ゲルダ

雪の女王なんぞに、お前を連れていかせるかよ。
桃は腕に力を込めて伊達を抱いた。
伊達は嫌がる、その嫌がりようが桃の笑みを深める。
雪が空より途切れなく振り落とされていく夜、桃は目も腕も放さない。



零時を過ぎている。寮はとうに消灯して音も無い。音は雪が吸い込んでしまっている。
消灯規則正しく眠りについていた桃であったが、ふと玄関のあたりに気配を感じたので寝巻きのままそこへ足を向けた。気配の元に心当たりもある。
夕食に現れなかったあの男のものに違いが無かった、あの男、桃の知る中でも特に蒼い気配を持つ男。
その男、伊達が雪塗れになって桃の目の前にふらりと現れたのがいけない。玄関で靴も脱がずに立っていた伊達の手はたちまち近寄ってきた桃の手に包み込まれ た。
「手を放せ」
伊達の声は硬い。暗い玄関にあって伊達は雪に塗れながら蒼く光るようであった。
「断る」
桃の語調は柔らかい、たしかに柔らかいが譲る気配は微塵とない。伊達は顔を歪めた。色を失っていた頬の傷に血の色が戻りかける。その頬に張り付いていた薄 い氷のかけらがちかりと光るのを桃は見た、見て思うがままに自分の頬を寄せた。眠りに一度は落ちた桃の頬は体温を常より高まっている、ぴたりと合わせた伊 達の頬との間で雪が解けて滴となった。
「おい、くっつくんじゃねえ」
「断る」
また桃は断った。断っただけではない、腕をしっかりと回して身体ごと抱きしめた。抱きしめるとその身体を壁へと押し付ける、壁はひやりと冷たく伊達の背を 冷やした。さぞ冷たかっただろうに、伊達の額にも瞼にもその冷たさを厭う様子はなかった。伊達が厭うのは桃である、桃そのものであるか桃の体温であるかは 桃にはわからないでいる。桃はひたと伊達を見射ている、正確には押さえつけた肩と、自分の手によって温かさを取り戻していく頬をとを見ていた。
伊達が顔を背けようとするのを桃は頬を掴んで許さない。
「いきなり何しやがる、テメエ」
「冷えているな」
伊達は嫌な顔をする。
「外から帰ってきたんだ当たり前だろうが。いいから放せ、」
汚れる、とでも言いたげに伊達は気だるく言ってのけた。桃はますます身体を密着させる、桃の寝巻きに雪消がしみた。自分が冷えるよりも先に伊達を暖めきる つもりであった、伊達の頬に流れた雪消は桃の舌に舐め取られる。伊達は顔をのけぞらせて抗った、のけぞり現れた首筋へ舌が滑る雪消を追いかけていく。伊達 の声が荒れて、玄関に割れ渡る。
「いい加減にしやがれ!」
「嫌だ、お前がこんなに冷えているっていうのに」
誠実な目で口で理屈にならない事を言う、伊達は腕を突っ張って桃の身体を跳ね除けようとした。
「俺が冷えようが凍ろうが、てめえには何の関係もねえ」
「ある、おまえの身体が――」

冷えるなんて見過ごすことが出来ると思うのか――。



「雪の女王なんぞに、お前を連れていかせるかよ」
桃は腕に力を込めて伊達を抱いた。
伊達は嫌がる、その嫌がりようが桃の笑みを深める。
雪が空より途切れなく振り落とされていく夜、桃は目も腕も放さない。

「俺はゲルダみたいに追いかけてはやらん、だから――」


だからお前を逃がさない。この場で一筋あまさずあっためる。
モクジ
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