食えばわかる
このままじゃあ、いけない。
どうせ後ろに道なんかねえんだ、進むっきゃあねえ。
俺は、俺が一番信じる、俺を一番信じる俺のダチと、前へゆくのだ。
大豪院邪鬼という天井がすこーん、と抜けた春である。天井がすっぽ抜けたら今まで窮屈につっかえていた頭が楽になって、背も伸びる。
そういうわけで、あのひ弱だった一号ぽっくり達は晴れてニョッキと二号生に背を伸ばしたのであった。
天を突くつくしのような彼らはお互いに、二号の徽章をつけて見せびらかしながら誇らしげに、さも偉そうに肩肘張って歩くのである。
が、そんな威勢のいい一団から外れ、校舎の日陰になる紫陽花の植え込みのところに二人頭を垂れる影がある。
富樫、虎丸。
普段男塾根性の代名詞のような二人が日陰者である。萎れながら二人は同時にため息をついた。
『ワッハハハ、ありゃあ男塾の実況中継兼、解説者!さわがしいだけの、お祭り男じゃ――っ!!』
可愛げのカケラもない一号ポックリが大笑いと共に叫んだ言葉が二人の一部やけにヤワな胸に深々と突き刺さっていた。虎丸の太い眉はへんにゃりと下向き加
減、富樫の唇はムッスリ引き結ばれて、しきりに学帽のつばをいじっている。
確かにこと戦闘力という点において二人は一軍というわけにはいかない、しかし、二人はそれでも仲間に必要とされていると思いたかった。
不要だと言われることが誰よりも恐い、虎丸と富樫、似ていないようでそこは共通して胸に抱いている。
「なぁ」「おい」
二人は同時に言葉をかけあう。顔を上げて、紫陽花の木陰に見つめあった。
富樫は虎丸のことを、情けねェ面してるなと思ったし、
虎丸は富樫のことを、勢いあるぶん危なっかしいと思っていた。
お互いにお互いを心配している。そうして、
「これから、どうすっか」
どう、どう駆け上がるか。
もとより相棒と共に駆け上がろうとする覚悟は出来ている、二人お互い相手をしょうもねえと思いながらも、しっかり手を繋いでしまっているのだ。
しかし絶望的なまでに二人、考える力が足りない。
「聞いてみっか、」
「そうすっか」
二人安易に、モテて目立っている友人のアドバイスを受けに肩を組んで走り出した。
富樫は桃に、虎丸は伊達に。
二人別行動で、後で再び集合して傾向と対策を練ると約束。
新しい学ランたちを掻き分けながら、
『わしらだって、いいんじゃい』
なにがいいのか、わからないまま駆け出した。新入生達は二人がシャカリキに駆ける様を見送る。
「も」
「どうした富樫」
桃を見つけた富樫は、どう声をかけていいものやら追いつく寸前に脚を止める。とりあえず呼ぶために口を開いた。
富樫が桃、と呼ぶ前に、校庭をゆったりとした歩調で歩いていた桃はサッと振り向く。その振り返り方自体いかにも主役街道闊歩中、レッドカーペットの似合い
そうな裾さばき。富樫の胸の傷を更に深める。
俺ァもしかしてサトラレだったかよ、と富樫は内心焦りながら、
「なぁ桃よ、俺…」
俺ってやっぱり、とネガティブな事を言い出そうとした富樫の唇に、熱いものが触れた。
「ウ」
言葉をそれで喉の奥まで塞いでおいて、桃は微笑んだ。
「美味いだろ、」
富樫は喉の置くまで突っ込まれたゴボ天の串を掴み、モグモグと頬張る。いきなり何しやがんだ、喉突いたらどうすんじゃと言いたいことは山ほどある。
しかし口に入れられた食べ物を粗末に出来る男ではない。桃は富樫がゴボ天を食い終わるまで、風にハチマキをさやさやと流して待っていた。
「……うめえな」
「だろう」
美味い、という言葉は富樫の取っ掛かりになった。目の前でハチマキを清くきりりに締めた男前、自分がもっとも信頼する男。
その男に振り回されてばかりの自分、富樫はちょっと言ってみたくなったのである。
「てめえは、美味い男だよな」
「?どうした突然、」
突然、と言いながらも桃の顔に驚きは無い。何時もとおなじように春の風にくるくると髪の毛を揺らしながら、どうした、富樫。そんな顔をしている。
こうしたゆるぎなさが富樫にとって桃は頼りがいがあると思える一端なのだが、時折腹も立つ。
なんじゃい、オウ、スカしやがって。そんな理不尽を胸に呟く。
唇をチョと尖らせながら、富樫はきれいに平らげたゴボ天のクシの切っ先を桃へ向ける。
「だってそうじゃろが、俺の出番みぃんなてめえが掻っ攫ってよう、オイシイぜ」
「オイシイ?」
「俺ァいつだってビンボくじ引いてよ、ケッ。俺だってオイシイ男になりてえな」
サ、
桃の頬に笑みが色となって現れた。
富樫には桃が口に出して言うまでもなく、桃が言いそうな事が気配で間で呼吸でわかる。
『しょうがねえ奴だな、本当に、お前ったら』
「しょうがねえ奴だな、本当に、お前ったら」
桃は本当に富樫が予測した通りの言葉を口にした。無性に富樫は嬉しくなって、なんじゃこいつ単純じゃのうと自分の単純さを棚に上げる。
「馬鹿、お前は十分美味しい男だ。…お前はお前さ、俺はそんなお前が好きなんだ」
「ケッ」
よくもまあ、そんな歯の浮くような事を。富樫は空ツバをペッと吐く仕草をとってから、自分の目を学帽のつばを引き下げて隠した、頬までは隠しきれぬ。ゆる
み出した口元も隠すには足りなかった。桃は尚も言う。
「なあお前は俺を信じるだろ、なら信じてくれ。俺が言うんだ、お前は美味しい」
「……わぁったよ、」
あんがとな、
しばし経って後、富樫がその言葉をカスレ声に口にすると、桃はどうにも子供のように、そうとも、と胸を張るのであった。
そうだな、そうとも。二人は肩を組んで、一号生達が不思議がるほどに大いに笑う。
なんか違うんじゃあねぇのか、と言ってやるはずの秀麻呂は生憎、居なかった。
「のう、伊達ェ」
廊下を歩いていた伊達は、いきなり現れてまとわりつく虎丸にいかにも冷たく凍えるような視線をくれてやった。
鬱陶しい、と目は口以上に物を言う。
今日一日伊達は始終不機嫌であった。朝の鍛錬の最中にもタオル片手に駆け寄ってくる後輩やら、交換日記を申し出る後輩やら、写真を撮らせて下さいと頼み込
んでくる後輩やら、
とにかくお兄様となった伊達の人気はとどまるところを知らず、生来寂しがりやだが人間嫌いのケのある伊達は気持ちの休まる時が無かったのである。
そこへきて人一倍やかましい虎丸の、のう、のう、である。
伊達の機嫌はたちまちマイナス値まで急降下した。
「うるせえ、俺は今機嫌が悪い。どっかに行ってろ」
以前の伊達にしてみれば随分と優しい対応である、どっかに行け、と促すまでに、一年近い年月は伊達という尖石を磨いた。
「チェ、ケチ」
「ケチで結構だ、」
伊達は槍をぶるんと振ってからすたすたと廊下を進もうとする。別にどこかへ向かおうとしているわけではなかった。
ただ一人になりたくって歩いている。このまま虎丸と喋っていると、本意ではない酷い言葉の十や二十をぶつけてしまいそうな気分だったのである。
そんな伊達の気持ちなぞツユとも思わず、虎丸は子供のように、
「なあ、おめえどうしてそんな、モテんの?ワハハやっぱアレか、スカしてっからか」
だとかくだらない事ばかり聞くのだ。伊達の眉間は既に谷となっている。
そうして極めつけが、
「のう、伊達、ワシってやっぱり…オイシイくねえんかのう」
である。伊達は腹の底から、
「うっとうしいッ!」
と怒鳴って、虎丸の尻を蹴っ飛ばす。哀れ虎丸は廊下にベッチャリとつぶれることに成り果てたのであった。
桃曰く、
「そりゃあ伊達も、食ったことのないものをどうこう言えや、しないだろう」
との事である。なるほど、と虎丸、痛む尻をさする。
ともあれ二号生、あまり中身は変わらない彼らは然と男塾の地に立った。
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