旦那様はご満悦☆
六畳あるんだ。
立派に六畳あるんだ、一人暮らしでもすりゃあここで生活すんだ。
とにかく俺の部屋が狭いわけじゃねえ、剣に信長、てめえらの図体が邪魔なんだよ。
俺の家がたまたま男塾から近かったせいで、すっかり剣の野郎と信長はうちへとタムロするようになりやがった。
居心地がいいと二人は言うがそれって俺にとって全然嬉しくねぇ。
「…赤石、今日泊まっていいか?」
信長てめえ最初っからそのつもりだったな畜生、替えのフンドシ懐から見えてんだよ。普段毎日フンドシ替えるよなタマじゃねえくせに。
「そうしろよ」
「剣テメエが答えてんじゃねぇよ…!」
遠慮なく床に寝転がって俺のベッド下の雑誌読みながらだ。勝手にベッド下探す、寝転がる…アメリカ帰りがどいつもこいつもこんな自分勝手でワガママだとは
思わねぇ、ただこいつがひたすらワガママなだけだ。
一人っ子のせいかと誰かが言ったが、ンなこと言ったら俺だってそうだ。信長だってそうだ。
剣とはどうも性格が合わねぇ、あいつはヤンジャン、俺はヤンマガ。
俺は野球派あいつはサッカー。信長も野球だ、攘夷だなんだと言っているわりに相撲じゃねぇのが笑えるぜ。
「おばさーん!今日お泊りしまーす!」
部屋のドアを開けて勝手に剣が階段へと怒鳴った。アッてめぇ、勝手に何してやがんだ!信長を見ると、
『…いいのか?』
という見たまま期待している顔で俺を見てくる。…ああいいよ畜生、大人しくしてんならな。
台所からあの丸顔の声が返ってきた。
「どーうーぞー!」
「おばさーん!」
「はーあーいー!」
「今日ご飯何ー!?」
「和、洋、バ、どれがいーいー?」
俺たちは顔を見合わせた。剣がバ?と馬鹿面下げて俺に聞く。
「赤石、バって何?」
「知らねぇ」
「バってなんだ…?」
信長も首を捻り捻り。バ…。剣がぽんと手を打った。
「バ…バウムクーヘン!」
信長が立ち上がって怒鳴った。手はゲンコ。
「攘夷ー!!」
「うるせぇ」
「バ…バナナとかか」
「それデザートだろ」
「攘夷ー!!」
信長が立ち上がって怒鳴った。両手でゲンコ。
「カタカナに攘夷つければいいってモンじゃねえだろ、剣もわざわざ突っ込み待ちしてんじゃねえ」
「だって信長の攘夷聞きたいだろ…デッセール」
「黙れ剣。俺は聞きたくねえ」
「…それで結局バって何だ?」
わからねえ。というよりお袋の料理、料理って言っていいかわからねぇがバのつく食べ物あったか思い出せねえ。何しろ名前すらねえ料理が出てくることだって
ある。
結局誰もわからねぇまま、剣がドアから顔を再び出す。
「おばさーん!」
「はーあーいー!」
「バって、何ー!?」
「バ
ングラデシュー!」
俺たちは顔を見合わせた。
「赤石、バングラデシュって何だ?」
信長聞くな、俺もわからねえ、料理名かどうかもわからねえ。剣知ってんのか、
「バングラデシュ…国だったか?」
「知らねえよ」
「赤石地図帳とかある?」
「どうだったか…あー…これでいいか?」
バイク雑誌の付録だ、全世界走破塗り絵用の白世界地図。とりあえず日本だけは北海道沖縄除いて赤く塗ってあるぜ。
「探そうぜ」
「おう」
「広ェな…」
あたり前だろうが信長、てめえもさっさと開国しやがれ。
とりあえず俺はアフリカ担当。剣てめえはユーラシアだ、信長南北アメリカ頼むぜ。
「俺はアメリカは好かん」
「いいから調べろ、飯食いっぱぐれる」
俺たちはしばらく白地図を囲んでバングラデシュをひたすらに探した。と、
「信長、赤石、あったぞ!」
剣が指差したのはちょうど大陸から垂れ下がったみてえな形のインドのすぐ横。たしかにそこにはバングラデシュと書いてあった。
「……海外だな」
小さく信長が呟く。テメェな、トンカツにエビフライ食えてバングラデシュが食えねえ道理があるのかよ。
「何食ってんだろな、バ…」
「おい!」
俺は思わず声を上げた。鼻にクるこのビリビリした匂いは…
「おい、何かにおうぞ」
「え?…ホントだ、これって」
「……カレーだな…」
返事を待たずに作り出したらしいこと、
バングラデシュがどうこう言っておいて結局カレーなこと、
そしてどうしてわざわざバングラデシュなのか、
どこから突っ込んでいいのかわからん。
「あ、コレって信長への気遣いじゃないか?」
「あ?」
「俺?」
ホラこれ、と言って剣が白地図をひっくり返した。そこには世界各国の国旗がずらりと並んでいる。そのうちの一つを指差した。
日本の日の丸弁当の、飯の部分が緑色の国旗。その下に――
「これ、バングラデシュの国旗だな」
「だろ?赤石のおばさんこれなら信長喜ぶと思ったんじゃね?」
「そこまで考えられるタマかよ…」
なあ、と信長の肩を小突いてみると、信長てめえ何ちょっと嬉しいみてえな顔してんだ。マザコンか、マザコンだな。だけどこいつの出生は知ってるからな、何
も言わねぇでいてやる。だが勘違いすんなよ、いや違ェあれは俺のお袋だとかじゃねえ、
あれが世間一般の母親じゃねぇからな。そこだけはわかっとけ。な。
剣が三度ドアから顔を突き出した。
「おばさーん!」
「はーあーいー!」
「カレー!?」
「カレー!」
「バングラデシュカレー!?」
「バングラデシュカレー!」
「おばさーん!」
「はーあーいー!」
「オヤツー!」
「はーあーいー!」
…断言する、絶対にだ。こいつ親戚のオバハンとかから絶対、一人だけ多くお年玉貰う奴
だ。てめえは絶対そうだ。
俺はもちろん、よかれと思って黙ってるせいかちょっと少ない方だ。うるせぇ。
「バングラデシュって緑日の丸なのね、商店街でバングラでっす☆キャンペーンやってたので驚いたわ」
お袋の脈絡のなさには、俺を始め剣も信長ももう誰も驚きゃしねえよ。そしてお袋がバングラでっす☆キャンペーンでもらったらしい、緑地に赤い丸の国旗を基
にしたエプロンをしているのにも突っ込まん。
「…カレー、いいにおいっす」
「あらありがとう、上手に出来たから楽しみにしていてちょうだいね」
信長…てめえ攘夷はどうした。そう睨むとカレーはもはや国民食であると生真面目に返された。お袋は丸顔でふくふくと笑って、
「晩御飯前だから、少しにしてね。それから感想を聞かせて欲しいの」
盆を俺たちへと差し出した。
小判だ。
「…メダル?」
「小判…だな」
「小判だ」
アメリカ帰りの剣は『それ』を見てそう言ったが、日本から出たことのねえ、毎日の再放送時代劇に慣れた俺と言うまでもなく日本絶対主義な信長は声をそろえ
て『それ』をそう呼んだ。
「コバン?」
「まあ金貨…だな」
「ああ、すげえ、本物の山吹色の菓子だ…」
『お代官様、こちらは珍しい山吹色の菓子にござ
いまする…』
『ふふふ越後屋そちもワルよのぅ』
『お代官さまこそ』
『ふふふ』
『ふははは』
まさしく袖の下、盆の上には木箱に白い帯封をかけられた小判がぎょうぎょ
うしく並んでる。俺はお袋を睨んだ。お袋はバングラでっす☆エプロンの裾を握り締めて丸い顔を明るくした。
「素敵でしょう?素敵だわ」
「あ、パイだ」
剣は一つを手に取って帯封を取ると、金色を剥がした。包み紙を脱いだそれは剣が言うとおりパイだった。
「腹黒いお菓子ですって。さ、
召し上がって」
腹黒いって何だよ…菓子に
清純も腹黒いもあるのかよ。俺もとりあえず一つ取ってとりあえず包み紙を剥がす。
「なんだってこんな妙なモン…」
「こないだの虫チョコといい、赤石のお袋さんのお菓子ってどうも怪しいんだよな」
剣それは同感だがてめえの親父の選ぶモンだって大概だぜ、一応言っておくが。
「黒須信長!いただきま
す!!」
「信長、早!」
「ちっとは疑えよ!怪しいだろ!」
信長はもぐもぐとそれを頬張る。腹黒い中身って何だよ…前回の虫チョコはただのブルーベリーソースだっ
たが、幼虫の腹からどろっと出てきたってだけで食欲を減退させたんだったな。
「チョコだ」
「普通だな!」「マトモかよ!」
お袋は嬉しそうに笑っている。下膨れがますます丸いぜ畜生。
「これ、ちょうど『賄
賂にどうぞ』って書いてあったのだから丁度良かった。桃様喜んでくださるかしらね」
「親父に!?」
「ちょっとした洒落だろうが!政治家に送ったら洒落じゃなくなるだろう
が!!」
俺は怒鳴った。まさか本気じゃ、いや、このお袋にまさかは禁物だ。親父の言葉は正しいぜ。
「お願い事をするのなら、賄賂くらいお贈りしないと」
「普通のプレゼントでいいだろ!紛らわしいじゃねえか!」
「まあまあ赤石、親父ならこんぐらい笑って済ませるだろうし…」
「これ美味いですよ、その、…おばさん」
「あら良かったわ、腹黒くっても美味しいのね」
おばさんってちょっと恥ずかしそうに呼ぶな。お袋も喜ぶな。
「剛次さん喜んでくれるかしら」
「親父帰ってんのか!?」
「赤石大先輩が!?」
「おじさんが?」
俺から、信長から、剣から対する親父へのランクが分かりそうな呼び方だ。信長俺の親父にあんまり夢見るなよ、休み
はたいして動かねえ。
「剛次さんにもさっき…」
「 … … …
フフフ、 ハハハ、フハハハハハハ!!」
一階から恐ろしい三段笑いが響いてきた。俺たちは顔を見合わせる。
「………笑ってるな」
「…………ああ、三段に分けて笑っ
てる」
「…………盛大な代官笑いで笑っ
てやがるな」
「…剛次さん…!あんなによろこんで…!」
お袋は身軽でもねえくせに飛び上がって親父の元へと駆けて行った。哀れむような目で見るんじゃねえ、剣、信長…!!うるせえ、見るな。
ご満悦で代官気分を満喫しているらしい親父の高笑いは少しの間続いた。
………。
ともかく俺たちはバングラデシュカレーを食って風呂入って寝た。そんでいいだろ、もういいじゃねえか。
【剣桃太郎事務所】
「剣、」
「ああそれ、赤石先輩の奥さんから」
「賄賂を!?何て非常識な!表書きに堂堂と賄賂って書く奴がどこに居るッ!」
「少なくとも先輩の奥さんはそうらしいな。貸してくれ…中身は、と。ああ、ははは」
「小判!?」
「山吹色の菓子さ。中身はチョコだ。頼光お前も一つどうだ?」
「…いらん」
「で、賄賂ってからには何か…」
「手紙が落ちたぞ…どれどれ」
【最近原油の高騰ということで、ガソリンが大変高くてわたくしども難儀しております。
どうぞ桃様、がんばってくださいましね。街宣車運転手より】
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