アフターカーニバル
六本木日米親善ディスコ大会の夜は明けた。
日本男児の末裔たる男塾塾生達はその男気と腕力とそして知力とを十分に示し、移り気な女子大生へ制裁を与えた。
ならば、教官は?
彼等男塾塾生の教官たる、鬼ヒゲはどうなったのだろうか。
彼は病院のベッドの上にあった。両腕と左足とそれから肋骨を骨折して、鼻筋もすっかりひしゃげてしまった。
「もう顔は元には戻らないでしょう」
医者が生真面目にそう、残念そうに鬼ヒゲへ言った。が、
(か、顔は生まれつきじゃ!!)
内心歯をガチガチさせて唸っていた鬼ヒゲの気持ちはわかってはもらえなかった。
ともあれ彼は今病院のベッドの上にあり、年増のナース達の世話になっている。若いぴちぴちとした、彼が今最も望むものはとうとう与えられないでいる。とい
うのも彼は若い女性達から嫌われる傾向の顔であったからである。新人ナースの青井みちる(25)などは生理的に嫌だとハッキリ言っていた。
可愛そうな男である。
可愛そうな男は今、誰も見舞いに来ない窓辺でふてくされている。
「チェッチェッ、誰も見舞いの一つにこんとは、薄情にもホドがあらぁ」
健康ならば短い手足をばたつかせるだろうが、生憎ブチ折れていた上にそんな元気も無かった。病室には付き物の花瓶はカラのまま。
鬼ヒゲはふすんふすんと鼻を鳴らして世の理不尽さを呪う。ついでにコッソリと自分の不細工さを呪う。
窓の外には病院の庭、それから噴水。噴水の水面や水滴全てに太陽がチカチカしてまぶしい。まぶしいついでに眼を細めると、鼻の奥がツンツンして、涙が出そ
うだった。鬼ヒゲはグクゥと腹に力を入れて必死に泣き出しそうなのを堪える。
(ワシが一体、何したっちゅうんじゃ!)
何もしていない。
何もしていない、ただ、不細工だった。不細工だったが、女の子とお付き合いなるものがしてみたかった。
それだけである。
(チェッチェッ、面白くもなんともねえ!)
見舞い客の手によって開く事のないだろうドアを鼻息荒く一度睨んでおいて、鬼ヒゲは布団をひっかぶって眠る事にする。
いつも自分が眠っている布団よりずっと上等なものだったのが、余計に物悲しかった。
「フッフフ枕を涙で濡らすなんて、俺が居る時にしてくれりゃあいいのに」
何やら不穏です。
穏やかでありません。
見舞い客の手によって開かれる事は無いだろうと踏んでいたドアがからりと開いて、夏のひなたの匂いのする男が一人入り込んで来ました。
男はさわやかかつ図図しく病室へ踏み込んでいき、こんもりと膨らんだ布団と、それが時時ひんひんと震えるのを見てそのように呟きます。
何やら不穏です。
穏やかでありません。
男は鬼ヒゲの引きこもったベッドへと近寄ると、布団の端を掴みます。それでもって、
「あぁらよっとぉ!」
とまるでヤクザ屋さんの事務所の壁を槌でもってブチ抜く時のような掛け声で引っぺがしました。
「きゃ――っ!!?」
布団を間違えたわけではありません。
鬼ヒゲ、不足の事態に弱い男なのです。心根にどこか夢見がちなところのある男なのです。
だから布団を引っぺがされてしまったら、思わず絹を裂くような悲鳴を上げてしまったのでした。
せっかく広いベッドを用意してもらったというのに、短い手足をカメのように縮こまらせた鬼ヒゲの姿に、白いハチマキを締めた男前は快活に笑って、
「お加減いかがですか、教官殿!」
驚き戸惑う鬼ヒゲへそう尋ねたのでした。
「…も、桃…」
「一号生筆頭、剣桃太郎!教官殿のお見舞いに馳せ参じました!」
鬼ヒゲのつぶらと言ってもいい目がウルウルと潤みを帯びていきます、まさに鬼の目にもナミダ。
丸まっていた身体をエッチラ伸ばして、可愛い教え子に鬼ヒゲは感極まって万歳!をします。
「桃ォ!!」
感極まって万歳!まではよかったのですが、なにぶん腕がブチ折れてしまっていて、
「アィチチチッチチ」
たちまち再び丸くなることになってしまいました。その背中をいたわりを込めた手のひらがそっとなでおろします。
「そんなに喜んでもらえるなんて照れっちまうな……ほら、しっかり寝てくださいよ教官殿」
嬉しそうに呟いて、鬼ヒゲの胸元まで布団をかぶせ直してやり、
「フフフ、元気そうじゃあないすか」
などと安心した風にそう一号生筆頭は微笑みました。
普通ならばなんて教官思いのいい生徒だ、と思うところなのですが生憎この剣桃太郎に鬼ヒゲは一杯食わされているのです。
もとはといえば、フラれたあだ討ちを生徒にやらせようとした魂胆を見抜かれたその浅はかな自分をこそ恨むところですが、鬼ヒゲは少し足りないところがある
ので逆恨みです。
逆恨みは鬼ヒゲの眼差しを黒く染めました。
鬼ヒゲの視線がそのすっきりとした男らしい頬に刺さったのに気づいて、一号生筆頭が顔を上げます。
何故顔を伏せていたのかといえば、見舞いの桃を剥いていたからです。見舞いといえばリンゴですが、あいにくリンゴは季節外れ。桃が桃食わせてやるよ、そん
な気構えがあったかどうかはわかりませんが、ともあれ桃は桃をせっせと剥いていました。
「なんすか、そんな…カ、恐い顔して」
カ、
可愛いと言いかけたのは仕様です。女の子にフラれ、仕返しをしようとして殴られ、若い看護婦に嫌悪され、シオシオと涙にくれていた鬼ヒゲときたらなんとも
マニアックに可愛いものでした。
しかし桃のそうした微笑ましさを多分に含んだ視線はとうとう鬼ヒゲへは伝わりません。
なにしろ鬼ヒゲ、鈍感だからです。
「桃、貴様…わかーい看護婦のオネェチャンをひっかけようと企んどるな!?」
「……はい?」
さすがにいきなり怒鳴られて桃も首を傾げます。布団の上へ起き上がった鬼ヒゲは遠山の金さんのように桃へ人差し指を突きつけて、
「正直に申せ!貴様わしの見舞いにかこつけて看護ブッ」
最後まで言えなかったのは、剥き終えた桃が桃の手によって口へと突っ込まれたからです。
桃の指がつるりと鬼ヒゲの唇を掠めたのも仕様です。
勘違いをしてギャンギャンわめく鬼ヒゲは、世界中で需要がおそらく桃とあと三人ばっかり居れば上等だろうというぐらいにマニアックに可愛げがありました。
口に突っ込まれた桃を鬼ヒゲはちゃむちゃむと舌を鳴らして飲み込みます。つるりとした舌触りといい、たっぷりとした汁といい、甘くとろけそうな香りとい
い、素晴らしい桃でした。
ごくんと鬼ヒゲのぶっとい喉仏が上下したのを見て、桃はさらりと、
「うまいスか」
と尋ねました。その微笑みたるや国宝の仏像級、素敵な上に無敵です。
「お、お、オオ、うまいな」
鬼ヒゲは振り上げた拳を下ろして、たちまち大人しくなりました。
桃は再び桃を指に摘んで鬼ヒゲの顔の目の前へ。さすがに鬼ヒゲ、嫌そうな顔をします。
そのじとついた視線を勘違いしてか、
「手ぐらい洗いましたよ、フッフフ信用がねえのかな」
などと肩をすくめる桃は全世界ナンバーワンシェアを誇りそうな男前でした。
結局桃を丸々二つ、桃の指によって食べさせられた鬼ヒゲです。
大人しく口を開けて桃を食べる姿は、だいぶん一般向けに可愛げがありました。
「ああ、忘れちまって…これ、富樫からです」
「富樫?」
手を手ぬぐいできれいに拭った桃が懐から書店の紙袋を取り出しました。一体彼の懐はどうなっているのでしょう、一号生筆頭ともなれば桃の二つや三つに雑誌
ぐらいはすんなり隠し持てるのでしょうか。
紙袋のシールを剥がして、中を半分取り出してやってから手渡します。鬼ヒゲはぶきっちょに片手でよちよちと雑誌を取り出しました。
『真夏先取り!水着特集!』
踊る文字はオレンジ、表紙をかざる女は小麦、張り出した身体を包む水着はブルー。
一瞬にして鬼ヒゲはハワイだかグァムだかの真夏のビーチへと魂を遊ばせています。
(おうおう、富樫の奴カワイイところがあるもんじゃ!ムフ)
鬼ヒゲは片手でページを捲りながらヨダレを垂らさんばかりにして弾む女体に釘付けになってしましました。
さて、ここで面白くないのが一号生筆頭です。かいがいしく布団をかぶせてやって、桃を剥いて食べさせてやって、それで今やほっぽらかし。
面白くないのも当然です。
「教官殿!そろそろ小便取りましょうか」
「へぁ?」
思わず笑顔で鬼ヒゲが顔を上げました。無理もありません、脳内ではTバックな美女たちに囲まれてウハウハだったのですから。
その笑顔が美女達に向けられたものであることを重重承知しながらも、一号生筆頭は尿瓶を手ににこやかに立ち上がります。
尿瓶を手にしていようと、そのスッキリとした格好よさは微塵も減りません。男塾一号生筆頭はそういう男です。
尿瓶が目の前で一度、二度、三度振られて鬼ヒゲはようやく桃が何を言い出したのかを理解して、
「い、いいい、いーらんいらんいら――ん!!」
健康な手をぶんぶん振って必死の形相で訴えます。しかし、訴えて聞き入れる相手かどうか、それを一番知っているのは教官である鬼ヒゲでした。
「遠慮することないでしょう、教官殿の小便を取るのは教え子として当然じゃないすか」
ははは、原宿あたりで写真を売れば立派に稼ぎになりそうなその朗らかな笑み!尿瓶片手に。
「もももも桃、貴様の立派な心がけはありがったーく受け取った!だが、だが、だ、」
ああ、
一号生筆頭は何事か気づいたように顎を撫でました。視線が鬼ヒゲの股間へ一度定まり、それから激しく狼狽する鬼ヒゲの顔へうつります。
「…皮かむってるぐらい、自分は気にしません!…なんなら、剥いて差し上げますけど」
チッガーウ!!!
鬼ヒゲの悲鳴が病院中に響き渡った。
その後鬼ヒゲ、脅威の三日で教壇へ復帰を遂げるのだった。
その裏に一号生筆頭の献身的な介護があったことは想像に難くない。
Copyright (c) 2008 1010 All
rights reserved.
