クズカゴのみが知っている。

待ってろ今すぐ連れて行ってやるからな。
そうして世の飼い主達は背中にはふはふ縋り付く愛犬のおねだりに負けて、スニーカーに足を突っ込むのだ。



「おう、なんじゃ、久しぶりな気ィがすんな」
「そうだな」
富樫が自分に会うなり窮屈に絞っていたネクタイを弛めて引き抜く、その動作を見るのが桃はとても嬉しい。
自分という人間の前で富樫が自らタガをゆるめるのを見るような、特別と行動で示されたような心地よさ。桃も富樫にならってネクタイを引き抜いた。
「なあ桃、おめえ明日仕事かよ」
「いいや、久しぶりに休みだ」
「そっか」
「ああ」

あの子が欲しい、
あの子じゃわからん、
お前が欲しい、
こちらも欲しい、
ホテルへ行こう、
そうしよう、

じゃあ、そうするか。そうしよう。
花いちもんめの手軽さで二人はホテルへとしけこんだ。ちょうど梅雨明け直前で雨がざっと降っていたこともあり、誰に見咎められることもなく滑り込む。
キーを受け取って部屋へ。別段こそこそとすることもないし、殊更にべたべたとすることもない。
会ったからセックス。
会いたかったからセックス。
なら、ということで、そういう流れとなったに過ぎない。その流れに気恥ずかしさを感じる歳はとうに過ぎて、手馴れた動作でベッドへ腰を下ろした。


ベッドへ腰を下ろした富樫の前に立って腰をかがめ、桃は富樫の生え際へ唇を押し当てた。
「フッフフ少し後退したんじゃねぇか?」
もう四つも若ければきっと、バァロォとムキになって怒ったに違いない富樫は腹の辺りを擦った。
「しょうがねえだろ、若かねえんじゃ。あーあ年は取りたくねえなぁ、腹もなんだか出っ張ってきた気がすんぜ」
桃の頭を手のひらで乱暴に押しのけると、富樫はベッドへ仰向けに転がる。テカテカとして、敏感肌なら拒絶しそうな強い香料の洗剤で洗ったらしいシーツの感 触も馴染みとなった。
「そうか?」
富樫の腹をワイシャツ越しにさらさらと手のひらで撫で回しながら、桃も靴を脱ぎ捨ててベッドへと乗り上げる。
「おめえは変わらねぇなぁ、でもよ、」
チラ、富樫の視線は桃の股間へ意地悪く留まった。忙しくしていたということは秘書から聞いている、
「昔みてぇに疲れマラで抜かずの三発って訳にゃ、行かねえだろうぜ」
ヘッヘヘヘ、塾生時代からなんら変わらない下品な笑い声を立てる富樫へは涼やかな微笑みをくれておいて、桃は富樫の腹を擦っていたその手で、ワイシャツの 裾をスラックスから引っ張り出している。富樫の眉が軽く持ち上がってからかうようにそれを咎めた。厚い唇を尖らせて、
「オイオイなんじゃ、風呂ぐれぇ入らせろよ」
「煽ったのはお前さ」
「青臭ェ事抜かしゃあがって、ヘッ、もう若くねえってのに」
「そんなに煽るって事は、お前もさぞ溜まってたって事か?」
「それなりにはな」
富樫の短い返答に、桃が目をきゅうと細める。目じりに皺が混じるのはお互い様だ。脂が落ちて肌理が乱れ始めた富樫の肌を、同じように指先が硬くなり始めた 桃の手のひらがひたひたと這う。
すっかり富樫へ身体を乗り上げておいて、桃は若若しい雄の笑いを見せた。
「久しぶりにお前がトコロテンするところを見たくなったな」
「……やれるモンならな、俺も、てめぇも」

そうともお互い若くねえ、二人は顔を見合わせてカッカと笑った。





桃が大分無理に無理を重ねた末、同時に極みを見て終わりを得る。
二人が同時に到達するのは久しぶりだ、富樫が荒い息をつくと今の今まで自分の身体を支えていた腕を崩し、シーツへ顔をうつぶせた。
少女漫画のヒーローか、それとも処女が描いた官能小説のような甘ったるさを富樫が前に笑ってから、久しぶりの事である。
桃は律儀に唇を富樫の耳へあてがって、お互いの年齢を考えろと思わず言いたくなるような睦言を囁き、それから首筋と背中へ幾度かのキス。
と、富樫は首をねじると赤い眼で桃を振り返った。もの言いたげな視線に気づき、
「どうした?風呂に運んでやろうか、横抱きにして」
「馬ァ鹿、いや…その、桃、」
「うん?」
ゴム製品をくるくると縛るとゴミ箱へ捨て、額の汗を拭いながら桃は応じた。横顔に特に肉がついたようには見えないが、積み重なった年齢はどうしても肌へ気 配へ現れる。しかしその年齢が良い方向へ働いているのは間違いようもない。

「桃、おめえ、明日仕事か?」
「いや、久しぶりに休みだ」
「そっか」
桃が身体を起こして立ち上がろうとしているのを見て、富樫が顔を向けた。
「風呂入れてこよう」

桃は風呂へ湯を張ろうと思い立ち、ベッドをきしませて立ち上がる。裸体にも無駄は一分としてついていない。
何か引っかかりを感じて、桃は立ち止まった。
おかしい。


(そういえば、俺はさっきも富樫に休みだって言わなかったか?)

そうだ。会ってすぐに、お互い明日が休みだとわかったから、だからホテルへ行こう、そういう流れだったではないか。桃は思い出した。

(ならば何故、富樫は聞いた?)

桃はベッドを振り返った。富樫はさっさと部屋備え付けのテレビでAVを鑑賞している。あれだけ搾り取ってやったのに、桃はハッとした。

(―――物足りなかった?)

そうだ。だから立ち上がった時のあの、富樫の顔。
今日は隣町の公園まで散歩しような、と言っておいて結局近所を一周しただけで終わらされた犬のようなあの顔!
『もう、終わり?終わり?』
そんな富樫の顔を思い出した。燻ぶりが燃え種を見つけて再び炎を立ち上らせはじめる。
風呂へと向けかけていた足を止め、備え付けの冷蔵庫を開ける。並ぶビールや酒には思わず呆れ返ってしまいそうな値段が付いていた。
迷わず桃はドリンク剤、それもハブやらモカやら、高麗人参やらのいわゆるギンギン系ドリンクを手にする。ご丁寧に箱に入れられた、いかにも効きそうな立派 なものをである。箱を捨てると蓋を開け、とろみのある液体を喉へと一息に流し込んだ。

「おゥ、俺にもビールくれや、桃」
富樫は画面の巨乳から眼を離さない。
(すまねぇな、富樫)
すっかり自分は歳をとっていたようだ、桃はひっそりと詫びを口にしながらベッドへ再び身体を向ける。
「なあ、おい、ビー……」
桃を見て眼を丸くした富樫へ、桃は溌剌とした眼差しに惜しげも無い愛情を混ぜてたっぷりと注いだ。

『え、散歩、もう終わり?今日は沢山散歩しようって、言ったのに!』

「……すまなかったな、富樫」
「あ?いや、おめえ、風呂ァ」
「今すぐ連れて行ってやる」
「オワ」
……どこへ?
富樫の問いは、すぐに答えられることとなった。








桃おめえはいくつになっても、若ェなぁ。
事後ぽつりもらされたそんな富樫の言葉に桃は、
「フッフフ」
と朗らかに笑うのみ。


クズカゴのみが知っている。
モクジ
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