エトワール凱旋

そこのおじさん、ちょっと私の荷物持ってくれない?タクシー乗り場まででいいから。
そうよそのキャリーケース。たったの一つよいいでしょう、ね?
「お嬢さん一人かい、危ないぜ東京は」
ようく知ってるわ。ふふふ四年ぶり!
「東京へは観光かい」
いいえ。もうちょっと複雑なの。
「可愛いね、お嬢さん。おじさんとどこか楽しいところにいこうか」
…なるほど、なるほど、そうか。
忘れてたわ私ったら、すっかり忘れてた。
日本ってズバ抜けてロリコンが多い国だったっけ、HENTAIの国だったっけ。
お断りよおじさん、荷物をそこへ置いて。そしたらさっさとサヨナラよ。
「残念残念、それじゃあね」
まったく『アワヨクバ』精神ばっかり育っちゃって情けないったら!
「お嬢さんそうだ、お名前は?」
ふふん教えてあげるわ、荷物も持ってくれたしね。
私は星、エトワール。
でも私が輝いてあげるのはたった一人のため、愛しいおじさまのため。




春の夕暮れの東京はなんだか時間がゆっくりしていて、とろみがある気がする。私はバスに乗り込んだ。
バスにタクシーに電車、メトロ。東京もだいぶ変ったけどだいたいのところは同じ。
私はバスの窓から町並みを眺めながら、そっとおじさまがくれたリボンをポケットから手繰り出した。四年前だって髪の毛にリボン結んだ子はいなかったと思 う。女の子にはとりあえずリボン、そんなおじさまが女の子に不慣れなのがわかっていっそう素敵。フリルもレースも無しのシンプルな絹で、濃紺のリボン。す べすべとした感触を指先で遊んでいるうちに少し眠たくなってきた。バスの中で眠ってもサイフを持っていかれる恐れがない国だから遠慮なく眠ることにした。 手のひらにぐるぐる巻きつけたリボンにポケットの中のアレ、それだけあればいい。
私は眠る。誰かついたら起こしてちょうだい。

目覚めてみれば思ったよりも渋滞は酷かったみたいでまだ到着には間がある様子。退屈だったので安物のプレイヤーで音楽を聴く、たまたまランダムで出てきた のはボレロ。あんまり好きじゃない、でも眠っているうちにすっかり日が暮れてたのでこれから次第に盛り上がっていくにはいいかもしれない。

『次は―…防衛庁第四庁舎前―……』
ここだ。私はキャリーケースを引きずってバスから飛び降りる。ちょっとおじさん、下ろすの手伝って。ありがとう。

「観光かい?」
この国の人ったらみんなそう聞くんだから、もう。
「ううん、私は光に来たの」
「ひかりに」
「そう、ひかりに」
「ええと、その」
「私はエトワール、星だもの」

きらきらひかりにきたのです。
あなたのためにきたのです。





そんな彼女を待っていたのは愛しいおじさま、と、もう一人。サプライズでドーンと登場しようと息巻いていた彼女が勢い良く開いたドアの向こうに見たのは、
「よせ、そんなに近寄らなくとも聞こえる」
「フフッ、照れずともいいのですよ…」
どこの京劇から抜け出てきた!というような藍色のゆったりとした服に身を包んだ麗人が、椅子に腰掛けている四年越しの愛しいおじさまの顎をとって色の気 たっぷりの吐息を吹きかけている。彼女はカァッと顔に血を上らせ、思わず手にしていたお土産(東京バナナ)を投げつけ、
「な、何やってんじゃわりゃあ!!!」
四年前、某モヒカン仕込みの怒鳴り声を撒き散らしながら掴みかかっていったのであった。




エトワール、凱旋。
モクジ
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