徒花ハンティング

素敵な谷間、魅惑のスリット。
武器はそれだけじゃないんだぜ、フッフフ虜にしてやるよ。


伊達臣人はOLである。
OLつまりオフィスレディである。
伊達臣人とOLは、決して通常であれば結びつかない。
が、伊達臣人はOLである。
とにもかくにも、幾千幾万の矛盾を越えて、そういうことである。
伊達臣人は大豪院商事で、OLをやっている。



営業二部、部長羅刹は疲弊していた。休憩らしい休憩は、昼にソイジョイ一本食べただけ。それから便所に二度。
生真面目に背中を丸めてパソコンのキーボードを叩いている顔は険しい、一枚見積書を作ってはため息をつき、一部資料を作っては眉間を揉み解している。
時計を見ればあっという間に十五時で、既に残業の気配が濃厚、深い深いため息をついて、ようやく椅子の背もたれへ身体を預けた。
「ふ――……」
目、肩、腰。一錠で良く効く、そんなCMに出して欲しいほどに全身が、どこをどう力を抜いていいものやらビシビシに張っている。ぐるぐると首を回してみる とバキバキベキベキと、体の中に茹でる前のパスタが入っているようにおかしな音を立てた。あまりに大きな音が出たので思わずウッと声が出る。
窮屈なスーツの肩を回してみると再びバキベキ、首を右へ傾けながら左肘を回す。こごっていた血が流れはじめて頭をぼうっとさせる。
「ふ――……」
何度目かのため息、ため息は深く深く長く、栄養の偏りに荒れた唇を割る。
強面なために社外へ営業に出してもらえない――そんな卍丸のからかい顔が重たい瞼の裏側に躍り出てくる。舌打ちでもって打ち払った。
もちろんそれは冗談である、本当の所としては、誰も見積書やプレゼンの資料を作成するいわゆる『裏方』をやりたがらない同僚達のツケを払わされてしまって いるのだ。責任感があり、地味な業務も一つ一つ丁寧にこなす忍耐、他部署への気配りも出来る羅刹は会社内部から引く手あまた。
影慶もこうした業務は得意なはずであったが、白状な戦友は、
「俺が仕えるのはただ一人邪鬼様だけだ」
さっさと社長である邪鬼様付きの秘書に立候補してしまったのであった。取り残された格好の羅刹は営業二部の部長となって久しいが、営業の実務よりかは問題 を起こした同僚に部下の責任を取り、放り出された仕事を拾う毎日である。
毎日残業残業続きのために、羅刹の男らしい頬にも疲れが濃く見え、瞼に翳りが漂った。
コーヒーが欲しいな、と羅刹は喉を鳴らす。せっかく事務の女子社員が美味しいのを淹れてくれたとしても、結局仕事に集中するあまりに冷ましてしまう。
それが数日続いたので、羅刹は毎日熱いコーヒーを淹れ、冷めたコーヒーを下げる作業を繰り返してくれた女子社員へ、
「これからは俺の分はいい…すまんな」
そう微笑みと共に言ったのであった。すまんな、その苦笑、その眉、素っ気無くもなりがちな言葉が柔らかく女子社員の胸を高鳴らせる。
毎日それでも缶コーヒーが続いてみれば、そろそろ人の淹れたコーヒーが欲しくなってきた。

コーヒーが欲しいな、
そんな事を考えたのがいけなかったのだと、その直後彼は目隈を沈ませて机に崩れそうになるのであった。





「よう」
失礼しますとか、入りますと言え。そう幾度も注意をしたのだったが、結果こいつは聞き入れなかったな。羅刹は諦めに首の凝りをほぐしながら落胆にうつむ く。そんな羅刹の内心なぞつゆ知らずか、それとも図太さゆえの無視か。
羅刹好みの深いネイビーのスーツ、それがGUCCIだということは知っている。しかしオフィスには到底不向きな深いスリットと、秀でたボディラインを的確 に拾う縫製、真白なシャツの胸元はバックリと割れた大胆さに眉をひそめた。
「制服を着ろ」
「人と同じモン着たら、他の奴が可哀想だろ?」
差がハッキリしてな、と意地悪く笑ったその顔は服装と違って化粧は薄め。しかし目尻にくっきり入った朱が鮮やかで、瞬きのたびにチラチラとパールを弾く。 笑い顔はニヤニヤと下品で、清廉潔白なOLのイメージとは合致しない。
「……何しに来た」
言外に、邪魔だ、忙しいのだ、出て行け、そう匂わせたはずである。
「つれねぇな。伊達臣人がコーヒー淹れてやったってのに」
大豪院商事随一の美人が右手に掲げた盆を軽く持ち上げて見せ、卍丸の悪酔いしそうなものとは雲泥の差、大概の男ならばふるいつきそうなウインク。
「そ」
それは、すまん。ウインクはきれいに受け流し、律儀に軽く腰を浮かせて羅刹は礼を言った。が、
「俺が飲ませてやるよ…アンタの膝に乗って、な」
ふふ、猫が獲物を狙うような、隙の無い動作で近寄ってきながらの要求。GUCCIのピンヒールでよくも、と思えるほどのしなやかな動き。
図図しいという言葉では表せないような要求が、ボーンチャイナのまぶしい白にくっついてきた。羅刹は途端に白けて椅子へ身体を戻す。

「業務に戻れ」
「お茶汲みは俺の仕事だぜ?癒してやるよ」
「貴・様・は・総・務・財・務・部・だ・ろ・う・が!!」

思わず修羅の怒号、ドン、とデスクを拳で打った。転がっていたボールペンが驚いて跳ね上がる。
しかし威かしたい相手ときたらまるで気にした風もなく、目的で口実だったはずの盆を書類の散らばるデスクへ下ろしてしまった。空いた右手といえば、さっさ と羅刹の肩へかかっている。

「カタイこと言うなよ、せっかく応援に来てやったのに、俺が」
あくまで、俺が、である。
「いらん。貴様が居ると余計に疲れがたまる」

卍丸を追い返す時と同じ文句でもって突き放す、が、

「タマってんのかよ、仕方がねえな。手と口、どっちがいい?」
「帰れ!!」


すっかり羅刹の太ももへ乗り上げて、手入れの行き届いた指先が羅刹の頬を滑る。間近で見るとぞくぞくするほどの美貌である、眼差しが吸い込まれそうだと羅 刹は眩暈を覚えた。


「……男漁りなら、他でやれ」
「アンタならイイって、俺が言うんだ」
「俺は嫌だと、言ってるんだ!!」
「まあまあ、試してから物言うんだな」
さっさと羅刹のネクタイへ伊達の指先がかかっている。シュ、と電光石火の早業で抜き取られ、思わず羅刹首をすくめる。
そのネクタイを自分の首へとかけながら、閉ざされた入り口のドアを顎でしゃくって見せた。



「ああ、『邪魔スンナ』の黄色札ドアにかけてあるから安心しろ」
「こ、ここはホテルじゃない!」
「……フッフフ、今からそうなる」
なんとも徒徒しい笑みで、スリットから自慢の脚をちらつかせる。
「そうさせてたまるか!!」
太く逞しい太腿を揺すって、無敵の美脚を跳ね除けようと抵抗を試みる。間近でつくづくと男らしい羅刹の顔を見つめていた伊達、爪で髭を軽くくすぐる。
「疲れてるんだ…よせ」
力ない細いため息まじりの、懇願とも取れる拒絶。それを封じ込めるように羅刹の眉間の皺へと伊達は唇を落とした、薄い色のすっきりとした口紅が眉間に花と 咲く。
「……ふふん、アンタはそうやってくたびれてる時が、一番セクシーだぜ?」

勿論褒めている、堂堂と言って伊達は開花。
どこまでも艶めく、徒花であった。
「花は花でも、食虫植物だっ…」
羅刹は喉仏を晒して仰け反りながら最後の抵抗のように切れ切れに洩らす。しかしそれが真実ならば羅刹は哀れな虫である。
「……なら食われな」
舌なめずりとともに、徒花、満開。

 
モクジ
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