池袋騒乱

『どうして第二なのかを聞いてみたことがあった』
『しかし誰も確たる理由を言えない』
『ならば何も第二に甘んじることはないだろうと思った』

だから。

『だから第一を希望する』


【だいぶ前】


伊達臣人はこの日、ある極道の招きで料亭にあった。案内に現れた女にその極道の表向きの偽名の招待であると伝えると、母屋ではなく飛び石で繋がった広い日 本庭園の奥にある離れへと通される。
普段着ているスーツのままであったが、締め付けを嫌って締めていないネクタイを締めているあたりに伊達の改まりようが知れた。
髪の毛を整髪量でざっとまとめただけなのにぐっと禁欲的な色気らしきものが漂う、窮屈なネクタイを弄る指先も同様。案内の客慣れしているであろう女は傷跡 の特異さよりもその香水などではない天然の色気にあてられて一瞬ぼうっとなっていた。
ともあれ伊達臣人、離れに通される。
「…伊達臣人です」
伊達を招待した極道は年のころ五十あたり髪に銀色のまじる、書道の先生のような雰囲気の和服の男であった。一見したところ生臭さも金の臭いも嗅げないよう であったが伊達はこの男がどれだけの男たちを従え、どれだけの地域を支配化においているかを知っていた。先達に対しての敬意を込めて、伊達は頭を下げる。
押さえつける力に対してはどこまでも強気で接するのが伊達のモットーではあったが、正式な手順を踏んで招待され、約束どおり相手が護衛もつけずに一対一で 待っていたのであれば無理に反発することもないと思っている。
「柴村です。ああどうぞ楽に」
ハナから伊達、あぐらをかいている。そこを咎めない点で更にプラス一だと伊達は評した。
ごてごてと、とにかく高いものを並べ立てるのではなくあくまで見た目は質素にしかし量でも味でも充実した食事が運ばれてきた。遠慮なく伊達はいただくこと にする。毒の可能性は考えていない。わざわざ呼びたてるにはそれなりの用件があるのだろうし、もし単に毒殺が目的なら万が一を考えて何人かは護衛を置くだ ろう、しかし護衛の気配はなかった。

「さて伊達さん、最近のご活躍は私も聞き及んでおります」
あくまで柴村はにこやかである。しかし深くはない皺に飾られたその目にはしっかと黒黒に力があって伊達へと視線が注がれる。
「…どうも」
別に喧嘩を売っているわけではない、この伊達臣人という男これが通常である。傷に遮られた笑みがどうにも皮肉げに見えるのもあった。
「特にああ、新宿の方面ですね。私どもとしてもあそこを取られると痛い、非常に痛い」
「………」
「たったお一人と最初は正直申し上げて侮っておりました。しかし正面切ってぶつかれば私どもも無傷とはいかないでしょう、それに、」
「それに?」
伊達は眉を持ち上げ、下から掬い上げるな視線で続きを待つ。
「取り込んでしまおうかと思ったんですが、何を積まれても取り込まれてくださらないでしょうし」
「ええ」
極道物のドラマなどであれば、『フッフフならば死んでもらおうじゃねぇか』となるところであったが柴村は違った。
両手を卓の上へと開き置く。これは手に武器を持っていない、争う気はない、何も隠し持ってはいないという主張である。伊達も同じように文字通り手の内を晒 す。
「しかしたった一人に新宿を差し上げるわけにもいきません」
「……」
「伊達さん、貴方どうなさりたい?」
「俺はいつだって、頂点を目指すだけです」
眼差しはギラと抜き身の刃、伊達は気迫の刀を抜いた。柴村の目が細くなって笑いがますます深くなる、
「私どもと戦うことになっても?」
「必要があれば」
「ふふふ正直な方だ、伊達さん私はこれでももうだいぶ長いこと極道をやっていますが一つご忠告差し上げましょう―」
「…」
「極道ッてナ、映画じゃ任侠だなンだと騒がれてるが本当は、もっと小ずるくって金勘定に汚ェ、臆病なモンですぜ」
若かりし頃を覗かせるその物言いに伊達は口元を緩めた、この男もまたドスを飲む男だと認定する。
「………」
「まあいいでしょう、極道がみんな右へならえしてちゃあそれこそお話にもならない。まっとうなヤクザ、そんなものがいたっていいと思います」

柴村は拳を作る。

「さて本題ですがね、伊達さん。私はあなたを試したい」
「試す」
「試されるのが嫌いって顔をしてますが、これはそう悪い話じゃあない。そうだ買い物とでも思ってもらいましょう、私が提案する商品に価値を見出したら対価 を支払っていただく」
まったく俺という男をわかってやがる、伊達は唇の端だけで微笑む。人から評価されたり試されたりすることは大嫌いな性分の男である。
「…ふ、それでその、商品というのは?」
「不干渉」
一言に言い切った。
「不干渉?」
「ええそうです、伊達臣人に対して私どもは一切干渉しない。更にオマケで、新宿の雑居ビルに一室を提供しましょう」
「………」
伊達の瞼が素早く一つ瞬く、相手の真意を探るべく更に視線を注ぐ。
「勿論これは共存が前提、私どもを潰そうとされるのであればこちらも迎え撃ちます。しかしその限りでなければ」
「随分と駆け出しヤクザに対して大枚を…で?」
で、どんな対価を支払えってんだ?伊達はどこかわくわくと胸を躍らせた、試されるのは大嫌いだが自分を試すのは大好き、そんな天邪鬼な男なのである。
柴村は笑みを吹き消した。迫力が出るかと思いきや、萎んで中年のただの男のような顔を見せる。これが演技なのかどうかは伊達には判断つかなかった。

「娘を、探していただきたい」



話は簡単であった。柴村の娘が春休み出かけたまま帰ってこない、誘拐であれば身代金要求の電話があるだろうにそれもない。
「手下を動かしたのか」
伊達は既に敬語を取っ払っている、身を乗り出して卓へと肘をついた。これは対話で提案で依頼である限り二人は対等、その上柴村の話はまったくの私事であ る、気づかう必要は感じなかった。
「あまりおおっぴらには動かせません、何しろ娘は姓も違うし公開もしていないのです。ここで私が動きすぎると、かえって今後娘も危うくなりましょう」
「図体がでかいと面倒も増えるな」
「全くに。ヤクザのくせに警察に捜索届けを出して、娘の存在を知っている人間に声をかけた程度です」
柴村は目を手のひらで覆った、一気に老け込んだようである。
「そこで俺か?」
「ええそうです、こう言ってはナンですがあなたもヤクザだが一人だ。しかもえらく腕が立つ、これでどこぞの組をしょってしまっていればこちらも今後を考え て頼みづらいですけれど」
「買ってくれたんだか、けなされてんだか」
「買っていますよもちろん、スカウトしようと思いましたが…それこそ対価が支払えない」
柴村は卓から膝でにじりさがる、深く相手へ向けて頭を下げた。土下座である。
「どうぞ、娘を探してください。この通り、お願いいたします」
さっきまで柴村の声に匂っていた演技くささが消し飛んだ、これすら演技だというなら世の中のどれこれもが疑わしい。
「……」
伊達はついつい頷いてしまう、親を知らない伊達はどうにもこの手に弱かった。




伊達は電話を受けた。
「はい、ジュエルです」
ジュエル、伊達が用心棒をつとめるキャバレーの名前である。電話番もこなしていた、この姿はあまり人に見せたいものではない。
昼間はほとんど電話もない、あっても間違い電話くらいのものである。伊達はこの電話を連絡先にしてもらえるようにママへと約束を取り付けていた(ただし海 外や携帯電話へは長電話禁止)。
『よう、伊達。何かまた厄介事か』
受話器から飛び込んできた声は桃、剣桃太郎のものであった。桃は卒業後男塾総代の称号を捨てて、現在は政治家見習いをやっている。
桃の声は伊達の目の前にくすぶる雲をサッと払う、幾度も聞いたさわやかで力強い声は卒業してもなお曇ることはない。
「…別に何も」
『何もって事はないだろう伊達、毎日街を歩き回っては聞き込みして…警察に転職するつもりなら公務員試験のコツでも教えようか』
「うるせぇなそういう事じゃねえ、何もねえよ」
『なら、何だ?俺でよけりゃ手伝うが』
その申し出は桃ならば当たり前にスルリと出てくるものであった。伊達も当然その申し出は予測していた、変わりゃしねえなこいつはと嬉しくもある。
しかしこれに巻き込むわけにはいかなかった、なんと言っても桃は政治家志望である、ここで味噌をつけるような真似は絶対に出来ないと思っていた。
人の、特に友の重荷になるようなことは絶対に出来ない、伊達の意志は固い。
「いらん」
『ほらやっぱり何かあるんじゃねぇか、いいから言ってみろ』
「てめえには関係がねえ」
『馬鹿野郎ッ!!』

受話器を壊さんばかり大音量の怒鳴り声、一瞬男塾に戻ったかと錯覚するほどの気迫に伊達は打たれた。
どうやら職場からかけてきているだろうにこんな大声を上げて、周りの人間はどう思うだろうか、どう思われるかや面子をまるで気にするような男ではないとわ かっていながらついつい心配になってしまう。
しかし伊達の顔は歪む、受話器に触れさせていた耳はキィンと耳鳴りを起こしていた。
「も、桃てめえでかい声出すんじゃねえ」
『お前があんまり馬鹿だからだ、伊達。いいか俺はお前の何だ』
「…知り合いだ」
『伊達、俺はお前が本気でそう言うなら本気でお前をこれから殴りに行くぜ?俺は伊達、お前が大事だ、お前は俺にとってかけがえのない男だ』
ますますもって周りの人間がどんな反応をしているのか知りたいような知りたくないような事を桃は平然と言ってのけた。
「…恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ」
『なあ伊達、お前は俺を好きだろう、好きだから俺に迷惑になるんじゃねえかとか、そんなことを考えてやしないか?だとしたらそれは大きな間違いだ』
「…おい」
痛いところを突かれた、と一瞬伊達は眉をひそめる。しかしすぐに打ち消すようにして眉間を指先で揉み解す、卒業てあの富樫や虎丸でさえ少しは落ち着いた、 一番心配していなかったはずの桃がここまで厄介だとは正直予想していなかった。男塾にあって美徳とされる団結や仲間、そういったものを恥ずかしいものだと するこの外界で、少しもそれを隠そうともしない桃はやはり男塾の総代である。

『だから協力させてくれ、…お前は何を探してる?』

探してる?と来たものだ、改めて伊達は桃の恐ろしさを知る。伊達が何かを探しているところまで知っていながら、協力の許可を求めるのだ。妙に律儀な男であ る。


伊達は根負けしてとうとう先日の一件を桃に語った。桃は電話口の向こうで冷静に相槌を打ちながら聞いていたが、

『虎丸に言ってくれ、きっと力になってくれるぜ』
と伊達にとってはとんでもないことを言い出した。男塾時代でも言いたくなかった相手である、まして協力を求めるなどと真っ平御免だ。
そう伊達が鼻白む前に、伊達の反応を予想していたらしい桃は素早く続ける。
『別にただ頼めって言ってるんじゃねぇ、あいつなら確実にお前の力になる。こう伝えてくれ【マックが食べたい】と』
「何言ってんだ」
『いいからそう言え、あいつが詳しく事情を聞きたがらなかったら話さなくていい。いいか必ず言うんだ』
それじゃあな、とかけてきたくせに桃はアッサリと追求を無視して電話を切った。

伊達は切れた受話器を思い切り乱暴にたたきつける。午前中、誰も店にいなかったことが幸いであった。






道玄坂から徒歩五分程度のところに虎丸の所属する会社がある。伊達は近くまで行ってから電話を公衆電話からかけた。
呼び出しに虎丸は会社が終わるまで待てと、思わず吹き出したくなるようなことを答えた。虎丸を知るものであれば、虎丸が会社だと、終業時間だと、と大いに 腹を抱えて笑うかもしくは驚いて声を失うかしようというところ。伊達はおうと律儀に答え、虎丸の会社の近くのベンチで待った。
夕暮れは過ぎて、春宵である。東京とはいえビルの隙間から覗く空は輝くオレンジと染み透る濃紺とでまざりあっていて、春らしくあった。
タバコを一本吸う、大きく胸に吸い込んで煙を吐く。伊達の仕草に仕事帰りらしいOLがふっと振り返った、振り返った拍子に誰かにぶつかり咎められて詫びて いる。こうして伊達は罪を重ねているが本人は気づきもしないで空を見上げていた。微笑みでも怒り顔でも泣き顔でも、老若男女構わずに惚れさせることの出来 る男は、自分が類まれないい男であることを理解しているわりに驚くほど自意識が引っ込んでいる。

「伊達、待たせたのう」
スーツ姿の虎丸が大声で伊達を呼んで駆けて来た。スーツもカバンも何もかも似合わない虎丸は東京の街であってもおかまいなしに大声を出す、だってそうしな きゃ呼べないじゃろうがと平然と言う男である。
「遅ェ」
「悪かったのう、ほんじゃ行くか」
「どこにだ」
「どこって、あ、エート…どこ行きたい?」
虎丸は目を泳がせて、頭をぽりぽり掻きながら笑った。卒業してもあいも変わらず、中身が心配になる頭は少しばかり散髪したようでさっぱりとしている。
「考えなしめ」
「悪ィ」
「……『マックが食べたい』」
「おうマクドな、ほんじゃ行くぜー」
虎丸はタッタと歩き出した、伊達はこれで本当に良かったのかと不安になるがとりあえず虎丸の後ろをついていく。
最寄のマクドナルドは近所に女子高があるせいで、学校帰りか学習塾帰りかの女子高生で混み合っている。伊達は露骨に眉をしかめた、こうしたやかましい場所 は好みではない、特に頭の悪い女達の馬鹿笑いやキンキン声は大嫌いであった。
「伊達おめえ何が食いたい?アッおごりじゃないぜワリカンだぜ」
社会人になろうと相変わらずケチくさい、伊達はここで争うのも馬鹿らしいとポケットを探り五百円玉を虎丸へと差し出した。
「…テリヤキ」
意外なことに伊達臣人、ジャンクフードの類が嫌いではない。特にテリヤキの甘ったるさと苦辛いマヨネーズは好きであった。

「いらっしゃませ〜」
「おう、えっと…ビッグマックセットコーラ一つ、テリヤキセットコーラ一つ、単品冒険美茶一つ、それからスマイル三百個!」
馬鹿が大声で馬鹿を言っている、伊達は席で他人のフリをした。店内の男性客は笑ったが、女子高生達はあまりの寒さにか笑わない。
ほどなくして伊達の目の前の席に虎丸が食べ物を積んだトレイを手に戻ってきた。

「どうも」
虎丸の隣には金髪の女子高生。思い切りミニなスカートからは程よく日焼けした足が遠慮なく伸びている。やりすぎメイクを除けばまあ美人といっていい。
「ナンパしてんじゃねえ」
「違ぇよ伊達、まぁ座って」
「うん」
女子高生は虎丸の隣に腰を下ろした。虎丸はトレイから冒険美茶を女子高生へと渡してやる。
「…どういう事だ」
「えーとどっから説明すっかのう…その、」
「あたしはシブヤ、よろしく」
「…伊達」
名乗られたからには相手が外道畜生でない限り名乗り返す、それは伊達の流儀である。
「シブヤちゃんがたまたま店に居たから教えてもらったんじゃ、シブヤちゃん頼む」
「エート、まあホントはこーいうの違うんだけどさぁ…まあ虎ちゃんの頼みだし…」
どうやらシブヤと名乗る女子高生と虎丸は知り合いのようだ。伊達は女子高生達の遠慮ない品定めの視線を頬へと受けながらポテトを摘む、この塩っ辛い冷めた ら食えないポテトも伊達は嫌いでない。
「こいつ伊達臣人なんじゃ」
虎丸が何を今更、伊達のフルネームを繰り返す。伊達が目を伏せて虎丸を睨むも、その虎丸は必死な顔で、目の前でビッグマックが冷めるのもかまわず頼みこ む。
「だておみと…マジ?マジ?虎ちゃんそれマジで言ってんの?エーすごい、マジだ?」
シブヤは何がマジなのだか興奮したように改めて伊達を見つめて声を上ずらせた。突然立ち上がる、
「そんなら行くっきゃねーか、いいよシブヤ超協力したげる。とりあえず行こ?連絡しとく」
「おーさんきゅ、よっし、食ったら行こうぜ」
俄然元気よく虎丸が宣言し、ようやくビッグマックの包み紙をやぶく。さめかけたソレへ猛然とかぶりついた。
「…おい、馬鹿虎」
完全にノケ者扱いされたから腹が立ったわけでもないが、伊達は低い声を出して睨む。シブヤはくわえていたストローにグロスをべったりつけてこわぁいと笑っ た。恐いといいながらも左手の携帯電話を弄る指はよどみなく動き続ける。
「後でせつめーすっから」
俺に隠し事なんざ十年早ェと、机の下で虎丸の毛脛を蹴飛ばした。
すべて食べ終えるとシブヤが立ち上がってぱんぱんと手を打った。何事かと伊達が見上げると店内の女子高生達が立ち上がる。
「あーと、ちょっとシブヤ今から出てくんね。これからトシマんとこ行くけど、行ける奴いる?」
「ウチら行ってもいいよー」
「おけおけ、じゃ先行ってて」
五六人の女子高生達が手早く空のトレイを片付けて駆け出すように出て行った。
ついでシブヤは携帯で誰かに電話をかける。
「あーあたし、シブヤだけどさ。うんこれから行く、席とっといてー、じゃ、……さて、行こっか?」

伊達はタクシーの後部座席で不機嫌そうに揺られている。桃があれほどまで言うから虎丸に言ったのに、何がなにやらさっぱりわからない。
「エートー、アタシはシブヤなんですけど…」
それはさっき聞いた、伊達が何か言う前に虎丸が割ってはいる。
「そう、シブヤ代表」
「……あ?」
「そうでーす、渋谷区区統括でーす」
エヘヘとシブヤは笑った。伊達はいまだに何がなんだかわからないでいた。
「本当ならもうちょい時間かかるかと思ったんじゃが、ちょーどいてくれて助かった」
「あたしあすこ好きなんだよねー、ホットライン超近くで鳴るからマジ焦った、呼びに来いよってもー」
「…おい」
「ナデシコ連合」
虎丸は唐突にそう言った。伊達は反射的に何だそりゃ、と言いかけて、
「……ナデシコ連合?」
そう繰り返す。虎丸は大きく頷いた。
「覚えとるか伊達」
「……ああ」


――我ら、ナデシコ連合。気高く、強く、しぶとく、美しく、潔く!
自分を磨き、頼るに値するべき殿方と歩く大和撫子の群生であれ。
日本男児と対を成す、大和撫子。その大和撫子を目指す女子高生が所属するのがナデシコ連合である。

『だから第一を希望する、――くれないか』

伊達は一瞬、らしくもなく思い出に浸りかけた。
まだあったのか、思いかけて首を振る、男塾が不滅なようにそうした強い意志によって成された組織は滅びにくい。

「ナデシコ連合のシブヤ統括でーす。んでもってこれから会いに行くのはトシマ、それと――」
「司令官、だろう?」
「あっ知ってるぅ?そーそー司令官」

現在都内女子高生を対象にした自衛機関、ナデシコ連合。女子高生であれば誰でも困ったことがあれば駆け込むことができる。
ナデシコ連合へのホットラインは様々なところへ設置されている。ゲーセン、カラオケ、マック。女子高生達だけが知る様々な符丁があるのだ。
マックの場合はスマイル三百個。これを告げると店から連合へと連絡が行き、そこへと駆けつけることになっているとのこと。たまたまシブヤが店に居たために すぐに会うことが出来た次第。

渋谷区から豊島区までタクシーを飛ばしたためにメーターは恐ろしい金額になったが、まごつく虎丸よりも早くシブヤがさっさと金を払うと領収書を受け取っ た。

「後でケーヒで落ちるし」
「しっかりしとんのー」
「まね、さーて行くべ行くべ」
シブヤは虎丸よりも、勿論伊達よりも池袋の雑踏を上手に歩いた。目指す先はウタ広場、フロントで何事か言うと部屋へと案内される。



「渋谷区統括入るよー」
シブヤがドアを開け、二人を導きいれる。薄暗い部屋で壁ばかりが蛍光塗料に光っていて不気味であった。
中に待っていたのは当然のように女子高生二人。
「早かったな、」
一番奥の席に座ってそう言ったのは他に言いようのない美少女であった。最近の日本人にしても手足の長さには目を見張るものである、日本人離れした目鼻立ち に染めたらしい金髪をすっきりと結い上げている。声も堂堂としていた。
「飲み物お茶でよかった?」
隣の黒髪の少女は小柄、痩せ型でこちらは伊達や虎丸にとっては懐かしい顔立ちをしている。醜いわけでは決してないが平凡さが心安らぐような魅力であった。
未来顔と昭和顔。
ブランドと無印良品。

伊達はその二人を眺め渡すと、どっかりとその昭和顔の前へと腰を下ろした。

「伊達臣人だ」
先んじてそう名乗る。目はまっすぐに昭和顔を見据えている。虎丸はシブヤのわき腹をつついた、シブヤは驚いたように口の前へ手を当てた。
「マジすごいね虎ちゃん、この人間違えなかったわー」
「そうじゃろそうじゃろ、虎丸様のダチだもん」
「ねー」

昭和顔は太い眉をぴくりと動かして、そしてアルトの声で挨拶した。

「―司令官エリザベッタです」
懐かしい名前である、伊達は目を細める。やはりそうかと頷いた、この昭和顔をさりげなくだが未来顔が守るようにして動いていたし、何よりパッと見て一番上 座に座るのは影武者と昔から決まっている。
隣の未来顔が続いた。
「トシマです、豊島区統括」
がらりと昭和顔、あらため司令官は口調を改めた。ゆったりと膝の上で両手を組む。
「さてそれじゃあ話を聞こう、詳しく」

しかし伊達は首を横へと振った。
「ここまで連れて来られて言う話じゃねえが、てめえらに協力してもらう義理がねぇ」
「な、何言い出すんじゃ伊達ェ!」
虎丸が慌てて伊達の腕を掴む、伊達はその腕を振りはせずに虎丸の顔を覗き込む。
「これは俺の問題だ、俺一人が解決する問題だ」
「馬鹿野郎!!」
桃とおんなじ事を、桃とは違ったベクトルで虎丸は怒鳴った。三人の女子高生の視線をものともせずに虎丸はがなる。
「おめえなんだってそんな寂しいこと言うんじゃ!お、おめえももっと俺を頼ったらどうなんじゃい!」
「俺は一人で大丈夫だ、てめえの手なんか借りなくたって」
ベシッ、虎丸は手近にあったウタ本でもって伊達の頭をシバいた。
「それじゃしんどいじゃろーが!!」
伊達は頭を押さえて怒鳴り返す。
「うるっせぇ!誰かの力を借りるなんて弱い奴がすることだ!」
「馬鹿!おめえ本当に馬鹿!ンなもん借りたら返したらエエんじゃろが!!」
「その借りを作るのが嫌なんだよ!こんな、女に借り作るなんざ男が――」

「私たちには借りがある」

お互いをつかみ合う伊達と虎丸との間へと、するりと声が滑り込む。アルトの声である。

「―借り、だ?」
「これはナデシコ連合司令官に受け継がれているもの、見覚えがあるはず」

昭和顔が差し出した手のひらには一つ鈍い金色に光るものがあった。薄暗い中目を凝らすとそれがボタンであることがわかる。
桜の中に、男。これはまさしく―

「男塾の、学ランのボタンじゃねえか」
虎丸が顎をさする。伊達は思わず息を飲んだ。


『先日の件、まことにすまなかった』
『もういい。それより俺に何か用か、俺が卒業したから男塾とは関係ないと闇討ちかよ?』
『そうじゃない、その――』

ボタンをくれないかとその司令官はそう言った。
『第一ボタンが欲しい』
『第二ボタンじゃねえのか』

司令官はぽつぽつと言う。
『どうして第二なのかを聞いてみたことがあった』
『しかし誰も確たる理由を言えない』
『ならば何も第二に甘んじることはないだろうと思った』

だから、
『第一ボタンをくれ』
そう言った。昔のことである。


「ナデシコ連合司令官には代々受け継がれている。男塾のためとあらば、総動員して尽くすべし。また、伊達臣人。はなはだ個人的ではあるがこの男のために協 力を惜しむべからず」
「だとよ、伊達男ォ」
この、虎丸が伊達のわき腹を小突く。
「さあ早く話して欲しい、―それにこの話、女子高生が絡んでいるとなったらこちらも動かないわけにはいかない」


「虎丸てめえ全部知ってやがったのか」
伊達は虎丸を睨んだ。思えばどこへ行くかと聞かずとも虎丸はマックへと歩き出していたし、この司令官も女子高生が絡んでいると伊達が言う前から知ってい た。
「桃だな」
伊達がそう断じてやると虎丸はぶんぶんと頭を横へと振って否定する。
「ち、違わい!」
「この期に及んでくだらん嘘をつくな!」
「……おめえが、ナンか大変そうだったからよう…でも俺が聞いてもおめえは絶対教えちゃくれねえだろうし、桃に頼んだんじゃ」
「ああ?」
伊達の眉が吊り上がる。
「桃ならうまいこと聞きだせるだろうと思ってよう、そしたら桃あっちゅう間になんもかんも調べてくれて」
「それでここに頼めって、桃が言ったのか。面倒なことしやがって…」
「虎ちゃんだったからだよ」
シブヤが割って入った。きつくメイクされた目尻を跳ね上げて伊達を睨む。
「虎ちゃん、よくキャバとかで働く女子高生とか助けくれてたし、虎ちゃんにあたしがアンゴー教えてあげたんだもん」
「そう、まず私たちに連絡を取る方法を知っていなければ協力もなにもないの」
トシマも言葉を足す。
「………虎さんから剣さんの連絡先は聞いてあったし、詳しいことは聞いた。既に調べも付いている」

昭和顔が声を張った。誰もが昭和顔へと視線を注ぐ。

「演技がうまくなくって申し訳ない。しかしバレたんならもういいじゃないか、虎さん。それじゃ行こう」
昭和顔が静かに立ちあがった。伊達と虎丸との言い争いなどまるきり無視をして、グラスに残っていたウーロン茶を飲み干す。昭和顔のバッグをトシマが手早く 肩にかける。
「えっ、もう場所まで上がっとんのか」
「さっき連絡が入った。やっぱり豊島区で絞っておいて間違いなかった、春休みでハメ外した子が行き着くのは取り締まりがアマいここだろうと思って」
「やっぱりここに集まってもらって正解だったな…リザ、穏便に」
トシマが言うと、エリザベッタという名前がまるで似合わない昭和顔は苦笑した。手にはマスカラ、しかしそのマスカラを一振りすれば立派な特殊警棒へと早変 わり。
「その子がうっかり、自分の父親がヤクザだと吹聴したせいで事が大きくなっている。そのおかげで早く見つけることが出来たんだけど…単なる家出から監禁へ となっているそう」
「急ぐな。…シブヤ、連絡」
「もー今した、おーい皆、行くよー!」
シブヤが監視カメラへと手を振った。と、廊下を女子高生達が駆けて行く。監視カメラの画像は各部屋のテレビへと繋がっていたようで、先ほどまでのやり取り はすべて流れていたらしい。トシマが右手でずっと操作していた携帯電話を閉じる。
「場所も連絡済だ。ただ荒っぽいことになりそうだから、戦闘要員以外は外での待機になる。私たちでやるしかない」
トシマの言葉を聞いて昭和顔は笑った。
「都内女子高生全員が防衛対象だからなぁ…ちょっと風呂敷広げすぎたかもしれない」
「フロシキおっきぃ方がいいって言ったの司令でしょー」
シブヤが混ぜ返す、昭和顔は更に笑った。にんまり。
「まあそれでも今日は本職がいるんだから、楽が出来る」


違いないと笑って手に手に武装した三人の女子高生達は部屋を出た。それぞれの制服のスカートの裾を翻して駆けて行く。
伊達は虎丸を睨んだ。
「……余計なこと、しやがって」
「おめえが一人じゃ一人じゃって言うからじゃい」
ふん、と虎丸が鼻を鳴らす。
「あん?俺は一人に決まっ」
「おめえを一人にしやしねえぞ!!俺も、勿論桃もじゃ!わぁったか、ボケッ!」
ボン、虎丸は盛大に屁をこいて部屋から逃げるように走っていった。
「クソ、……待ちやがれ!!」









後日、伊達は念願の新宿に事務所を構えることになる。
組長兼組員、伊達臣人一人。
伊達組はここから始まるのであった。
しかしそれは後日の話、伊達はこの夜池袋を駆けて騒乱に身を投じる。
モクジ
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