羅武湖眼 禁止

犬だって食いやしないサ。
食うのはアタシ、すきものサ。
あたしゃアンタを食う虫サ。
【虫】



秀麻呂が意外にもどっしりとした、道場破りあたりが欲しがりそうな力強い筆跡で黒々と筆を運ぶ。
墨をたっぷりとふくませた筆がつづった言葉それは、

【羅武湖眼 禁止】

「こんなもんでどーだ?」
「おおっ、秀麻呂立派じゃのう」
椿山が手を叩いた。松尾が新聞紙を手渡してやる、その新聞紙で筆に残った墨を拭いながら秀麻呂は大きく頷いた。
「これをさ、たくさん貼ろうぜ」
「そうじゃな」
「貼り方は、田沢、頼むぜ」
田沢がメガネをずり上げながら大きく胸を頼もしげに張った。
「まっかせな、さい!」
手に手に秀麻呂がチラシの裏へつづったそれを出来る端から抱えて、どったんどったん教室を飛び出していく。
ある風の強い、昼飯時を過ぎたあたりであった。
ラブコメ禁止隊は昼食もそこそこに切り上げてポスター貼り作業にいそしんだ。






事の発端はありすぎるが、とりあえずこんなものだろうか。
早朝の事である、よく晴れてはいたが空が遠くまで澄んだ寒い朝のことである。
秀麻呂が朝の歯磨きに、冷たい床の上を小躍りしながらチョイナチョイナと水道の設置された廊下へ出て行くとちょうど、桃と富樫が居た。
「おはようさん」
と、近づきながら声をかけて、二人の隣で歯磨きを始めるつもりであった。
そして今日も寒いなとか、飯は何かな、とくだらない話でもしながら髪の毛を整えるつもりであった。
が、近づこうとして立ち止まる。上げかけた腕が固まる。
富樫が桃の胸に頭をぐりぐり押し付けて唸っていたのだ。ちょうど相撲でも始めたように桃の胸に突きかかっているようにも見えた。
なんと驚いたことに、富樫の手にはドスがギラリに抜かれている。秀麻呂は頭の毛が逆立つほどに驚いた。
喧嘩か?と秀麻呂が慌てふためきながら爪先立ちで駆けていくとどうも様子が違う、桃は富樫の肩に優しく手を置いて、首なんぞこう、【ちょっ】と傾げてその 様子を伺っている。
(――なんだ?)
緊張を保ちながらも近づいてきた秀麻呂に、桃は緊張感無くよう、と声をかけた。その調子がのんびりとしたものであくび交じりだったものだから秀麻呂も緊張 を解く。しかし依然富樫は桃の胸に頭をこすり付けたままだった。
「何やってんだ?」
秀麻呂がたずねると答えたのは富樫だった。ドスをギラギラとチラかしながら太い声でがなる。
「桃、もういいじゃねえか面倒くせえのう。ズバッとやっちまうぜ?な?」
「駄目だ」
桃はきっぱりしっかり首を振る。
「何やってんだ?」
秀麻呂はもう一度尋ねた。桃が困ったようにううん、と唸る。説明しにくいことなのだろうか、秀麻呂は更に心配した。
「見りゃわかんだろ、俺の髪の毛が桃の学ランのボタンにひっからまっちまったのよう」
「…ボタン?」
よくよく、よくよく見れば桃の胸に富樫が泣きついているのではなく富樫の前髪あたりがどうも桃の学ランのボタンにからまっているのがわかった。
秀麻呂がああ、と声を上げると富樫はずっと腰を屈めるような体勢がしんどくなってきたのか助けを求めるように情けない声を上げる。
「桃よう、もう俺切るぜ?」
「駄目だ、富樫。切るな」
「じゃあどうしろってんだよ」
桃は富樫の腕を掴むとドスを取り上げようとしていた。どうしても富樫の髪の毛を切るという方法をとりたくないらしい。秀麻呂は、
(こりゃあ、長引くぜ)
と呆れている。この二人が意地を張り合ったら面倒なのはわかりきっていた。
「な、なあ富樫、俺針と糸どっからか借りてきてやるよ!」
「あん?」
「ボタン取っちまえよ、髪の毛切らなくてもいいだろ。ボタンは後でつけりゃいいさ」


桃の行動は素早かった。待ってましたというべきか、誰か言ってくれと思っていたというべきか。すぐさま右手で富樫の髪の毛の房を引っ張って痛みを与えぬよ うに押さえ、左手で金色のボタンの足を掴む。ブツンと引いた。白い糸を引っ張りながら、生地をほつれさせながらボタンが音を立てて離れる。同時に富樫の髪 の毛は解放された。
「取れた」
「あー桃、そんなに力任せに引っ張っちまって…」
秀麻呂が覗き込んだ桃の学ラン、元ボタンがあったあたりの生地が無残にハタケのようになってしまっている。桃は照れたように肩をすくめた。
「仕方がねえさ、引っ張るのは一瞬にしたかった」
しっかりと右手で富樫の髪の毛を押さえておきながらもこの言い様、秀麻呂は、
(少し行き過ぎじゃねえ?)
と首を傾げたくなった。髪と睫毛が命の女子高生じゃああるまいし、こんな、言ってしまえば富樫なのだ。トリートメントなんぞするわけでもない自然乾燥派、 枝毛ちぢれ毛なんでもありの富樫の髪をどうして桃がこんなにかばうのか。
「わ、悪ィ、桃」
あーあとばつが悪そうにそのほつれを覗き込んだ富樫が詫びた。秀麻呂は内心、
(桃が力任せに引っ張るからだ)
と思わないでもなかったが黙っている。桃は引きちぎって初めて我に返ったのか、
「どうするかな」
などと言っている。
「桃つけ方わかるか?」
「いや…方法としては知ってるが、試したことはない」
桃らしい返答が返ってきた。富樫はウウウと唸った末、
「へ、ヘッタクソでもよけりゃ俺がつけちゃるけど」
と言い出した。意外な申し出、と秀麻呂は一瞬息を飲んだ。が、よくよく思えば兄貴と男所帯をしてきたという富樫、ボタンつけくらいは出来て当然かも知れぬ と思い直す。
桃はぱっと顔を明るくして、富樫にボタンを渡した。富樫はその足つきボタンを手のひらで転がしながら見ている。
「なんだか逆に悪いな、富樫」
「イイってことよ、そんかわし、ヘタでも文句言うんじゃねえぞ」
「ああ」


針に糸を通そうと何度も糸の先っぽを舐める富樫。舐めすぎて糸の先がへにゃりとなってしまった。
「う、む、ム、ム」
「貸してみろ」
見かねた桃が、糸と針を取り上げる。その糸の先をぺろりと自分の舌で舐め、瞬く間に針に糸を通してしまった。
「ありがとな」
受け取りながら礼を言う富樫、ハッとしたらしい桃。自分の唇あたりを押さえて、
「……悪い」
などと戸惑いながら言っている。そう言われてしまうと急にグガーッと気にしてしまう富樫。バッ(おそらく、バカ野郎、と言いかけた)、と声を詰まらせてか らは猛烈ミシンな勢いでボタンを生地へ縫い付け、
「おら出来たぜッ」
と怒鳴るようにして学ランをつき返す。桃は富樫と顔をあわせないままその学ランへ袖を通し、
「…ありがとう」
「……お、おう」


それを、そのやり取り全てを秀麻呂は見ていた。
見ていてしまった。ついでに富樫が刺した指をチュウチュウ吸ってるのを、桃が眼を伏せて見ているところまで見てしまった。
それが発端といえば、発端である。




「…なあ、あいつらってなんかヘンじゃねえか?」
その直後の朝食の時、常識に関しては定評のある、と秀麻呂が信じている椿山に聞いてみた。
椿山は野良猫にやろうと、残飯を箸で丁寧にほぐしながらおっとりと唸る。
「そうかなあ、おっかしいかなあ」
「仲はいいほうじゃろ」
割ってきたのは松尾だった。松尾の言い分は何一つ間違っていない、
「仲がいいっていうか、行き過ぎじゃねえか?」
「イキスギ?」
松尾と椿山が顔を見合わせた。二人が顔を見合わせる。どうもピンとこないようだったので何か付け足そうと秀麻呂が口をぱくぱくさせていると、
「ようは、トモダチ以上っちゅうことだな」
とインテリの田沢が食べ終えたトレイを片付けながら言った。
「そうなんだよ、あいつらなんかその、アヤシーっていうか」
「怪しい?」「何がじゃ」
椿山と松尾はまだピンと来ていないようだ。
助けを求めるように田沢を見ると、大いに頷いた。

「確かに、桃も富樫もちいとばかり仲が良すぎる」

そうして、田沢が見かけた事を語りだした。食堂から人はずいずい減っていくのもお構いなしである。



「富樫、見てくれ」
桃が富樫に近寄った。桃が素晴らしく晴れ空以上に上機嫌であるのが遠目の田沢にもわかるほどであった。
富樫は教室の片隅でマンガ雑誌などを読んでいた時だった。富樫は顔を上げて、あん?と面倒くさそうに応ずる。
「さっき見つけた」
桃が差し出したのはなにやら草らしきもの。興味のわいた田沢が近寄ろうとすると、
「見てくれ、四葉なんだ」
どうやらクローバーのようだった。富樫は身を乗り出す。
「おおっ、すげえな!…わざわざ走ってきたのか」
「お前に、見せたくてな…喜ぶか、それとも驚くかと思ってさ」
「驚いた、懐かしいぜ。あんちゃんと探したけど中中見つからなくってよう、あんちゃんがセロテープでまとめて四葉にしてくれたんだっけか」
「そうか」
「おう」

その後二人肩を寄せ合って、懐かしい話やらかわいらしい話などをしていたのを田沢は見た。



「…いい年して、四葉のクローバーかよ…」
秀麻呂はなんとも言えない顔になった。椿山と松尾もさすがに口をひん曲げている。

「そういえば…」
椿山が思い出したように声を上げる。

「富樫がこないだ、国語の教科書忘れたんだよ」
「ああそういや」

教科書を忘れた富樫は、寮へ取りに戻ろうと立ち上がりかけたのだった。が、偶然にも鬼ヒゲが急用ということで自習となり、書き取りが課題となる。
書き取りならばと、隣の桃が教科書を見せてやろうと提案する。
「いや、そりゃあ悪いぜ」
実は富樫、このままサッサとトンズラするつもりである。それは誰しもわかっていた。桃はわかっているのかわかっていないのかわからない何時もどおりの顔 で、
「ほら、俺の教科書を使おうぜ。まったくしょうもねえ奴だ」
なんて兄貴ぶりながら教科書を机のど真ん中に開いてしまう。富樫はそんな好意をムゲに出来る男ではなかった。ドスンと腰を落ち着ける。
誰もが富樫、大人しく書き取りをはじめたと思いきや、
「ウフフフ」
などと言う珍妙な声を聞きつけてしまった。再び富樫と桃を振り向く。
と、真ん中の教科書を二人で覗き込んだために桃のクルリクルリの髪の毛が富樫の頬をくすぐったようである。首をすくめて富樫、
「ウッフフフフ」
である。
「おい、おかしな声を出すなよ富樫」
桃は笑っている。自分の髪の毛を一房つまみながら、そんなにくすぐってえかななどと確かめていた。
「だってよう、桃」
「だっても何もあるか、富樫」

そして再び声を潜めて、書き取りを始める。
が、すぐに例の、

「ウッフフフフフ…」
が始まるのだった。


「男二人で顔寄せてウフフアハハだぜ?ちょっとやりすぎじゃねえか?」
秀麻呂、大いに腕を組む。
「このまま行くと、シュウドウちゅうものになりかねんな」
「シュウドウ?」
「男色のことだ」
田沢はきっぱりと言った。男色、響きからしてソドームな雰囲気である。秀麻呂はツバを飲んだ。
「これがこのまま行き過ぎたら、二人でヌルヌルとくんずほぐれつ…」
「だ、駄目だっ!!あいつらはこのまま親友で居て欲しい!」
椿山が悲鳴のような声を上げた。松尾はなにやらヌルヌルした想像をしたものらしくブルルルッと肩を震わせる。
「そうだよな、俺たちでなんとかしようぜ!!」

オオッ、と四人拳を振り上げる。

ラブコメ禁止隊結成の瞬間であった。






昼食を桃と向かい合って食いながら富樫はぼうっと、秀麻呂たちがなにやらポスター貼りにいそしんでいるのを見た。
「なーにやってんだろな、」
桃は味気ない雑穀ばかりの飯を頬張りながら、さあ、と応じた。富樫も飯をかっこむ。飯が半分になったら味噌汁をぶっかけて分量を増すのが常である。
「ら、ぶ、こ、め…らぶこめ、禁止だとさ」
「らぶこめえ?そんなナンパな事、ここでやっとる奴がいんのかよ?」
「さあな、俺たちには関係ない話さ、富樫」
「そうじゃな桃」
富樫は箸で一つまみしたらなくなってしまうノリの佃煮をアテに、一口飯を頬張る。
大いに頷いて、ノリついた歯を見せて笑った。

「富樫、飯粒がついてるぜ?…みっともねえ」
桃が手を伸ばして、飯粒とって、ぱくり。
「お、悪ィ」

二人は和やかに飯を食べ続けている。






「だ、だめだァ秀麻呂ォ、ぜんぜん、ぜんっぜん効果ないよォ!」
「ウームム、しぶとい奴等め!よし、作戦を変えるぞ!」

後日、
【羅武路魔 禁止!】
とラブロマ禁止隊を結成したが効果があったか、どうか。
モクジ
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