エトワール参戦

最初に飛んできたのは東京バナナだった。俺はああいう菓 子をほとんど食わないが、銘菓だと言う事ぐらいは知っている。

「な、何やってんじゃわりゃあ!」
東京バナナの次に、消火器片手に飛び込んできたのは、紛れも無く数年前に自分が血海より引きずり出した蒼いドレスのエトワールだった。
覚えている限り、透けるように白い頬にあどけない雀斑のあった鼻面は今は燃えよと真っ赤に滾り、固めた拳に力が入っている。
「…おや、無粋にも小猿が一匹迷い込んできたようですね」
自分の膝に長長と横座りしている男、自分がかつて倒し殺した筈の男が怪訝そうに眉を持ち上げる。その眉は自分のようにいかつく太いものではなく、筆で描い たように美しく細い。
小猿、と呼ばれた娘はますます顔を赤くし、手にした消火器の安全ピンを抜く。おい、俺はどうなる。
「ざっけんな!おじさまは、私のモンだッ!!」
海外暮らしでかやたらと不良じみた発音で吐き捨てると、迷い無く俺の膝に腰掛けている男目掛けて消火器を噴出させた。
当然俺もその真っ白な泡の餌食となる。膝に男が乗っかっているのだから当然とも言えよう。



「………」
「…………ごめんなさい、おじさま」
部屋中真っ白な泡まみれ、おじさまも白い泡まみれ。わぁ、おじさまったらエロいなぁ、なんて思ってたらゴツンと頭を叩かれた。
「痛ァ」
「いきなり消火器を持ち出す奴があるか」
「だって」
だって、私は頭を上げておじさまを睨んだ。久しぶり、本当に久しぶりで、まさか私が毎日写真にキスしてたなんて思ってもいないような鈍感なおじさま!
そんなおじさまに会えるならば、早く会えるならばって必死にバレエしてバレエして、それで勝ち取った日本公演だったのに!
おじさまったらどういうつもりなのよ!
「だって!おじさまがゲイシャとセ」
セ、の後は言わせてもらえなかった。おじさまの大きくて分厚い、私の大好きな手が降って来て口を塞ぐ。
「ムグ」
「そういうことを大声で喚くんじゃない、誤解を招く」
「誤解ではありませんがね」
ゲイシャが髪の毛についた泡を指先で払いながら、シレーッとして言う。
「山艶!」
サンエンとか言うゲイシャはおじさまに怒鳴られてころころと、軽くって透き通った笑い声を上げる。
しょうがない奴だ、とおじさまが小さく呟くのが聞こえてしまってまた腹が立つ。何よ、何よすっごく仲よさげに!

「羅刹、ここに入浴施設はありますか?」
「あ、ああ…警備の人間が使うのと、それから…邪鬼様専用の」
「なら彼に使用許可を取ってください。この泡には薬品が含まれているようですから」
要するに一般じゃなく、VIPのバスルームを貸せってことよね。
サンエンは私とおじさまに背中を向けて、藍色の服をするりと肩から落とした。真っ白、私と同じかそれ以上に白い肩に一瞬だけど見とれてしまう。

「まて、ここで脱ぐな!」
顔だけくるりとこちらを見たサンエン、睫毛が長いけれどそれ以上に瞼に塗られたシャドウがぞくぞくするほど色っぽい。
負けた、なんて思ってないけどね。
「別にいいでしょう、いつもは貴方が脱がせるんですけれどね」
「な」
私がそれを理解して、何か言う前にサンエンは更に言う。
「ああ羅刹、貴方も小猿のせいで泡だらけ。…ふふふ、一緒に入りましょう」
ちら、と私を目で笑っていく。
「そこで続きとイきますか?ふふ」
…トドメまで刺していきやがったこのゲイシャ!
「ざっ、」

ざけんな!私が怒鳴る前に、おじさまが口を開く。

「馬鹿者、貴様は一人で入れ。…うん?お前も泡で汚れているな」
私の髪の毛にそっとおじさまが触れた。わぁ!お、おじさまったらそんな、淑女の髪の毛にいきなり触るだなんて…え、髪?
「あ、……ああ…」
私は慌てて髪の毛からリボンを外した、濃紺の、おじさまからもらったそれは泡に汚れてしまっている。なんてこと!
あんまり気落ちしていたのがわかったのか、おじさまは私の肩をそっと抱いてくれる。
「洗えば取れる、…そう気にしたことじゃない」
「おじさま」
な?そう微笑んでくれたおじさま。
「遠くから来て、疲れただろう」
やっぱり素敵、おじさま!私はおじさまに抱きついて、キスをしようと試みた。
けれど、

「羅刹。その小猿は?」
「ああ、縁有ってな…まあ、娘のようなものだ」


むすめ。



…むすめ。


………むすめ?



「そうだ、汚れただろう。山艶が風呂を出たらお前も入れ。俺が入れてやろう」
はは、とおじさまは笑った。何のためらいも、恥じらいもないような笑い方。

まるっきり子供扱いじゃないの!!何よ!何よ何よ何よ!!


「小猿、よい父親を持ちましたね…フッフフ」
「うるさいゲイシャ!!」

私は星なの、エトワールなの!
おじさまを照らすエトワールなの!
………東京バナナはつぶれちゃうし、
おじさまに抱き上げられて、
「大きくなったな、重たい」
とか言われちゃうし、散々。けどここでケツまくって逃げられはしないわ、だって。
だって。

「羅刹…フフフ、貴方の首筋、噛み付きたいほど素敵ですよ」

このゲイシャに負けられないんだから。絶対。
モクジ
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