死んでも言わない

背負うものが違うんだと叫んだのはどこの一号生筆頭だっ たろうか。
ともあれ羅刹の肩にだって背負っているものがある、
違いが有るとすればその重みに既に羅刹が膝をつきかけていることくらいだろうか。





羅刹の日に焼けた肌がある男の気配を嗅ぎ取った。たちまちざらり鳥肌が騒ぐので羅刹、急ぎ兜指愧破土錐龍を行って地中へと潜む。
本来鞏家流の最大奥義である兜指愧破土錐龍はこんな気軽に使えるものではないのだが事は急を要する。たちまち羅刹の巨体は地中へと隠れて、飛び込んだ地表 の穴すら見えなくなった。
男塾一号生校舎の横を通り、天動宮へと向かう小道。一号生はもとより、一般三号生も避けて通る道である。ここを通るのは大豪院邪鬼や死天王などの大物ばか り、うっかり出くわして叩き潰されたりインネンつけられては叶わぬと人通りはいつも少ない。中には剣桃太郎や伊達臣人、このあたりのふてぶてしい一号ポッ クリが遠慮なく通ることもあるが、それでも今羅刹へ近づいてきた気配の可能性としては死天王クラス。何より鼻は煙草の匂いを嗅いでいる。敵前逃亡というわ けでもないが羅刹は土中で息を潜めた。


金曜日である。
金曜日に羅刹がその男と出会いたくないわけがあるのだ。
その男つまり――

「ん、オッサンこっち来たと思ったんだがな」

死天王最年少、卍丸である。軽い足取りと口笛、目にも鮮やかなモヒカンの見た目は軽く見られがちだが中身は軽い。しかし抱く信念と放つ拳は重い。
やはり卍丸であったかと羅刹は土中で身じろぎすることすらできずに息を細くついた。ちょうど羅刹から三歩程度のあたりで卍丸は立ち止まって腰に手を当てる とぐるりにその場を見渡す。卍丸が口にしたオッサンとは羅刹のことである。

「いねえのか」

卍丸は靴の踵を三度鳴らした、オズの魔法使いよろしく飛んでいけ、土中へ伝わる震動に羅刹は胸の中で毒づいた。
と、卍丸の後方から更に誰かの足音らしき震動が迫ってくる。さすがに酸素がいくら確保できても土中に居続けるのは本意ではないので眉が寄った。とっととど こかへ行くがいい――しかしその足音の持ち主に卍丸は話しかける。

「よう、伊達」
「……フン、なんでありますか先輩ドノ?」

その足音は一号生伊達臣人のものであった。ヤッカイな人間の登場である。一号生の中でも抜きん出た強さに容姿、そして筆頭剣桃太郎を上回る性根の悪さ。正 直でいいと言うものあり、ひねくれていると言うものアリ、ともかく一筋縄ではいかない人物であった。その一端は先輩にして男塾死天王である卍丸に対しての 受け答えの不遜さからも伺える。羅刹からは見えなかったが伊達はポケットに手を突っ込み、顎をちょっと引いたいかにも生意気な態度で接していた。卍丸もど ちらかといえば礼儀正しいほうではない、特にそれを咎めずにああいいとこに来たなと言って、
「槍持ってるか」
と尋ねた。
「…今ここでやろうってのか?」
「違ぇ。俺もそこまでヒマじゃねえ。いいから持ってるのか持ってねえのか言え」
「持ってる」
「よし、それじゃあここでアレやって見せろ」
アレ、というのを卍丸はどうやら身振り手振りで再現してみせたようだが、これも当然羅刹からは見えない。
「誰が好き好んで手の内見せるってんだ」
乱暴な物言いにつれない言葉。
「…なんだよ、」
卍丸の声は羅刹には聞こえない。聞こえたのは伊達がいぶかしむ声だけ。
「……あ?…なんだってその必要が…ああ…」
息苦しさを覚えた羅刹の額には汗が玉となって浮いている。苦しみに眉間に寄った皺へ汗が流れ込んだ。
「……タダじゃあやれねえ」
卍丸何を持ちかけているんだ卍丸、羅刹は今すぐ土中より飛び出して卍丸の肩を揺さぶってやりたい衝動にかられている。卍丸と伊達、並べても重ねてもどうし てもロクな事をしそうにない組み合わせである。
「……ふふん、いいだろう」
卍丸の依頼を伊達はとうとう引き受けたようであった。
詰めていた息をそっと緩めたのと同時に羅刹の肩すれすれへ槍のするどい鋼鉄の穂先が土中へ突き入れられてきた。さすがの鋼鉄の精神も仰天し、あやうく声を 上げるところ。

「覇極流・千峰塵ッ!!」

天下無双の槍の達人である伊達臣人が繰り出す千峰塵つまり、槍の穂先が千にも万にも見えようかというその攻撃にたまらず羅刹は土中より飛び出した。モグラ たたきだともし言うものがあれば羅刹はその胸を貫くほど怒るだろう、だが慌てて飛び出したその格好はどうにもあぶりだしをかけられたウサギやそこらの小動 物のようでもあった。

「みー・つ・け・た」

飛び出して膝をついた羅刹の肩へ、やたらに熱い手のひらが触れた。ひくんと動く肩を押さえるようにして抱え込み、羅刹の背後でぞろりと二つの気配が笑って いる。

「さ、仕事だぜ、オッサン」
モヒカン悪魔が笑っている。モヒカンの後ろで可愛くない後輩がサドっけのある笑顔で槍の穂先を振っている。

穴があったら入りたい。
しかしその穴から引きずり出されたらどうなるのだ、
羅刹の問いに答えるものはいない。






一週間振りの控え室。
羅刹の表情は暗い。
「ランちゃん久しぶりィ、やあんやっぱりいいオトコだわ」
「だろ」
「卍丸ちゃんグッジョブだわ、グッジョブよ」
「ふふん」
いつの間にか羅刹にはランちゃんという恐ろしくかわいらしいあだ名がついていたらしい。開店準備にいそしむゲイストリップバーの控え室片隅で羅刹は居場所 なさげに佇んでいた、別に寂しさは特段感じていなかったが羅刹を放っておいてくれるような薄情なおねえさまはいらっしゃらなかったようで、ひっきりなしに 羅刹を構う。椅子に腰掛けるヒマもない、誰かが羅刹の元へと近寄ってきたら立ち上がって挨拶をしなければならないせいである。男塾では頭を下げる相手など 片手の指で足りるが、ここで羅刹がぞんざいな口を利いていいのは卍丸だけ。
「でも大丈夫ゥ?まだ二回目でしょ、それなのにムチって…」
「ムチ!?」
挨拶を済ませて椅子に腰掛けた羅刹の膝へ身体を投げ出すようにして、どこをどうしたのか乳を仕立て上げた胸元を押し付けてくるリカ。リカは小指を唇に当て てシナを作って見せる。大きな喉仏がごっとんごっとん動いていた。
「む、ムチというのは」
「ムチはムチよう、でも卍丸ちゃんもいるしィ、大丈夫、かな?」
何故だか卍丸は卍丸のままである。しかしそんなところに関わっている場合ではない、羅刹は大声を出してオカマと戯れている卍丸を鋭く呼んだ。
「卍丸ッ!」
「なんだよ」
現れた卍丸はそれはもう、どこを見れば成人指定じゃなくなるのかわからないような卑猥さである。顔やモヒカンの側には毒々しいウサギのペインティング。 ヒョウ柄の趣味の悪い薄布を一枚腰に巻きつけたきりで、乳首には星型のシール、腰巻を固定するベルトにはキーホルダーのようにジャラジャラといわゆる大人 のオモチャがこれでもかとくくり付けられていた。蛍光ピンクにグリーン、形も男根をかたどったものをはじめ様々。むき出しの首から背中にかけては艶のない 細鎖が絡まり投げ出されていて、肌を彩りながら近づいてくるたびに揺れてシャンシャンと鳴った。
「な、…んて格好をしてるんだ」
「エロいカッコウ」
へへへ、と太い笑い声を浮かべた卍丸の瞼には濃いシャドウが入っているのに羅刹は気づいた。女ッ気を強調するのではなくむしろアブノーマルに男くさい化粧 に気おされながらも噛み付いた。
「おいムチっていうのはどういう事だ、聞いてないぞ」
「言ったろ」
「言っていない」
「言った。まあ前回と比べて楽だぜ?ステージの真ん中まで歩いてって、ムチでビシバシ」
「…冗談じゃない」
羅刹はとうとう立ち上がる。羅刹と名前を名乗っている以上諾々と鞭打たれるわけには到底いかぬ、羅刹の誇りが怒りに燃えた。しなだれかかっていたリカが キャンと茶色の悲鳴を上げて滑り落ちていく。卍丸は追いかけず、変わりに指を一本立てて見せた。
「コレだぜ?一回、一回でコレ」
首だけを捻った羅刹、指に目を留めるとウッと小さく呻く。卍丸はその指を横へ猫じゃらしのように振って見せた。
「…お互い借金持ちは辛いなあ、オッサン?」
唇を歪めたふてぶてしい笑みである、いっそ殴る気すら失せるほどに。羅刹は憤懣やるかたない様子ではあったが毒気を抜かれて、再び椅子へと腰を下ろす。
「……誰のせいでできた借金だと、思ってるんだ」
「悪かったと思ってるぜ、だから守ってやってんだろ」
羅刹の腰掛けるパイプ椅子の横へ、そこらに転がっていた丸椅子をつま先に引っかけてずり寄せると卍丸は腰を下ろす。足を投げ出した勢いに腰巻がまくれ上 がって、現れたモノにオカマ達がキャアキャアと騒いだ。顔を隠すそぶりはするものの誰一人目を閉じているものはいない。
「見えている」
「見せてんだって」
何故見せる必要があるんだ、羅刹は拳を握る。守って、という卍丸の言い草には正直言って全否定できない。前回チップを貰いにステージを降りた羅刹はまるで 田舎から出てきた女子高生のように右も左もわからぬ有様で、それをたやすくかどわかそうとする客を上手にさばき時にはどやしつけて退けた卍丸には羅刹は礼 を言うべきであった。しかし根本の原因を作ったのも卍丸だったので礼は結局言われていない。
「そんな緊張すんなよ」
卍丸はそっと羅刹のむき出しの腿へ手を置いた。羅刹の身に着けているものと言えば尻と股間をかろうじて隠すボンデージ、銀の装飾が施された首輪。ジッパー で締め上げる二の腕までを覆う長い黒手袋。全てが革とラバーで出来ていて羅刹の肉体をギチギチと身じろぎするたびに締め付けている。
「息苦しい」
「そういうモンだって、」
腿へ置いた手が背中に回った。ムチの存在を聞いた羅刹は自分の衣装が胸や腹がどうして無防備なのかを理解する。卍丸のカサついた指が羅刹の背骨をたどりな がら滑り降りて、椅子に腰掛けた尻を掴むようにして揉んだ。反射的に羅刹がモヒカン頭を張り飛ばすとたやすく卍丸は椅子から転げ落ちる。腰巻は腹までヒラ リまくれ上がって隠しようも無い。再び控え室内でキャアと歓声が上がる。



「サッ、そろそろ出番だよー!」
オーナーであるマリーが手を打った。ハァイと一斉に胸焼けするほど女らしく答えたオカマ達が駆け出して行く。卍丸と羅刹の出番はまだ遠い。
「卍丸ちゃん、ランちゃんお願いネ」
「任せておけよマリー。おいオッサン立て」
マリーが去ったのを見送ってから、卍丸は首にひっかけていた細鎖を手にして顎をしゃくった。
「………」
羅刹は目を伏せ、無言のまま立ち上がった。顔をフイ、と背けて精一杯の嫌悪を示している。卍丸はモヒカンを掻き回しながら噛んで含めるように説得にかか る。
「おいオッサン、いいか?そーいうのがスキってのが外には一杯いるんだぜ?堂堂と、そうだな俺が掘ってやるってくらいに堂堂としてろよ」
「…そんな気になれん」
「叩くのは俺だから安心しろって」
「お前が叩かれろ!!」
とうとう羅刹も大声を出した。卍丸も釣られて大声を出す。がらんとした控え室に反響させるのが恥ずかしい内容だと羅刹は更に瞼へ怒りをのぼらせる。
「お前が叩かれたほうがイイんだよ!」
「知るかッ!!だいたい付き合ってやってる俺がどうしてお前に叩かれる!」
「下手糞そうだから」
「なッ…!」
「俺は上手いぜ?音を大きく痛みは少なく、オッサンにそれができっかよ」
「………」
言いたいことは多々あるが、いつになく熱心な卍丸の物言いに羅刹は口を噤む。大人しく立ち上がった羅刹を許可と取って卍丸は首から外した鎖の先端を羅刹の 首輪の金具へ留めた。旦那のネクタイ結んでやる新妻のような体勢と言えばわかりやすいが、漂う雰囲気は段違いに重たい。
「だからその仏頂面はやめてくれ、痛けりゃ痛いって言え」
「弱音を吐くのは性に合わん」
然として言い放つ羅刹にだろうな、と卍丸は破れ笑い。しかし鎖を取り付けた手のひらで羅刹の頬を指の背でもって這い登るようにして撫で、
「そういう顔が煽るってんだよ、俺に頼むから優しくさせてくれよな」
凄味に低く掠れた声でそう、言った。






ボンデージで全身を拘束された男が鎖で引かれながらステージをゆく。男を引くのは見るからに法を法とも思わぬ奔放で軽薄、身軽な野生の男。
拘束されて尚その男は背筋を曲げない、首輪に喉元を締め上げられようが、鎖で時折歩調と違うリズムで行動を乱されようが堂堂としたそれは変らぬまま。
男は顔をしっかりと上げて、前提である虜囚の辱めとは無縁、昂然と歩みを止めない。惨めさや気弱さは欠片もなかった。
羅刹、鬼の名前を持つ男の見事な体つきに観客は一瞬息を飲む、若く均一に張った身体を締め上げる革にラバー、それらがかえって男の力強さを引き立ててい る。歓声が強まった。
先導する卍丸の足取りは羅刹と相反して軽い、さくさくと砂を踏むように進む。意識してか腰が揺れるたびに腰巻が翻り、そのたび口笛が鋭く上がる。

「さて、頼むぜ」
舞台の照明は真っ赤、これでもかとばかりに赤く染め上がった世界に羅刹は眩暈がしそうだ。これほどまでに注視された記憶はない、それもただ通りすがる視線 ではなく全身くまなく粘度をもって這いずる視線である。羅刹の両手首のバックルを天井から下がった鎖をつなぐ。腹も胸も無防備、腕が少し曲がる程度の余裕 を残して羅刹の両腕は吊り上げられた。心臓が跳ねる、その気になればこんな拘束いつでも解けると自分に言い聞かせてから、何をこんなにおびえているのだと 自らを叱咤する。その羅刹へ卍丸はそっとささやいた。
「…泣きそうな顔してんじゃねえよ」
「していない」
実際客観的に見て、羅刹は多少緊張していた様子はあれども泣き出しそうにはとても見えぬ顔つき。卍丸の願望が多少の脚色を許していた。
「それじゃ、っと」

卍丸が手にしたのは本物の黒革の長鞭。ステージの床を唸りを上げて打つ音に観客の中からも不安げな声が漏れる。

羅刹が大きく息を吸い込み、奥歯を噛み合せて腹に力を入れたのを見るや、卍丸は高く風を切る音をさせてその背を打った。
一度、
二度、
三度、
胸、腹、太もも。
満遍なくそして一度たりとも打ち損じることなく卍丸は羅刹を打ち据えていく。豪語するだけあって痛みよりも音の衝撃が勝る。
幾度となくその身体を死の危険に晒し、手ひどい拷問も耐え抜いた羅刹にとっては眉一つ動かさずに受け流すことが出来た。卍丸の顔に焦りの色が一瞬浮かぶ。 これが単なる拷問であればそれでいいのだが、これはショウなのだ。痛みに呻く顔や、しかめられた眉にこぼれる悲鳴を目当ての客ばかりなのである。
仕方なく卍丸は鞭を振るう腕に更に力を込めた。羅刹の背中に赤い筋が網目のように浮かび上がる。打たれるたびに羅刹の背が軽くしなるが、食い縛った歯が解 かれることは無かった。

仕方がない、卍丸は一度鞭を下ろす。羅刹の耳にそっと唇を近づけてステージの音楽をかいくぐるようにして声を注いだ。
「おいオッサン、客席見てみろ」
顔を下げて鞭の連打に耐えていた羅刹が顔を上げた、示された方向を言われるがままにのろのろと見る。
男ばかりの客席。その中で一際派手な極楽鳥の群れが目に入った。飾り立てた極彩色の中に見慣れた黒、普段羅刹や卍丸の身につける、
(学ラン――?)
極楽鳥をはべらせて、ステージを一番よく見ることができる席を身体を投げ出して占領しているのは見慣れた学ラン。
その男は楽園の帝王のように振る舞い、極楽鳥達の世辞を鷹揚に聞き流しながら出し物を楽しんでいる。
楽園の帝王の顔には六つの傷、

「伊達…!?」

思わずその男の名前を呼んだ羅刹、きつく結ばれていた唇が解かれるのを卍丸が見逃すはずもなく即座にその背を打った。
「う」
眉が寄る、目頭に皺、唇の隙間から滑り出る呻き。
そこを突破口にするべく卍丸は乱暴に滅多に、ひたすらに鞭を振るう。一度崩れた堤を建て直すのは容易ではない、ただでさえ羅刹は伊達臣人の出現に混乱の極 みにいるのだ。


鞭の潮が一度引き、羅刹が再び伊達臣人へと視線を向ける。
荒い呼吸を落ち着かせることも出来ずにいる羅刹をチラと横目に卍丸は手を上げた。
「そこのオネェちゃん方、ちょっと退いてくれや!」
極楽鳥達が不満そうにブウブウ言いながらその男に絡めていた手を解く。男はゆっくりと立ち上がり、十戒のように割れて道を作る人人を省みもせずまるで無人 の部屋を歩くのと同じにステージへと向かう。音が消えた、男に気圧されて音が消えている。

ステージに上がった学ランの男は静かに学ランをその場に脱ぎ捨てる。羅刹のようにたくましく張った筋肉とは違い、絞れる限りに絞った薄い筋肉を身に纏った 男の身体は禁欲的だ。
「飛び入りだ」
男、伊達臣人は卍丸から鞭を受け取ると静かに宣言した。それを契機に、静かになった場内は前の何倍にも膨れ上がって歓声を送る。
うるさすぎて無音にすら聞こえる場内で羅刹はただ戸惑っている。卍丸は驚いた様子もなしに伊達へ鞭の使い方をレクチャーし、
「おい、相手は素人だから少しは痛ェ。遠慮なく泣いたりしていいからな」
そう羅刹に言った。
「ふざけるな!勝手に何を…!」
「まあ待て。こういうのにはセーフワードってのがある」
「話を聞け!」
「イヤとかヤメテはスパイスだろうが、だから聞き入れられねえ。だから代わりの言葉を決めておくんだよ、まあギブアップだな」
伊達は二人のやり取りを興味深そうに偉そうにふふんと鼻で笑いながら見ている。
「だからなんだ!」
「伊達のことだから手加減とか知らねえだろうし、セーフワード事前に決めておいたから耐え切れなくなったら言え」
「誰が」
誰が言うか、言いかけた羅刹の口を卍丸は自分の唇で塞いだ。前回の魔除けと同じように、触れるだけなどとケチくさいことを言わないしっかりと卑猥な口付け である。両腕の自由の利かない羅刹はそれを甘んじて受け入れざるを得ない。
唇が離れたのとほぼ同時、

「卍丸愛してる。これがセーフワード」

そう言ってウインク一つ。腰巻の布地が微妙に持ち上げられているのを隠しもせずに卍丸は身を引いた。
羅刹が何か言い出すより先に伊達が一歩踏み出す。傷に心から愉快そうな笑みが張り付いていて、鞭を手にした姿もしっかりと決まっている。

「そういや以前、アンタには緊縛プレイしてもらったっけ…?」

フフフ、と笑う伊達。いかがわしい言い方をするなと羅刹。

「先輩、よろしくお願いします」

羅刹はこの日初めて伊達の後輩らしい物言いを聞いた。
鞭持つ手が容赦のない速さで振り上がる。













「富樫」
呼び止められた富樫は声の主を探す。きょろきょろしていると笑いを含む声は背後から近づいた。
「…ここだ」
「センクウ、いや、センクウ先輩」
センクウはフフフとくすぐったそうに笑って、腕を組む。校舎の壁によりかかっていたらしいが、ゆるゆると近づいて首を振った。
「センクウでいい。無理をすると舌を噛むだろう」
指摘されて富樫も笑った、最近では兄貴のように接してくれるこの先輩に対してわだかまりは次第に解けていこうとしている。
「ヘヘ、まあな」
「ところで富樫、時間はあるか」
「へ?」
センクウは富樫の学ランのベルトにさしてある、兄貴の形見のドスを指差した。間抜けな返事をよこす富樫にセンクウは言葉を足してやる。
「お前のドス、最近手入れをしていないだろう。俺たち三号生が利用する店がある、そこで一度徹底的に刃を研いでもらうといい」
「い、いや、申し出はありがてえけど…高いんだろ」
学帽、センクウが殺した男の学帽を素早くひょいと取り上げてセンクウは微笑んだ。学帽以外顔立ちはまるで似ていない、どこか熊のような丸い雰囲気のある男 の弟はどこもかしこも尖っている。しかし流れる血の熱さ、情のもろさ、一途さは二人の血の繋がりを如実に示していた。
帽子を取り上げられた富樫はまだ動けないでいた。
「俺が出そう」
帽子を返さないままにセンクウは歩き出した。慌てて富樫も後を追う、
「そういう訳にゃいかねえぜ、なあ!」
「フッフフ後輩が先輩に遠慮をするな、…お前にはもっと、兄にするように慕ってもらいたいのさ」
「せ…」
「さあ行こう、ついでだ食事も奢ってやる」

帽子をかぶせてやると富樫は呆然とセンクウの顔をまぶしそうに見ていた。なんで、と呟きかけたのを聞かないフリで、センクウはついてこいと促す。

「…センクウ、金…」
「ちょうど臨時収入があった。もとはと言えばお前のおかげでもある、遠慮はしなくていい」



さっぱりわからない富樫ではあったが、ともあれ兄貴のドスはピカピカで、腹は満腹なのだ。すばらしい幸運である。
なお蛇足だが羅刹は数日休みを取って引きこもったとの噂があるが、真実は定かではない。
モクジ
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