御賭魔莉

駆け寄ってきたそいつのその顔見たら、今すぐ寒かろうが 関係無しにバイクかっ飛ばして海まで行きたくなった。
逃げじゃあねえ、逃げじゃあねえが俺はこいつが苦手だ。それを親父に問い詰められて渋々吐いたら、
「…そうか」
の一言。苦手があってもいいだろうが。

「お前ン家、遊び行っていい?」
…NOって言ったら来ねえのかよ。青い目ン玉キラキラさせやがって。畜生。
だいたい遊びにって何だよ、ダチじゃねえ俺とお前は。何、もうとっくにダチだ?いつそうなったんだ、オイ、いつ、
ケッ面倒な奴も増えやがったぜ。俺はもう行く、行くって言ってんだ、腕を放せ。てめえはタコか、放せ。
「赤石ン家行くのか?面白そうじゃねえか、俺もまぜろや、な、剣」
「おっ信長も行くか?へへへ面白そうだろ、赤石家ツアー決定!」
「おう!」
「よーし!」
「俺を無視して話進めてんじゃねえ!!!」
キャーキャーとはしゃぐ奴等にぐるり背を向けて、俺は駆け出した。
雪が昨日降ったな、一旦解けて、また固まった。走るには一番向かねえ、地下足袋だろうがツルツル滑るぜ。
走るたび息が真っ白い、さっき居た食堂脇の部屋は人も居なかったし居心地は悪くなかった。だのに俺は今外だ、あいつのせいだ、剣のせいだ。
俺がこんな寒空の中走るのはあいつのせいだ。俺の学ランに袖がねえのは親父のせいだ。
止めても聞く奴等じゃねえのはわかってんだ。なら俺が出来るのは手を打つことだけじゃねえか!
俺は男塾の外に飛び出して、一番近い公衆電話へと走る。こんなことなら携帯電話持っておくんだったぜ。まあ言っても仕方がねえや、ああ。
どうせ親父はいねえんだろうし問題はお袋だ。あの下膨れ何やらかすかわからん、親父と同じ事言うハメになるたあ思わなかったぜ。
十円玉をジャラジャラと入れると、一番はっきり覚えてなけりゃおかしい筈の自宅の電話番号がどうにも指に出てこない。三度間違えた。カランカラン、またか よ、と十円玉が返却口に落ちてくるのが腹立つぜ。ああ畜生。
ようやく思い出した番号を押し終えるとコール音がする。遠い、速く出ろ。緊急なんだよこっちは。それから外でババアが一人まだかまだかってため息ついたり 物音立てたりして待ってやがら。ああ待ってろすぐ済む、すぐだって。ウルセェ切り捨てられてえか。
「はい、赤石でございます」
電話越しに出るお袋の声は低く沈んでた、何かあったのか。
「……俺だけど」
「…………」
おい、なんだって黙るんだよ。

カッチャ、と小さな音がした。と、
ツー、ツー、ツー…
「 切 り や が っ た … !」
リダイヤルだリダイヤル!リダイヤルはねえのか!うるせえぞ後ろのババア!俺は今緊急なんだよ!!
「はい、赤石でございます」
再び出たお袋の語尾にかぶせるようにして、俺は怒鳴った。後ろのババアが驚いて逃げていきゃあいいと思った。

「おい!!俺だって言ってんだろ!!」
「…………」
カッチャ、と小さな音がした。と、
ツー、ツー、ツー…
「また切りやがった…!!何やってやがんだよああ畜生」
あんまり腹が立って、デコの横辺りがビクビク言ってやがる。手にしたベトつく緑の受話器もビキビキ言ってる。
これで合計二十円もソンだ。もし次切りやがったら、切られる前にバッサリ切ってやらあ。俺もよくわからねえ。

「はい赤石でございます」
…切るくれえなら最初っから出るんじゃねえよ。しかも何事も無かったように。
「十蔵だけどよ」
「十蔵ちゃん!」
…俺は多分生まれて初めて、声に花が咲くという驚きの現象を体験した。なるほどこれと話せば、話に花が咲くってこともあるかもしれねえな。
お袋は元気?普通?そうでもない?と答えに困る三択を出してくる。
「…普通だよ」
「そうよかった、十蔵ちゃん声が変わったのかしら。なんだか剛次さんみたいだわ」
「親父のノロケはいい、それより何で最初切ったんだよ」
「あら」
お袋は俺のカンじゃあ電話の向こうで丸く膨れた頬に手を当てて、首を傾げてるんだろう。一つ一つ順追って話してやらねえとついてこられないだろうからな。
「さっき、俺がかけた時、どうして切った」
ブー、公衆電話が通話時間の残りが少ないことを知らせた。焦る、公衆電話の上に積み上げてあった十円玉を追加。
「あら、十蔵ちゃんだったの。声が似てると思ったわ」
「だったら」
「剛次さんがね、オレオレ詐欺が危ないからって取り合えず切れって言うんですもの」
「ああ、そうかよ…」
まあそんなこったろうと思ったけどな。
それより本題だ。後ろのババアはもういねえが、代わりに残金が俺を急かす。
「今日剣と黒須の野郎が行くんだけど」
行く、と言ってみてなんか変な感じがする。ああそうか、来る、じゃなくて俺も家の外に居るからか。前は俺が家に誰かを呼ぶこともそんなに無かったけどな。

おふくろの反応がねえ。

「十蔵ちゃん、ねえ」
やけに声が静かだ。やけに静かだ。何虫か知らねえが、今俺に虫が危険を報せてきてる。津波の前は俺は親父の、お袋十訓を思い出そうとした。だが、
「それはいわゆる、お泊り会と言うものじゃあないかしら」
突拍子もない発想と、お泊り会とかいうファンシーな単語に言葉が出ねえ。あっけに取られた。取られたスキにお袋は攻め込んでくる。
「お泊り会って言うと、どういう形式にのっとってやるものかしら。私あまり経験が無いのでわからないから、私なりに調べてやってみましょうね」
「いや、」
何もするな。それを言いに俺は電話してきたんじゃなかったか。そのために俺は隙間風が酷くて外とさして変わらねえこの公衆電話ボックスまで走ってきたん じゃなかったか。口がもっと上手くまわりゃあいいんだが、クソ、
「剛次さんにも詳しく聞かなくちゃならないわ」
「親父居るのか!!?」
寒さが強くなった気がした。俺のこの学ランの袖がない原因の親父、あの白髪頭、居るのか。ますます面倒になってきたぜ。どうして今日なんだよ剣の野郎。
「ええ、今ね、剛次さんと神経衰弱していたの。その前は七並べ」
「合宿所みてえな事昼間っからやってんじゃねえよ!!いいから、あのなお袋」
「なあに」
あのいかつい親父がお袋と、居間の絨毯の上でチマチマ七並べしてるところなんか想像もしたかねえや。小銭を追加、ああ百円玉入れちまった。クソ。
「何もしなくていい、飯だけ、いや飯…」
飯は普通だ。たまにとんでもねえ物体が出てくることもあるがそれも最近は減った。
飯は出してもらうぞ。俺だってわざわざ家に行ってまでコンビニ弁当食いたかねえ。
「何にしましょうか」
「から揚げ」
無難にから揚げだ。親父もこれなら機嫌が悪くはならねえだろう。
「わかったわ」
笑ってやがる。親父頼むぜ止めろよ。俺はくれぐれも普通で居ろと言って受話器を置いた。
風がつめてえ、手のひらが一番つめてえのは冷や汗のせいだ。


「いらっしゃい、獅子丸くんに信長くんね」
玄関で出迎えたおふくろはまずまず普通の対応だ。イチイチホッとしてたら身がもたねえが仕方がねえ。親父はまだ奥に引っ込んでるな、勿体つけやがって面倒 な親父だぜ本当に。
「は、お邪魔します!」
信長…てめえ何いい子ぶってやがんだよ。いつもの攘夷はどうした攘夷は。オイ。しゃちほこばって、緊張してんのか?
「こんにちは、今日はお世話になります」
「オイ」
俺は剣のわき腹を小突いて、ドスを利かせた声を出す。
「ナンだよ十蔵」
「てめえそんなキャラじゃねえだろ」
「俺はいつもこんなだけど?」
「ッだらねえウソついてんじゃねえよ!」
こういう奴だよ、世渡り上手い奴だよてめえは。やっぱり気に食わねえ。
「お部屋に着替えを置いてあるわ。十蔵ちゃん、お部屋に案内して差し上げて」
もう少ししたらご飯に、しましょう。

空腹のが剣へのイラ立ちを上回った。ただそれだけのことだ。
俺は仕方なく顎しゃくって階段を上るように促した。親父はまだ出てこねえ。河のヌシだってもちっと出てくるだろ。


「思ったより普通だな、お前のお袋さん」
階段途中で剣が聞き捨てならねえ事を言い出した。信長がどういうことだと聞き返す。剣はポリポリ頭掻きながら、
「いや、親父に聞いたのはもっと変な人だって聞いてたから…」
部屋のドアの前で一旦立ち止まる。家を飛び出すみてえにして男塾に来ちまったが、何も変なもの出してやしねえよな。つーかお袋さえ変なもん出さなけりゃエ ロ本が見つかるくらいどうってことねえんだけど。
さっきの剣の言葉に信長が首を傾げている。そういや、こいつ母親知らねえんだったな、あんまり触れるもんじゃねえか。
「別にどこもこんなもんだ、変わりゃしねえ」
ドアを開けて入る。



デフォルメされた昆虫(カブト虫、クワガタ、オオムラサキ)がマダラ柄の紫とピンクと黄色のパジャマが三着並んでいた。ちゃんと新品だ。だがそうじゃね え、そうじゃねえ、
「お袋ーーーッ!!!!」
俺の脳天まで突き抜けた怒鳴り声を聞くなり剣が笑い転げた。
信長は着替えていいもんかどうか迷ってる。
俺は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしいのと怒りとでだ!ダダーッと階段を駆け下りた。お袋が手に盆持って上がってくるのと鉢合わせになる。
「十蔵ちゃん、おやつを持ってきたから皆で召し上がれ。夕ご飯も近いから一人三つよ」
「……なんだあのパジャマ」
お袋の話は一旦無視して切り出す。唸り声が出るのはしかたねえ。お袋がこんなものにビビるんならもっと簡単なんだ。
「あれね、柄がいいでしょう。ちゃんとオオムラサキが入って安眠効果を狙ったに違いがないわ。それにお揃いなの。ねえファッションセンターしまむらってと てもとても安いのね」
カブトムシやクワガタはオオムラサキが現れると眠る――んだったか。そうじゃねえよ。
「なんでパジャマなんだよ、俺のジャージでもなんでもあるだろうが!」
「だって」

だって。お袋のだってには気をつけろ。親父はそう言った。気をつけろって何を気をつけろってんだ。おい。

「だってお泊り会って、パジャマパーティなんでしょう」

そう言って、言葉もねえ俺の手に三人分の茶と茶請けの菓子を入れた蓋つきの鉢をのせた盆を押し付けて降りていく。
俺はそれぞれ黄色とピンクのパジャマをしっかり着付けた信長と剣の居る部屋へと戻った。
無性に疲れたぜ。


「オカエリー」
人の部屋でこんなにくつろげる奴はそうそういねえだろうな。俺は俺の部屋の床に寝そべってエロ本読み漁る剣を睨み下ろした。信長はまだ緊張が解けてやしね えのか部屋の隅にいる。俺は乱暴に茶を置いて、仕方が無いんで残ってた紫のパジャマに着替えた。サイズが小せえんだよサイズが…前が閉まらねえ。よく見 りゃ子供用じゃねえのか?そんな事はさすがに無いだろうがとにかく前は全開だ。
「茶と菓子だ、食えや」
信長が膝でにじり寄ってきて律儀にいただくぜと言った。猫舌なのか中中湯飲みに口をつけねえ。
「じゅうぞー」
間の抜けた声で俺を呼ぶんじゃねえ。てめえに呼び捨てにされると腹が立つんだよ。
「金髪スキ?」
ニター、と嫌な笑い顔で起き上がり、俺の開き癖がついていたエロ本を開いて見せ付けた。馴染みの金髪巨乳が俺に微笑む。
「てめえッ!」
返せ、と手を伸ばすとそれをかいくぐって菓子鉢の蓋に手をかける。オヤツー、と発音の変な声で歌うように言った。
「オヤツだなんて久しぶりだな、信長」
「ああ、男塾で甘いものなんか出してくれねえもんな」
返せ、返せ、オイッ!
「チョコレートとかまあ無理だろうなあ」
「無理だろうな」
ははは、と剣と信長は笑いあう。
菓子鉢の蓋を外し、剣は無造作に中のものを掴みだした。手のひらに乗せて、じ、と見るなり、
「うわあああああああッ!!!!」
唐突に叫んだ。叫んで手のひらのものを俺へ向かって投げる。俺は反射的にそれを叩き落とす。クリームがかった太く白い胴体、黒茶色の頭のついた、






六 センチはあろうかというカブトムシの幼虫だった。






「ギャーッ!!!」
「うおおおおおおッ!」
「気持ち悪ッ!!気持ち悪ゥ―!!!」
剣、俺、剣の順番で叫びながら二人揃って壁へと跳び退る。信長一人、そのカブトムシの幼虫を手のひらにつまみあげてしげしげと睨んでいる。
「信長!窓!窓から捨てろ!」
「そうしろ!!」



俺と剣の指示を無視して、その幼虫を口元に運ぶと、
――食べた。
丸ごと口に入れやがった。
あっ、モグモグ、 と、
噛んだ、
う、う、
「うぷっ」
こみ上げてくる何か。それは喉までやってきた。
「じゅ、十蔵しっかりしろ、信長何やってんだよ!!」







信長はしっかりと喉を鳴らして飲み込むと一言。
「これ――チョコレートだぜ?」
「………は?」








――やっぱワケわかんねえわ――
呟く剣の声を背に、
二つ目に手を伸ばす信長を背に、
俺は手に兼正持って階段へと走った。
と、
「てめえ茶請けに虫出すたあどういう事だッ!!」
という親父の怒号が階下から二階まで響いてくる。足が止まった。
こんなチョコレート考えた野郎どこのどいつだ。
真っ二つに斬るぞ。
父子揃って斬りに行くぜ覚悟しろ。
モクジ
Copyright (c) 2008 1010 All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-