびっしりと付着した富樫の脛毛に級友達は皆一様に脚をモゾモゾさせながら顔を背けた。
「次は左脚ッ」
ベリーッ!!
躊躇なく桃はそれを引き剥がした!
「うごあああああ――ッ!!」

まだ腕がある。
椿山が耐え切れずに涙をほろほろと零した。








その間にも富樫の学ランは洗濯に出されていた。雷電と月光が息の合った高速もみ洗いを見せ、Jが拳の風圧で乾燥。
尚洗ったその洗い汁は真っ黒で、その臭気に飛燕は危うくカミソリを投げるところであったという。
髪の毛のカットは飛燕が行った。耳をやたらチクチクやるのに富樫は閉口したが、他に上手に出来るとも思えなかったので黙っている。
真っ黒な九十リットルゴミ袋に穴を開け、頭から被った富樫に桃は尋ねた。
「最初から飛燕に頼めばよかったのに」
「頼んだぜ、な?」
「……ええ、頼まれました。けど断ったんです」
「……そうか」
桃は笑った。飛燕のことである、富樫がからかわれていることくらいすぐにわかったことだろう。飛燕は顔をつんと背けた、手先だけは器用に動き続ける。
「飛燕らしいな」
「なにがじゃい」
「フッフフ、なあ飛燕」
「………」
出来ましたよ!と飛燕はどこか乱暴に言い放ってゴミ袋を頭からぬき去った。富樫はさっぱりとした頭にとても満足し、手鏡をチラチラしながら決め顔を作って いる。
その富樫を飛燕は睨むと、頭を一つ叩いて教室を後にした。
「うぁいてっ、な、なんじゃあ!?」
「お前が悪いのさ、富樫」

わけもわからないままだが、ともかく富樫は出来る限りきれいになって学ランに袖を通した。学帽をきりりと被って、はにかんだような笑みを浮かべる。
誰からともなく拍手が起こった。たちまちワーッと沸き起こる。校庭にいた二号生や、様子を見てこいと言われた三号生の使いっ走りが中を覗き込んで驚きの声 を上げる。

雰囲気美人という言葉があるがそれに近い富樫源次がそこにいた。背筋をぴしゃりと伸ばして、ぐっと腹に力を入れて立つ富樫は男塾塾生としては素晴らしく男 である。

「ようやったなあ富樫、すげえぞ!」
松尾が手を叩いた、その手が真っ赤になっているのをJは見た。いいな、とJは思う。自分も更に力を入れて手を叩いた。
「ようしようし、明日ァ俺の頭脳を駆使して、パアヘクトなデートプランを立ててやろう!!」
田沢がさっそく馬鹿でかいハトロン紙を持ち出してきて、そこに鉛筆を走らせる。六本木には詳しい秀麻呂が横からアドバイスを入れていく。
誰かが富樫に握らせたのはいわゆるコンドームであった。それを見て一瞬ギョッとした富樫、だが次の瞬間には、
「ヘッヘヘ、俺がドーテー脱出一番乗りかもしんねえや!悪いのう」
などと馬鹿笑いをしている。歯茎まで見せて笑うなと厳しい叱責が誰かから飛んだ。

「ようし、明後日は見てろォ!!」






当日、大鐘音のエールで送り出された富樫。富樫の学ランの背中は朝日に金色に燃え立つようである、一度振り返って大きく手を振った。
「がんばれよーッ!!」
「いけー!と・が・しーっ!!」
級友達は声を限りに見送った。









が、ものの三十分程度で富樫は帰ってきた。さてはフラれたか、あらかじめ用意されていた慰め部隊はさっそく富樫の元へと駆けつける。
しかしどうも様子がおかしい。ショボくれるどころかフンフンと鼻息を荒げて憤っている。ガタンガタンと乱暴に教室の椅子に腰掛けて、窓の外へ唾を吐いた。
椿山が桃の背中をそっと押した。桃は椿山に微笑んで見せてから富樫の正面の椅子に腰を下ろす。
「早かったな」
富樫は唇をまくれ上げるようにして笑った、普段の馬鹿笑いではない、絡むような笑い方であった。
「どうせフラれたとでも思ったんだろうが、違うぜ、」
フッてやったのよ――、富樫は大きくのけぞりながら教室全体を見渡すようにして言った。皆、顔を見合わせる。
桃だけは動じずにそうかと小さく答えた。目を伏せて続けた、
「そうか、何があった」
「ヘッヘ、富樫源次と言やあこの学帽じゃい。あのアマァ言うに事欠いて、」

『やだァその学帽外してくんない?ダッさァい』

などと言ったのだと、富樫はふてくされた。

「わかっちゃいねえ、アホらしい」
富樫は唇を尖らせた。桃は静かに微笑んだ。
「ああわかってねえな、」
「だろ、あーどっかに、」



「どっかに今のまんまの俺が好きだって言う、目のある奴はいねえのかよう!」



その富樫の言い草に桃は思わず吹き出す。富樫が驚いてどうした桃ォと尋ねる。
「目が無いのはお前さ、富樫」

目じりに涙まで浮かべて笑う桃に、富樫は首を傾げた。
教室に残っていた塾生達までもが大いに笑う。そのうちに富樫は腹が減ったというので飯でも―と言い出した。

「ああ、飯だ飯飯」
「行くぜ桃」
「ああ」



富樫は桃の肩を小突いた。
モクジ
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