二日過ぎでもいいじゃない
おい、と雪毛の父親は十蔵を呼んだ。
五月だというのに酷く寒く、雨がしょうしょうと細く降っている、薄暗い日のこと。
自宅ガレージにて、来週遠出でもしようかと(無論一人でだと十蔵は心に決めている)ツナギを着込んで、久しぶりにバイクの整備をしていた。
「なんだよ、」
「気づかねえのか、アホウが」
「あン?」
くい、と顎をしゃくられて家の中を示され、十蔵はバイクの整備を中断した。
どうせあの雪毛の父親がそういう物言いをするならば、母親に関してだろうと思う。
「…何だよ」
俺は忙しいんだ、と十蔵はもろ肌に脱いだツナギの足で、バイクを示した。
「……二日、過ぎたぞ」
「あ?」
話をしていて父親は疲れる。無駄に迫力が有るし、ヌッと現れて何事か言い出す。
「………二日過ぎた」
父親はもう一度繰り返した。十蔵は不満げに一つ鼻を鳴らして、今日が何日であるかを思い出しにかかる。
五月十三日。
「……だから、何だよ」
「…………」
父親の迫力が一段ぐんと増した。十蔵は居心地の悪さに、首筋の汗を拭う。
「あ」
『二日過ぎた』
父親は腕組みをして、
「……とっとと行ってやることだな」
いかにも下らない事だと吐き捨てるようにそう言った。
十蔵は仕方なくツナギに腕を通すとポケットを探った、小銭が数枚。ジュースは買えそうだが、花を買えるかと聞かれると難しい小銭である。
「しみったれめ」
それを父親はため息と共に見やると、自分の尻ポケットに手を突っ込んだ。五百円玉が一枚。
「………行け」
尻に敷かれてぬくまった五百円玉一枚が、父親から息子の手と手を渡った。十蔵は整備したばかりのバイクにまたがる。
「アンタは、やらねえのかよ」
息子の問いに父親はフンと鼻を鳴らす。
「母の日であって、妻の日じゃねえ」
十蔵が文句を言う前に、バイクは轟音を上げて発進した。
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