空寝の代償
同居だと言い張り続けて引越しから少し経った。
飛燕と富樫が金を出し合って借りたマンションはさほどの広さはない。
テレビは富樫が持ち込んだブラウン管の旧式テレビで、画質はざらざら、今度一緒に買いに行こう、そんな事を話していた。
このマンションで今現在使われているものは小型の冷蔵庫にベッド、ソファ、テレビ。そんなもので、まだ開けていないダンボールも沢山ある。
太い配線が部屋の真ん中を横切るようにしてのたうつ、全てが『途中』の部屋だった。
鳥達がほうぼうを回って素材を集め、巣作りをしているような部屋である。
二人はソファに身を寄せてテレビを見ていた。
休日の六時と半分。夕焼けが窓からきれいに赤くとろけている、その景色は高低差こそあれ昔富樫が住んでいたボロアパートによく似ていた。飛燕の中ではこれ
が大きな後押しとなったことは富樫は知らない。
食器を買おう、揃いの、客が来てもいいように。
夫婦茶碗でも買うか、フッ、冗談だ。
タオルを買い足さないといけない。
飛燕はこまごまとした事をよく喋った。何かに酔っているようにその舌は滑らかで、白い頬に鴇が羽をかざしているように照る。
富樫は飛燕のその声を耳に心地よく聞き入れ、大抵は気のないアアウウとぼんやりと答えを返す。
時折飛燕が、おい、と頬を膨らませると、
「聞いてんよ」
とゆったりとくつろいだ笑顔を向けた。野良犬があたたかいタオルにくるまれているように安心しきったゆとりある眼差しに飛燕は、
「……それならいい」
ますます富樫の肩へ頭をこすり付けた。富樫はソファへ膝を立てており、飛燕の白い手のひらがその膝頭を肘掛のように軽く包んでいた。思いついては飛燕、悪
戯にその膝へ指を立てると富樫が背中をピンと伸ばし、咎めるような視線で飛燕の頬を刺した。そ知らぬ顔で飛燕は軽やかな笑い声を立てて弾く。
日が完全に西へ沈んでも、残り香が空の端を朱に染めている。既に七時を回っていた。
「カーテンの色はどうする」
飛燕は富樫の肩に頭をもたれかからせながら尋ねた。羽ばたくような飛燕の繊細な瞬きに富樫は言葉を詰まらせる事はない、美人は三日で慣れると日ごろから言
い聞かせた鍛錬のたまもの。
「てめえの好きにしろや」
気のない返事は飛燕の気に食わない。
「それなら、ハートをちりばめてやろうか」
「!バカ、桃も虎もここ来るんだろうがよ!!」
「それならしっかりと考えてから物を喋れ」
だろう?ふふんと鼻で笑うさまは、敵であったころの小憎らしさが残っている。しかしその小憎らしさが可愛げであると富樫は知っていた。
「……へん」
「ふふふ」
と、左肩にあったあたたかい重みがずしりと強くなった。富樫は飛燕に声をかけようとそちらを向き、
「………」
その瞼が下りているのがわかった。
さあ!富樫!疲れて眠ってしまった私を運びなさい!
どこへ?ベッドに決まっている。このマンションを買ってから一度たりとも共寝をしていないあのダブルベッドへ!
シーツはさっき干したばかりのを敷いてある。そこまで運んだらいくら野暮天のおまえだって、がまんが利かないはず。
フフフ、戸惑っていないで、さっさと私を抱き上げるがいい。
「しょうがねぇなぁ」
そう、しょうがない。疲れているんだ、しょうがない。ほら、私の膝の後ろと肩へ手をかけて…
ん?
シャツの裾を富樫が引っ張った。違う、何をやってるんだ?
!!!?
富樫の手のひらがいきなりシャツの裾からいきなり滑り込んできた。腹を這い回っている。
な、富樫!まさか、ここ!ここで!!?
おまえ、まさか、そんな!
眠っている私を…だと…!!?そんな、獣のような!
………いいだろう!受け入れよう!たまには大胆で野性的なおまえもまたいい!
私の胸まで這い登ってきた手のひらに私は息を詰めた。ああ、おまえの手、おまえの分厚くてガサついた手のひらときたら…!
ああ…!!
「心臓バックバクじゃねぇか、タヌキこいてんじゃねぇや」
こつん、
額に軽い衝撃。
おそるおそる目を開けると、あの頃のままの富樫が笑っていた。
「……富樫、」
「もういいだろ、買い物は明日すりゃあよ。今日はこのまま寝ちまおうぜ」
あくびをひとつした富樫が私をそのまま胸へと抱きこんで、ソファへ二人そろって倒れこむ。胸にぎゅっと顔を押し付けられて、私の顔ほど嘘をつくのが上手く
ない胸が富樫の香りで満ちた。
…ああ。
二人で寝るには狭いソファだ、富樫のつまさきはソファからはみ出ている。
寝心地を考えて買ったこのソファは柔らかく、きしみすらしないで二人分の体重を受け止めた。
富樫はさっさと私の頭を抱きしめたまま寝入ったようで、間も無くイビキが聞こえ始める。
私はきっと今晩眠れない、今から確信があった。
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