なぞなぞ
「切っても殺しても罪にならないもの、なんだ」
なぞなぞをやる気ない間延びした声で持ちかけてきたって事はおそらく富樫の奴本当に暇なんだな。
酷い奴だぜお前は、俺がこんなに今懸命に机にかじりついてるっていうのに。はやくかまえって?
かわいい奴だぜお前は、この問題解いたら構うよ構う、だから背中を蹴るのをやめてくれ。フッフフ。
富樫が俺のアパートを訪ねて来た理由は、顔を見る前に大体のところがわかる。俺の部屋はアパートの二階だ、カンカンカンと鉄錆階段駆け上がってくるその音
でおおよそ気分はわかるもんさ。もちろん富樫かそうでない奴かの区別はついているとも、俺がどうして富樫を間違える?フッフフそれは相当にありえない話
だ。
今日の富樫はカン…カン…カン…とあいつにしたらやたらとおとなしいから、もしかしたら女にフラれたとかそういう話かもしれねえ。慰められに来たのか?と
思ってドアを開けて招き入れ、
「どうかしたのか?」
と聞いてみると、
「や、別になんでもねえが…なんでだ?」
逆に聞き返されちまった。いいや別にと言って部屋に上げた。散らばる紙に積み上がった本を見て富樫は目を丸くしている。薄暗くなってきたところだったんで
ついでに電気を点ける。もうしばらくしたら飯でも富樫と一緒に食おう、なに心配しねえでも俺が作るさ。
「ベンキョー中だったか、悪ィな」
悪ィと本気で思ってるようには聞こえない。
「いやもう少しで今日は切り上げるところだった、その辺でちょっとくつろいで待っててくれ」
おうと富樫は靴を脱いだ。おい富樫、お前塾生気分が抜けねえのは分かるが靴下は履け、革靴なんだから。臭うぜと言ったら悪ィって言うけど、お前まるでわ
かっちゃいねえ顔だぜ。まったくお前ときたら。
富樫は塾長秘書の駆け出し、俺は政治化の駆け出し。共に駆け出しなら頭に詰め込む事はヤマとあるのさ。それを富樫はわかってるんで、窓枠に背中預けて俺の
背中を見ながらぐでんと伸びた。ちょうど勉強机代わりのちゃぶ台についた俺の背中、というか尻のあたりに富樫のつま先が当たる。少しくすぐったいがそれを
言うとガキみたいにもっと当ててきそうだから止めた。もう少し勉強はしなきゃならないんだ。
さっさと済ませて富樫と話したいことは沢山ある。そう気が急いていたのもあるかもしれん。どうにもある一問に引っかかってしまった。解こうにもどっから解
いていいかわからないんでペンも動かない、首を傾げるところまでも行き着けん。どうしたものかと悩んでいたら時間はどんどん経っていく、ストーブ一つない
狭い部屋に富樫と俺だ。これ以上冷え込むことはないが寒いのにはかわらん。そして俺の部屋には娯楽らしい娯楽はほとんどない、案の定富樫は焦れだした。気
短な奴だ、そこがいいんだ。と、ヒヤリと背中の辺りに冷たいのが当たる。振り返るまでもなく富樫のつま先だ、あいつ俺のシャツ足の指で捲り上げて直に肌で
暖を取り出したんだ。だから靴下はけって言うのに、冷たい、フッフフくすぐってえ、
「富樫、」
振り向かないで咎める。振り向いて富樫の顔見たらもう勉強どころじゃなくなるだろうからな。
「まだかよ桃ォ」
まるっきりガキみてえな声が俺を急かす。そう背中でつま先モゾモゾさせるのはやめてくれ、フッフフ、こら。
「もうすぐだ」
「もうすぐか」
「ああ」
富樫は沈黙した。問題を再び睨み直して見ればなんのことはない引っ掛け問題で、タネ明かしされた手品よろしく単純なものだ。
もう少し大人しくしててくれるかと思ったんだが富樫は俺が思ったよりもガキだったようだ。つま先が再びモゾモゾ動き出す。腰のあたりにわだかまっていたつ
ま先がつい、と背中の中ほどまで上がってきた。シャツが捲れて背中が寒い。
「富樫」
「………」
富樫は沈黙したまま、俺の背中につま先で丸を描いた。×を描いた。それから飽きた、飽きて結局腰のあたりにわだかまる。
「ジョンとメアリーが死にました。死体のそばには金魚鉢が割れていました、二人はどうして死にましたか」
手近に転がっていたジャンプの懸賞ナゾナゾを読み上げたらしい。俺もそれはもう読んだから答えを知っている。知っているからすぐ答えてもいいんだが、もう
少し富樫の声を聞きたかった。
「さあて、どうしてだろうな」
「これはわからんぜ、ヘッヘヘ」
得意げな声が後ろから耳へとやってくる。きっと鼻の下少し伸ばしてクチャッと笑ってるんだろう、ああ振り返りてえ。振り返りたいけれどまだ問題は終わって
ねえ、
「……わからん」
ギブアップした俺に、富樫はドスンと背中を軽く蹴って怒った。
「おめえが分かってんのは知ってんじゃ、タコ」
「フッフフ、そう見えたか」
「ケッ、てめえのそういうスカしたところは嫌ェだぜ」
「そりゃ残念だ。で、正解は?」
「……メアリーとジョンは金魚でした」
「へえ、盲点だ」
「白々しいんじゃおめえはよ」
富樫と軽口を叩くとペンも進む、驚いたことに富樫が来てから普段よりも進みがいい。焦ってるのか逸ってるのかもうわからねえ。相手は富樫なんだ、それも仕
方がないと思えてくる。
「今日は何で来たんだ」
ペンを走らせながら振り返らずに聞き返してみる。
富樫はウーンと伸びたんだかどうなんだかわからない返事をよこした。無言で首をちょっと振って促す。
「陣中見舞いじゃ」
「ふうん?」
「塾長がな、行って来いってよ」
「………」
俺の機嫌が悪くなったのも仕方がないことだろう。富樫が悪い。
「オッ、これ正解者にテレビだと、……フーン」
来月号に向けての懸賞ナゾナゾにやる気なく取り組む富樫。と予想をつける俺。背中に目がありゃいいのに。
最後の問題。
ええと、これは…フッフフさっきのと比べたら簡単だ。
「切っても殺しても罪にならないもの、なんだ」
なぞなぞをやる気ない間延びした声で持ちかけてきたって事はおそらく富樫の奴本当に暇なんだな。
酷い奴だぜお前は、俺がこんなに今懸命に机にかじりついてるっていうのに。はやくかまえって?
かわいい奴だぜお前は、この問題解いたら構うよ構う、だから背中を蹴るのをやめてくれ。フッフフ。
最後の問題を解き終えた。ぐるりと膝を滑らせて富樫へ向き直る。いきなりだったせいか富樫は口をぽかんとして俺を見上げた。
「お、終わったんか」
「終わった、お前があんまり急かすから急いで終わらせたんだ」
「そうか、え」
俺は膝立ちになって富樫の顎へと手を伸ばした。掴み甲斐のある細く角ばって尖った顎を掴みながら、親指で厚ぼったい唇を押さえつける。フガ、と豚鼻鳴らし
た富樫は俺を見上げた。目が変わらない男だ、いつまでもお前はこのままさ。
「うぉも、」
桃、といいたかったんだろう。俺は顔を近づける。夕方になったんだ、防寒のためにカーテンを引かなくちゃとも思う。けどこっちのが先だ、
「ヒントさ、考えろ富樫」
富樫の返事は待たない。
唇をガッチリぶっつけて、その後は富樫の顔をガッチリ掴んでヒントを教え込む。
切れろ切れろ、
殺せ殺せ、
フッフフ、
答えは息だと言ってやったら、遅ェんだよと叩かれた。口拭くことはないだろう。
煮えてた頭もスカッと晴れたし、また勉強を頑張れそうで嬉しいぜ。
しゃあしゃあとまた来いと言い出す俺に、真っ平御免だとがなる富樫が好きだ。その直後メシだと言い出す富樫も好きだ。
結局俺は富樫が好きだ。
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