夕飯どうすっか

久しぶりに富樫の家を訪れた飛燕は、泥のように寝ている家主を見下ろしてすっきりとした鼻を膨らませる。
飛燕、合鍵でも持っているのか。答えは否である。呼び鈴を鳴らしても、戸を叩いても返事が無かった。試みにノブを回したら開いた。
だから上がりこんだ、それだけの話である。

「ふん」
事前に約束していなかったとはいえ、あまりに無防備で無邪気でどうかしてやりたくなる格好で寝ているこの相棒。
どうにか干したらしい布団の上に大の字書いて、ぐうぐうとパンツ一枚で寝こけるこの相棒。
ああ最近暑くなったんだものな、と少し脈を乱しながらも飛燕ナットクの、上掛けをかけない相棒。

「………どうしてやろうか、」
どうしてやろうか、鍵もかけずに。
どうしてやろうか、ドア開けたのが私だったからいいようなものの。
どうしてやろうか、こんな、寝姿が下着だけなんて、女優みたいな。
どうしてやろうか、窓まで開けっぱなし。
どうしてやろうか、人だけではなく蚊にまで大盤振る舞いして。
どうしてやろうか、この男前。


いくつものどうしてやろうか、これを誰かが聞いたら噴飯ものであるが、いたって飛燕は真面目である。
どれだけ世間一般の評価が下であろうと、飛燕にとって富樫というのは、
そりゃあもう、
男前で、
不細工で、
かわいくって、
不細工で、
不細工で、
不細工で、
格好よくって、
不細工の、
可愛い、
飛燕の、
不細工で、
男前で、
不細工で、
天使で、


そして、恋人だ。

いくつもの不細工以外の単語、これを誰かが聞いたらさぞ飯のまずくなるようなものえあるが、いたって飛燕は本気である。
どれだけ世間一般の評価が丙であろうと、飛燕にとって富樫というのは、
恋人なのである。


飛燕は少し早いかと思いながらも買ってきた柏餅をそっと布団の側に下ろして、膝をついた。
しげしげと覗き込んでみる。この相棒にして恋人はいつだって、貧乏ヒマなしとばかりにせわしく動いており、こうしてつぶさに眺める機会はあまり無いのだ。
ヨダレ垂らして、脛毛の脚を放り出し、下品なご本を枕にし、
一所懸命、ここぞとばかりに眠る相棒。
桜髪をさらりと耳に挟み、飛燕は顔を近づける。ヤブレ網戸から入り込んだらしく、富樫の鼻に着地しようとやかましい羽音を立てる蝿を左手で払った。
起こすな、と飛燕は蝿を睨む。
蝿はほうほうの態で逃げていった。

夕日がとろとろ空の端にとろけていく。きれいだ、薄い色の唇が呟く。
飛燕はこの、富樫の汚いアパートの窓から網戸越しに眺める町が好きだ。隣でかっかと体温振りまく、この相棒が暮らす部屋が好きだ。
飛燕は富樫の、寝息としてはやかましいイビキが嫌いではない。
忙しくしているのだろう、玄関に転がる靴下。やっとのことでハンガーにかけたらしい、肩がずりおちたスーツ。
やっとのことで寝ているらしい富樫。

好きだ、
飛燕はそっと富樫の頬に触れた。ひんやりと冷たい指に、起きてくることを少し期待しながら。
富樫はその指に口元を歪める、しかしそれだけであった。
あーあ、もう、顎髭が伸びて、汚いな、もう。
言葉とは裏腹、浮かぶのは慈愛の微笑みである。


富樫の隣にごろんと寝転んで、飛燕は汚い天井を見上げた。日向の匂いのする布団、煙草くさい相棒。
「…今日のところは、勘弁してやろう」
どうにかしてやろう、という気分は、
後でどうにかさせてやろう、という気分へ。

白い瞼がスッと落ちた、同時に溶け残った夕日も沈む。





「な、なんで飛燕がここにおるんじゃい!!」
プロレスの締め技よろしく指一本動かせないまでに、しっかりホールドされた富樫は目覚めて心臓が止まるほど驚いた。
美人とはいえ、寝相はそうよろしくないらしい。
モクジ
Copyright (c) 2008 1010 All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-