はつざくら

桜がはじめて咲いた日のことである。
男塾では年中咲く桜だが、門を塀を隔ててしまえば外界である。
外界の桜がようやく咲いた日のことであった。

一号生筆頭、剣桃太郎が歩いてゆく。
素手である。普段離さぬダンビラを置いていた。
その姿はいやおうにも眼を惹く、きりりと締まった男前なのはもとより、注視の原因は彼の服装にあった。
桃が身に着けている学ランは真っ白いもので、裏地は艶やかな赤である。
その白さが眼に入っただけで、あああいつは死地に赴くのであるとはっきり知れた。
桃は前方より吹いてくる風にのった花びらを、頬で受け流しながら歩いていく。




その先には、二号生筆頭赤石剛次があった。
「どうした、そんなナリをして」
眼を合わせぬまま赤石は言った。隣に控える江戸川が大きく身体をふるわせる、彼は剣桃太郎が大の苦手である。
「先輩、自分…剣桃太郎は」
桃はつま先を軽く開き、後ろ手に手を組んで胸を張った。校庭のほぼ真ん中であった、塾生達が注目する。もし斬りあいになったらと誰かが慌てて教官を呼びに 行く。
「なんだ」
「先輩の女房になりにまいりました」
赤石はまばたきすらしなかった。
驚いたわけでも、怒ったわけでもない。
ただ聞こえなかった。本当に、無視をしたわけでもなく聞こえなかったのである。
あんまり突拍子もない言葉だったので耳のフィルターは風音だと判断したらしく耳の中へは入れなかったのであった。
剣桃太郎は固くなっていた頬をほころばせた、白い学ランより白くなるほどこわばっていた頬に赤味がさす。
「ああ、赤石剛次先輩に、俺、剣桃太郎が、嫁入りをしたいという話ですけれど」
「…てめえ、涌いたか」
赤石が自分の耳を指差した。できればそのまま左巻きにクルクルと巻いてやりたいぐらいの発言だったが、それはやめておく。
「湧いたのは滾々と、愛情です」

赤石は背中を向けた。江戸川が慌てていいんですかいと問いかける。


「涙を見せた相手に身も心もささげよ、――剣家の家訓です」
「驚邏大四凶殺ン時にも泣いてたじゃねえか」
どこで聞きつけたか赤石は言った。桃ははい、と後輩らしい素直な返事を返す。
「たしかに、死んだと思っていた仲間たちが大怪我とはいえ無事に戻ってきたことに俺は涙しました」
「そうだろうが」
「富樫も虎丸も、Jもどいつもこいつも素晴らしい奴等ではあります。ですが…俺は一人にしか身も心も捧げるわけにはいきません」
「他にも泣いてただろうが、…雷電の猿にも」
「さすがに猿にこの身体を捧げるわけにはいきません」
「捧げちまえ」

他にも桃が涙した瞬間はあったはずなのだが、あいにく赤石の舌へは転がり込んでこない。
赤石がまごついている間に桃は大声を張った。
桜よりもなお華やかでふっきれた笑顔である。
「剣桃太郎!生誕して十余年、清廉につとめたこの身も、身体も、肉体も、心も捧げます!」
その宣言に、身体がやけに多いのうごっついのうと江戸川は口をもごつかせる。
赤石はもはや杉の大木のように硬直していた。


すると誰が合図したものか校舎の窓から大量の桜吹雪が舞っている。江戸川が驚いて一枚捕まえてみると、それはテストの答案を細かく裁断したものであった。 一号生達が昨夜夜なべして刻んだ紙ふぶきが散り飛びかう。

「おめでとう!」
「おめでとう!!」
「男塾バンザーイ!!」
「バンザーイ!!!」

感動屋で義理と人情に厚くて馬鹿な、仲間思いの素敵な一号生達が涙しながらやんやの拍手で喝采している。
赤石はぐるりと見渡して、何か言わなければと思って口を開く。が、もともと口で語るよりも刃で語る男であった。剣桃太郎が帯刀していればこちらもギラリと 抜けたのだがあいにく丸腰。丸腰相手に抜く剣はない。



赤石は普段よりも早足で歩き出した。
逃げたわけじゃねえ、逃げたわけじゃねえ、
だというのに、
「あ、赤石さん早く逃げてください!わしがごっつくこいつを食い止めますんで!!」
と江戸川がけなげにも叫んでしまったせいでそれもままならなくなった。まったくけなげで愚かであることよ。
江戸川にしがみつかれながらも、桃は全く動じない。
「よろしくお願いします、お姑さん」
「わ、わしはお姑さんじゃないちゅうに!!」


桜がはじめて咲いた日のことである。
モクジ
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