もぎとるつもりでやりました
積み上げていた自分が悪かった、談話室などという誰もが
読める場所に放置してその場を離れた自分を、伊達は許せないでいた。
ちょっと飲み物でも、と思って腰を上げ、ヤカンで冷ましていた最中の茶をかっぱらってイソイソ戻ってきてみれば伊達が置いた本には数人群がっている。
「…おい、どけ」
凄味を利かせてみても、誰も彼もが本を開いて畳に寝そべり動かない。
読み途中の六巻だけは開いて伏せてあったために魔の手を逃れたのが幸い、これ以上時間を無駄にしないようにと畳に腰を下ろす。
「………」
読み進めるに従って、六巻の残りページが少なくなってきた。左手で抑えるページがだいぶ薄くなりかかってきたあたりで長い長い、まさにおみ足でもって畳を
探る。視線は紙面からヒタリとも動かない。
食い入るように読みふけるのは三つ目がとおるである。古代文明、超能力、ロマンス、ホラー、ごった煮の少年活劇は伊達を癒した、
有り得ない、
有り得ない、
有り得ない、
有り得ない救いが、一番欲しいときに裏切りなく与えられるそれは、有り得ないと思いつつその甘ったるさに伊達は夢中になる。
ガキくせぇ、漫画なんぞ。そんな憎まれ口をききながらも伊達のページを捲る指は止まらない。
と、畳を探っていた足がなにやら柔らかいモサモサとしたものを探り当てた。思い描く本の感触でないことに伊達は顔を上げる、
「おい、」
伊達の足が探り当てたのは虎丸の頭であった。伊達の足を頭に乗っけたまま図図しく畳に伸びて、伊達の探す七巻を読んでいる。
軽く伊達は虎丸の頭を蹴飛ばした、中身の軽い頭がくらんくらんと揺れて、膨れっ面が伊達を睨む。
「あんじゃい」
「七巻寄越せ」
「もうちょい」
もともと伊達の本ではない、桃が読み終えたのだと言っていたものを借りただけである。だからもうちょいと言われるがまま、伊達は瞼を伏せて虎丸が読み終え
るのを待った。
一ページ捲っては、一つ一つの吹き出しをのちのちと不器用に読んでいる。
ドカン、とかバキン、の擬音をいちいち読んでいる。
コマの隅で嘆く作者の呟きを読んでいる。
横道にそれたために頭がこんがらかったらしい。
また、戻った。
気短な伊達は、虎丸の尻へ踵を垂直にヅドンと落とした。
「ギャッ」
えびぞって跳ね上がる虎丸は尻を押さえ、尺取虫のように身悶えている。伊達はフンと鼻を鳴らして腰を上げると、虎丸の手から七巻を取り上げようとした。
しかし虎丸くらいつく、面倒だ、このつながりまゆ毛と根競べは面倒だ、伊達の眉間がたちまち荒れ模様である。
「なんじゃい、伊達こっち読みたいんか」
「読みたくなきゃ急かしたりしねぇよ」
当たり前のことを聞くなと伊達は口を引き結ぶ。と、虎丸は七巻を手にしたまま伊達の前へと膝をついた。
そしてそのまま伊達の胸へ背中を預ける、ちょうど伊達を背もたれにした格好である。
突飛な行動に伊達の行動は一拍どころか二拍も三拍も遅れた、戸惑いに秀麗な額が白む。
「……おい」
「後ろっから見りゃあ、二人イッペンに見られるじゃろ」
「………おい、」
「わし読むの遅いからのう、悪ィ」
伊達はとうとう、反論も雑言も、罵りの一つも口にする事が出来ずに虎丸の肩越しに七巻を読むことになった。
脚の間にある虎丸の体はカッカと熱い、行き場の無い手が一度虎丸の胴へ回りかけたが結局畳に落ちる。胸をぺたりと虎丸の背中に預けるとどうにもやっかまし
くそのくせ規則正しくドウドウ心臓が鳴っていて、とろり眠気を誘った。いまにも虎丸の首筋に頭を落として眠ってもよさそうなあたたかさである。
「ヘッヘ、わしが女の子だったらアレだ、おめぇおっぱい揉むだろ」
「……あ?」
せっかく、本当にせっかく安らかな幼子のごとき心持で伊達が虎丸と肌を合わせていたというのにまったく、虎丸という男は阿呆であった。
阿呆であるから虎丸であるといえば、そうである。
背中で獣が叩き起こされたのに気づきもせずに、虎丸はまたも阿呆を重ねる。
「わし、もしわしが女子高生なら絶対Fカップで、たゆんたゆんのナイスバディだろうぜ」
「…………」
「そしたらちっとぐれぇ伊達、おめぇに揉ませてやってもいいぜ」
「………………」
「ワッハハ嬉しいじゃろ、たゆんたゆんのFカップ」
伊達の手が、破壊し創造する自由自在の指先がヌラリと持ち上がる。迷い無く男が思いもつかないような、そのためまるで隠されていない二つの急所へ伸びた。
蛇口を捻るより、
硬い螺子を回すより、
強く容赦なく、伊達の指はそれをつねり爪を立てた。
「え?……………ギャアアアアアアアアアアッ!!!!」
乳首が取れるゥッ、
そんな間抜けな悲鳴に談話室に居て一心不乱に三つ目がとおるを読んでいた富樫は顔を上げる。
ひんひんと床に身悶えて乳首を押さえてのたうつ虎丸に、
こんなんが相棒で俺、良かったのかと渋い顔をした。
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