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お礼詰め合わせ(1~5)
モクジ
拍手お礼詰め合わせ。
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「伊達、ちょっと膝をかしてくれないか」
「………とりあえず俺が納得できる理由を言え」
珍しく鬱鬱とし、普段の快活さをすっかり伏せた瞼の奥にしまいこんだ我らが筆頭に、伊達はその突飛な頼みごとを念のために問いただすという優しさをもって 答えた。桃がこんな顔をするなんて、何かあったんじゃねえか、などと伊達は腰を浮かしかけたのだった。
桃は儚い笑みを浮かべて答える。
「俺がお前を求めるのに理由が…必要か?」
危うく、
「そんなことがあるか!」
と答えそうになってしまった伊達である。伊達は自分に落ち着けと唱えた。
どんなに儚そうに見えても、あれは桃である。
「…理由を言え」
「お前は俺を拒絶するのか…俺が睡魔の手に落ちるくらいならせめて伊達の膝にと思って頼ったんだがな…」
ますます大げさな物言いに伊達も落ち着かない。遠巻きにひそひそとささやき交わす友人達に伊達は盛大な舌打ちをした。
「枕を使え、枕」
「お前がいい」
「俺は嫌だ」
「お前の膝でなけりゃ眠れん」
「ウソつけ」
「頼む、伊達」
「…嫌だ」
押し問答が途切れた。
そうか、と桃は残念そうに答える。伊達はまったく油断がならねえなと苦虫をまとめて噛み潰す。
「……やはり男に言葉はいらねえな」
何がやはりだと伊達が言うより速く、桃は実力行使に出たのであった。
「畜生!!」
伊達は優しい奴だぜ、と後日桃がにこやかに富樫へ言うのを見て伊達の機嫌は更に落っこちていった。
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「富樫、おまえに少し聞きたいことがある」
飛燕も富樫も除夜の鐘に耳を傾けている。
富樫は肩まできっちりこたつ布団にうずまりながら眠たげに返事を返した。
「あーん?」
「この、除夜の鐘だが」
たとえこたつに、布団からダニの焦げる日向臭いにおいを立てるこたつに足を突っ込んでいても、飛燕の美しさにはいかほどもかげりは無い。
富樫のオンボロアパートに飛燕。
掃き溜めにツルだと、そう言った友人を少なくとも片手じゃあ足りないほど富樫は知っている。
年越しを共に過ごそうと持ちかけてきたのは飛燕の方である、年越しソバの支度も飛燕がやってくれた。
紅白歌合戦をミカンむきむきに眺めていたところの、この口火。
「除夜の鐘が、煩悩を祓うというのは知っているな」
「ああ、そういやあそうだったな」
飛燕はそっと、正面に座っている富樫のスネを自分のつま先でついとなぞる。真っ赤なコタツの照りの中。
「いいんだぞ」
「…は?」
間抜けに富樫は口を半開きにした。飛燕からは富樫の顔の周りに膨れた、モサモサと洗いも乾燥も足りていない髪の毛がよく見える。
「煩悩を忘れたりしなくていい」
「え?」
飛燕のつま先が、ちょっとばかりアレな動きをしたものだから、富樫は思わず膝頭を立ててジュウとやってしまった。
百まで三つかそこら。年がとうとうしまいになった。
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無理強いをしたことはない、そう言い切ってみせた見慣れた男の姿はあんまり清清しいので、
とうとうそれ以上、なんにも言えはしなかった。
もとより、何か咎め立てする立場でもない。
ただ、どちらも馬鹿だと思ったまでのことだ。
伊達は尖った靴のつま先を蹴り上げる、三日目の雪は鈍く負け砕けて散った。
十二月の、暮れ暮れ暮れ行く暮れの暮れ。
伊達は洗ったばかりの顔にあまり性質よろしくない苦い色を刷いた。
伊達は何でも知っているのだ。
富樫が桃を好きだと言う事も知っている。
桃が富樫を好きだと言う事も知っている。
違いはないように思える。
が、明確に違う。
前者は誰しも知っている。
後者も誰しも知っている。
違いはないように見える。
が、明確に違う。
前者は親友の好きだと知っている。
後者は親友の好きだと知っている。
違いはないように見える。
が、明確に違う。
前者はほとんどの人間が親友の好きだと知っているが、本当は少しばかり違うことを知っている。
後者はほとんどの人間が親友の好きだと知っているが、本当は少しばかり違うことを知っている。
違いはないように見える。
が、明確に違う。
前者はそれに、本人が気づいていない。
後者はそれを、本人が誰よりよく理解し飲み干している。
大きな違いだ。
そして、
前者はこの全てを、伊達が知っていることを知らない。
後者はこの全てに近いところを、わざわざ伊達に教えに来る。
本当のところ、伊達はあまり関わり合いたくないのだ。
惚れた腫れたの話など、聞いていて楽しいものでもない。それを黙っているわけでもない、きちんとその口に乗せて言っている。
「俺はてめぇらの恋問答なんて、興味がまるっきりねえ」
「冷たい奴だ、逆湯豆腐みたいな奴のくせして」
一拍、伊達は手にしていたカイロを揉むのを止めた。
「…逆湯豆腐ってのはなんだ」
「外側は熱くっても、中は冷たい。お前はその逆で、ツンツンしてても心の中は優しい男さ」
冗談は止してくれ。伊達はカイロを桃のその頬目掛けてぽいと投げつけた。
ありがとう、桃はそれをかじかんだ指に与えて、礼を言って、それきり。
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もしももしものの話が好きなのは女子の本分。
たまには男子がそんな話をしたっていいじゃあないか。
もしもの話をしよう。
桃は富樫を呼び止めた。
「富樫」
富樫は背中を丸めてエロ本を覗いていた。さあこれからイタスかと張り切っていたところへのお声がかり、正直に言えばさっさとドアを閉めて立ち去っていただ きたいところ。
部屋ではじめてしまった自分をいまさらだが悔いた。
「なんじゃ桃」
だが声をかけてきたのが親友の桃では邪険に扱うわけにもいかない。虎丸あたりなら後にしろぃと怒鳴れるのだが桃ではそうもいかぬ。
「ああ、ちょっと聞きたいんだが…いいか?」
いいか?などと遠慮がちに頬をかきながら言う桃はやはり別格で、富樫の広げているまたぐらもエロ本も見えていないはずはなかっただろうにそんなことはまっ たく問題ではない。
富樫はおうと気前よく答えて、まずゆるめかけていたベルトを締めなおし、それからエロ本をぱたりと閉じた。
冬だが日のぬくぬくとしたいい天気だし、どうせどこかで昼寝でもしてんだろうぜと部屋でエロ本を開いた自分が悪い、富樫はあきらめよく煩悩を捨て去った。
「なんじゃい桃」
「ああ、まあ簡単なお願いなんだが」
「聞きたいことじゃあなかったのか?」
ううん、桃は困ったように頭をかく。そのしぐさが思いのほか子供らしいものなのでかわいげがある。ふとした時に見せる表情や言葉が富樫は好きだった。
なんじゃ、いくら大将たってもまだまだガキじゃねえか、俺らと同じ。
近しい桃が好きだった。
「最初は聞こうと思ったんだ」
「何をだよ」
桃はすっかりくつろいでどっかりと富樫と向き合うようにして膝を立てて座った。靴下を知らない足、親指の爪が少し割れているのを富樫は見つけた。爪を切る のが案外へたくそだということを富樫は知っている。万能そうに見えて、ぽろりと抜けた部分がある。それが好ましい。
「俺と虎丸が崖からぶら下がっていたらどっちを引っ張り上げるかって聞こうとしたんだ」
ハァ?と突き抜けに頓狂な声を上げた。
「って、ンなもん両方に決まってんじゃねぇか」
「それが、どちらかしか引き上げられないんだ」
あくまで仮定、もしももしもの話だ。
富樫はウームと強い顎をさすりさすり考え込んだ。どっちかだって?富樫の呟きに桃は右手を上げた。
「いや、もう聞くのは止した」
「なんでぇ」
「その代わりだ、もしそんな状況に陥ったら虎丸を引き上げてくれ」
「ああ!?」
今度こそ廊下にまで突き抜けそうな大声で叫び、桃は思わず耳を押さえた。富樫は叫んだ直後にもしもだということを思い出して自己嫌悪に陥った。
ぐったりと背中を丸めて、室内でもかぶりっぱなしの学帽に手をやる。
「意味がわからねぇよ」
「だから、俺ではなく虎丸を引き上げてくれって言ってるのさ」
学帽のひさしの下から、まだ混乱しているらしい目が桃を見上げた。揺れていないいつものまっつぐな目、富樫をやさしく包む目はまったくいつも通りだ。
「そんじゃあテメェはアレか、自分を見捨てろって言ってんのかよ」
「違うな」
結論も、桃の思いも見えない。
富樫もさすがに気忙しく指でトントンと畳を打つ。
「桃、テメェはまわりくどくっていけねえや」
「虎丸を引き上げたら」
富樫の文句をさえぎって桃は言い出した。
「応援してくれ」
「ヘェ?」
気も魂も抜けるような間抜けな声が飛び出す。富樫はぽけんと口を開けて戸惑った。
「引き上げてくれなくっていい、その代わり、俺が崖を登りきるまでそこで見ていて欲しいんだ」
「え、あ」
「応援してほしい、お前が応援してくれるんなら俺はきっとやれる」
「あ、ああ」
「俺は崖を何が何でも上りきって、涙ながらに俺を励ますお前を迎えに行くから」
「うへっ」
「言いたいことはそれだけさ、楽しみにしていてくれ」
ぽん、と富樫の肩を叩くと颯爽と桃は去っていった。
富樫はもはや、エロ本を開きなおす体力も使い果たしている。
「も、もしもの話、だよな…」
崖から二人がぶら下がっている上、どちらかしか助けられないシチュエーションなんて。ばかばかしい。富樫は考えるのを止した。
だがここは男塾。狂気の庭。
まさかそんなシチュエーションが近々起こりえようとは富樫は思いもしなかった。
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もしももしものの話が好きなのは女子の本分。
たまには男子がそんな話をしたっていいじゃあないか。
もしもの話をしよう。
伊達は虎丸を呼び止めた。
「おい虎丸」
虎丸は飯を食っていた。一番機嫌のいい時を伊達は狙って声をかける。
一人食堂ではなく談話室でテレビを見ながら飯をほおばっていた。
握り飯である。それも特大の。あれ三つもあれば三合近くありそうな握り飯を無心で食っている。
「あーん?」
口の周りに飯粒をべたべたくっつけながら虎丸は握り飯から頭を上げた。汚いが、いかにも虎丸という顔をしているので伊達は眉をひそめもせず一息に聞いた。
「もしも俺と富樫の野郎がガケからぶら下がってたら、どっちを助けるか」
真顔で聞くようなことではない。こんなものはねぇねぇと軽く聞くに限るのだ。
だというのに伊達は虎丸の横に陣取って堂堂と聞いてしまった。
虎丸は当たり前だがきょとんとした。髭のまばらな丸い頬、とりあえず口の中に頬張っていた飯をんぐっんぐっと飲み込んだ。飯を口に入れてしゃべりだすと伊 達は怒るのを最近ようやくわかってきたのだった。
「えー?」
聞き返されて、もう一度言うような話ではない。こんなものはいやいいんだと切り上げるに限るのだ。
だというのに伊達は律儀にもう一度聞き返した。
「もしも俺と富樫の野郎がガケからぶら下がってたら、どっちを助けるか」
「そんなもんおめえ、どっちもに決まってるじゃねえか」
ご丁寧におんなじ口調でそう聞いた伊達への、虎丸の返事は迅速だった。
伊達は言葉に詰まった。
「ウム」
「心配せんでも、ちゃーんとどっちも助けちゃるわい」
どうしたものか。あの男はこういうときどう言うべきか言っただろうか。
「どっちかしか助けられねぇとしたらどうする」
「あ?」
二つ目の握り飯にかぶりつこうとしたところでその手が止まる。まさ食いつこうとしたところだったので、どんぐり眼が切なそうにそのつやつやとした握り飯を 見下ろした。安物の薄い海苔がしけって、紫色に米に色をつけている。これは確か塩だったなと虎丸は関係のないことを思った。
「一人っきゃ助けられねえってのはどういうこっちゃ?」
まっとうなことを言う。虎丸にしてはまっとうだが、伊達にしてみればいいからうるさいことこの上ない。
畳の上で一歩虎丸ににじった。膝が畳とこすれて、ささくれができる。
「いいから」
「いいからっておめぇ」
「いいから言え」
うーんと考え込むことも、もう一度聞き返すことも、えーどっちか?とゴネることも、何もしない。
「そんなら富樫に決まってんだろ」
一刀両断、電光石火、満腹極楽。
伊達は予想はしていたこととはいえ、ほんのりと気落ちした。
どこかで、
「おめえらを比べるなんかできやしねえわい」
と言うことを期待していたかもしれない。
伊達は期待をしない男なのだったが、少しばかり弱ってもいた。それからそそのかされもした。
「そうか」
残念そうな顔も、つまらなそうな顔も見せてはならない。伊達は律した。
声は硬くなってはいないか?表情にかげりはないか?
そんな内面を知ってか知らずか、虎丸はワッハハと暑苦しい笑い声を上げて、伊達の背中をバシンとたたく。空いた手でだ。空いてはいたが、飯粒がついてい る。伊達の学ランの背中でノリノリになった。
「富樫を助けた後、落っこちたおめえも助けに飛び込んじゃるからよ」
驚くな!
伊達は再び律した。
喜ぶな!
喜んでなどいない。
畜生、胸の奥が引き絞られるようだった。
「てめぇの助けなんか、いるかよ」
何が何だってそう突き放したつもりなのに。話を持ちかけたのは伊達で、虎丸は怒ってもいいはずだ。
だというのになんでか虎丸が上機嫌で、
「伊達、おめえは本当にしょうがねえのう」
と言いながらまだ手をつけていなかった握り飯をひとつ伊達の手に落とす。
ごろんと手のひらにのっかった握り飯は馬鹿でっかくって、凶器みたいだ。
伊達は手ぐらいは洗ったんだろうなと憎まれ口を叩いて、口に握り飯を押し込んだ。
つやつやとした握り飯は握ったばかりのようであたたかく、海苔の端っこはまだぱりぱりしている。どこかに持っていくための握り飯のように塩辛い。
たちまちに腹におさめてしまった。虎丸はさっさと次のひとつにかぶりついている。
うめえかと聞く虎丸があんまり虎丸なので、もひとつよこせと要求したら、最後じゃと言われた。
「それでいい」
と、伊達が食いかけを指差して言えば、目を丸くして驚いたようだった。
「これか?俺のおにぎりなんだけどよう」
「いいから寄越せ」
ぬっと手を出して催促する。顔にはいつもの伊達顔、唇の端を引っ張って、目を細めてふふんと伊達。
しゃあないのう、と言いながら虎丸はまだたったの一口しか食べていない握り飯を惜しみ惜しみ伊達に手渡した。
大口開けてかぶりついたらしいそれ。
「おめえ、食い意地張っとるのう」
「フッ」
違うというのもおかしい。
そうだというのもおかしい。
愉快な気分で、伊達は虎丸から強奪した握り飯を頬張った。
よくからから晴れて、いい気分だ。
腹も胸も満ちた。
眠気が隣から忍び寄ってくる。既に隣の満腹になった虎はのびのびと寝転んでぐうぐうおっぱじめている。
まあいいかと伊達、わざわざ虎丸の腹を枕がわりに頭をのっけて手足をのびのび昼寝を決め込む。
頭をのっけた瞬間、「ィグ」と妙ちきりんな声を枕が上げたので笑った。
モクジ
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