墓石プレイは自重した
夜の森は恐ろしい、
木々の隙間から落ちてくる青白い月光のみが光源で、足元は暗闇の沼とさしてかわりない。
夜の森は恐ろしい、
冷や冷やとした夜気に頬から全てを撫で回され、耳鳴りがするほど静か。
男の右腕から解けた包帯がひらひらと動くのがかすかに笑い声のようである。
夜の森を男が行く、
男の足取りに乱れは無い。
暗闇の中だというのに乱れは無い。
男の影だけが暗闇に浮かんでいる、影だというのに沈む事はせず青白い光となって尾を引きながら動いていく。
夜の森を男が行く、
男の足取りに乱れは無い、
暗闇に浮かぶ顔は死色、死蝋のようにさえざえと均一に白い死色である。
男は滑るように森を進む。
男は驚いた事に素足である。八月とはいえ森の夜は冷え込み、普通の人間であれば息遣いが白く曇るだろう。
しかし男の口周りに息遣いは見えない、男自身が井戸水の奥底から這い出てきたように冷え切っているのだ。
男が身につけているのはそれこそ死人のような白い着物である。
一歩踏み出すたびにあらわれる脛も負けず劣らずに白い、素足は湿った土に塗れており、薬指の爪が石にぶつけたか割れて血を滲ませていた。
男は痛みを感じていないようである。
感じていない、感じる必要が無い。
男の足取りに乱れが無いのは、何もかもを失い抜け落ちているからである。
男の足取りに乱れが無いのは、全てを手に入れ満ち足りているからである。
男の表情からは伺い知れない。
男の足が止まったのは森の最深部。鬱蒼と茂っていた木木が恐れたように身を捩って開けている。
薄く男が笑った、荒れた唇が切れるほどの笑みであった。
身につけた白装束は喪服である、男は喪に服している。
男が立つのは、陵墓の前であった。
「お久しぶりです」
滑るように言葉が流れ出した、言葉を発しても男の唇から漏れる吐息は透けたままである。
男は陵墓に向けて一礼すると、帯へ手をかけて解くと地面へと落とす。
ためらいなくあわせを開き、脱ぎ落とした。
夜真珠雲や月光、青雲母のような、青白くあわく光るものを飲み込んでいるように、内側から男の肌はほろほろと光を発している。
男の右腕肘から下、それから足首から下とが紫色に変色し、醜く爛れていた。それと対比するように身のうちよりの発光は息遣いと連動して続く。
青白く輝く肌を余すところ無く晒すと、男は全裸になった。
「……お還りですか、邪鬼様」
寒さも痛みも塗りつぶす寂しさ、
羞恥も快感も包み込むほどに満ち足りた、
男の声はかすかに震えている。
男の声は歓喜に震えている、
男の声は寒さに震えている、
「あさましのこの身、お会いしたさ一心にここまで参りました」
濡れたように黒味のある墓石から風が一筋吹き付けてくる。男は眼を細めてその風に身体をなぶらせた。
「愛でて下さい」
邪鬼様。
男の声は震えている。
Copyright (c) 2008 1010 All
rights reserved.
