ばかしあい

「お前の手ェな、良いと思うぜ」
褒めたのは手だけか。
そう思うと憎たらしくて憎たらしくて、負ぶさりかかるようにして背中にギュウと爪を立ててやる。痛ェと呻くその野暮天の背に今度は顔を寄せる。
あたたかで、少し雑草みたいな匂いがする。
その匂いが胸へと呼び起こしたのは苦しさだ。胸が苦しいというこの痛みを医学的にどうこう説明するつもりはない。痛いのは胸じゃなくて心だと私はしっかり 悟っている。
お前はどこまでもあたたかだ。私はおまえを誰より上手に治療できるこの手が、きっとお前以上に好きだろう。

この顔を褒めろといってみたのに、
「そんなもん何十年も見てたらとっくに見飽きちまったよ」
なんて贅沢で無礼な事を言う男を好きになってしまったのだ。
「富樫、おまえは私の顔が見えないのか」
「見てるじゃねえか、今」
「そうじゃない、この顔を美しいと思わないのか」
「だっから、見飽きたって言ってんじゃあねえか」
「………」
富樫は包帯を巻き終え、背後に回ったまま文句を言い出した飛燕を首を捻じ曲げて振り向く。
背中に伏せた顔は富樫からは見えない、あでやかな桃色の髪の毛だけしか目に入らない。
「何が不満なんじゃてめえは、ガキみてえに拗ねくさりやがって」
「お前がどこまでも美を解する能力がないとわかって絶望してるんだ」

ウソつけ、富樫は苦虫をダース噛み潰した顔で眉間とほうれい線のあたりに深く皺をこさえた。

「顔を褒めりゃあ『私は顔だけだとでも!』って怒るくせによ」
「…否定はしない」
「わかったらさっさとこっち向けよ先生、な」
とあやすような物言いをする時の富樫の顔、それから声はとても好きなのだ。その後雑だけど頬にだってそっと触れてくる。その指、指の腹が家事か荒事に荒れ てちくちく頬に痛い指ですら好きなのだ。
だから私はこうした子供じみた駄々をこねる。ふふんそこまで読みきれてはいないだろう、富樫。
お前は私をしょうがねえだとか、たまに子供だとかそんなことを思ってるだろう。


馬鹿だな。私はお前が私を思うその何倍にも、兄貴風吹かせて低い声を出すお前を可愛いと思っているのだ。








「しゃあねえなぁあいつ、まったくよう」
治療を終えた富樫は頭を掻いた。さきほど別れた麗人の顔がちらつく。
寒空の中、かじかむ指をさすりながら息を吐きかける。
あたたかな治療室と比べてなんと寒いことか。

飛燕のあの、自分に兄貴風を吹かせようとしょうもない口げんかをふっかけてくるのは何度目だったろうか。多分あいつはきっと俺の、声か何かがすごくとても 好きなんだろう。いくら俺がにぶくたって気づかないわけもねえ。

だというのに、さも自分は上手だといわんばかりのあの顔。


そこまでわかっていても尚あの桃色頭が好きな物好きも、ここにいるのだから笑ってしまう。蓼食う虫も好き好き、そんな言葉は富樫は知らないが、誰かが見れ ばそういうかも知れない。
どちらが、ではない。
どちらも、である。


富樫はくしゃみをひとつして、それから病院に背を向けた。
モクジ
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