骨董市へ
わあキラキラしてるう、私の顔を見た途端そんな事を言わ
れてしまった。
それは仕方の無いことですと私はいつもの仏頂面で応じる。
晴れているすっきりと晴れている。白青く空高く晴れていて雲もまばらだ。
胸が高鳴る。
今日は私の、一人っきりの、ぷらいべーとな休日なのである。
私はずいぶん長いこと手にしていたために皺が細かに入ったチラシへと目をやった。
レトロな文体で、『千元神社青空骨董市』と書かれている。
フッフフ、笑いがもれる。まあ顔はいつもどおりの仏頂面だったろうけれど。
「組長、その…今日は留守にしますけれど、よろしくお願いいたしますね」
おそるおそる和室で新聞を読んでいるであろう組長へふすま越しに声をかけた。正座して声をおかけするのが通常なのだが今日はもう腰を屈めて告げる失礼をや
らかす。だって今日はその、特別なのだから。子供のようだと我ながら。
私の鼻先でからりとすべりのよいふすまが突然に開いた。えっ、と思った私のほんの目の前で丹前姿の組長が腕組みをして立っていた。
「出かける」
「は、はあ」
まあ私が出かけるからといってお留守番しててくださいということもないですけれどね。お出かけになるから服をよこせ、そういう意味ですよね。
「はいかしこまりました。今日はだいぶ冷えますが和服でよろしいでしょうか」
「ああ、任せる」
私は廊下へと顔を向けて、顔の横へ手をやってメガホンのようにしながら家事手伝い見習いさんを呼んだ。
「見習いさん、組長がお出かけです。お着替えの準備を!」
へい、と遠くから声が返ってきた。丁稚奉公かそれとも組員のつもりでいるのか、若い人の考えることはわかりません。次いでどたどたどたと走ってくる元気な
足音がする、ああ走らないでってあんなに言ったのに!まったく若い人は元気があってよろしいとは思いますけれど、まったく。
「はーい、お待たせしました!」
現れた見習いさんにまずは廊下を走らなかった小言をと思い口を開く、しかし、
「…見習いさん、」
見習いさんは普段の、失礼だとは思うけれど粗末な格好ではなくよそ行きの装い。手には私がまだ何も指示していないというのに、カシミヤの濃黒インバネスに
縞の小粋な紬に防寒用の股引に帯に、組長の装いを準備万端腕に引っ掛けていた。
ザワザワと胃が騒いだ。最近では何かあるとすぐに胃が騒ぎ出して、私に教えてくれる。
おかしい、手際が良すぎる。それにこの組み合わせはいかにも組長が好みそうな、前々から準備してあったような…
「へえ、なんでしょ」
私が呼びかけると、にかりと見習いさんは笑った。
ますますおかしい。
「…出かけるのですか」
「へえ、組長と一緒に」
「それはそれは」
私は背中を向けていた組長へと向き直った。どんな顔をしているかと思えば、冬だというのに涼しい顔。にやりとしてやったり顔でもしていてくださればまだ、
可愛げでもありそうなものなのに!
「組長」
「なんだ、」
「本日はどちらへお出かけで?」
問いかけると普段と変わりないなんでもない顔。それが余計に私の胃を騒がせる。ああお願いいたしますどうかカンチガイであってくれますように!
「千元神社の青空骨董市だ」
だ!と見習いさんが組長の言葉尻をはしゃいだ様子で繰り返す。
ああ…やっぱり…
私は久しぶりのぷらいべーとで心休まる休暇が音を立てて崩れていく音を聞いていた。
「いいですか組長、何度も申し上げるようで申し訳ないですが、UKSです、ゆーけーえす!!」
道行く車の中で私は繰り返す。組員さんが出してくれた車はせめで目立たないようにの軽自動車。その選択はいいのですが、大人三人が後部座席に座ると鳴ると
少々狭い。
私の必死の言葉にもうるさげに右手を振って叩き落とす組長、あな憎らしや。私の憩いの場を戦場にするおつもりですか、ええ?
「仏頂面さん、ソノUKSちゅうのはナンですか?」
ああまだ見習いさんには言っていませんでしたっけ。それはですね、ああすみませんそこを左折で、はいどうも。
「売らない、買わない、誘わない、という事です」
「ハァ」
見習いさんは組長を挟んだ向こうでむつかしい顔をしている。
「人を商売女みてえに言いやがって」
組長まで嫌な顔をして、私のわき腹を肘で突いた。ちょっと、組長、私のような軟弱者がそんなことされたら死んじゃいますからね!
「商売女、アア、立ちんぼすんなちゅうことですか?」
組長と二人、顔を見合わせる。まったく、今時の若い人にしてはなんていう言葉を…
「そうだ」
組長も真顔で肯定しないでください!冗談のつもりならタチが悪いですよ。ああもう、あ、そこを右です。駐車場がありますからそこに。ええ。
「喧嘩を、ですよ」
なあんだ、と見習いさんは笑った。組長はつまらなそうに私を横目に睨む、冗談のつもりだったんですね…。
「冗談じゃあないですよ、組長」
「あん?」
またそうやってチンピラじみた目つきを好んでなさるんだこの人は。誰より高貴な顔立ちに品性ある物言いだってすべてお釈迦だ本当に。
「素人相手の喧嘩は絶対に、絶対にやめてください」
私の休日をせめて平穏に送らせてください!鼻をひくひくさせない!
「じゃあ誰と喧嘩しろって言うんだ、ええ?」
「誰ともしないでくださいよ!!」
とうとう私も大声を上げてしまった。ああ更年期障害かもしれない、今度医者行って精密検査でも受けようか。せっかくの休日が…
「じゃあ、クロートが喧嘩売ってきたらどうするんですか?」
見習いさんまで組長に感化されて…ああ胃が、胃が、 い た い …
「その傷見て喧嘩吹っかける玄人が東京に居ますか!?」
「フッフフまあ、確かに…な」
フッフフじゃあないでしょうフッフフじゃ。顎なんかさすっちゃってああ本当に伊達男ですね!
「アレですね、天下御免の向こう傷ゥっちゅうヤツですね」
こら見習い、いい加減にしなさいよいい加減に。そのコインパーキングは高いんです、その奥、そうそうそこに入れて下さい!
「頼みますからUKS、とにかくUKSでお願いいたしますね!!」
私の声は果たして届いたのか、二人揃って子供のようにオオーと声を上げながら窓の外の賑わいに目をやっている。
………うう。
私はこの日のために貯めていた金の入った財布を胸のポケットの上より押さえながら、キュウンと胃が鳴くのを聞いた。
だというのに私の胃と来たらゲンキンなもので、境内にずらり並んだ真っ青なビニルシートに並ぶ骨董を目にしたら痛みもうめきもどこかへ行ってしまったの
だった。
「張り切ってますねえ、仏頂面さん」
「ええ張り切っていますよ」
「何か怒ってます?」「地顔です」「ア、そりゃドーモ…」
一通りのコントを済ませると組長が見習いさんを連れて辺りをブラつくとおっしゃる。そのほうがいいと思います、幸い境内に出た店を囲うようにしてお祭りみ
たいな屋台が出ていますから。子供さん連れの方も楽しめるようにか数合わせやクジなどもあるようです。
場内案内図を一部組長に手渡すと子供のようにああ、うん、そんな生返事で屋台を調べている。剣さまがたまにおっしゃるように、こういうふとしたところへ可
愛げが見え隠れする人だ。
「それじゃあ、後で合流しましょうね」
「おう」
……不安だ。ああ不安だ。
「……くれぐれも、売らない買わない、さそ」
「くどい」
ベシ、と顔に手の甲がぶつけられた。痛い。
私は組長と見習いさんの背中を見送りながら鼻をさすりさすり、骨董の山へと突入する。
…そういえば、去年まで屋台なんて出ていなかったな。今年からそうなったのか?
「おやこれは渋いぐい呑み、…美濃かな。六つ揃って二万円でどうですか」
乱暴とも言える値段交渉に店主が渋い顔をしたのと同時に値切り鬼が顔を出す。同時に組長に見習いさんの顔は吹っ飛んだ。
「おっ、そこの格好いいオニーサン!」
ヒャアと見習いは奇声を上げた。確かに組長はべらぼうに格好いい、抜きん出て格好いい、だがオニーサンはないだろうと見習いは正直に顔に出した。
途端に顎を引いた剣呑な睨みをぶつけられる、
「何か文句があんのか」
「いいえなあんにも!」
棒読みの返答にはまるきり満足などせずに、呼び込みをかけた中年の広げたブルーシートを見下ろした。
様々な器がずらりと並んでいる、もったいぶって箱に入ったもの薄紙に包まれたもの見ているだけで目が回りそうな品々である。見たところどうやら西洋骨董が
多そうであった。
伊達はそのシートのすぐ側に腰を屈めた、無造作に手を伸ばして皿の一枚を掴み取る。店主が声を荒げた。
「困るよオニーサン!!そりゃ七十万円はする皿だぜ!!」
伊達は男の声を聞き流すと自分が手にした皿へと目を走らせた、ああおっそろしい目だ、と見習いはそっと腰を引いて立ち去りにかかる。
剣呑な気配というものを嗅げないようではこの伊達組の見習いなんかできっこがないのだ。
伊達はぽいと、その場に皿を投げた。あっけに取られた男。
不穏だ。見習いは背を向ける。低く前傾して、駆け出す準備。
「こんなゴミが七十万だと?笑わせるぜ」
世界を見下す不遜さと、気高さの交じり合う頬。傷すらなにか特別な人のしるしのような男である。
特別な男ははっきりとそう言った。
ムダにはっきり響き渡るその声をピストル代わりに見習いは駆け出した。
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