両手で俺に持って恋
右手にメロンパン、左手に愛を。
そんな自分で言うのもなんであるが、無骨な面に似合わない事を考えていたら、
左手にはアンパン買ってくるべきだったと、メロンパン差し出した時のそいつの表情で悟るのだった。
「俺今日、アンパンの気分だったんだけど」
だったんだけど、何だ?そう以前なら聞き返していた。しかしここで聞き返すと、瞬間沸騰で真っ赤になった顔で、耳にキィキィきしむ金切り声がバカーッと怒
鳴るだろうから、
「そうか」
とだけ答えることにする。
メロンパン置いて、アンパン買って戻ってくると、
「おう、ちょーだい」
とソファに寝転がって雑誌を見たまま、こっちを見もしないで手が伸びてくる。俺はアンパンをその手に渡してやった、と、
俺が食おうと思っていたメロンパンの姿が無い。いや、無いわけじゃなかった、
あるにはあった、上のカリカリした網目の部分がない、メロンパンと呼んでいいかどうか迷うものがそこにあった。
「明後日対面式だな、バッチリキメてくるから楽しみにしてろよ」
もぐもぐアンパン頬張りながら、丹下は俺に、メロンパン食わないのと普通に聞いた。
だから俺は普通に食った。素パンだった。
「ショークーンッ!」
突拍子もなく、丹下は俺にそう声を張り上げた。おそらく諸君、と言ったらしい。俺はトレーニング中だったのでまず汗を拭いた、クサーィッ!!と額に青筋立
てて叫ばれる前に。
「………」
別に俺は何を考えていた訳でもない。しかし丹下の気に食わなかったらしく、
「な、何とか言え!!」
と背中をどつかれた。俺は頭についた土を払う、頭バク転をすると、どうしても頭が汚れる。だがヘルメットなど被るのもおかしい気がした。
「………ああ、」
何とか、何とかと言われても困る。俺が言いたい事と、丹下が言われたい事はきっと違うだろう。そうしたら丹下はまた血圧吹っ飛ばして怒るだろう。
俺はできるなら、何を言って欲しいのか言って欲しかった。
「………チッ」
丹下はつまらなそうだった。風が吹く、春の風だ、花粉症でなくてよかった。俺が、丹下が。
「唐沢ァ」
「おう」
タオルを折りたたんで、答える。丹下は学ランのポケットからサングラスを取り出すと、鼻の頭あたりまでずり下げてかけて見せた。
色のついたレンズの大きい、いかにも軽薄なサングラスだ。しかし今日は薄曇、まぶしくも無い。
「…………」
俺は黙っている。すると、
「何か言えやァーッ!」
鳥のように高い声で叫んで俺の胸板を拳で打った。力を入れたつもりはなかった、恐らく丹下の打ちかたが悪かったらしく、手首が内側へ曲がってしまって、酷
く痛そうな顔をした。
だから俺がたまに、ダンビラに頼らず、基礎体力をつけるように言っているのに。
「カッコウいいだろうがァ!」
丹下はきっと将来、脳溢血とかで死ぬ。俺は、そうなると嫌だろう?だからあんまり、急に怒ったりするなよ、というつもりで言ったのだが結果ものすごく怒ら
せてしまった。
鼻の頭にサングラスずり下げて、顎を引いて、力を入れた上目。
いっそ見事に、あきれるほど軽薄で、田舎っぽくて、頭が悪そうで、頭が悪そうだった。
きっと俺は笑っている。丹下は気を良くしたらしい。
「……買ったのか」
「そうよ、ふふん。原宿で買った、見ろほら、ここが凝ってんだよ」
かけたばっかりのサングラスを外して、ツルのところのトカゲ細工を俺に見せた。にゃあと鳴きそうな笑顔だった。
「トカゲか」
「そう、これかけて明日、キメてやるのよ」
「…明日?」
「だから対面式だよ、赤石さん俺に任すって言ってくれたんだ」
ああ、それでやけに気合を入れていたのか。
「よかったな」
丹下が拳を俺目掛けて突き出してきた、それを手のひらに受け止めると、満足そうに笑う。
「俺だけじゃない、お前もだ、唐沢」
「…俺?」
俺が何かするようなことが、あっただろうか。
「イッチ年前のリベンジだろうがァ!」
だからそんなに声を張り上げなくても、聞こえる。
イッチ年前。
ショークーンッ!
ちょうどさっきの丹下と同じ発音だったな、と思い出した。
昨年、入学したばかりの俺達一号生は散々だった。
丹下は、先輩の肩をお揉みして逆に揉まれ(フクロだと丹下は言う)、
俺はバク転披露し、逆に頭バク転を見せ付けられて殴られた。
「いいか、カラサワ良く聞け。俺がバク転得意そうな奴指名してやる。どうせ一号生、普通のバク転ぐらいしかする頭はないだろう、そこでお前がサッソーとや
るんだよ、頭で、」
「………ああ、」
「鈍ーいッ!!こーれはァ、俺たちのリベンジなんだぞ!」
つまり、去年自分たちがやられたことをソックリそのまま返してやろうということ。
丹下らしいことだった。このやり口の小ささ、俺はそんな丹下が嫌いじゃない、むしろ、わりと好きだ。ワガママで頭が悪くて、浅はかだが。
「そうか」
「よーしやる気出して行こうぜ、そんなら後で俺が髪の毛やってやる」
「髪の毛?」
「セットしてやるって言うんだよ、ハレ舞台だからな、お前ァムトンチャクすぎんだよ、身だしなみ」
俺を見ろォ、と髪の毛を撫で付ける丹下。俺は逆らう必要もなかったので頷いた。
「よォし、フフフ明日はキメてやるぜ。………俺が二号生筆頭代理、丹下だ。諸君らをこの男塾に歓迎する…誰かお酒の好きなかた〜」
何も言い方まで昨年を真似なくてもいいだろうに。
そして俺は言わなかった、丹下が張り切っているから悪いと思ったので。
もし明日、指名された一号生がバク転をしなかったら、どうするんだ――?
しかし俺の言うことはだいたい丹下言うところの『ヨケー』であるらしいので、黙っていた。
「二号生唐沢ァ!」
俺は声を張り上げた。シナリオ通り進んでるぜ、気分がいい、ああ気分がいい。なぁ唐沢!
「おう」
何がおうだ気張りゃあがって、普段からその気合見せろ。
バク転を成功させたにもかかわらず殴られた一号生達は俺を睨んでる。バーカめ、見てろよ見てろ、そんな男がバク転に手をつくもんじゃあないんだよ、見てろ
見てろ、俺の唐沢見てろ。俺がセットしてやった頭見てろ。いいだろうが。俺の唐沢。
見事唐沢は、頭バク転を成功させる。
流石だ、ふふふふたまにはやるじゃねえか、ずっとそうしてろよ。ちょっとはいいから。ちょっとな。
………でもまさか、一号生が反撃に出るなんて思わなかったんだ。
一号生筆頭、わざわざダンビラなんぞ振り回しやがって!俺はナ、ダンビラなんか使った事ないの!イヤァーッって言ったけど使わないの!空気読めよ!
でも何より、
「俺置いて、とっとと避難しやがって…」
「すまん」
すまん、じゃねえよ唐沢。バク転終えてさっさと役目終わった気になってんじゃねえよ、俺を助けに来いよ、そんでパン買って来いよ。
「……腹が減ったな」
「おう」
唐沢は颯爽と立ち上がって、パンを買いに行く。
あいつはきっと、アンパン買ってくる。こないだ俺が、アンパン食いたいって言ったから。
そしたらメロンパンが食いたいって言ってやろう。
あいつが両手に、アンパンメロンパン持ってきたら、その時はちょっと褒めたりするぜ。
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