きかんぼう

おや、あなたでしたか。
ええどうも、こんばんは。…ああ、また息子さんですか。
そうです、どうも息子には手を焼きますな。
お互いさまですよ。息子っていうのはそういうものらしいですね。
いやあ困りものだ。
息子もつ人はみんなこんなものでしょう。
でしょうな。
でしょうね。

【鶴の湯にて】



既に四日間伊達は睡眠をとっていない。厳密に言えば休息すらまともにとれてはいなかった、眠りも訪れないし眠りたいとすら思わなかった。
眠らずに何をしていたかといえば闘いである。伊達の人生の何分の一かを確実に占める闘いをこの四日間続けていた。
だがその闘いの内容と言えば男塾で繰り広げたような、胸のすくものではない。

笑顔で差し出される蕎麦に混入された毒。
雑踏の中で突き出される凶刃。
突然燃え上がりながら突っ込んでくる車。
ほんの瞬きを目掛けて降りかかる銃弾。

そんなものと闘っていた。伊達にしてみればつまらないというよりも鬱陶しい相手である。正面からぶつかり合うのではなく隙を突いてネチネチと攻めてくる相 手にうんざりしながらも、ただ命を守るためだけに行う戦いで、そこに伊達は伊達の美学を見出せないでいる。
「……ふん」

ヤクザはじめました。といって始まった極道街道だが、極道だろうが任侠だろうがヤの字だろうが、映画で見るような男達はほんの一握り。どいつもこいつも男 じゃねえ、と伊達は汗も浮かばぬ額を指の腹で撫ぜた。
ネチネチネチネチ、攻撃は続く。
いっそ正面切って総攻撃でもしかけてくれたらどんなにか伊達はありがたく思うだろうか。自慢の槍だって奮い甲斐があるというもの。
絶対的に数で負けた相手をただの一人が次々と打ち倒していって、累累たる屍の上に立ってあざ笑ってやる想像は中中に悪くない。伊達にとって数は全く問題で はないのだ。
「つまらん」
つまらない闘いである。だが、つまらないからといって降りるわけにはいかぬし、向こうはそれに躍起になっているのだ。躍起になって自分達の縄張りに食い込 んできた若い獣を狩ろうとしている。捕らえてなぶってやろうと思っていたらその獣が桁外れに強い獣で、その上見た目にも優れていた。そんなわけで獲物に対 するその熱は上がるばかり。
伊達は右足を蹴り上げた。先ほど歯を五六本へし折ってやった男の歯がつま先に食い込んで、アスファルトをカチカチ噛んで不快であった。人に火炎瓶投げつけ ておいて逃げ出そうだなんて虫のいい事を伊達臣人が許すわけもない。
暗闇に白い欠片が飛んでいくのを特に感情も無しに見送って、伊達は小さく舌打ちをする。

「…つまらん」

伊達を捕まえようとするヤクザは、人材不足だが人手不足ではないようである。つまらんちょっかいばかりは切れ目無くかけてくる。
そして恐ろしいことに、

『美しい。…どうだ、俺の猫にならないか』

伊達は大きく身震いをした。恐怖ではない、嫌悪にである。伊達が旗揚げをしたこの地をほぼ掌握したヤクザの親分に一応、伊達なりの仁義として挨拶をした時 にかけられた言葉がこれであった。もっとも伊達なりの仁義というのが、
「俺が伊達臣人だ。そしてこれが貴様等を倒す奴の名だ」
とまさに伊達であったのは言うまでも無い。
ともあれそんな親分の言葉に伊達がその場で槍を抜かなかったのは、殺す価値すら見出せなかったからである。
だが親分はいたく伊達が気に入ったらしい。そして頭も悪かったようで、自分が下品な言葉をかけたのが単なる猫ではなく獅子や虎やそのあたりの強大な獣であ ると言うことにすら気づかなかった。伊達の名乗りすら、猫が爪でカリカリやった程度よと恐るべき鈍さでもって可愛げすら感じている。
伊達がその親分、ダルダルと肥大した体とにやけた面にくれてやったのは一瞥のみである。それだけでも十分に釣りをもらってもいいくらいだと伊達は思ってい た。軽蔑でもってその愛に応えてやったあたり伊達はやはり律儀で、これが桃や飛燕であれば無関心でもって応えるところであろう。



そんな馬鹿馬鹿しい騒ぎに費やした四日である。あの色狂いの親分の私兵は途切れなく伊達を襲い、そのたびに退けてきたのでだいぶ目減りしてきたはずであっ た。チビチビ出し惜しみしやがってケチな野郎――伊達は今まで倒した数を誇ることはしない――そう呟いた。
馬鹿騒ぎにもそろそろ飽いた。そしてそろそろしまいに近いことをさとった途端に今まで遠慮していた彼がやってくる。
彼つまり眠気に空腹に疲労である。それらがいっしょくたになって伊達にのしかかってきて、さすがの伊達の瞼も少しばかり重たく感じられてきた。
「……ね、」
眠い、と言いかけて伊達は口をつぐむ。弱みを口にするということは認めるも同じ、伊達は己を叱り付けた。
とりあえず部屋に戻って眠ろうと思い、伊達組(予定地)である、用心棒まがいをしているキャバクラへと足を向けた。
が、

「…………」
慣れ親しむ程にはまだ至らないものの、見知ったネオンはピンクであるはずなのに。
ビルを取り囲む光はあれはオレンジがかった赤。色だけでなくワンワンとサイレンの音までもが絶対包囲。
たどり着いた伊達のねぐら、キャバクラには不運にも不法入国の監査が入ったらしく黄色と黒のテープがビッシリとその雑居ビル全体に張り巡らされている。伊 達は決して認めようとしないがこの時伊達の口は半開きになっていた。

このうるさい街で、伊達が眠れるところは少ない。
「……つか、」

疲れた。この言葉も駄目だ。決して伊達臣人が口にしてはならぬ類の言葉である。
この際えり好みをしている場合ではないようであった。
しくしくと降り出した雨の中、伊達は背中をやや丸めて目的の場所へと足を向ける。






呼び鈴が壊れているのを伊達は知っていた。だからドンドンと扉を叩く。薄っぺらなアパートの扉は力を入れすぎればべっこりへこみそうなので気をつける。伊 達はびっしょりと濡れていた、体温が下がると反比例して強まる眠気に、伊達は口をついて出てきそうなあくびを押し殺している。
「はいよ」
部屋の主は無用心に伊達目掛けて扉を開け放った。鼻先を弾き飛ばす勢いでもって大きく開いた扉にアブねえと伊達が文句を垂れようと口を開き、
「服ぐらい着やがれ、野人か!」
家主の行動ではなくそのナリを咎め怒鳴りつけた。家主は全てを隠しもしないで笑っている。
野人と伊達は言ったが、ターザンだって腰巻一枚くらいは巻いている。野人は本物の生まれたままの姿であった。
家主、虎丸龍次。数少ない伊達が気を使わない友人である。伊達は虎丸を友人と認めたがらないが、その理由は少しばかりねじれたものであるので別に仲が悪い とかそういうものではなかった。
「なんじゃ伊達か、セールスのあんちゃんでも宗教のオバハンでも、俺のコレ見たらイチコロで帰るんじゃがのう」
「別にセールス避けに脱いでるわけじゃねえだろう、面倒くさがってるんじゃねえ」
「ワッハハばれちゃあしかたねえ、ま、上がれや」
言われなくても、伊達は既に上着を脱いでいた。全裸の虎丸が開けて迎え入れた扉へ靴を脱いで上がりこむ。
伊達の濡れたスーツの上を虎丸はテキトウにクリーニング屋からもらったハンガーにかけてやって、壁かけにひっかけた。
「濡れてんなあ、傘ぐれえ買わんかい」
金がねえのかと冷やかす虎丸に伊達は短く、
「風呂借りるぜ」
とからかいにも乗らない。今にも伊達は眠り込んでしまいそうであった。それを気取られたくなくてそんなつっけんどんな物言いになっている。
「泊まる。布団寄越せ」
「あん?せっかく来たのに寝ちまうのかよ、いーい洋モンがあんだけど」
「いい」
伊達の眉間には数えるのが難しいくらいに細かなシワが入っている。眉間に力を入れないと瞼が落ちてきてしまいそうな強烈な眠気に伊達は耐えている。
虎丸はつまらなそうだったが、ともあれ伊達は風呂へ入ることになった。


強い眠気に、浴槽に落ちた虎丸のちぢれッ毛を咎める気持ちすら起こらない。温かいシャワーをさんさんと浴びて、洗うヒマがなかったせいで脂の臭いを放ちか けていた髪の毛をさっぱりと石鹸で洗い流せた。こわばっていたふくらはぎもじんわりとしなやかさを取り戻す。
心地よさに閉じていた目が、不意な違和感に見開かれる。違和感の出所は伊達の下半身からであった。
「……ん?」
湯煙に目をこらす。こらした先は伊達のいわゆる男根、イチモツ、ポコチン。
そのそれが、何かおかしい。

「………何でだ」

そのそれが勢いよく、いざ合戦とばかりに気勢を上げている。意味もなく対象もなしに気合の入ったそれに大将である伊達、困惑。
とりあえず冷たい水をかけてみたり、シナびたババアの裸を思い上げてみたり。
疲労困憊な身体でせっせとこんな苦行を強いられる自分が、伊達はとっても哀れであった。






風呂上り。虎丸がタオルを用意するなんて気の利いた男でないことくらい、伊達は承知していた。承知していたが今はそんなマメな男であれよと理不尽を吐きた くもなる。
「おい、拭くモンよこせ」
半身をまだ風呂場に突っ込みながら伊達は虎丸に言いつけた。ソノヘン!と返ってきた単純な返答にあたりを見渡すと、見るからに四日は洗っていない異臭を放 つ手ぬぐいがあった。背に腹は変えられぬとしぶしぶ手を伸ばしはしたが、そこに付着したちぢれッ毛を発見してしまうと力任せにそれを壁めがけて投げつけ る。
「いーからもうこっち来いや、服着りゃあかわんないじゃろ」

言われるままに伊達は開き直った。伊達の伊達は伊達なまま、ずかずかと虎丸の前へと進む。羞恥だとかそのあたりが吹っ飛ぶくらいには伊達は寝ていない。寝 ていないために少しばかり思考には明瞭でないところがあった。
さあ笑うがいいとすら伊達は待ち構えながら、しずく滴る仁王立ちで虎丸の前でふんぞり返る。布団を敷いたばかりだったらしく、布団の上にぺたんと座ってい たらしい虎丸はあんぐりと口を開けた。

「伊達よう」

そらきた。伊達は口を結ぶ。伊達の伊達も揺るがない。

「伊達よう、何日寝てねえんじゃ」

虎丸の言葉は予想とだいぶんズレていた。そのため虚を突かれた格好の伊達は問われるままに応える。

「四日だ」
「ああ、そりゃあそうじゃろな。収まらんのか」
「ああ」
伊達はもうヤケだと全裸のままどっかりと虎丸と向き合うように布団の上へ胡坐をかいた。濡れていた体だが、若い肌は水滴を弾いていたために思ったよりも濡 れていない。
「そりゃの、伊達。疲れマラじゃ」
「疲れマラ?」
そーそ、と言いながら虎丸はあぐらから上半身を伊達へ乗り出した。しげしげと伊達の伊達を眺めながら絶対そうじゃと断じて見せる。人のモチモノを見た反応 じゃねえと何故だか不満を伊達は覚えて、聞き返した。
「徹夜とかすっと身体が『ピンチじゃ!』って思って、はよう子供残さんとって急いでマラ立たせるんじゃと」
ものしりじゃろー、と虎丸は得意げに笑った。
「……そうかよ」
「にしても立派じゃのう、俺のンに比べたらまあソコソコってとこだけどよう、やっぱり伊達!って感じかい」
しげしげと見られて、急に伊達は当たり前の羞恥を感じた。恥じるような粗末なものはもっていないがそれでも、おい馬鹿野郎服と言いつける。
が、
「大変だったんじゃなあ」
自分の男根見ながらしんみりされてはそうもいかなくなってしまった。伊達はもぞりとつま先を動かす。
「…そうでもねえ」
虎丸に見抜かれたくはなかった、伊達は強がる。強がってこその伊達である。
「そうでもあるって、ほれ」

ムズ。
虎丸の見るからにぶきっちょそうな、太い指が無造作に伊達の伊達を掴んだ。するすると先っぽから根元までをダイコンやらを買う時するようにひととおり撫で て指を軽く開いては握る。ウ、と伊達の唇を声が割った。一人でヌいたことが無いわけもない成人男性の当たり前の感覚が、何故だか恐ろしく研ぎ澄まされてし まっている。
「…おい、」
「疲れマラん時なあ、そりゃーもうイイんだってな」

なにがイイのか。虎丸の手がぐるりと蛇口をひねるように伊達の伊達をひねる。腰が浮いた、喉が反る。ありえないことだ!伊達は伊達らしくもなくせわしい瞬 きを繰り返す。

「おいこら、てめえ」
「まあまあせっかく彼氏ンとこ来たんじゃ、牛にでもなったと思って搾られとけや」

色々と突っ込みたい事をほざいた虎丸がタマを握る。その気になれば潰せるだろう力強い指がごりごりと揉んだ、たまらない。今にも花火を打ち上げたいほどに まで押し上げられた。疲れマラの効果というのは恐ろしいもので伊達の伊達はすっかりその気になっている。拘束されたわけでもない両手をどうすべきか、伊達 は疲れた頭で考える。
布団を掴むか?そんなかよわいマネができるか!
虎丸を掴むか?そんなセンチなマネができるか!
それなら?この状況を覆すには?
あくまで今この極楽浄土に気持ちのよいまま、伊達臣人の真骨頂を見せ付けるには?

伊達の出した結論は臣人の足つまりおみ足を活かす結論であった。
伊達はあぐらをかいていた足を解くと、虎丸の股間へと右足を伸ばした。先ほど見せられた全裸のそれは伊達のものと比べてまあ野蛮ではあるが愛嬌があって、 間抜けにぶら下がっていた。だが今は、

「てめえのは疲れでもなさそうだな…ええ?」
「ウヒャッ、ヒャ、この、伊達…!!」

そんな高等テクは反則じゃああ…!!虎丸は疲れマラのハンデすら覆されてたちまち白旗、どーんと花火を打ち上げた。伊達はその半拍後れに搾られる。
技でも体でもない。
何が何でも虎丸にだけは負けてたまるかという、
伊達の意地勝ちであった。






驚くほどすっきりした頭で、伊達が最初に呟いた言葉は、
「……飯」
というそっけないものであった。隣に屍のように転がっていた虎丸がムックと体を起こす。
「人使いが荒いやつじゃ、まあいいや…猛虎流を見せちゃるわい」

「チキンラーメンかけご飯を」
「横着すんじゃねえ」
なんじゃーい、と虎丸は不満げである。
「うまいんじゃから、最後にこう玉子を、ぽちゃんと」

ぽちゃんと、の辺りで目尻が下がった。好物のようである。


伊達は突然体を起こして、手近にあった虎丸のズボンに下着も穿かずに足を突っ込んだ。少少足首がむき出しになってしまって見苦しいがそれどころではない。 立ち上がって窓際へと身を寄せた。
「なんじゃい、そんぐれえで怒るこたねえだろうが」
「来る」

何が来るというのか。虎丸がつられて立ち上がる。おたおたと全裸でブラブラさせながら窓へのんびりと近づきかける。
鋭い声が飛んだ。

「情けだッ!ありがたく受け取りやがれ!!」

低く覇気のある声で怒鳴った伊達は虎丸の部屋のカーテンをレールから力任せに剥ぎ取ると、たちまち虎丸を簀巻きにした。驚きに目を白黒させる虎丸の尻を、

「先に行け!!」
と窓を開けるなり蹴り飛ばした。簀巻きの虎丸、文字通り手も足も出ないまま二階の窓から落下していく。


「んなああああああああ…!!!!」

次いで伊達もひらりと窓から飛び降りた。伊達が窓から身を躍らせたと同時に背後、扉が狼藉者によって踏み破られた音が耳に届く。続けざまにわめく複数の男 達の声が聞こえたが、既にその時には伊達は簀巻きの虎丸をかついで駆けていた。
腹立ちまぎれにか、虎丸の家の中をガシャンパリンと破壊しているらしい物音に、虎丸が亀のように首を伸ばして悲鳴を上げた。





「あー!!!ワシの家ーー!!」





後日、というより次の日。
伊達はそのヤクザの組へたった一人、やけにすっきりとした顔で乗り込んでいって見事変態親分を討ち果たしたという。

めでたい伊達組本スタート前日の話であった。
モクジ
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