骨董市2

「だから、買うなってアレほど言われたじゃあないっすか!」
キャンキャンうるせえ、買ってやしねえよあんなガラクタ。
「皿の話じゃねえですよ!喧嘩のことです喧嘩ァ!!」
売られた喧嘩を買わねえで何が男だ、いいか、てめえはまだわかってねえみてえだから教えてやる。
いいか、
「俺は伊達臣人だ」
ふふんわかったか、見習い。
「喧嘩しないでくださいって、仏頂面さん言ってたのに」
うるせえ、おらヤキソバ買って来い。






小銭をやってヤキソバを買いにやらせた。見習いの奴も最近小うるせえが仏頂面と違って飯の一つもやれば黙るんでまだ楽だ。
市が賑わって人は大入り、まったく結構な事だ。俺ははずれのベンチに腰を下ろして煙草を一服。マッチで吸うと最初の一口がうまい。俺が和服でこうしたとこ ろに腰を下ろすのを仏頂面は良く思わないらしくて何かと小言やかましい、だがな着るものが汚れるのは節理ってもんだ、野暮を抜かすな。
煙を控えろとも言う、馬鹿を抜かすな。
俺がしたいことを控えてまで長生きをしたがるとでも思うか。俺がそれで死ぬなら俺はそれまでだということだ。
だがまああんまりうるさくされても面倒だから控えてやってもいい。
「おやぶーん、ヤキソバ特盛お待ちです」
お待ちどうさまだ、ヤキソバが俺を待ってどうする。ああいい俺はいい、黙って食ってろ。黙ってな。
いただきますと同時にムシャムシャヤキソバ食う見習いを横に、俺は雪が降り出しそうな空を見上げた。外はいい。
「親分親分、何か買わないんですか」
「何かって何をだ、俺に皿でも買えって言うのか」
「だってせっかくお祭りですよ」
「全部中古品だがな」
何がおかしかったのか見習いは笑った。てめえが俺を笑うなんざ二十年早えんだ。顔半分をソースだらけにした見習いは笑っている。
「何がおかしい、」
「だって、同じこと言うもんっすから」
誰と、と言おうとした途端見習いの顔が固まった。後ろを通ったいかにもな若い野郎の手にあったタバコが見習いの髪の毛を掠めたらしく、熱さにかベンチの上 で飛ぶ。手にしていたヤキソバの器が半分以上を残したまま地面へと落ちた。ああ、と見習いのベタベタの口から残念そうな声がもれる。
馬鹿が、
すぐさま俺は手にしていたマッチの箱を、気にも留めずに歩き去ろうとしていたその男の後頭部目掛けて投げた。俺が投げたんだ当然当たる、男は驚いたらしく 振り返った。俺が投げたのかどうかわかってねえ馬鹿野郎だ、教えてやるよ、今てめえにマッチぶつけたのはな、
「俺だよ」
わざわざ低い声で言ってやる。
わざわざ笑って言ってやる。
わざわざチョイチョイ招いてやる。
「あんだこらァ!っにしやがんだ!」
顎を引いてまぶしくもねえだろうに趣味の悪いブランドのサングラスをズリ下げながら睨んできた。引きずることおかまいなしのスウェットが玉砂利とスレて汚 れている。着込んだ黒いダウンも高いもんだろう。だがそれ以上にぶくぶくと贅沢についた甘えにヘドが出そうだ。
「親分!」
外で親分って呼ぶんじゃあねえトンマ。拾うんじゃねえ、食い意地張らせやがってみっともねえ、
「おいテメ、どういうツモリなんだよゴラ、ああ?」
俺の顔を見ても突っかかってくる奴もいる。男塾であれば単に勇敢だとかで済む話だ、例えば虎丸なんぞは馬鹿でどうしようもねえ馬鹿だが、スジはある。
見たところ二十歳そこそこ、ただの、バカだ。
バカの上ガキだ。
くわえタバコのままガキは近寄ってくる。
俺はアホだと大声で言っているガキだ。そんなガキが最近はフリーダムだとかソウルだとか、そんな薄っぺらな言葉を吐きやがる。

「おいオッサン、あ?あ?」
「ヨシー、なにやってんのー?」
男を遠くから呼ぶ女も見えた。女はなんと子供の手を引いている。
俺は草履のつま先を跳ね上げた。
見えたか?見えるかよてめえみてえなガキに、ええ?



跳ね上げたつま先は、狙い過たずにバカがくわえたタバコを蹴り上げた。バカは目を白黒させている、当然だ、俺の蹴りがてめえなんかに見えるかよ。
「んな…っ!!?」
地面に落ちて転がるタバコを草履の足を伸ばしてにじり消しながら、見た。
ただ見た。睨む価値もねえこんなガキ、だが俺が見るんだ、
伊達臣人が見るんだ、

「………」
「…………」

ふっ、と目を反らされた。やはり根性もなにもねえガキだ、バカが。俺は拳を握った。殴ってやってわかるかどうかだ、俺が俺の拳を使う価値があるかどうか だ。だが無くたってかまうか、かまわん。こいつはウチに喧嘩を売った。

「バッカ野郎がッ!!」

と、ドラ声と共にいきなり現れた平手が男のドタマを張り飛ばした。この俺に気配をまるで気づかせずに近寄って、俺と対していた男の頭を張れるやつがどれだ けいるか。


「あっ」
いつの間にか「売らないで!売らないで!」と叫びながら俺の背中にしがみつくようにして止めようとしていたらしい見習いが声を上げた。俺もあやうく声を上 げそうになる、が、堪える。

「な、なにしやがんだよオッサン!おう!?」
「こん・ボケがぁッ!!」
ガキもその大声に驚いたことだろう。普通のサラリーマンや老人をただ張り上げた大声で威嚇してビビらせて強い強いと吹聴してきた男は、今本気の大声でどや しつけられた。腹にしっかりと気を練った、本物の大声だ。ガキの罵声なんか聞いたってうるせえなと眉が寄るだけだが、こうした大声(例えば松尾のエールな んかも)は耳にするだけで胸がすくようだ。

「おめえよう、ママと子供つれてタバコ吸うなんてのはいけねえよ。あのほっぺたをジュッてやったらそりゃあ痛ェんだから」
張り上げた声を落ち着かせ、そのガキの頭をバスケットボール掴むようにしてぐりぐりやっているその男、その背中。
その背中が振り向いた、相変わらず趣味の悪い柄モノのスーツに驚くほど派手な金色の虎柄ネクタイ、シャツはなんと緑。
その服装よりも尚趣味の悪い顔が、首から上に乗っている。

その顔が、笑った。

「大声出してんじゃねえ、虎丸」

白い歯を見せた、虎丸龍次がそこにいた。

「食いモンダメにする奴に、善人はいねえよ」

全く奴らしい理屈をこねて、そのガキが申し訳ありませんでしたと心から言うまで説教を続けるそいつを、見習いとただ見ることになった。










「なんで来たんだ」
ベンチに再び腰を下ろして、新しい煙草に手をつけた。マッチを投げてしまったせいで、ライターで吸う煙草はまずい気もする。見習いに虎丸は小銭をやって、 新しいヤキソバを買いにやらせてしまった。二人きりになる。もちろん市には人がまだ沢山居るので二人きりというわけではないんだが。
俺の隣に腰を下ろした虎丸の尻から不穏な音がする、無視するにはあんまりな臭いが漂ってきたので頭を叩く。
「うぁいてっ、なんじゃい、デモノハレモノところかまわずじゃろが」
ところ嫌わず、だ。バカめ。
「…なんで来たんだ」
「えー?お前が居るって聞いたからよう。おまえんとこのに」
仏頂面だな。家を出る時どこぞに電話をかけてたのはこれだったか。俺は舌打ちを堪える。俺にこの虎丸あてがって優雅に骨董めぐりでもとかいう魂胆だろう。 タヌキめ。
「…ふん」
「伊達、煙草くれ」
「買ってこいよしみったれてねえで」
言いながらも一本煙草をくれてやった。サンキュウと下手糞に言いながら太い唇に煙草を挟んで笑う虎丸。虎丸は顔を近づけてきた。俺は少し背を退きかけて、 やめた。どうしてこの伊達臣人が、退かなきゃならん。
顔はどんどん迫ってくる。どうしてどんどん迫ってくる。わからんが退かん。
もう俺と虎丸の顔同士の距離は煙草ニ本分しかねえ、
「とら」
「ん」
虎丸が目を伏せた、俺の胸が跳ねる前に、煙草同士が先端をぶつけあう。虎丸の頬が少し膨れて、奴の煙草の先がオレンジに点る。
ふふふ、と笑うようにして煙を鼻から吐き出しながら上目に笑いやがる。
「ちゅーしたみてえじゃろ、」
「ば」
馬鹿野郎、と怒鳴りかけたところにタイミングよく見習いが戻ってきた。どこをどうやったらそうまでサービスしてもらえるものか、マンガみてえな盛り上がり を見せるヤキソバを両手に駆けて来る。怒鳴るのはやめだ。
「ヤキソバ特盛り、お待ちです」
「お待ちどうさま、じゃろ」
虎丸がさっき俺の言いそびれた事をさらりと言った。見習いはヘエと商人みたいな受け答えを返す。
「先、食べててください」
両手には一つずつしかヤキソバは無え、俺と虎丸にそれぞれ渡すと見習いは背中を向ける。俺は別に腹は減っていない、呼び止めるより先に虎丸が腰を浮かせ た。
「いいっていいって、俺と伊達で半分こすっから」

…俺と虎丸は一つの皿を一つの箸で分け合うことになった。










「…どうしたものですかね」
散々に買った。最初私の顔におびえていた店の人間が満面の笑顔になるまでに買った。
買った。
しゃれたエナメル彩の冴えた、縁取りは金のワイングラスを二つ。虎丸様が来た時に使えばどうでしょう、ロマンチックな感じにはなりましないでしょうか。

人が絶えない伊達組。集まりや催しのあった時に諜報しそうな蒔絵のお重を買う。漆がぶあつく滴るようで、丈夫そうでもあった。

皆さんよく召し上がるからと、一人一人お膳を用意するのではなく取り分けていただこうと思い、安物だが使いでのありそうな、コバルトがべったりと蒼い大 皿。
これはちょっとものめずらしくってつい。呆れるほどの黄色が派手やかなウランガラスのデザート皿とガラススプーン。これは壊れやすいのでお客様専用。

迷いに迷った。迷いに迷った、曲線だらけ、華々しい絵に華麗な取っ手のリモージュ焼きティーカップのセットは、やめた。組長にドヤされそうだったので。
買いも買ったり。大変満足。






そして今、財布がない。
「どうした、ものですか…」
モクジ
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