羅武炉魔禁止
『お前の気持ちなんか、全部まるっとお見通しだ!』
なお、見るからに某ドラマのパクリであることは今この場で申し上げておく。
何の接点もございませんと、平に平に申し上げますのでどうぞご了承されたい。
羅部湖眼禁止令を出してはや一週間。
禁止令は何の抑止力もないようで、桃と富樫は毎日何の気兼ねもなく、伸び伸びとウリウリこいつ愛い奴よとやり合っている。
共に相手を好いている。それは秀麻呂だって十分にわかっている、そして二人のどちらも秀麻呂は好きでとてもとてもいい奴だ、それもわかっている。
だが困ったことに二人とも男なのだ。男塾なのだから男しかいないのは当たり前だ。当たり前だ、だからと言って、男しかいないからと手近なところでその若い
欲望を片付けようとしたのであれば秀麻呂も容赦しない。
富樫は桃がきっと好きだ、それを秀麻呂は否定できない。
桃は富樫が見たままに好きだ、それは否定しようもない。
困っている。秀麻呂は困っていた。何に困っているのかすらわからなくなってきている、
目の前で富樫と桃が仲睦まじくしているのが悪いのか、もはや秀麻呂もよくわからなくなってしまった。
しかし男として、友が道を踏み外すのも捨て置けぬとも思っている。
ならばよと、教室の床に新聞紙を敷き、気合のハチマキをしめた。正座で、書道をたしなんでいた母から教わったとおり鰹節をかくのとおなじ格好で丁寧に墨を
すった。
墨を無心ですって、筆にたっぷりと含ませる。
椿山がかき集めてくれたチラシの裏へ、その筆先を走らせた。
『羅武炉魔 禁止』
「ラブロマ、禁止…っと。へへ、どんなもんだい」
桃と富樫にこれ見よがしに言い聞かせるのではなく、自分のぐらつきかけた信念を立て直す意味も含めて秀麻呂は黒々と濡れた筆先を必死に走らせていた。
書きあがったポスターは田沢に松尾、椿山。いつもの頼もしい仲間が貼ってくれる。
『羅武炉魔 禁止』
もはやコメディで済まないあたりにまで桃と富樫の仲は進展してしまった。まさか俺のこのポスターに燃えて、一足飛びしたんじゃあないよな、そうであってく
れ、秀麻呂は祈りながらただひたすらにポスターを書き続ける。
「へえ、羅、武、炉、魔…ラブロマ、でいいのか?」
桃は富樫の肩に自分の肩をトツンと当てている。ほぼ肩の高さは揃っていたので、肩の骨の丸み同士がトツンと音を立てて頬が寄る。二人は食堂横、談話室で身
を寄せ合っていた。もともと寄せ合っていたわけではない、桃が長長と猫のように腹を晒して眠っていたのを富樫が見つけ、おうと声をかけ、声をかけておいて
自分はテレビの電源を点けた。土曜日の午後はさして面白い番組があったわけでもなく、コロコロとチャンネルを変える。チャンネルはリモコン式ではなく、尻
をどっこらせと上げてガッチャガチャとやらねばならぬ。四度目のガッチャガチャを終えて、再び窓際の壁に背中をつけて、尻を落ち着けると、
「いいの無いな」
富樫と肩と腕とがきっちり触れる距離に、桃がいかにもつまらなそうに足を投げ出してテレビを見ているのだ。富樫は驚いた、今の今までそこに長長伸びて寝く
たれていたのじゃあなかったのかと声を出しかける。だが、桃の言うとおりテレビはつまらなかったので、
「無ェ」
と言った返答になった。桃はうん、と頷いて、富樫の肩に首を傾げて頭を乗せた。その頭はずっしりと重たく、富樫や虎丸ではこうはいかぬという知性の重みに
満ちている。
富樫は肩を揺さぶって、邪魔くさいと言いたげに桃の頭を退けようとする。が、
「……あったかいな、お前」
窓際なのだから当たり前、富樫が身につけているのはお歯黒よりも真っ黒な学ランで熱は沈沈と積もっている。だがあったかいと言われて懐かれると、その頭を
邪険にするのはツレないような気がしてしまう富樫であった。俺に似て世話焼き肌な性分、受け継がれっちまったなと天国の源吉も鼻を擦って微笑むであろう。
「……そうかよ」
富樫は桃の頭を肩に乗せながら、さしてつまらぬテレビを見続けている。テレビはゴルフ番組で富樫には興味も縁もなかったが、この番組を変えるには立ち上
がってチャンネルのつまみをガッチャガチャやらねばならぬ。ガッチャガチャやるには桃の頭を肩からどかす必要があった。
桃のクルクルと跳ねる髪の毛は富樫の頬を規則正しいリズムでくすぐっている、眠っているらしかった。眠った桃の頭をどかせば起きてしまうだろうと富樫は
思った、普段叩いても蹴っても起きない男だということを富樫はすっかり忘れている。
富樫から見れば桃はフワフワと頼りないのだ。人も良いし素直だし、何より自分つまり富樫と違って世間の荒波を知らないところがある、それが富樫にはたまに
不安であった。そんな不安犬にでも食わせちまえと怒鳴るのは誰だ、伊達である。伊達は伊達で隣の獣で手一杯。
「重いんだよ、ったく…か、肩ァ凝っちまわァ」
分厚い唇をチョ、と尖らせて一言呟いてみる。こうして理由がいるのがこの男、富樫源次という男の面倒なところである。
誰にでもなく自分に理由が言い訳がいるのだ。難儀な男である。だがその難儀さがいいのだと、その肩に頭を乗せてスースー寝息を立てる一号生筆頭は言う。
肩が凝ったのだ、と理由をつけてから、富樫は桃の頭が乗っている方に首を傾げた。ソロリソロリと傾げて、桃の頭の上へ自分の頭を乗せようと試みた。
試みは失敗、何故だかそこに今まで富樫の肩にのしかかっていた頭は無くって、代わりに顎を伸びてきた指に取られた。急角度の顎その斜面、剃り残しのあたり
を中指の腹がチリチリと撫でながら顔の向きを変えさせた。変えさせたその正面では桃が眼を伏せてそっと微笑んでいる。三角形の太い首を横から支える筋肉が
妙なねじれに悲鳴を上げる、その痛みに歪んだ富樫の顔に桃の顔は衣服のずれる音すら立てずに近づいて、
ちゅっとその尖った上唇の辺りをついばんだ。
「ウげッ」
きれいに羽ばたく睫毛を伏せて、してやったりと微笑んでいる桃から富樫は力いっぱい身を退いた。何しろ突然のことだったので体裁を取り繕うヒマもない、尻
が畳との摩擦で熱を持つ勢いで後ずさりして身体を離す。
桃は猫のように両手を畳について追っていく、雌豹のポーズだグラビアだと誰かが囃しそうな仕草は豊かな胸元と挑発的な目つきが刺激的である。刺激の対象は
多岐に渡る、富樫はその対象にひっかかっているかどうか。
「大丈夫か?熱でも…」
桃は雌豹のポーズのまま腕を伸ばし、富樫の前髪を払うと額へ手のひらを当てた。ひんやりとしている。
「大丈夫そうだな、ああ平熱三十六度七分」
その手をハエ叩きするようにバチコンと富樫は叩き落とした。首にどっくどっくと血管を浮き立たせて怒鳴る。
「な、なにすんじゃボケッ!」
「…痛いな」
叩き落とされた手を、傷ついたように桃はチラと見た。富樫は一瞬ひるむ、桃がそう切なそうな顔をするのがいけない。桃のそういう顔に誰より弱いのは富樫で
ある。
「い、痛ェも何もあっか!あにすんじゃいきなりィ」
「どうしてって、そこにお前が居てチョッと唇尖らせたりしているから悪い」
富樫はドンと畳を拳で叩いた、くたびれて擦り切れた畳が凹む。
「ば、ばァろォ!!俺のせいにしてんじゃねえや!!きょッきょ、許可をとれェ許可ァ」
慌てる富樫はまったく舌がもつれってしまって、ツバを飛ばしてまくしたてた。
「取ったさ」
「あにィ!!?」
桃は富樫の額を指差した。背筋をピシャンと正し、膝を揃えて正座して堂堂と言い放った。
「俺はいつだってお前の意思を尊重している。俺がああこういうことをしたいな、富樫はどうだ、そういう時俺はお前の額を見ることにしている」
「ひ、額に何があんじゃい」
見てみろ、と桃が言って談話室の壁にかかっていた鏡を顎をしゃくって示した。のすのすと富樫は膝立ちで近づいて覗き込む。
『桃』
真っ赤に、富樫の額にはそうしるしがあった。絶句する富樫へ桃は、
「お前が俺を求めてくれている時、そのしるしは現れるんだ。だからなにも俺はお前を無理やり手篭めにしているわけじゃねえ、フッフフ一報通行じゃサマにな
らねえからな」
そう言って、もう一度富樫の顎を取った。富樫は今度は抵抗もない。
そして、
「へえ、羅、武、炉、魔…ラブロマ、でいいのか?」
必死に壁で主張を続けていた秀麻呂のポスターに桃は気づいた。気づいたのは存在と意義であって、そのポスターの対象ではない。
「そういう訳なんじゃ、秀麻呂」
富樫は参った参ったと、さして参った風も無さそうに言って頭を掻いた。
あまりに色々なところで羅部湖眼と羅部炉魔を繰り広げる富樫と桃に秀麻呂もとうとう限界、呼び出してどういうことなんだと問い詰めたのである。
この問い詰めには田沢に松尾、椿山も同席している。会場となったのは教室の一番後ろの席で、被告人富樫を取り囲むようにして四人は座った。
「だからよう、不思議な事に俺が桃の事好きだってのが桃にゃわかっちまうんだ」
「ほー、そりゃあ不思議なもんじゃのう、な、田沢よ」
「松尾、これはもしや聖痕ちゅうもんかもしれん」
「田沢ァそりゃなんだい」
「おう、キリストさんはフンと気合を入れるとたちまち身体に書いておいたメモが浮きあがるという…」
「おおう、田沢は博学じゃのう」
「そうじゃのう」
「馬・鹿・かッ!!」
怒鳴ったのは秀麻呂だった。ドン、と富樫のついている机をブッたたく。富樫だけでなく田沢に松尾、椿山もそれぞれ程度はあれど飛び上がる。
「いいか!こんなのァ不思議でもなんでもねえや!…富樫、」
「お、お、おう」
いつになく気合の入った秀麻呂の声に、富樫は頷いた。なんといっても秀麻呂は小柄ながら根性が入った男で、その気迫は富樫の鼻っ柱を叩くには十分であった
のだ。
「富樫よ、そのしるしが現れる前…お前桃にデコ触られなかったか?」
「え?…ああ、そういや熱測られた…な」
「それだよ、おい椿山ちょっと筆いいか」
はぁい、と椿山が硯と筆を秀麻呂に手渡した。秀麻呂はブツクサ言いながら自分の手にサラサラと何事か書き付けて、富樫の額へ手をやった。
「こうやって、熱診るフリしてスタンプしただけだろ!」
富樫の額から手が離れる。そこにはくっきりと墨で、『秀』と書かれていた。
おおーっ、富樫田沢松尾椿山、どこか感動の面持ちで秀麻呂の種明かしに拍手した。
ド・ド・ドン!!
秀麻呂は更に机を叩く。
「感心してる場合かよ!!富樫、くだらねえトリックに引っかかりやがって!」
「ああ、許せんな桃の野郎、だましやがって。ブン殴ってやる!」
熱くなりやすい富樫はさっそく椅子を後ろへ蹴っ飛ばす勢いで立ち上がって、グムムゥ許せんと唸りながら拳を握り締めた。
「…誰が許せんって?」
いつもいつもタイミングのよろしいご登場、千両役者のお出まし!剣桃太郎という男はそういう男である。だが千両役者のようにキラキラ後光を背負ったり勢い
込んでのものではない、フラリサラリと現れた。
「て、てめえ桃ォよく来やがったなァええ!?ちっとブン殴ってやっからそこに直れ!」
いきなりまくしたてた富樫に、桃は無抵抗の証に両手をホールドアップ、苦笑を交えて富樫へ尋ねる。
「おいおい穏やかじゃないな、…俺がどうしたって?」
「インチキじゃねえか!」
「…インチキ?」
はて、と思い当たるフシの無さそうに視線をそらした桃へ、秀麻呂が富樫に加勢した。
「額の文字、桃が書いたんだろ!?」
「…ああ、アレか。うん」
み、認めたァ!桃を除いた全員は声を揃えて叫んだ。
「ちきしょうやっぱりブン殴る!」
「まあ待ってくれ、富樫。からかったのは謝る」
「うるせえ!」
「だが信じて欲しい、俺のお前への気持ちに嘘いつわりはないと」
「いい今更信じられっかよ!」
まあ見ろ―、言いながら桃はトレードマークであるハチマキを外した。その部分だけ日焼けの度合いが少ない。
「な、何しようってんじゃ」
「見てくれ富樫――これが、お前への気持ちだ」
ハッ!!
桃は腰を落として構え、烈迫の声を上げる。ハチマキが気脈に浮き上がり、髪の毛が逆立つ程の気の練り。
と、
「な、なんじゃあ!」
松尾が桃の額を示して叫んだ。桃の額にはうっすらと何か文字が浮かんできている。赤い…その文字は、
「と、が、…し、と、富樫じゃ!!桃の額に富樫が出た!!」
「し、信じられん…」
「だって桃ずーっとハチマキしてたし、なんの細工もしてなかったよ!?」
騒ぐ級友達をよそに、静かに桃はハチマキを締めなおす。あっけに取られている富樫の手を、そっ、と握った。
「お前への気持ち、見世物にしたくはなかった…だが、これで信じてもらえたか?」
「も、」
桃ォ…そう呟いた富樫の顔は感動に赤くなっている。感極まって涙ぐみそうな気の高ぶりであった。
「すまねえ桃、俺が、お前を疑うなんてどうかしてたんじゃ…ゆ、」
許してくれ、と言いかけた富樫の唇を桃はそっと指で封じた。フッと微笑んでいいのさ、とさわやかに。
「いいのさ」
「桃!」
タネもシカケもありゃあせん、お前へ示そう我が恋慕。
めぐりめぐらせ、血脈の代わり、愛ぞ流れて不治となりぬる。
「ら、羅武炉魔禁止だって…」
秀麻呂の声は小さすぎて、ついに桃と富樫には届かなかった。
次の日、男爵ディーノの元に通う秀麻呂の姿が確認されている。
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