燃える男の恋心

惚れたが負けよ 芯まで惚れて
 残るは労だけ 燃え尽きた

燃えるような恋がしてみたいと、喫茶店で隣の席になった少女は友人に言っていた。
燃えるような恋というのは、どういうものだろう。やけに興味を惹かれたが、聞くわけにもいかない。
喫茶店を後にすると既に夕暮れ、群青と朱と輝くオレンジの夕空を仰いで家へと帰った。沈むまではまだ少しある。
商店街を抜けて歩いて五分、富樫のアパートも夕焼けに真っ赤だった。窓ガラスもモルタルの皹が入った壁も真っ赤。
鉄サビだらけの階段を上がって、一番奥の部屋が富樫の部屋だ。

「ただいま」
「お邪魔しますって言えや」
間髪居れずに突っ込まれた。
「カタい事言うなよ、その代わり俺の家はお前の家だと思ってくれたっていいんだぜ?」
「てめぇの家なんざ金貰ってもゴメンだぜ」
酷いな。
俺の家がきれいでないのは仕方が無いか、お前の家に比べたら。でもそこまでじゃねぇと思うんだがな。
「ちゃんとお前が居る場所は確保しておくさ」
「ふん」
全く信じて居ない様子で、富樫は畳に寝そべったまま漫画雑誌を読んでいる。俺から見える足の裏は、光源が夕日だけの部屋の中でもガサついてるのがわかっ た。
「水虫か?」
「違ェよ」
漫画に夢中なのか、富樫の返事はおざなりだ。四角く尖った踵同士をゴツゴツぶつけながら、富樫はオットセイみてぇに上半身だけ持ち上げて漫画から視線を外 さねぇ。
俺は駅前でトラックが路上販売していた、手土産に下げてきたトマトの袋を畳の踏みつけないあたりへ下ろした。踏みつけたり、プロレスしたりしても潰さない あたりへ。

「お前、燃えるような恋ってわかるか?」
「あン?」
いきなりだったからか、富樫がギョッとしたように顔だけ振り向く。富樫の顔にも夕日がぎらぎら当たって真っ赤だ。
靴下を脱いで丸めて放り出す。富樫が物凄く物凄く嫌そうな顔をした。
「テメェそれよせって言ったろうが」
「いいだろ?後でかたすさ」
「テメェの後では信用なんねぇんじゃ」
「フフフ」
西日が差し込んだ部屋の畳はそれでも少しはひやりとしていた。汗をかいてたみたいで、ぺたぺたと湿った音を立てる。
富樫のちょうど横へ立って見下ろすと、なんじゃと言いたげに見上げられた。お前って奴はどうしてそう無防備なんだ、俺が急に襲いかかったりしても、それ じゃ簡単に押し倒されたりちょっといやらしいことをされたりするかもしれねぇってのに。

俺は富樫の背中に乗り上げた。
「うォ」
ちょうど世界を支える神亀、アクバーラ亀の上に乗った宇宙竜シェーシャのように俺は富樫の背中にぴったりと身体をはみ出さないように乗っかった。
「重いじゃねぇか!どけ!」
右手で富樫が畳を軽く叩いた、プロレスごっこか何かと思ってるのかギブの合図。
俺は富樫の首筋に後ろっから顔を寄せて、鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。汗とホコリと日なたの匂いがする。
富樫の匂いがする。
「アチィのにじゃれってんじゃねえや、うっとうしい」
「いいじゃねぇか」
「もォも」
富樫のもォも、は気に入っている。ため息と鬱陶しさが混じったもォも。俺を甘やかす時は、もーも、だ。ほんのたまにある、もーも、は貴重だ。
「なぁ、燃えるような恋ってわかるか」
もう一度聞いてみる。
「知るかァ、いいからとっとと下りろや、重いんじゃい」
「俺はさっきわかったぜ」
「あァ!?」


玄関のドアを開けて、1Kのアパートの部屋は俺の視界の全てに収まった。
アルミの油よけが立ててあるキッチン、ラーメン直食いしたゆきひら鍋に菜箸が突っ込まれたまま。
畳にはベランダから引き揚げたばっかりらしい布団が三つ折りに畳まれて壁際に積みあがっている。取り込んだ洗濯物も畳まれずに山積み。
その隣に、夕日で一杯の和室に富樫が真っ赤になって転がっていた。
上半身裸で転がった富樫は背中が真っ赤に照って、本当に燃えるようだと思う。

燃える男に恋をした。
ボウボウに燃える男に恋をした。
火をつけずとも、いつも芯から燃え上がっていて、それも青いのじゃなく真っ赤に恥ずかしげも無く燃える男に恋をした。
そのうち俺にもその火が燃え移って、俺までいつの間にかボウボウ燃えて。
互いに燃えて燃え尽きて、池に落ちたりして消えっちまわないかヤキモキさせるけれど、それも醍醐味。



「俺は今だ」

富樫の首筋にふざけて噛み付こうと口を大きく開いたら、代わりに干したばっかりの洗濯物の山から靴下を突っ込まれそうになったので俺も反逆。
ごっこが本気のプロレスになって、下の高橋さんに怒られるまで取っ組み合う。

トマトがいつの間にか潰れっちまってたのは予想外だった。
モクジ
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